東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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親友だからこそ、伝えてたい事


親友との顔合わせ

 絵名が転校したと聞いたのは、少し前だった。

 

 彰人くんから連絡を貰い、全寮制の学校に入ったんだと聞かされた。

 

 大層吃驚したものだ。高校での転校だなんて聞いたことがない上、何故彰人くんも一緒ではなく絵名たった一人だったのか。絵名に話を聞こうにも連絡が一切取れなかった。

 

 寂しかった。もう、これで絵名と会えないと思うと凄く心細くて、寂しくて、心にぽっかりと穴が空いた気分になった。雫も、みのりも寂しがっていた。けれどそれ以上に私は気が気じゃなかった。

 

 絵名が新しい環境で上手くやれているか。そして、何故転校することを一言でも教えてくれなかったのか。

 

 けれども最近連絡がついた。

 

 暫く連絡がつかなくてごめん、て。こっちは元気にやっているから、て。

 

 声を聞いた瞬間、私は安心したように肩の力が抜けたのが分かった。人は声を聞いただけでこんなにも安心出来るものなのか。

 

 それからいろんな話をした。学校の事、新しい友達の事。説教もした。ちゃんと連絡をしなさい。心配するでしょう、と。そういたら絵名は本当に申し訳なさそうにするので、私はつい許してしまった。我ながら甘いと思う。

 

 そして最後に連絡が来たのは三日前の水曜日だった。その日は私が所属しているアイドルグループ『MORE MORE JUMP』の配信がお休みで、私も特別用がなかった休日だった。一通のメッセージが来たのだ。

 

 土曜日、暇だったら会えないか、と。紹介したい人が居るんだ、と。

 

 私はそれを快く承諾をした。暫く顔を合わせていなかったからだ。私としては是非もない話だった。幸運な事にその日は何も予定は入っていなかった。配信の個人振り返りもしなければいけなかったが、それは急ぎではない。次の日の日曜日にすれば良い事だ。

 

 そして約束した土曜日までの三日間、私は土曜日に予定を入れない為に頑張った。課題も早々に終わらせ、配信や動画撮影も真剣に丁寧にやった。ダンスレッスンも居残りをしてまで完璧に仕上げた。そのどれも、絵名と会う為だった。

 

 私は今、最高のコンディションでカフェで席に座っている。久しぶりに親友と会う為か、自分でも分かる程気合が入っている。遥辺りに見られたら揶揄われそうだ。コップに入れたストローで氷を弄ぶ。

 

 しかし絵名が紹介したい人というのは誰なのだろう。新しい友達だろうか。そうだとしたら、瑞希みたいな良い子が良いわ。まあ、絵名の人を見る目は確かだから何も心配は要らないと思うが。けれども友達か。絵名に新しい友達が出来るのは大変喜ばしい事なのだが、それでも少し寂しい気もする。

 

 絵名の親友は私なのだから。

 

 窓の反射で、己の髪を確認する。久しぶりに会う為、妙に落ち着かない。

 

 すると、窓の外に人かげが映る。顔を上げてみると見知った顔が私に対して手を振っていた。

 

「──絵名」

 

 思わず声が漏れた。

 

 ずっと会いたかった。数ヶ月も会っていないだけなのに、もう何年も会っていない様な、そんな感覚。

 

 目頭が熱くなる。ガラス越しは、妙に遠く感じた。

 

 絵名は其の儘玄関から店内へ入って来て、こちらへ駆け寄る。私も思わず立ち上がり近寄った。

 

 ああ、絵名だ。私の大好きな、親友だ。

 

「愛莉。久しぶり」

「ええ、本当。顔を合わせるのいつぶりかしら」

「ごめんね。時間が取れなくて。取り敢えず座っても良い? 此処じゃ通行の邪魔になるもの」

「ああそうね。じゃあ座りましょうか。……と、そちらは?」

 

 絵名の横には、今時の明るい髪をマッシュルームヘアーにした少年が立っていた。その少年はマスクをつけており、そこからの判断でしか見れないが、美形と言っても差し支えのない顔立ちをしている。この少年が、絵名の爽快したい人物なのだろう。

 

「えっと、この子は狗巻棘くんって言って……その……」

 

 そう言った絵名は少し言い淀む。この少年は一体誰なのだろうか。絵名が私に紹介したい人物とは、少なからず絵名の親しい人間なのだろう。

 

 私の中の悪魔が、少し微笑む。だって仕方ないじゃないか、ずっともじもじしながら俯いているのだから。こちらから悪戯を仕掛けても何もバチは当たるまい。

 

