東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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ハッピーバースデー


年に一度の幸福を

 その日は非番だった。珍しく任務も、溜まっていた書類もなく、私は意気揚々とスケッチブックを取り出したのだ。久々の休暇。と言うことは一日中絵を描けると言うことだ。最近は色々忙しく、絵を描く時間をまともに取れていなかったから、私は心を躍らせていた。

 

 さあ、何を描こうか。今日は運良く天気がいい。空の絵でも描こうかな。

 

 思い立ったが吉日。私はいつもの制服とは違うおしゃれな服に着替え、寮の外に出た。四月と言うこともあり外は暖かい。

 

 その前に食堂に行きたかったのだが、何故か其処に行く道が立ち入り禁止になっており、私は肩を落としながら外に出た。麓にはコンビニがあるし別に良いのだが。

 

 暫く歩き、神社の様な所へ出る。最初こそはこんな所に神社があるなんてと驚きもしたが、今となってはもう見慣れてしまい、絵を描きたい時、そして一人になりたい時には此処を頻繁に使用する様になった。

 

 階段の様な所に腰を降ろし、スケッチブックを広げる。そして筆箱からカッターナイフで削った鉛筆を取り出して絵を描く。矢張り此処からの景色は本当に絵になる。

 

 そして暫く集中して絵を描く。本当に、時間を忘れて。矢張り絵を描くのは楽しい。絵を描いている間だけは全てを忘れられる。呪術師の事も、大人の事も、そして才能の事も。描き終わった後で矢張り私には才能がないのかと落胆をするのだが、それでも絵を描いている間はその「楽しい」という感情が勝る。

 

 少し前までは絵を描くのが苦痛でしょうがなかった。絵を描く度に、鉛を紙に押し当てる度に、鉛筆を削っていく度に、命が削られていく様な感じだった。いや、今でもそれは変わらない。

 

 苦しくて、悲しくて、息苦しくて、泣きたくて、傷付いて、悔しくて、絶望して、そしてまた絵が好きだと再確認して。それの繰り返し。正直きが目入りそうだけれど、だけれど絵を止めることは、したくはなかった。これはもう意地だ。

 

 それは大切な仲間に出会ったからだろう。ニーゴのみんなと、そして高専のみんなと。慥かに前に比べて、比にならない程多忙になってしまったが、それでも充実した生活を送れている。

 

 こればかりは、私に呪力があって良かったなと、心から思えるのだった。どんな悲劇だろうと、あって良かったなんて事はないが、それでも彼等、彼女等と出会えた事だけは、自信を持って良かったと言える。

 

 紙に鉛を押し当て命を吹き込む。それが何より楽しかった。下書きが終わったら色鉛筆で色を塗っていく。様々な色を混ぜて、己のセカイを表現する。手が黒く染まり、消しゴムも段々と短くなっていく。そしてまた色を上塗りし、その繰り返し。

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。陽は朝よりだいぶ登っており、暖かかった気温も、僅かながら上昇していた。私は出来上がった絵を目の位置まで持ってきて、確認をする。うん。良い感じじゃない。

 

「今何時かしら……て、もう十二時じゃない。通りでお腹が空いているわけだわ」

 

 スマートフォンを確認すると、もう昼時であり、その時間に合わせて私の腹は悲鳴をあげていた。どうするか。今から部屋に戻ってご飯でも作るか。でもこんな天気がいいのだ。少し外食をしてみたい気もする。

 

 私はメッセージアプリを開き瑞希に声をかける。どうせあいつはまだ寝てるだろう。起こしてやってご飯にでも連れて行こう。

 

 しかし私の予想は外れた。意外にも早く返ってきたメッセージには忙しいからごめんという旨の文章が送られてきたのだ。こんな時間に起きているのは珍しいが、そうか。忙しいのか。ならしょうがない。

 

 今度はまふゆにも連絡をしたのだが、予備校があるからとまた断られた。奏も同様、デモがまだ出来ていないからと。まあ、みんな忙しいよね。大丈夫。別に寂しくなんてない。

 

 しかしどうしようか。高専の他のみんなは今日は任務だと言っていたし。私一人で行くのもなんか気が引ける。

 

 私がうんうんと唸っていると、後ろからの足音に気づく。高いヒールの音だ。

 

「あれ、絵名様? こんな所で何をされていらっしゃるんですか?」

 

 振り返ると、大きめのリボンを後頭部につけてハーフアップにしている女性が立っていた。その端正な顔には大きな傷が右頬から鼻にかけて付いている。

 

