東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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違法トーナメント

「………………はぁ」

「……絵名、お疲れだね」

 

 目の前で溜息を吐く絵名に、奏はそう語りかける。絵名は見るからに窶れており。ファンデーションで隠しているが、きっとその下も隈ができている事だろう。その姿はまさしく疲労が擬人化したかのような出立ちだった。絵名的には上手く隠しているつもりであるが、本当の所は本当に隠れているのかすらも定かではない。

 

 だからこそ、奏の心配は、少し嬉しかったのだ。

 

「うん、ちょっと疲れてるかも。最近色々あったし、それにこの打ち上げが終わったらまた仕事に行かなきゃいけないし。明日は京都に出張」

「わあ、大変だね。なんかまるで社会人みたいだ。絵名が一足先に大人になってしまうなんて、ボクは悲しいよ」

 

 およよ、と瑞希は泣き真似をする。それを絵名は冷ややかな目で眺めていた。瑞希のこう言う態度は初めてではないにしろ、疲労が溜まっている今の絵名には、ツッコミをする元気はないのである。

 

 絵名の代わりと言わんばかりに、口を開いたのはまふゆだった。

 

「瑞希。私たちは瑞希より一つ年上なんだから、瑞希より一足先に大人になることは当たり前なんじゃないの?」

「まふゆ、そう言う事じゃないんだよね」

 

 瑞希のボケに、まふゆは正論でツッコむ。どうやらまふゆには瑞希の冗談は分からなかったようだ。瑞希の訂正も、「へえ、そうなんだ」と無表情で言っていた。その声色には、なんの感情も乗せられてはいない。

 

 絵名は奏と顔を見合わせ、微笑む。この何気ない平和な時間が、何より幸せなのだ。

 

 四人が集まったのは、新曲の打ち上げである。彼女たちは新曲をアップする度に打ち合わせをするようにしているのだ。絵名にとって、この打ち上げはとても大切なもので、特に高専へ編入してからは必ず時間を作っていく様にしているのだ。そうでもしないと学校が違う上に忙しい絵名は彼女たちと顔を合わせられないのである。

 

 例え今日の様に疲労困憊でも、這ってでも行く。周りの人に止められようが振り切って行く。そんな執念が垣間見得た。

 

「午後の仕事って何するの? 聞いてもいい?」

 

 奏は控えめに絵名に問うた。恐らく秘匿事情が多い呪術師である絵名に配慮してだろう。その配慮が少し嬉しく感じつつ、絵名は隠す事でもないので、「そうねぇ」と呟いた。

 

「停学中の三年に会いに行くのよ」

「え。停学中って、何やったの?」

 

 絵名の言葉に、瑞希は顔を顰める。停学だなんて、普通に生きていれば触れる事もない事態だ。勿論絵名も小中で停学になんてなった事はない。当然、伊知地から聞かされた際には吃驚したのは言うまでもない。

 

 けれどもその理由を聞いて、少し同情の念が湧いてしまったのだ。

 

「去年の十二月に暴力事件を起こしたらしいの。その殴ったのが保守派の人間でさ。それで停学」

「うへぇ。呪術師おっかない」

「返す言葉もないわ」

 

 瑞希の言う通り、呪術師はその仕事内容上、イカれた考えを持っている者が多く存在する。絵名はまだその三年と会った事はないが、これから会うとなると、胃が痛むのを感じる。下手したら殺されないかが心配なところだ。

 

 けれども暴力事件と言っても、理由が理由だけに全面的には責められない。保守派の考えもあったのだろうが、今回ばかり絵名は三年の味方だった。

 

「それに今度京都校との交流会があるから、ちゃんと訓練しないと。あー本当呪術師って疲れる。まあ自分でやるって言ったんだけどさ」

「へー。交流会。何するの? ジェンガ?」

「なんで呪術師の交流会でジェンガしなきゃなんないのよ。絵面的にやばいでしょ」

 

 今度は自分のボケが突っ込まれ、瑞希は満足そうだった。

 

 一月半後、姉妹校である京都府立呪術高等専門学校との交流会が控えており、絵名はその準備に追われて居たのだ。今年は三年も居ない上、乙骨も任務で海外に行っている為、人数合わせで一年にも声が掛かる事は明白だ。きっと伏黒と釘崎も参加するのだろう。

 

 絵名は初めての交流会で、少し緊張をしていた。その緊張は、慢心しない為の鎖には十分だった。

 

「それで、何するの?」

 

