東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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炎の想い

「ねえ、東雲くん。聞きたいことがあるんだけど。良いかな」

「あ? んだよ。そんな改まって」

 

 ストリート街、そこでとある男女四人が準備運動をしていた。誰もが動きやすいジャージを着ており、スニーカーなどをチェックしている。この風貌でスポーツでもするのかと思われるが、四人は歌を歌う為に準備運動をしているのだった。その中の気弱そうな少女──小豆沢こはねは、同じチームメイトである東雲彰人に声を掛けたのだった。

 

「一昨日、袈裟姿の男の人と一緒にいなかった? あの人知り合い?」

「あ、それ私も気になる! あんたこの前も内の店で袈裟を着た大男と喋ってたよね。あれ誰なの? めっちゃ怪しかったんだけど」

 

 こはねに抱きつきながら聞いてきたのはチームメイトでありこはねの相棒である白石杏だ。杏はこのストリート街に構えているカフェの一人娘であり、前に彰人がその袈裟男と話していた時に、その光景を見ていたのだ。

 

 まずったなと、彰人は顎を摩りながら考える。別に見られて困ることは特にないのだが、杏やこはねから姉である絵名に話が言ったら少々面倒臭いことになるのは明白だ。

 

 ここは適当にいなしておこう。

 

「ちょっとした知り合いだよ。そんな深い仲じゃない。それともお前、話の内容を聞いたのか?」

 

 彰人は少し声のトーンを落としそう聞いた。しかし杏はそれに気付かない風で、首を横に振る。

 

「ううん。お客さんの話を盗み聞くなって教えられたから。それとも何? もしかして聞いちゃダメな話でもしてたの? いやらしい」

「は? ちげぇし。ただの世間話だ馬鹿」

「ふーん。あっそ。でも中々見ないよね、あんな服着た人。もしかしてお坊さんとか?」

「まあ、そんな感じだ」

 

 嘘は、言っていなかった。彼はかつて宗教を開いていたのだ。だからこそ、あながち間違いではないのだ。

 

 次に興味を示したのは、彰人の相棒である、青栁冬弥だ。

 

「でも意外だな。彰人にそんな知り合いがいるだなんて。聞いたことなかったぞ」

「まあな。言ってねーし」

 

 正直、話を広げて欲しくなかった。けれども冷たく遇らう事も出来ず、ずるずると話が続く。彼らに袈裟男は新鮮に映った様だった。どうにかして話を逸せないかと辺りを見渡すと、公園に設置されている時計が目に入る。

 

「ほら、お前らさっさと練習始めるぞ。時間がねぇ」

 

 彰人がそう言うと、「やば! 本当じゃん」とそれぞれ歌の練習に取り掛かる。

 

 なんとか難は逃れたと、彰人は一息つくのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「おい。良い加減にしろよ」

「なんだい。出会い頭に悪態だなんて。全くご挨拶だね」

 

 練習が終わり、彰人はその袈裟の男──夏油傑に会いに来ていた。しかしその顔は穏やかなものではなく、眉間には皺がよっていた。見るからに苛立っている。

 

「何度も言っていたよな。人前では声をかけるなって。おかげでチームメイトにバレかけたじゃねーか。弁明がどんだけ大変だったと思う」

「どうでもいいさ。何故私が君の都合を考えなければいけないんだい? 私と君はただ利害が一致しただけで仲良しこよしではないだろう?」

「だったら俺の言うことを少しは聞いてくれ。仲良しこよしじゃなければ話しかけなければ良いだろ」

 

 彰人は頭を抱える。そう言うのだったら其処迄干渉しないで欲しいと言うのが本当のところだった。何処で誰が見ているかもわからない状況で、無闇矢鱈に話しかけられてしまったらたまったものではない。夏油たちとは違って、彰人にはきちんとした()()()と言うものがある。ここでボロを出してしまっては今までの努力が全て水の泡だ。

 

 しかし目の前の彼は素知らぬ顔で寝転がっている。その姿が更に彰人の苛々を増幅させた。

 

「いやあ、いつも澄ましている君のそんな顔が見れて僕は嬉しいよ」

「………………」

 

 眉間の皺が、より一層深くなる。そして悪趣味だとも思った。人のそう言う顔を見て気分が良いなど、どうかしている。

 

 彰人は溜息を付き、ビーチチェアに軽く座る。目の前には広大な海が広がっていた。まるで南の島を想起する様な、綺麗な海だ。普段はこんな所には来ないのだが、今回は特別だ。何故なら目の前の男に物申したいのだから。