「なあに? もしかして彼氏? 絵名やるわねー」

 

 本当に揶揄いのつもりだった。他意はなく、久しぶりに会ったから少し弄ってやろうと。そう言う魂胆だったのだ。

 

 本当にそれだけなのだ。

 

「………………」

 

 こんな真っ赤な顔で俯くなんて、誰が思おうか。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 人は、予想外の出来事が起きると意外と冷静になれると言う事を初めて知った。

 

 目の前に顔を真っ赤にして座っている我が親友と、その彼氏(であろう)少年が落ち着きがなく座っていた。私はなんとかコーヒーを飲みながら平常心を保つ。

 

「えっと……愛莉。紹介するね。その……彼……氏の……狗巻棘くんです」

 

 段々と語尾に行くにつれ声を小さくしながら私に紹介する。

 

 知ってる。というか、さっきの反応で大凡予想はついていた。

 

「そ、そう。えっと、親友の桃井愛莉……です。……はは、なんだか吃驚しすぎてなんだか言葉が出てこないわ。御免なさいね」

「あ、愛莉が謝る事じゃないわよ。私も急に言って、ごめんね」

「何言ってんのよ。あんたがいつ言おうが私はこんな反応をしていたわ。けど、紹介してくれてありがとうね。嬉しいわ」

「愛莉……」

 

 そう呟く絵名はほっとした様に微笑む。そう、私はただ吃驚しただけで、絵名を糾弾したいわけではないのだ。逆に絵名に恋仲ができたことに対して祝福を贈りたい。

 

 あの絵名が、好きな人が出来たのか。嬉しいような、寂しいような。絵名の一番は私だと思っていたから、やはり少し寂しい。

 

「それで? 馴れ初めを聞かせてよ。あなたたちはどこで、どういう風に出会ったの?」

「愛莉がっつきすぎ。えっとね、初めて会ったのは──」

 

 絵名は狗巻くんとの馴れ初めを、恥ずかしがりながらも語ってくれた。

 

 幼少の頃、家の繋がりで知り合い、諸事情で離れ離れになってしまったが、最近再開して付き合ったと。要約するとそんなことだ。話している絵名は矢張り恥ずかしそうに顔を覆ったりしていたが、その顔はどこか幸福そうだった。

 

 それを見て、嬉しいのだが、矢張りどこか寂しかったり。絵名が一人で大人になってしまったような、そんな感じだ。

 

 だけれど親友の幸福を祝えないような、そんな終わった性格はしていない。絵名を認めてくれる人間が居る。そう知れただけでも嬉しい気持ちは本物なのだ。だから、素直に祝福しよう。

 

 それにしても、なんだが少女漫画のような話だ。再開した幼少の友人と恋に落ちるなんて、歯も溶ける程に甘々なラブストーリーに違いない。きっとそうだ。

 

「へー。なんだか新鮮ね。私の周りには聞かない話だから」

「愛莉、アイドルだもんね」

「……そうね。私はみんなの愛莉ちゃんなのよ? アイドルをする限り、恋愛なんてしないわ」

 

 実際のところ、隠れて恋愛しているアイドルはごまんといる。けれど私はそれを絵名に教えなかった。

 

 絵名の中では、私は完璧なアイドルでいたかったから。

 

 アイドルの内面(暗いところ)は、私たち(業界者)だけが知っていればいい。

 

 私たちは夢を売る仕事だ。現実は非売品なのだ。現実は、売らなくても嫌でもそこにいるのだから。

 

 けれど嘘は言いたくなかった。絵名には、誠実でいたいから。隠すところは語らず、必要なところだけ言う。絵名もそこら辺はわかっているのだろう。だからそのことについて深く追求しようとしない。それがとてもありがたく、そして嬉しかったのだ。

 

「ちょっとお手洗い。愛莉と棘くんは喋ってて」

 

 ……ちょっと待ちなさいよ。何が悲しくて親友の彼氏と二人っきりにならないといけないのよ。気不味いじゃない。

 

 しかし私の心など知ったこっちゃないと言わんばかりに絵名はお手洗いに直行した。恨みの念を絵名の背にぶつける。しかし絵名は振り返ることなく角を曲がっていった。

 

 沈黙が流れる。狗巻くんは私と会ってから一言すらも喋らない。無口な子なのだろうか。

 

 けれども、まあある意味チャンスなのだろう。この子には聞きたい事も、言いたい事も山程ある。

 

「狗巻くん、だよね」

 