 話を戻すべく、まふゆは無表情ながらに首を傾げる。こう言う話題でも自分から話に入っていく姿勢に、絵名は成長を感じた。

 

「うーん。殺す以外何をしても良い呪術合戦って言ったところかしら。一日目に団体戦、二日目に個人戦ってなってるわね」

「え? 戦うの?」

「安心しなさい。きっと、多分殺されないから」

「保健かけまくらないで!」

 

 飛び跳ねながら瑞希はそう言う。

 

 彼女たちにとって、戦闘と言うのは物語の中の話であり、どうも現実離れしていたのだ。

 

 対する絵名は、もう覚悟が出来ており、緊張はあれど、不思議と恐怖感はなかった。矢張り先の戦いが功を成したのか。経験がものを言っている。それは慢心などではなく、己の実力の自信。

 

 もう、自分を卑下する事は辞めたのだ。

 

「でもやるからには、負けないわよ。私」

 

 自信満々に、絵名はそう言う。その顔は晴れやかなものだった。それを見て、瑞希たちは矢張り微笑んだ。

 

「やっぱ変わってないね。絵名。かっこいいよ」

「まあね。でも多少なりとも成長したと思いたいわ」

「大丈夫だよ。絵名はちゃんと成長してる」

「か、奏ー」

 

 絵名は、感激した様に抱きつく。奏は絵名を肯定してくれる為、絵名は奏に弱いのであった。それが奏の罠だともつゆほども知らずに。

 

 まふゆと瑞希は二人をなんとも言えない顔で眺めているのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「で、なんで私が態々栃木まで来なきゃいけないのよ。バカじゃないの?」

 

 東京を発って約二時間。漸く着いた所は土地勘も全くないような他県の地、栃木県だった。当然栃木になんて行ったことがない絵名はその未知なる土地に理不尽な怒りを覚えていた。

 

 まるで先程までのサークルメンバーの打ち上げが全て夢の中の様に感じられた。絵名の脳内で、霧の様に、まるで遠い昔の思い出の様に思い出される。

 

 五条の話によると、三年生は現在栃木の立体駐車場跡地で賭け試合の胴元を行って小銭を稼いでいるらしかった。それも、呪術師同士の殴り合い。

 

 思い切り呪術規定に背いているあたりの性格は窺える。もしかしたら上層部への嫌がらせのつもりかもしれないが。どちらにしろ、破っていることは確かなようだ。

 

 しかし絵名は今日、それを咎めるつもりで来てはいなかった。他に目的があるのだ。

 

「さてと。立体駐車場は……あったあった。あそこね」

 

 ()()()()の様な出たちであるそこは、廃墟の様にボロボロだった。ここに来るまで一人の人間ともすれ違わなかった。なるほど。これは賭け試合の場にはもってこいだなと、一人でに感心するのであった。

 

 仕切りを跨ぎ中に入り、更にその空気に押される。そしてそこには如何にも門番ですよと言わんばかりの巨大な肉体を持った男が、絵名を見つけるや否や凄みながら此方へやってきた。雑魚が威勢を張っているだけ。絵名の目にはそう見えた。

 

「帰れガキんちょ。此処は溜まり場には向かねえよ。それにお前のような見るからに箱入り娘が来て良い場所じゃねぇんだよ。一二の三で回れ右だ。それ以外の選択肢は俺に殴られる」

 

 殴る、と申告しているあたり、絵名にまだ猶予を与えてくれているのだろう。見たところ、女子供相手にも容赦はしない性質(タイプ)らしい。そこには絵名は好感は持てた。

 

 しかしここで絵名は引き下がることはしなかった。どうしても三年に会いたかったし、そもそも目の前の男に負ける気はなかったからである。

 

「早急にお金が必要になってね。噂を聞いて此処に来たのよ。だから賭け試合に出場させてくれない?」

 

 瞬間。

 

 男の拳は振り上げられ、絵名目掛けで飛んでくる。

 

 絵名は逃げることなく、その拳を待っていた。しかしその拳は絵名の皮膚に触れる事はなかった。絵名の目の前スレスレで止まり、眼前にはそいつの強く握りしめられた指と、そこから生えている産毛が広がっていた。

 

 汚い景色だ。

 

「ルールその一。『賭け試合(クラブ)について口にしてはいけない』答えろ。誰に聞いた。お前を殴るのはその後だ」

「知らないわよ。ネサフしてる時に偶々見つけたから。けど昨日見た時には消されてて。多分そのアカウントはもう無いわよ」

 