 

 横目で彼を見る。普段の袈裟姿とは打って変わって愉快なアロハシャツを着ていた。人の気も知らないで満喫しやがって、と、心の中で悪態を吐く。

 

「お前さ、本当に自分の都合でしか考えられないのどうにかした方が良いぜ。こっちが迷惑被るんだからよ」

「何度も言っているだろう? 君の事情は知ったこっちゃないよ」

 

 話しても分からない男だ。彰人は元来こんな男とは馬が合わないのだ。今は本当に利害の一致で共に行動をしているが、それがなければ一生関わることもなかっただろう。彰人としては、絶対に関わりたくはなかった。

 

 目の前の男は悠々とトロピカルジュースをストローで飲んでおり、完全に此方を舐め腐った態度だ。しかし彰人はいくら言っても反省の色が見えない男に諦めがついたのか、もう溜息を吐くばかりで咎めたりはしなかった。これ以上口論しても時間の無駄である。

 

「んで? あいつらは?」

「ちょっと出掛けてるよ。もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな? どうする? 待っとく?」

「……いや、彼奴等とはなるべく顔合わせたくないんでな。早々に退場するよ」

「そうかい。連れないね」

「俺たちは仲良しこよしじゃないんだろ? 気持ちわりー事言ってんじゃねーよ」

「言う様になったね。私は君の所為で予定が狂われっぱなしだけれど」

 

 夏油が言うには、この呪霊たちと関係を持つのはまだ先の予定だったらしい。しかし彰人が介入したことにより、予定より早く彼等と提携を結ぶ運びとなり、夏油は些か愚痴をこぼしていた。

 

「そう言えば、両面宿儺の器が死んだな。どうすんだ? 虎杖悠仁を仲間に引き入れる作戦が全てパアじゃねーか」

「……さあ、どうかな、それは。もしくはまだ死んでいないかもしれないよ」

「なんじゃそりゃ。訳分かんねー」

 

 夏油の要領の得ない話ぶりに、また彰人は眉間に皺を寄せる。本当に、彰人と夏油は話の馬が合わない。

 

 彰人はスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを見る。そこには己のチームメイトが文面で話をしていた。そのどれもは本当に下らない雑談で、学校ではどうだったか、家族の話など。本当に下らなかった。

 

 しかし不思議と、不快感は襲ってこない。逆に言えば、どこか胸が暖かくなるような、そんな気分にさえなるのだ。彰人も彼等に情がわいている証拠だった。しかし急にテストの話題に移行したのを見て、彰人は早々に退出をした。見てみると、もうやりとり人数が二人だけになっており、彰人と同じ様に学力に些か問題がある杏も退出したとみえた。

 

 頭はよろしくないのだ。

 

「君のお姉さんがこちら側についてくれたら楽なんだけれどね」

「無理だろ。あいつはそんな奴じゃねぇ。その上つくとしても奴らが認めねぇだろ。俺でもギリギリだったんだからよ。じゃあ俺はもう帰るわ。用事も済んだしよ」

 

 彰人はそう言って立ち上がる。本来は文句を言う為に此処迄足を運んだのだ。だから目的が達成された今、此処に長居をする必要性がない。そもそもこの場所自体、彰人にとって居心地の良い場所ではないのだ。

 

 此処は目の前で海に漂っている蛸の様な生物、陀艮の領域内なのだから。

 

「そう言えば、彼らは一体何だい? 随分君と親しかった様だけれど。まさか友達だなんて笑わせてくれるなよ」

「……だったらなんだよ」

 

 彰人は少し声のトーンを落とす。その雰囲気は先ほどとは違い、殺気を纏っていた。しかし夏油はそれすらも愉快と言わんばかりに笑う。その顔すらも、癪に障る。

 

「本当に言っているのかい? これはたまげたな。だって、()()()()()()()()()()()()()? というか、絶対邪魔になるはずだ。なのに何故君はあの子たちと共に居る?」

 

 彰人はそう言われ、目を伏せる。蘇起するのは、己がチームメイトの顔であった。そのどれもは、彰人に笑いかけている。

 

 何故自分は彼等と共に居るのか。終わると分かっていても、何故自分は、彼等と友人でい続けるのか。

 

 ──何故、伝説を超えるなど、戯言をスラリと言えたのか。

 

 彰人は口を噤む。

 

 己でも分かって居ない事を、語源化する事は難しい。彰人はまだ、答えを見出せていなかった。

 