「歌姫ちゃん! どうして此処に?」

「少し仕事で。ご無沙汰ぶりでございます」

 

 そう言って歌姫ちゃんはお辞儀をする。まるで従者がやるかのような、そんな古いお辞儀だ。

 

 私は慌てて頭を上げるように歌姫ちゃんに駆け寄る。こんな処遇は、なれないのだ。歌姫ちゃんはそんな私をみて何処か安心したように微笑む。今の歌姫ちゃんはいつもの巫女姿とは違い、ラフな私服姿だった。

 

「ところで、どうなされたのですか? 何か思い悩んだような顔をされていましたが」

「ああ、お昼ご飯どうしようって。こんな天気が良いんだし、何処か食べにでも行きたいのだけれど、みんな任務で居ないし、友達もみんな忙しいみたいで。でももう部屋で食べようかなって」

 

 自分で言っててなんか妙な気分になる。別に寂しいわけではない。決して。

 

 私の言葉に歌姫ちゃんは考える素振りを見せた。

 

「よければ、私がお供しても宜しいでしょうか。実は私もお昼がまだなんです」

「え!? 良いの? でも仕事は……」

「もう終わりました。今はその帰りなんですよ」

 

 そう言って微笑む歌姫ちゃんは天使に見えた。諦めていた所にまさかの希望の光が。矢張り最後まで諦めない人間が勝つのだ。

 

 私は歌姫ちゃんの申し出を嬉しく受け取り、二人で仲良く街へ出かけたのだた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

「それで! 五条の奴ムカつくんですよ!」

 

「あはは、相変わらずだね、二人とも」

 

 ショッピングセンターの中にあるお洒落な飲食店。そこで私は歌姫ちゃんの愚痴を聞いていた。私の記憶の中では歌姫ちゃんと五条先生は言い合いをしていた記憶があるのだが、今もなおそれは健在らしい。その事実が嬉しいというか何と言うか。何処かホッとしている自分がいる。

 

 歌姫ちゃんは明太子パスタを、私はハンバーグ定食とポテトとピザを机の上に並べ、そんな話に花を咲かせているのだった。

 

「絵名様はあいつに何かされてませんか? すぐに言ってください! ぶっ飛ばしますので」

「や、野蛮ね……歌姫ちゃん」

 

 歌姫ちゃんは手でグーを作る。余程五条先生に強い恨みがあるらしい。まあわからなくはないが。私とて五条先生には度々思う事はある。けれども最強だから何も言えないが。けれども歌姫ちゃんのように暴力に出る程はない。それは矢張り過ごしてきた年数なのだろう。そう思うと何か寂しいような。私があのままあそこにいたら。また違った未来になっていたのだろうか。

 

「でも、ちょっと安心した」

「へ? 何がですか?」

 

 私の溢した言葉を、歌姫ちゃんは拾う。

 

()()()()私、歌姫ちゃんと喋れてなかったから。喋れて安心したし、嬉しかった」

 

 そう。私は記憶を取り戻してから、歌姫ちゃんとは喋れないでいたのだ。元より歌姫ちゃんは京都の方で教鞭をとっており、私とは会おうとしても会えないのだ。それが少しだけ、寂しかった。

 

 私がそう言うと、歌姫ちゃんは照れた様に頭を掻く。その姿がなんとも可愛らしく、思わず私は笑ってしまった。歌姫ちゃんは、昔から変わらない。

 

「私も絵名様と会えて良かったです。もう、二度と会えないかと思いましたから。本当に……良かった」

 

 そう言って笑う歌姫ちゃんは、何処か安堵したような顔になった。本当に、こう言う優しいところは変わってない。

 

 思い出されるのは優しい記憶。男尊女卑が根付いているこの呪術界。女の私は矢張りとやかく言われることが多かった。けれどもそこで助けてくれたのが歌姫ちゃんだったのだ。間に入り、相手の胸ぐらを掴み喝を入れてくれた。それが私にとってどれ程救いになった事だろう。今思い出しても胸にじんわりと暖かいものが滲んで行く。

 

「にしても……」

「ん?」

 

 歌姫ちゃんは半目で私の食べている飯に目をやる。

 

「よく、食べますね。その小さい体の何処に入ってるんですか?」

 

 私は口に入れていたハンバーグを飲み込む。

 

