東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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北のセカイ(下)

 高等部の中は思ったより綺麗だった。──と言うのも、矢張り中等部と高等部では元々の内装が違うのである。

 

 絵名はこの任務が無ければ一生──つまりは死ぬまで入る事の無かった校舎に少し興味を示していた。

 

 絵名の足音が廊下に響く。校舎の至る所で呪霊が絵名の様子を伺っているが、襲って来る気配は全くしない。絵名は呪霊の気配を警戒しながらも歩みを進める。

 

(三人……三人ね。少ない様で、多いのよね。若し気を失っていたら私が三人を抱えて帰るのかしら)

 

 絵名は溜息混じりに頭を掻く。

 

 そう言えばいつ頃からの行方不明なのかを伊知地に聞いていなかったと、絵名はふと思い出した。三日以内だったらまだ命の保障は出来る。けれど三日以上──最低でも一週間以上経っていたのだったら話は別だ。一週間以上は流石に望みは薄い。

 

 ──死体が残っている可能性も無い。

 

 いくら絵名でも、死んだ人間を生き返らせる事なんて出来はしなかった。それこそ、何も無い空間に死体を生み出す事も。

 

 そんな事が出来たら誰も苦労して呪霊を狩らないし、何より絵名は今()()()()になっていない。

 

 一を零に変える事は出来ても、零を一に変える事は不可能だった。

 

「よし、ここね。やっぱ高等部は屋上広いわね」

 

 階段を上がり切り、絵名は一息つく。

 

 一目見て分かる。禍々しい雰囲気。だけれどそれは絵名にとってごく当たり前の事だった。

 

 十七年も経てば、慣れてくるのである。

 

 一歩、前へ進む。

 

 また一歩、進む。

 

 そして屋上の、丁度中心部分に立ち尽くす。冷たい風が吹き、絵名の短い髪を揺らした。その姿は美しく、目を惹くものがある。然しその姿を目に納める人間は、この場には存在しない。それを知っているのは漂っている空気と──。

 

「ウアゥゥアアアぁあア!!」

 

 ──呪霊くらいのものだろう。

 

「──!」

 

 瞬間。

 

 地面は揺れ、轟音が響く。けれども絵名は体制を崩す事なく対象を捉えた。臆する事もなく、だけれど侮る事もなく。

 

 姿を現した呪霊は優に三メートルは超えており、肥大化した腹はまるで豚の様に丸い。

 

 人を飲み込むのに、適した体型だと言えよう。

 

(此の儘捻り潰すのは──得策と言えないわね。もし中に取り込まれた人が居たら道連れだもの)

 

 絵名は次々と出される拳を避けながら思案する。その間も、呪霊から目を離さない。

 

 呪霊の攻撃は単調だった。ただ拳を突き出して攻撃してくるだけ。二級以下の強さだ。

 

 其の儘地面へ着地し、瓦礫を日本刀へと変える。そして勢い良く踏み込み、一気に距離を詰めた。樹齢は図体もあってか即座に動く事が出来ない。

 

 刃を腹に浅く入れ、其の儘引き裂く。中のものを傷付けない様に、慎重に。けれども抵抗されない様に素早く。

 

 呪霊は耳を覆いたくなる程の絶叫をあげる。しかし絵名はそれを無視して呪霊の腹に腕を入れ、(まさぐ)る。予想通り腹の中には内臓と思われるものが収納されておらず、代わりに何か人の様なものの感触に行き着いた。

 

 手であろうものを掴み一気に引き上げる。中から出てきたのは紫色の髪をした癖っ毛の少女だった。その他にも女子が二人。絵名の読み通り、丸呑みにされていた様だった。

 

 危惧していた存在が腹から消え、絵名はその呪霊を捻り潰す。すると呪霊は短い叫び声をあげその姿を消した。

 

「終了ね。意外と早かったわ」

 

 絵名は伸びをして一息つく。そして横目で三人の女子高生を見た。あと二人は見たことはないが、もう一人の紫の髪をした少女は、何処かで見た事があった。どこで会ったか思案をしても、どうしても思い出せない。けれども何処かで会ったという確信は、あるのだ。