 頷く。どうやら本当に無口なようだ。もしかして声帯に病を抱えている子なのかも知れない。そうだとしたら無理に喋らせるのも酷だ。別に言葉を交わさなければ会話ができないなんて事はない。ただ頷いたり、首を横に振ったりでも会話ができる。

 

「……絵名が絵を描いていることは知っている?」

 

 頷く。矢張り知っていたか。もしかしたら幼少の頃も絵を描いていたのかも知れない。中学の時、いつから絵を描いていたか聞いた際、物心つく頃にはもう描いていたと言っていた。

 

「じゃあ、中学時代のことは?」

 

 今度は首を横に振った。これは知らなかったらしい。

 

 これは、絵名の核心をつく話だ。本当は話していいか、話しても許されるかどうか危うい話題だ。しかしこれを知って、尚かつ受け入れてもらえなければ、私はこの子に絵名を任せる事はできない。

 

「絵名はね、本当に楽しそうに絵を描く子だったのよ。見てるこっちも楽しくなるくらいに。だけど……」

 

 そこで私は言い淀み、唇を噛む。あれは、今思い出すだけでも苦しい。出来れば思い出したくない。けれど、そんなわけにはいかない。

 

 絵名の為だ。食いしばれ。

 

「だけど、中学三年の頃、そんな生活は終わった。絵名は、楽しく絵を描けなくなった」

 

 思い出されるのは、目を晴らしながらも絵を描く絵名の姿だった。それはあまりに痛々しく、見ていられなかった。目を、背けたかった。

 

「お父さんに言われたのよ。才能がないって。諦めろって。今まで肯定してくれていた、世界一尊敬する人に、言われたの。それを語ってくれた絵名は、本当に憔悴し切っていたわ」

 

 どれだけ悲しかっただろう。辛かっただろう。あんなのは、裏切りと同じだった。絵名の父親だ。悪くは言いたくはない。だけれど、私も同じ事を言われたら絵名と同じになるだろう。それが尊敬する、自分の実の親だったら尚の事。

 

「私は、アイドル業が忙しくてそこまで気が回れなかったの。今でも後悔してるわ。あの時、なんで真摯に寄り添ってあげれなかったんだろうって。自分の事ばかりで絵名の事を考えてあげれなかった。絵名は、あんな中でも私を気にかけてくれていたのに」

 

 自分だって辛かった筈なのに。絵名は私を気にかけてくれた。私が辛い時には寄り添って、話を聞いてくれた。なのに私は何もできなかった。

 

 彰人くんに任せるしか、できなかった。

 

「それで追い討ちをかけるかのように、美術学校に落ちて、絵名はさらに荒れたわ。本当に、目も当てられない程に」

 

 話していて泣きたくなってきた。どうしたってこの過去は出来れば思い出したくない私の失態。もう、どうする事もできない過去の事。私はその時でも何もできなかった。ただ見ている事しか、出来なかった。

 

「何度も筆を折ろうとして、その度に彰人くん……弟くんに止められた。けれどそれは一時的な応急処置でしかなかった。勿論それも大切よ。弟くんは、自分が出来る事を精一杯やってくれたわ。私が出来なかった事を。だけれどそれだけではダメだった。段々と絵名は窶れていって、自暴自棄になり始めたのよ。それで始めたのが自撮り。彼女にとって、それは己を守る為の自己防衛行為だったのかも知れない。ネットに自撮りをあげれば沢山のいいねがついたわ。私にも自慢してくれるくらい、嬉しかったらしいの。けれど同時に、それは絵名にとってある意味自傷行為(リストカット)をしていることと同じだった。だってそうでしょ? 自撮り垢はたくさんのフォロワーが増えて、イラスト垢は全くと言って良い程伸びない。だから絵の調子が悪い程に、反比例して自撮り垢の更新は多くなってたわ」

 

 そこまで言って、私は喉が渇いたのでコーヒーを飲む。心を、落ち着ける為でもあるけれど。

 

 チラリと狗巻くんの方を見る。彼は依然として無表情を極めていた。顔を顰めるでもなく、況してや同情するでもなく、ただじっと無表情。けれどこの話がどうでもいいと思っている訳ではなさそうだった。

 

「でもね、ある日からそれは減ったの。音楽サークルに、誘われたから。自分たちの音楽に、MV(ミュージックビデオ)をつけてくれって。それはもう嬉しそうだったわ。自分の絵がやっと認められたって。見てるこっちも嬉しくなちゃって。それから、確かにその間も少し荒れることはあったけれど、前ほどは無くなった。絵名はやっと、自分の居場所を手に入れる事が出来たのよ」