「最近すごくお腹が空くんだよね。やっぱ呪術師やってるからなのかな。今まで食べてた量じゃとてもじゃないけど足りなくって。でも大丈夫。それ以上に動いてるから」

 

 そう言って私は親指を立てる。当主になったと同時に特級へ昇級したのだが、その際に私の胃袋は更に大きくなってしまったのだ。けれど太ってしまったかといえばそうでもなく、逆に意識して食べなければみるみる体重が落ちてしまうような体質になてしまった。恐らく日夜問わず何処其処で動き回っているからなのだろう。嘗ての私だったら羨ましがるだろうが、当事者になったらわかる。これは意外と大変だと言うことに。

 

 体力がなければ呪霊なんて祓えないのだ。なんならこの量でもまだ足りないくらいだ。大食いファイターでも目指せるのではないか? まあやる予定はないが。

 

 ハンバーグの次はポテトに手を伸ばす。ふ、瑞希め。一緒に来れば大量のフライドポテトを食べれたものを。自分の運命を恨むのね。

 

 うん。フライドポテトは塩味が効いていてとても美味しい。これは何本でもいける。

 

 あ、そうだ。

 

 私はスマートフォンを取り出してそのフライドポテトの写真を撮る。そしてメッセージアプリを開き、とある人物に送った。

 

「何をしてらっしゃるんですか?」

「ふふふ。私の誘いを断った奴に送ったのよ。せいぜい人差し指でも咥えて悔しがるといいわ」

 

 私がそうしたり顔で言うと、歌姫ちゃんは苦笑いを浮かべる。ふふ、瑞希よ。これは当然の報いだわ。……なんて、ちょっと言ってみたかっただけ。

 

 そのままスマートフォンを閉じてハンバーグを食べる。此処のハンバーグは大きくて美味しい。

 

「そういえば、京都の生徒って、どんな人たち? 私総会以来会ったことないのよね。その時も喋れなかったし」

 

 私はふと、歌姫ちゃんに気になった事を聞いた。呪術高等専門学校は日本で二校しかないらしい。東京と京都。そこに構えている二校は、お互いにライバル校だと聞いた。同じ志なんだし、仲良くやれば良いのに。

 

「みんないい子ですよ。ちょっと癖が強いですけど。今度機会があれば絵名様に紹介してもいいでしょうか」

「え! 是非是非! うわぁ。楽しみだな」

 

 それは願ってもない申し出だ。東雲家当主たるもの、呪術師の顔は覚えておいて損はない。

 

 それから私たちは取り止めのない会話をして、食事を進める。その後、食べ終わった後にまた食後のデザートとしてチーズケーキを頼んで歌姫ちゃんに引かれるのは別のお話。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 夕方、私は寮に帰ってきた。歌姫ちゃんは新幹線の時間があるからと早々に別れ、私は一人でショッピングモールを堪能してから帰路に着いたのだ。矢張り一人だと少し物足りなさがある。今度また瑞希を誘ってリベンジしてみよう。

 

 それにしても今日に限ってみんな予定が入っているなんて、なんか今日は特別な日なのかしら。

「お、居た居た。おーい、絵名」

「あ、パンダくん。任務終わったの? お疲れ様」

 

 図体のでかい動物が此方へ音を立てて走ってくる。その光景には些か迫力があった。それは紛れもなくパンダ君だ。私は其の儘手に持っていた白い箱をドヤ顔で見せる。パンダくんはそれをマジマジと見る。

「ふふ、これなーんだ」

「あ? なんだそれ。ケーキ箱?」

 

 惜しい。中に入っているのはケーキではない。まあデザートというところは概ね正解だが。

 

 私は張っていた胸を更に張る。

 

「クレープです。みんな分の。任務頑張ってくれたからね。文句は受け付けないわよ」

「マジで!? よっしゃー!」

 

 そう言いながらパンダくんは箱を受け取る。……パンダも甘いものとか食べるのかしら。笹の葉じゃなくても良かったのかな。

 

「因みに俺は笹の葉を食わねぇ」

「うわ、思考読まれた? もしかしてパンダくんそういう術式があるの?」

「ふ。パンダくらいになるとお前の考えていることなんてお見通しなんだよ」

 

 パンダくらいってなんだ。それは最早ただのパンダではないのか。もしかして最近のパンダは思考が読めるのか。恐ろしい世界になったものね。

 

「じゃ、今度はパンダくんには笹の葉を買ってこなくちゃね。嫌がらせで」

「やめろ。俺は笹の葉は嫌いなんだよ」

「あら、いいこと聞いたわ」

 