 

 ジッと見つめていると、紫の髪の少女は目を開ける。目を開けたら尚の事、何処かで見た記憶が浮かび上がる。

 

「……ここは?」

「学校よ。あんた、呪霊に飲み込まれて死にかけてたわよ。助けてあげたんだから、感謝しなさいよね」

 

 絵名はそう言って頭を指で突っつく。紫の少女は絵名の方をまるで亡霊でも見たかの様に目を見開いて見ていた。

 

「東雲さん?」

「やっぱり?私とあんた、どっかで会った事があるのよね。どこだっけ」

 

 紫の少女は少し落胆したように目を伏せる。自分と此の少女はそんなにも親密な関係だったのかと絵名は少し肝を冷やすが、どう思い出してみてもそんな記憶はない。

 

 紫の少女は、静かに口を開いた。

 

「中学が、同じだよ。覚えてないかな。同じクラスだった朝比奈まふゆ。殺業式の前ちょっとに喋った事があるんだけど」

 

 其処迄言われ、絵名は漸く思い出した。

 

 そうだ、朝比奈まふゆだ。此の少女の名前は朝比奈まふゆ。

 

 予備校も一緒で、常に成績二位の誰からも頼られる優等生。絵名はつっかえていた骨が抜け落ち、すっきりした気分になる。

 

 けれども言われて思い出す辺り、矢張り絵名にとってどうでもいい記憶だったのだろう。絵名はこれ以上興味を示すことはなく「そうだったわね」つ小さく呟く。

 

 他の二人に目をやる。此の少女たちはまだ目覚める気配がなかった。

 

「さて、早く帰るよ。お家の人が心配するでしょ」

「お家……」

 

 まふゆは意味深げにそう呟く。絵名の耳にもその言葉は届き、まふゆの方を振り返る。その意図を、絵名は理解出来なかった。

 

「……此の儘、消えてしまえばよかったのに」

 

 静かな、風が吹く。生徒の身を守るフェンスは砕かれており、その意味を成していない。

 

 絵名も黙っていた。まふゆもまた、黙っていた。

 

 そして絵名はまふゆの方へ、足音を立てながら近づく。まふゆはその足音に気づいているのだろうが、絵名の方を向こうとはしない。

 

 絵名は乱暴にまふゆの腕を掴み、持ち上げる。呪術師と一般人だ。まふゆは抵抗する間もなく絵名の意のままに持ち上げられそして其の儘()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まふゆは下を見る。まふゆの下はなんのクッションもない地面であり、下から噴き上げられる風はまふゆの頬を掠めた。初めての感覚にまふゆの心臓は大きく動いた。

 

 絵名の顔を見る。絵名の目は俯いているからか前髪で隠れて伺えず、だけれどその隙間から見える目は剣呑を孕み、まふゆをいとめていた。

 

「死にたいんだったらここから落としてやるわよ」

「へ……?」

「だけどすぐに死ねるかわからないわよ。打ちどころが悪く暫く意識があるかもしれないし、なんなら死なずに後遺症を持って生きるかもしれない。どうする? 一か八かかけてみる?」

 

 そう言って、まふゆを掴んでいた手を緩める。まふゆは反射的に絵名の腕にしがみついた。それを 見て絵名は歯軋りをする。

 

 これは明確な怒りだった。

 

 腹の底から浮き出る、煮え沸る怒り。

 

「私たちはね、あんたら非術師を護るために命を賭して戦ってんのよ。あんたら自身が生み出した呪霊からね。そんな命を良く捨てたいなんて言えるわね」

 

 絵名の言葉に、まふゆはキッと睨む。その目には涙が滲んでいた。

 

「頼んでない! 私の事を知らない癖に偉そうな事を言わないで!」

「私は!!」

 

 まふゆの声を、絵名は遮る。先程の言い合いが嘘の様に、静寂が訪れる。

 

「私は、沢山の大切な人を喪ったわ。救えなかった人間もいる。その度に自分の無力を呪ったわ」

 

