東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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大切な後輩

「先輩! 向こう行こ!」

「はいはい。分かったから。そんな引っ張らないで」

 

 虎杖の言葉に絵名は苦笑する。けれどもその顔には穏やかなものもあった。

 

 様々な店が並んでいるショッピングモール。虎杖と絵名は二人、そこで買い物をしていた。虎杖は田舎から来たと言うこともあり、東京の街並みにテンションが上がっている様だった。

 

 絵名は画材を買いに街へ出ていたのだが、そこへ丁度虎杖も合流し、絵名の買い物に付き合ってくれたのだった。絵名は快く引き受けてくれた虎杖に、嬉しさ半分、心配の念もあった。素直で良い子なのはとても美点なのだが、それでもどこか心配になる。こんな優しい子が、この先呪術師としてやっていけるのかどうか。虎杖は呪術師では非常に珍しい根明だ。これから不安定になることもあるだろう。その時は、出来る限り手助けをしたい。そう絵名は思うのだ。

 

 特に虎杖など、自分の意思で呪術師になった訳でもないだろう。半ば絵名と同じ経緯で編入したに違いない。少なくとも、虎杖が高専へ編入する時には色々手間が掛かったのは事実だ。その時は東雲家当主である絵名も苦労をしたのだった。上層部への説得。そして編入手続き。上層部への説得だけでも非常に苦労をしたと言うのに、それ以上に仕事が多かったのだ。そしてその上ニーゴのイラストも並行して行わねばならず、この数日は本当に日が早かった。自分で決めた道とはいえ、それでもストレスは溜まった。

 

 目線を横にずらし、虎杖を見る。虎杖はまだ東京の風景にテンションが上がっていた。その姿に、絵名はなんだか微笑ましくなる。

 

 けれど、この後輩の為だと思ったら、結果論になるだろうが、あの忙しい日々も無駄ではなかったなと、思えるのだ。

 

「そうだ、悠仁。服屋行こうよ。良ければコーディネートしてあげる」

「え!? マジすか!? 『えななん』に選んで貰えるなんて光栄っす!」

「もう。えななんって言わないでよ。恥ずかしい」

 

 輝いた瞳を向ける虎杖に、絵名は照れ隠しの如く外方を向きながら口を尖らす。けれど内心悪い気はしていないのも事実だ。絵名は後輩の褒め言葉に弱いのだ。それは絵名が姉だからか、それとも単に単純だからか。若しくは何方もなのか。逆に何方でもないのか。

 

 絵名は虎杖に背を向け、その小さな体を張る。まるで自分が先輩だと誇示しているかの様だ。

 

「さ、行くわよ。時間は有限なんだから」

「うす! 着いて行きます先輩!」

 

 虎杖は絵名の後ろを楽しそうに着いていく。

 

 矢張り後輩は可愛い。そう思う絵名なのであった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

「いやあ、お金まで出してもらって、本当に有難うございます! 先輩!」

「良いわよ。私が選んだんだし、私がお金を出さなきゃね」

 

 ショッピングモールから出てファミレス。二人はお茶をしていた。虎杖の横には沢山の袋が置いてある。どれも絵名がコーディネートした服だった。絵名はそれに目をやり得意げな笑みを浮かべる。今日選んだ服は、絶対に虎杖に似合うだろう。絵名はそう確信していた。折角東京に来たのだ。あの三人で色んな所に行って欲しい。沢山の出会いをして、思い出を作って欲しい。それが、絵名の手向だった。

 

「今日は、どうだった? 楽しかった?」

「うす! あざした!」

「……虎杖くんて、もしかして元運動部だったりする?」

「ううん? オカ研だった」

「その風貌で!?」

 

 虎杖は見るからに体育会系であり、とてもではないがそんなオカルト部に所属しているとは思えなかったのだ。

 

 この鍛え抜かれた筋肉、あのアスリート顔負けの運動神経の良さ。きっと数多の運動部から勧誘されていただろうに、何故それを蹴って文化部に入ったのか。絵名には到底理解し得なかった。何を、如何思って文化部に入ったのか。あの運動神経だったらオリンピックも夢じゃなかっただろうに。

 

「いや、運動部入っても良かったんだけどさ、じいちゃんが入院することになって。それのお見舞いで早く帰れる部活探してたんだよ。うちの学校部活強制だったからさ。そんで席だけ置いているだけで良いオカ研に声をかけられたんだよね。けど入ってみたらまーおもろいの。コックリさんとかしてさ。まあ何にもなかったんだけど。楽しかったなー。先輩たち元気かな?」

 

 そう語っている虎杖は、心底楽しそうにしていた。本当にその先輩たちが大好きなことが、ひしひしと伝わる。それを見て、矢張り絵名は複雑な心境になった。

 

 自分で決めた事だ。何も迷う事はない。これは絶対に必要な事なのだ。けれど、分かっていてもこの気持ちはどうしようもないのだ。

 