 そう言うと、苦虫を潰した顔をしたパンダくん。その姿があまりにおかしく、思わず吹き出してしまった。というかパンダのくせに笹の葉が食べられないのね。ちょっと意外と言うかなんというか。

 

 パンダくんと楽しく喋っていると、パンダくんはハッとしたように我に帰った。

 

「そうだ。本題忘れてた。絵名、ちょっと来い」

 

 そう言ってパンダくんは私に手招きをする。私は訳が分からず首を傾げた。心当たりがまるでないのだ。

 

 けれどもパンダくんは少し歩いたかと思うと振り返りまた手招きをする。ついてこいということか。なんかこうしてみると矢張りパンダくんは動物そのものだな。まあ本人に言ったら「俺はただのパンダじゃない!」と怒るのだろうが。

 

 言われた通り、私はパンダくんの後をついて行く。行き先は恐らく食堂だろう。この道はよく覚えている。そして何故かパンダくんは私と一定の距離をとって歩いていた。私、なんかした?

 

 食堂の前へ着き、パンダくんはドアノブに手をかけ私を待っている。

「準備はいいか?」

「いや、なんの準備よ。いいから開けるんだったら早く開けなさいよね」

 

 嫌な言い方は良しなさいよ。少し怖いじゃないの。まさか開けたと同時にパイ投げが始まるとかじゃないでしょうね。私、五条先生みたいな無限は持ってないんだけだ。

 

 私が呆れて言うと、クフクフとパンダくんは笑う。

 

「はいはい、仰せの通りに」

 

 そう言ってドアノブを回し、ドアを開ける。

 

 中から照らされる明かり。

 

 仄かに漂ってくる美味しそうな匂い。

 

 そして、小さな破裂音。

 

 パイは飛んで来なかった。その代わり小さな紙吹雪が、私目掛けて飛んでくる。それと同時に、火薬の匂いも混じって、私に襲いかかる。

 

 ──クラッカーだ。

 

「絵名! 誕生日おめでとーう!」

 

 私は降ってくる紙吹雪を一身に浴びながら固まる。

 

 誕生日?

 

 誰が?

 

 私が?

 

 あ……。

 

「あー! そうか! 誕生日か! 私今日誕生日だった!」

「そんなこったろうと思ったよ」

 

 真希は呆れたように笑う。仕方ないじゃないか。本当に最近忙しくてそんな事考えてる暇なかったし。

 

 其処には高専生だけじゃない。ニーゴの姿もある。私を祝うために態々こんな所まで足を運んでくれたのか。

 

 そうか。誕生日か。通りで誰も連絡がつかないと思った。もしかして此処の準備を一日かがりでやっていたのか。そう思うと、何かが込み上げてくるような感じになった。

 

「そんな絵名の為に。僕たちが今日誕生日である絵名の為に。朝から準備に勤しんでいた訳だよ。絵名の為に!」

「三回言わなくても分かってるから!」

 

 恩着せがましいわね、此奴。歌姫ちゃんの言う事が漸く分かった気がする。

 

「まったく、ほんとあんたたちって……。ありがとう。すっごい嬉しいよ」

 

 私がそう言うと、みんな私に笑いかける。

 

 本当に、私は周りに恵まれたなぁ。これ以上の幸福が、この世にあるのだろうか。いいや、どこを探しても此処だけだろう。それ程までに今の私は、満たされていた。

 

「ほら、絵名の好物ばかりだよ! 食べな食べな!」

 

 瑞希に背を押され、席につく。それと同時に沢山の料理が私の目の前に運ばれてくる。そのどれも腹を刺激する食べ物ばかりで、昼あれだけ食べたと言うのに空腹が襲ってくる。いや、マジで美味しそうね。

 

 促されるまま、一口食べる。すると口の中に旨みが広がり、思わず顔が綻ぶ。

 

「美味しい! これ作ったの誰!?」

 

 私が聞くと、人の群れの奥から白い袖から伸びた手が挙げられていた。

 

「はーい。僕でーす」

 

 憂太は自身なさげに顔を覗かせる。私は憂太を横に座らせ、思いっきり背中を叩く。

 

「憂太! あんた天才! 料理人向いてるって!」

「ええ? そうかな? へへ、絵名にそう言われると嬉しいな。自信ついちゃうよ」

「あんた特級でしょ? 自信持ちなさいって。十分あんたはすごいんだから」

 