 そう言って、絵名は自分の唇を噛む。

 

 己の無力さに、何度打ちのめされて来た事か。

 

 何度このセカイを呪ったことか。自分の運命を、そして呪霊を生み出す非術師も。

 

 だけど此処迄歯を食いしばって生きている。投げださず、逃げずに。

 

 だから自らの命を軽視する彼女に、腹が立ったのだ。

 

 自分の仲間たちは、生きたくても生きれなかったのに。

 

「その命は、私が救った命よ! 最期まで足掻きなさいよ。目の前に壁があるのだったら、殴ってでも、噛み砕いてでも抗いなさいよ! 幸せはね、待っていたってやってこないのよ! 自分で掴んで、見つけるものよ! 他の人に与えられた幸せなんて、クソ喰らえ!」

 

 そう言ってまふゆを床へ叩き戻す。

 

「あ、あぁ……」

 

 まふゆは蹲り、嗚咽を漏らす。その姿は宛ら迷子の子供の様だった。

 

 そんなまふゆに近づき、絵名は膝をつく。

 

「あんたは、どうして消えたいなんて言ったの?」

 

 絵名の問いに、まふゆは声を振るわせる。

 

「……何も、感じないの。嬉しい事も悲しい事も、楽しい事も。自分が何処にあるのか分からなくって、探しても、探しても見つからなくって。……ただ、お母さんや周りの人の期待に応える様にと、必死で……。だから……」

「成る程ね。それは辛かったわね」

 

 絵名はまふゆの頭を撫でる。まふゆは俯いたまま目を見開く。先程までの剣呑は嘘のように、優しい口調だった。

 

 絵名も、思うところはある。自分だってそうだった。

 

 祖父や、使用人。そのほかの呪術師の期待に応えるべく、休みもせずにひたすら努力をした。命も削った。体力も削った。精神も削った。そして今もそれは続いている。

 

 それがどれ程辛いのか、絵名は嫌というほど理解している。

 

「だけど、死んだら終わりよ。何もかも。これから出会う仲間もいるかもしれないし、あんたはまだ十七なんだから。人生百年。あと八十三年残ってるわよ。ここで終わらすのは勿体無いと思うけど?」

 

「でも、どうすればいいの? 探して、また違うって、絶望して……。もう、これ以上何も期待したくない」

 

 これはまた重症だと、絵名は頭を掻く。思春期特有の悩みは、絵名には分からなかた。

 

「とりあえず、両親と話し合ってみたら。今まで何が嫌だったか、そしてこれから何をして欲しいか。言葉にしないと、伝わらないわよ。学校行事で見たけれど、あんたの母親、話せばわかってくれる人だと思うよ」

「……そうかな? でも、怖いの」

「それじゃ何も進まないわよ。こういうのは足を叩いて無理にでも前に進まなきゃ何も始まらないよ」

「……昔の考え方だね、東雲さん」

「絵名で良いわよ。私、自分の苗字嫌いなのよね」

 

 絵名はそう言い地べたに座る。此処迄誰かと喋ったのは久しぶりだった。だからだろうか、家の者と喋る時とは口調が違い、何処となく年相応に見えるのは。

 

「あんたはさ、私と違って自由が許される()()なんだからさ。存分に甘えときなさいよ。先生だって、友達だって、それを許さないほど鬼でもないでしょ」

「でも、それで離れていってしまったら……」

「そんなんで離れて行く人間なんて、いる?」

 

「私はこっちから願い下げだわ」と、カラカラ笑う。絵名のあっけらかんとした態度に、まふゆは呆気に取られていた。

 

「そういえば、しの……絵名の両親、見た事ないかも」

「当たり前でしょー? 私、両親居ないし、唯一の肉親であるおじいちゃんなんて寝たきりの老人だったんだから。ま、この間くたばったけど」

「……人の死にそう言うもんじゃないよ」

「私は良いの、私は」

 