 自分と似たような年齢の人間が死を決められ、その人間が今目の前で和かに笑っている光景を見てなんとも思わない程、絵名の呪術師歴は長くはない。どうしても、同情してしまう。それはある意味、絵名の弱さとも言えよう。

 

「そういえば、先輩は呪術師の偉い人なんでしょ?」

「へ? まあ、そうだけど。誰から聞いたの? 五条先生?」

 

 虎杖の唐突な質問に、絵名は首を傾げる。虎杖や釘崎にはそう言う話をした事はなかった。絵名は自ら進んで自分の身分を語る人間ではないのだ。

 

 脳内に候補を羅列する。五条か、夜蛾か。はたまた伊知地か。まあ誰でも良かったのだが。自分で説明するより、他人に説明してもらった方が楽で良い。

 

「伏黒! だからお前も礼儀をしっかりしろって言われた」

「……そう、伏黒くんが」

 

 今の所敬語を使えていない様な……と言う言葉を飲み込んだ。此処で変に水を刺しても良い事はない。敬語があろうがなかろうが、絵名の事は好意的に思っているのだろう。絵名は自分ながらにそう思うのだ。大事なのは体裁ではなく、中身なのだから。

 

「でも私も今年に入って編入してきたのよ。だから虎杖くんと半ば同じ」

「へ!? そうなの!?」

 

 驚く虎杖に、絵名はしたり顔をする。その得意げな顔は、どこか子供っぽさを彷彿とさせた。

 

「ま、だからそんな畏まらなくて良いのよ。高専に居る間はただの先輩と後輩なんだから」

 

 そう、学校に通っている間は身分など関係無い。皆等しく〝生徒〟なのだから。

 

 それにまずそもそも絵名は肩書きだけで優遇されるのは好きではなかった。いや、好きではなかった──ではない。大嫌いなのである。本当に、反吐が出る程。嘗て絵画コンクールにてあの有名画家の東雲慎英の娘だからと言ってそのおこぼれに預かるが如く最優秀賞を獲得してしまったのだが、後に事実を知った絵名は大激怒したのだ。

 

 絵名は純粋に、絵だけを見て評価して欲しかったのだ。その時は受験期間真っ只中。特に父親との確執が出来てしまった直後だったので、絵名の心には深い傷が出来てしまったのだった。

 

 トラウマとなったのだ。

 

 けれども絵名は諦めなかった。絶対に見返してやるという、殺意にも似た反骨精神を胸に、ずっと絵を描き続けてきた。今の今迄、ずっと。

 

 そして今現在、芽が出る気配もなく、描き続けている。

 

「でも先輩、絵と呪術師の両立って難しくね? 俺だったら無理なんだけど」

「難しいわよ。徹夜なんてしょっちゅうだし。偶に私何やってんだろーって思う時もある。だけど……」

 

 絵名はそこで言い淀む。

 

 虎杖の言う通り絵と呪術師を同時に進行することは難しい。やっている最中に虚無感に襲われることも少なくなかった。イラストレーター。呪術師。一つ一つが精神が削られる程に過酷な上、それを両立させるのは、並大抵の努力じゃやっていけない。

 

「けど、自分で選んだ道だし。それに、もう二度と間違えたくないしね」

 

 けれど絵名はそれを選んだのだ。自ら苦しむ道を選び、進む事を決めた。

 

 みんなと一緒にいる為に。もう誰一人として悲しませない為に。

 

 後悔を、しない為に。

 

「……楽しいの?」

「まさか。苦しいのが多いわよ。苦しくて、悲しくて、悔しくて。泣かない夜なんてある方が珍しいわ。私、絵の才能ないしね。何度も辞めたいって思ったわ。でもやっぱり続けてるのは絵が好きだからなのかしらね」

「ふーん。なんか大変そうだな」

「当たり前でしょ? 好きを貫くのって、凄い覚悟がいるんだから」

 

 好きを続けるのは、とても苦労をするのだ。誰かに批判されたり、否定されたり、馬鹿にされたり。それでも続ける。それは、どんなに苦しい事か。絵名は自らその地獄に足を突っ込んだのだ。

 

 毎日苦しい。だけれど、その苦痛も、悪くはないと思うのだ。

 

「……俺は自分で選んで此処に来たけど、其処迄覚悟は決めれねーわ」

此処(呪術師)まで来れたんだから、大したものでしょ」

 

 絵名がそう言うと、虎杖は「そうかな?」と照れたように笑う。

 

 虎杖は本当に人懐っこい人間だ。正真正銘の〝善人〟。そんな彼がこの世界に入って、そして死んでいく。それはあまりに悲しいことだ。けれども彼もまた、絵名と同じように自ら進んでこの地獄に身を置いたのだ。

 

 それはどれ程の勇気がいるだろうか。きっと絵名が思っている以上に怖かったのだろう。

 

 絵名はココアを一口飲む。程良い甘さが口に広がる。

 