 そう言ってやると、憂太は照れたように頬をかく。その姿はどこか可愛らしさがあった。

 

 けれど本当にこの料理は美味しい。憂太は将来いいお嫁さんになるだろう。古風ながら胃袋を掴むと言うやつだ。

 

「絵名。誕生日おめでとう。昼間はごめんね。嘘ついて」

 

 そう言いながら側に来たのは眉を下げた奏だった。矢張りあのメッセージは嘘だったのか。

 

「良いのよ。私の為でしょ? だったらこれ以上に無い程嬉しいわよ」

「絵名……」

 

 そう言ってやると、安心したように微笑む。良かった。肩の荷は降りたようだ。奏は良くも悪くも真面目だから、こういう小さい嘘は気にするのだろう。

 

「本当にごめんねー。断っちゃって。もしかして寂しかった?」

「全員に声を掛けてたんだね。暇だったの?」

 

 此奴等と違って。

 

「煩いわね! 別に寂しく無いわよ! 一人でも平気だし、それに一緒に昼食を食べてくれた人もいるんだから!」

「へえ、誰誰? 気になるぅ」

「瑞希の知らない人よ」

 

 私は悪戯っぽく笑っている瑞希から顔を逸らしながらお肉を食べる。うん。このお肉も焼き加減と塩胡椒の塩梅が良い。百点。

 

「あ、えななんが拗ねたー。拗ねなんだー」

「勝手に言ってなさい」

「ごめんごめん。また今度みんなで埋め合わせするからさ」

 

 瑞希はそう言って申し訳なさそうに手を合わせる。正直言って怒りは欠片も無いのだが、私の中に生まれだ悪戯心がまだ許すなと言っている。

 

「もみじ」

「へ?」

「お台場にある鉄板焼きっていうところ、この前会食で行った時凄く美味しかったのよね。そこ奢ってくれたら許すわよ」

 

 私の言葉に、瑞希と奏はポカンと口を開けている。まふゆはというと、言われた直後スマートフォンを取り出し、タップしていた。恐らく言われた所を調べているのだろう。そして普段は動かない眉が、眉間に皺を作る。それだけでも私としては傑作だった。

 

「三十階にある高級鉄板焼き」

 

 まふゆの言葉に二人は揃ってまふゆのスマートフォンに齧り付く。

 

「い、一人前三万五千円……!? 何それ、最早ファンタジーじゃん……」

「さ、流石に其処を奢るのは……」

「別に一人ずつ奢れって言ってる訳じゃ無いわよ。割り勘で勘弁してあげる」

 

 私は其処迄鬼ではない。みんなと一緒に行ければそれで良いのだ。それに鉄板焼きもみじは本当に美味しかったし。

 

「待って……三人で割り勘だとして、一人一万二千円弱の計算になるわけじゃん。でも僕たちも食べたいし、合わせたら約四万円強。……無理だ。こんなお金、服が何着買えると思ってんの……?」

「私も其処迄お母さんに頼めない」

「ど、動画の広告収入でなんとか……。それに絵名の要望にはなんとしてでも答えたいし……」

「奏のたまに見せる人への奉仕信念は一体なんなの……? ボク怖いよ」

 

 三人は輪になって会議を始めていた。それが少し面白く、ご飯を食べながら眺めていた。別に本気で奢って欲しいわけではなかったのだが、まあともあれ、あんなに話し合ってくれているんだ。お言葉に甘えよう。

 

 それからと言うものワイワイガヤガヤと、その宴は夜中まで続いた。それぞれからプレゼントを貰い、この日は本当に忘れられない日になったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「はー。楽しかった!」

「しゃけしゃけ」

 

 星が煌めく夜中の一時。私と棘くんは夜のお散歩をしていた。明かりがなくとも月明かりだけで足元は充分照らされていた。

 

 大人たちはまだ騒いでいるのだろう。奏と瑞希とまふゆは八時ごろには伊知地さんの車で帰って行った。伊知地さんにはまた今度お礼をしなければ。ニーゴの事で沢山お世話になっているもの。

 

 いくら昼間暖かくても、矢張り夜になると少し肌寒く、私はシャツの上にカーディガンを着ていた。棘くんも同じな様で、長袖のパーカーを着ている。

 

「今日は有難うね。態々私の為に」

 