 絵名の両親は、何処かへ行ってしまった。まだ何処かで生きているかもしれないし、何処かで死んでいるかもしれない。けれど絵名にとて両親とは記憶の中の人物で、思い入れはない。だから特段悲しいという気持ちが湧いてこないのだ。

 

 それに比べたら、まふゆはまだ軌道修正ができる。抗おうと思えば抗えるし、それが許される立場にある。だからここで終わらせるのはどう考えても勿体無い、道があるのなら、抗うべきだ。

 

 それは、絵名には絶対に出来ない事だから。

 

 冷たい風が吹く。だけれど二人の間には、暖かな空気があった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

「呪霊に取り込まれていた少女たちは、無事家に送り届けました。後遺症もないそうです」

「そ、ご苦労様」

 

 伊知地の報告に、絵名は水仙を愛でながら聞く。これは絵名の日課でもある。家に咲いてある水仙を眺めることが、絵名の唯一の楽しみだった。

 

 庭一面に咲いている水仙。これは全て絵名のものだった。忙しい日々の中、水仙の花だけが、唯一の癒しだった。前までは絵を描いていたが、忙しすぎるあまり、もう最近は筆をとっていない。使いかけのキャンバスは、物置で埃をかぶっている。

 

 けれど、なんで絵が好きなのかは分からない。どうして絵を描くと心が休まるのか、何故描かなければいけないという気持ちになるのか。

 

 何故、有名画家である東雲慎英の絵を見ると心が満たされるのか。

 

「ねえ、伊知地。もし私が普通の家でさ、普通の人生歩んでいたら、どんな人間になっていたと思う?」

「は? 普通の人生……ですか?」

 

 絵名の突拍子もない発言に、伊知地は目を丸くする。けれども無言が長引くと今度は何を言われるかわかったものではないので、一生懸命言葉を探す。

 

「そう、ですね。普通の学校にいって、親友を作って、絵を、描いていると思います」

「絵を? なんで」

「絵名様、絵が好きでらっしゃるので」

 

 絵名の絵好きは、伊知地から見てもわかるほどなのかと、絵名は少し驚く。

 

「けれど絵名様朝が弱いので、遅刻しそうですね」

「伊知地減給」

「げん……!」

 

 伊知地は目に見えて驚く。けれど伊知地の言う通り、朝が弱い事は事実なのだ。毎朝使用人に起こしてもらっている。もし自分が今高校に通っていたら、どうなっていたのだろうと考え、やめる。

 

 そんなifを考えたところで何も変わらない、虚しいだけだ。

 

 だけれど、朝不思議な感覚に陥るのだ。

 

 朝、誰かが起こしにくる予感が。使用人でもなく、本当に、知らない誰か。絵名に文句を言いつつ、多々記憶してくれる誰か。

 

 絵名はそれが誰か、まだ知らない。

 

 ふと、あることを思いだす。

 

「伊知地はさ、私の弟の事、覚えてる?」

 

 そう言われ、伊知地は目を見開く。そして悲しそうに目を伏せる。

 

「えぇ、覚えています。優しくて、明るい子でした」

「私とは、仲良かったの?」

「とっても。何処へ行くにも、二人一緒でした」

 

 伊知地の言葉に目を伏せる。だけれど弟の顔は疎か、思い出すらも想起されない。

 

 絵名の弟は十一年前に亡くなっている。亡くなった理由は、絵名は知らない。物心がついた時に。弟が居たんだという話を、五条がしていたのだ。

 

 生きていたらどうなっていたのか。若しかしたら家族四人で、幸せに暮らせていたのだろうか。

 

 そう考えると、絵名は失ったものが多すぎた。家族、自由、仲間。全てを失い、絵名は今呪術界の歯車となって今この場に立っている。

 

「……お腹すいたなぁ」

「へ?」

「伊知地、お腹すいた。なんかお菓子持ってきてよ」

 

 急な話題変化に、伊知地は狼狽える。時刻はもうすぐ夕飯時。おやつを食べるには少々遅い時間だ。

 