(私はただ、この子を支えるだけ──ね。それくらいしかできる事はないもの)

 

 目線だけで虎杖を見る。虎杖は本当に美味しそうにパンケーキを食べていた。本当に、子供の様に。

 

 その姿があまりにも────

 

「あら? 絵名じゃない。奇遇ね」

 

 後ろから、聞き馴染みのある声が聞こえた。凛とした声で、芯のある腹から出したであろう美声。振り返ると桃色の髪をした少女がその赤眼を絵名に向けていた。

 

「──愛莉!」

「久しぶりね、絵名。会いたかったわ!」

 

 桃色の髪をした少女──桃井愛莉は絵名に抱きつく。

 

「私もいるわよ。絵名ちゃん」

「雫も! 久しぶり!」

 

 愛莉の隣に居た大人っぽい色気を放った女性は絵名を見て心から嬉しそうに笑う。日野森雫。どちらも絵名の大切な友人だ。特に愛莉の方は中学からの親友である。

 

 愛莉はチラリと虎杖の方を見て一瞬驚いた顔をして、口角を上げる。

 

「絵名? もしかして浮気かしら。彼氏が居ながら*1

「ち、違うわよ! この子は後輩! 偶々会ったからお茶してだだけなの! 誤解しないで!」

 

 絵名は立ち上がり弁明をする。愛莉もそこら辺は分かっているのだが、きっと分かっていた上で揶揄っているのだろう。

 

「ちょ、ちょたんま! ツッコミどころが多すぎる! え!? 先輩彼氏いたの!? というかその人たちアイドルの日野森雫と桃井愛莉!? すげえ! 俺初めて見た!」

 

 虎杖は頭を掻きながらそう叫んだ。愛莉と雫は虎杖を見てにこりと微笑む。

 

「初めまして。桃井愛莉っていいます。絵名とは中学時代からの親友で、今はアイドルをしてます。よろしくね」

「同じくアイドルをしてる日野森雫よ。絵名ちゃんとは愛莉ちゃんを通じて仲良くなったの」

「虎杖悠仁っす! 絵名先輩とは一学年下の後輩です! よろしくお願いします!」

 

 二人のアイドルに挨拶をされ、虎杖は少し緊張した風だったが、矢張り明るく挨拶をした。それを見た二人は少し微笑ましそうに笑う。

 

「ふふ、なんだか絵名ちゃんと似ているわ。良い子そうね」

「そう? 絵名よりすごく素直そうだけど」

「ちょっと愛莉。それどう言う意味?」

 

 愛莉の言葉に、絵名は頬を膨らませる。自分では素直にしているつもりだったが、割とそうではなかったらしい。

 

「よければ私たちも相席しても良いかしら。私、虎杖くんともっとお喋りがしたいわ」

「……! はい! どうぞどうぞ!」

 

 そう言われた虎杖は嬉しそうに席を開ける。元々この席は四人テーブルだったので、二人くらい入ってもなんのことはなかった。愛莉は絵名の隣へ、雫は虎杖の隣へ座った。大人っぽい雰囲気の雫が隣に座ることにより、虎杖の犬っぽさが際立って見えてしまう。それは愛莉も同じなのか、二人で目を見合わせて笑う。

 

 それから四人は他愛もない話をした。地元の話、アイドルの話、そして学校での話。絵名は虎杖の楽しそうな顔を見て、笑みをこぼす。

 

 いくら両面宿儺の器であっても、自身の大切な後輩であることには変わりはない。ならば死刑執行されるその日まで、守り抜こう。そう、絵名は思うのだった。

 

 

 

 記録──2018年7月

 西東京市 英集少年院運動場上空

 特級仮想怨霊(名称未定)

 その受胎を非術師数名の目視で確認

 緊急事態の為高専1年生三名が派遣され

 

 

 ──内1名 死亡

*1
番外編『親友と顔合わせ』を参照





 初めて見た時、胸が高鳴った。
 
 こんなにも、強い奴が居るのかと。

 己の領域の中でしか眺める事の出来ないその顔は、コロコロと変わり、鈴を転がした様に笑っていた。

 此方もつられてしまう様な、そんな女。

 一見、強者には見えない。けれどもその内には凶暴な何かが隠されている事は確かだった。

 今はそれを何とか抑えているみたいだが、それもいつまで続くかわからない。

 抑えられた獣は、いつしか膨れ上がり、そして破壊するのだから。

 欲しい。
 
 彼女が欲しい。

 そして骨の髄までしゃぶり尽くしたい。

 きっと美味いのだろう。舌か蕩ける程に美味に違いない。

 けれど、それは今ではない。

 今より沢山肥やし、そして順風満帆になった頃に、かぶりつくのだ。

 ああ、楽しみだ。こんな愉快な気分になったのはいつぶりだろうか。

 だからそれまで、誰にも殺されるなよ、東雲絵名。
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