 私はまだ興奮する気持ちを収めることが出来ず、感謝の念を棘くんに伝える。本当、みんなには感謝してもしきれない程感謝をしている。良い教師にも巡り会え、素敵な友達にも恵まれ。恋人にも恵まれた。本当に私は幸せ者だ。

 

 私は将来、この日々を惜しまないだろう。

 

「……しゃけ」

 

 そう言って笑う棘くんは、とても眩しかった。眩しくて、目が眩んでしまいそうな程。

 

 それ程までに、私は棘くんに参ってしまっているのだろう。そう思うとどこかむず痒く、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。少し前までは想像もしていなかった。私が恋愛をするだなんて。正直言って異性との関わりは弟か、最低その相棒くんまでだったのだから。

 

 だから初めて異性とまともに喋ったのは棘くんが初めてなのだ。

 

「こんぶ」

 

 棘くんは思い出したようにポケットに手を入れ(まさぐ)る。私はその行動の意図が読み取れず首を傾げた。

 

 そして棘くんが取り出したのは、小さな箱だった。橙色の、白いリボンでラッピングされた、可愛らしい箱。

 

「え? くれるの?」

「しゃけ」

 

 私がそう聞くと、狗巻くんは頷く。掌サイズの、小さな箱。入っているものはまだ見当がつかない。

 

 それを受け取り、マジマジと見る。ニヤける口を押さえ、「ありがとう」と呟く。緊張からか声はか細いものだった。

 

「……開けてみていい?」

「しゃけ」

 

 棘くんから了承を得、丁寧に、傷をつけまいとその箱を開ける。その間の時間は無言だった。その静けさの中、私の耳には自身の心臓の高鳴りの音だけが、嫌にはっきり聞こえていた。

 

 丁寧に。丁寧に。

 

 そして出てきたものは──。

 

「ネックレス?」

 

 可愛らしい、菫色の、ハート型のネックレスだった。

 

 勢い良く顔をあげ、棘くんの顔を見る。棘くんは顔を逸らしており、此方が顔を伺うことを許さない。けれど髪の間から見えている真っ赤な耳が、全てを物語っていた。

 

 私は顔の熱が上がるのがわかった。恥ずかしいのではない。嬉しいのだ。

 

「──有難う。すっごい嬉しい。本当に、すごく」

 

 私は泣きそうな気持ちを我慢して、棘くんに笑顔を向けた。ああ、上手く笑えているだろうか。幸せすぎて、泣いてしまいそうだ。

 

 本当に、棘くんには喜ばされてばかりだなぁ。

 

「着けたいんだけど、棘くん、手伝ってくれる?」

 

 私の言葉に、棘くんは頷いてくれた。そして私の後に周り、ネックレスのチェーンを首に巻く。それが何やら気恥ずかしくて、どちらも終始無言だった。

 

「すじこ」

「ん。有難う」

 

 付けおわたのか、棘くんは少し離れる。私は付けられたネックレスを眺める。棘くんの瞳と同じ色をしたハートは、月明かりを反射し、宝石のような輝きを放っている。

 

「……どう? 似合う? って、棘くんが選んでくれたんだから似合って当然か。本当に有難う」

「しゃけ?」

 

 私はその場でくるりと一回転して棘くんに見せる。何も遜色はなかったようで、棘くんは親指を立てて肯定の意を示してくれた。それがとても嬉しく、思わずニヤけてしまう。

 

 本当に、私は幸せ者だ。泣きたくなる程に、幸せだ。

 

 私は返せるだろうか。みんなに。こんな私に幸せを与えてくれる人たちに、この恩は、この先の人生で返し切ることはできるのだろうか。

 

 いや、出来る出来ないじゃない。やるんだ。

 

 呪術師は明日生きてるかもわからない命。だったら毎日恩返しのように生きていたって、多くはない。

 

「……そろそろ戻ろうか」

 

 私は踵を返して来た道を戻る。その背中を棘くんは無言で着いてくる。

 

 ふと、手に温かい感覚が伝わる。見てみると、私の手より大きいてが、私の手を覆っていた。

 

 手を、繋がれた。突然の事で飛び跳ねてしまいそうになったが、なんとか手を払わずに済んだようだ。ここで手を払い、棘くんに悲しい気持ちをさせてしまったらいけない。

 

「……明太子」

 

 そう言って、棘くんは微笑む。その笑みの意味を、私は本能的に察した。

 

 本当に、私は幸せ者だ。

 

「うん。有難う」

 

 

 

『誕生日おめでとう。産まれて来てくれて、有難う。生きててくれて有難う』

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