「いけませんよ! 絵名様! これから夕飯が……」

「何? 私のいう事が聞けない?」

「──! た、ただいま持ってまいりますぅ!」

 

 そう言って、伊知地は駆け出す。その背中を見ながら、絵名は一人ため息をついた。

 

 らしくない。本当にらしくない。

 

 こんな事を考えるなんて、どうかしてる。

 

 絵名は空を見えげる。空は一面星が散りばめられており、その姿はとても綺麗だった。

 

 けれども絵名の中にぽっかり空いた穴は、依然として埋められないままだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「へえ、じゃあちゃんとお母さんと和解できたのね。それは良かった」

「うん。ちゃんと意思表示してなかった私も悪かったから、これからはちゃんと自分の思ったことを言っていくつもり」

 

 駅前の喫茶店。そこで絵名とまふゆは近況報告をしていた。あの事件からはや数週間。絵名とまふゆはこうして度々お茶をするようになっていた。しかし多忙を極める二人がなかなか時間が作ることができず、なんとか数時間程度の時間を取る事ができていた。

 

 まふゆは、あれから両親と話し合ったらしい。きちんと、目を見て、自分の気持ちを伝えた。今は精神科に通院しているらしい。味が分からないことを母親に言ったら、急いで病院へ連れて行かれたと。そこで診断されたのは「総合失調症」。所謂精神病だ。週に一回、カウンセリングを受けているらしい。

 

 表情も、どこか明るめだ。

 

「それで、少し相談したいことがあって」

「なあに? あんたが相談するなんて珍しいじゃん」

「うん……実は、音楽サークルに誘われてて」

「ネットで?」

 

 絵名がそう聞くと、まふゆは無言で頷く。

 

「まふゆはやりたいの?」

「どうだろう。まだ、分からない。けど、少し気になってる」

「じゃ、やってみたら。気分転換は大事だし。ほら、やらない後悔よりやる後悔っていうじゃん?」

「後悔は、したくないよ」

「そういう意味じゃないのよ」

 

 そう言って絵名はコーヒーを飲む。

 

 前とは違い、自分の思ったことを口に出すまふゆ。だけれど慣れないのか、言わなくて良い事まで言ってしまうのが玉に瑕だった。けれどもそれも成長かなと、絵名は微笑ましく思うのだった。

 

「じゃあ、絵名も紹介しとくね」

「は? 待ちなさいよ! なんで私まで!? そんな時間ないわよ!」

 

 突然の言葉に、絵名は音を立てて立ち上がる。周りの目線が一瞬絵名の方を向いたが、皆すぐに自分のセカイに入った。

 まふゆはそんな絵名を横目にスマホを操作している。

 

「相手の人がイラストレーター探してるって。絵名、絵上手いでしょ」

「う、上手くないわよ」

「嘘」

 

 何を持ってして嘘だと思ったのか。そもそもまふゆは絵名の絵を見たことはない筈だった。

 

 絵名は中学時代の記憶を想起する。どう考えても絵なんて書いた覚えもないし、そもそも中学時代の記憶はそんなにない。

 

「美術の時間。すごい絵上手かった。先生も褒めてたよ」

「あ、あれは授業の一環でしょ? そんな称賛されるほどじゃ……。そ、それに私パソコンや液タブ持ってないし」

「買えばいい。絵名、お金持ちでしょ?」

「くそ! 経済力の邪魔!」

 

 奇声を上げながら頭を抱える。八方塞がりだった。別にやりたいわけでもないし、そもそもそんな時間は絵名には存在しない。けれどもまふゆは絵名を誘う気満々だった。

 

「ほら、今から家電を見に行くよ。ちゃんとしたものを買わないと」

「わ、わかったから! 腕引っ張らないでよ!」

 

 絵名はまふゆに促されるまま、店を出る。

 

 人生とは、どうなるか分からない。歩まない道もあれば、思いもよらない道が交差することもある。

 

 そして、本来歩けるはずのなかった未来も、混ざり合って生まれ、新しい道となる。




あったかもしれない、セカイ。それでも彼女たちは道を歩み、出会う。
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