 

 今でも鮮明に思い出せる。電話越し、その向こうで明るく報告をしてくれる絵名の姿が。本当に嬉しそうで、こっちもなんだか嬉しくなってきて。今ではそのサークルは絵名にとって大切な場所なのだろう。私にとってMORE MORE JUMPがそうであるように。

 

 やっと絵名は、自分を認めてくれる人たちと出会えたのだ。それが絵名にとってどれ程救いになったかなんて、とても計り知れない。

 

「狗巻くん。これを聞いて、絵名を支える覚悟はある? 絵名は、周りが思っているより不安定なの。一歩外せば底まで堕ちる程に」

 

 だけれど、それでも絵名は崖っぷち。才能がないと言う事が事実なのだとしたら、それは絵名が絵を描いている限り、一生続くものなのだろう。才能という苦しさがどれ程心身を削る苦痛か、私は痛い程分かっている。

 

 終わりがない、谷底。ずっと落ちていき、底はいつ着くのだろうか。いつ自分は地面に叩きつけられるのだろうかと恐怖しながら絵を描いていく。それは本当に苦しい事だろう。

 

 私が聞きたいのはそこだった。

 

 狗巻くんが絵名を支える覚悟があるのかどうか。そこで言い淀むのだったら私は絵名を任せる事はできない。絵名には悪いが、なんとしてでも別れてもらう。

 

 けれど。

 

 だけれど──。

 

 もし、その覚悟があり、それでも絵名と共にいてくれるのなら──。

 

「………………」

 

 狗巻くんは、静かに頷く。その顔は矢張り依然として無表情だ、だけれどその目には、真っ直ぐとした意思が見える。

 

「本当に? 本当に絵名の隣に入れる? なんとしてでも、絵名を守れる?」

 

 また、狗巻くんは頷く。

 

 暫く沈黙が流れる。お互い、目を合わせたまま逸らさない。その綺麗な瞳は、私を反射する。

 

「……わかったわ。其処迄なら、認めましょう。けど、絵名を泣かせたら許さないからね」

「……しゃけ」

「…………ん?」

 

 私が安心したように背もたれに体重を乗せてコーヒーを飲んでいると、突如として魚を言われた。脈絡がなさすぎて呆気にとられる。このファミレスに、鮭の写真なんてあったのかしら。

 

「えっと、急にどうしたの? あ、もしかしてお魚が食べたいのかしら」

「おかか」

「つ、次はおかか? 待って。今の一瞬で狗巻くんの事がよくわかんなくなってきた」

「高菜」

「今度は高菜!?」

 

 な、何? 急にそんなことを言われても分かんないわよ。しゃけ、おかか、高菜……。この三つの共通点は……おにぎり?

 

 もしかしておにぎりが食べたいの?

 

「愛莉、棘くん。お待たせ。ごめんね遅くなちゃって。思ったより混んでてさ」

「絵名! 丁度良い所に! 狗巻くんが壊れちゃった! なんか何を聞いてもおにぎりの具しか答えてくれない!」

「ああ、それ? 棘くんは色々あって普通に喋れないからさ。語彙をおにぎりの具に絞ってるの。因みにしゃけは肯定おかかは否定」

 

 「ねー」と、絵名は狗巻くんと笑い合う。私は立っている絵名に近づき肩を掴んだ。

 

「絵名、付き合う人はちゃんと選びなさい」

「は!? なんで!? さっきまで肯定的だったじゃん! 何があったの!?」

 

 其の後、絵名の弁明によりなんとか私は狗巻くんを語彙を受け入れる事ができた。言い訳をさせて欲しいのだが、私の周りにそんな人はいな方のだ。そりゃキャラ付けで変な語尾をつけるアイドルは居たが、それでもこんな思いっきりな人は早々いない。

 

 何が言いたいのかと言うと、慣れないのだ。

 

 そりゃ、絵名の彼氏だからきちんと慣れるようには努力する。だがしかし暫く待って欲しかった。恐らくすごく時間がかかるだろう。

 

 チラリと二人を見る。パンケーキを写真に収めている絵名と、それをノリノリでサポートしている狗巻くん。なんだか二人はいいコンビのように見える。

 

 本当に、幸せそうだ。

 

 まあ、絵名が幸せそうなら、それでよしとするしかないわね。何がどうであれ、本人が幸福かどうか。重要なのはそこなのだから。

 

 だけれど、絵名を泣かせたら許さないけれど。

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