 彼等に対して自分がどう言う気持ちなのか、どう思っているのか、彰人には分からない。分からないからこそ、難しい。

 

「……別に。ただの暇つぶしだよ。深い意味は無ぇ」

「ふーん。あっそ」

 

 夏油は見透かした様に、彰人を見る。それが少し、鬱陶しかった。それから逃れるかの様歩みを進めた。これ以上長居をしたら本当に奴等と遭遇しかねないのだ。

 

「──君は、いざとなったら彼等を殺せるかい?」

 

 進めていた足を、止める。辺りに風が吹き、塩の匂いが彰人の鼻腔を刺激した。

 

 そして静かに、口を開く。

 

「──────」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 彰人は夏油に適当な挨拶を済ませ、ドラえもんに出てくるどこでもドアの様に立っているドアを開け、中に入った。いや、出て行ったと形容するのが正しいと思われた。何故ならその向こうは、薄暗い路地裏に繋がっているのだから。

 

 足音が辺りに反響する。薄暗いが、辛うじて足元くらいは見えるのだ。時刻はまだ5時半。空は明るさを保っていた。

 

『君の目的に友人は不要だろう?』

「……分かってんだよ、そんな事」

 

 誰に聞かれるでもなく、そう呟く。そしてその声は誰の耳に入る事もなく静かに消えていった。

 

 分かっていた。自分の目的の為には、彼等はこの先邪魔になる事は。いつかは離れなければいけない事も。けれども彰人はその機を逃してしまい、ずるずると今の今まで彼等と関係を続けている。此処迄来れば、自分でもどうしたら良いか分からないのだ。

 

 足元では鼠が駆け回る。彰人はそれを避けてまた足を動かす。路地裏だからか地面や外壁は湿気で濡れている。そして路地裏特有の湿った匂いが、彰人は苦手だった。

 

 歩みを進めると、とある男が目の前に現れる。日本刀を持った、スーツの男性である。見るからに真面目そうな黒髪の青年で、彰人を見ると驚いたように駆け寄った。

 

「君! 大丈夫かい!? まさか呪霊に……! 今すぐ保護を!」

 

 どうやら呪術師の様で、学生である彰人の身を案じている様である。

 

「安心しろ。すぐにお家へ送り届けるか……ら……?」

 

 彰人はその男の肩を触る。

 

 瞬間、その触れた方から煙が上がり、そして火の粉が顔を出した。

 

 その男の全身に火が燃え広がるのには時間はそう掛からなかった。熱さで悶える男を、彰人はただ無表情で眺めていた。

 

 男の皮膚が、眼球が、内臓が、毛が、服が、爪が、歯が、そして骨が。全て炎によって燃え盛り、そして跡形もなく消えていく。それすらも彰人はまるで映画でも見るかのように呆然と眺めていた。後に残ったのは地面の焦げだけだった。辺の人間は誰一人として居ない。帳を下ろすべく人払いをしたのが仇になったのだろう。

 

 そしてその残骸を足蹴にして前へ歩く。その顔には罪悪感のかけらもなかった。彼の頭には、依然として夏油の言葉が反芻される。

 

 いざとなったら冬弥たちを殺せるか。

 

 答えは決まっている。

 

「──殺せるよ。どんな形であれ、俺は今の様に彼奴等でさえ、難なく殺せるんだろうな」

 

 そう、自分に言い聞かせる様に呟く。そしてスマートフォンを取り出し、写真フォルダを見た。そこには、幼き頃の彰人と、その姉である絵名が写っている。

 

「俺の目的は、呪術師をより多く殺す事だ。だから、勘違いすんなよ、彰人(お前)

 

 彰人の呟きは、反響する事なく、消えていった。

 

 辺りには何もない。だけれど焦げくささだけは、そこに確実にあった。

 

 

 

 




●じゅじゅさんぽ

夏油「そう言えば雑談なんだけれど」
彰人「帰ってもいいか?」
夏油「世界では猫と犬、買われているのは猫が多いらしいよ」
彰人「聞けよ。つーか本当にどうでもいい話だな」
夏油「犬が嫌いな君からしたら嬉しい話だろう?」
彰人「いや、別にどうでも良いし。今度こそ俺は帰るからな」
夏油「ああ、ちょっと待ちたまえ。もう一つ伝えておかなければならないことがあったんだった」
彰人「……んだよ」
夏油「下り坂と上り坂。どっちの方が多いでしょうか?」
彰人「くだらねー! 上り坂!」
夏油「正解は同じ数でした!」
彰人「もう帰らせてくれ!」
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