 あながち嘘ではない。術師と思われるピクシェアのアカウントに、密かに此処のことがつぶやかれていたのだ。しかしその内容な本当に匂わせる程度で、確信は突いてこそはいなかったが、それでも絵名の証言に辻褄を合わせるのにはもってこいだった。

 

 尚、本当にそのアカウントは消されていた。

 

「ここ、呪術師の選手しかいないんでしょう? なら、私も適任だと思うの。 上手く観客に()()()()()()

 

 絵名の言葉に、その男の眉がピクリと動く。手応えはあるようだ。

 

 此処は賭け試合。ならば観客に観せる事を目的としている。謂わばビジネスだ。だったらこの申し出は無視出来ないものだろう。それに今晩の選手が急に欠席している事は把握済みだ。リンの手によって。

 

「少し待ってろ。胴元(ボス)に打診してやる」

 

 そう言って男はスマートフォンを取り出し、何処かへ電話をかけた。

 

 一人取り残された絵名はその場に立ち尽くしていた。

 

 普通に会う事は叶うまい。ならばこのトーナメントに出て近づく方が手っ取り早い。そう考えたのだ。

 

 勿論高専生というのは隠している。相手が規定違反を犯している現在、その関係者と知られてはせっかく繋がった糸も切れてしまう。だから今の服装はラフな動きやすい服装で、制服は着ていない。

 

 電話が終わったのか、男はスマホを耳から離して此方へ歩いてくる。

 

胴元(ボス)からお許しが出た。今夜のシード枠にお前を当てる」

 

 首の皮一枚くらいは、繋がった。

 

「本当? 嬉しいわ」

 

 けれども思惑がバレないように、慎重に言葉を選ぶ。此処でボロを出してしまったら全てが水の泡だ。

 

「では、また今日の夜来い。それまでに準備しておくんだな」

 

 そう言って男はどこかへ消えた

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「見られてたよ」

「そうね。気付いていたわ」

 

 人気のない公園のベンチに座り、絵名はホログラムで出て来たリンと作戦会議をしていた。

 

 あの駐車場には、防犯カメラが複数取り付けられていた。確実に三年はそこに居る。だからこど、絵名はずっと気を張っていたのだ。一つ、1ミリでも不審な行動をすれば全てが狂ってしまう。

 

「……殺されるなんてことは無いよね」

「殺されない為には勝たなきゃね」

 

 勝算があるかと言われれば、無い。作戦会議と言っても、行き当たりばったりになる他ないのだ。出て来た相手を殴り倒す。ただそれだけだ。

 

 それが可能かどうかは相手や己の力量にもよるが。

 

「今回の相手ってどんなの?」

「ただの術式が扱える人間っぽい。等級も与えられていない未登録の術師だよ。強さで言ったら二級くらい」

 

 リンはその性質上、ネットワークには幅広い。賭け試合(クラブ)のネットワークに侵入して、情報を抜き取って来たのだ。その幅の広さに絵名は脱帽する。本当に尊敬と感謝しかない。

 

「二級か。手強いわね」

「〝特級〟が何言ってるの?」

「そうじゃなくて。二級って言ったら要は伏黒くんと同じ強さよ。舐めてかかる相手じゃないわ」

 

 呪術界において、二級以上はエリートと呼ばれる。ならば相手は伏黒と同等と考えた方が良さそうだった。まあ同じ等級でも力の差は結構アバウトなので、用心しておくことに越した事はない。

 

「ま、交流会前のウォーミングアップとでも思っておけばいいわね。さて、試合前に何か食べとこうかな。あ、それとも食べない方がいいかしら。試合中に戻したら結構恥ずかしいし」

「食べといた方が良いんじゃない? じゃないと万全な力が出ないでしょ」

「それもそうか。じゃあスーパーでなんか買って二人で食べよっか」

 

 絵名の言葉に、リンは嬉しそうに頷く。

 

 今現在夕方の五時。

 

 試合の時間は刻一刻と迫った来ている。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 夜中の丑三つ時。絵名は立体駐車場跡地で試合の説明を受けていた。

 

「ルールは二つ。〝逃げるな〟、〝術式は使うな〟」

「どうして? 術師同士の試合じゃないの?」

「客は殆ど非術師。謂わば見えない側だ。見えない勝負をされても盛り上がらん。そして〝逃げるな〟の方は客の見える範囲で戦えて事だ」

 

 どこまでも客第一の考えだ。本当にビジネスなのだろう。考え方によっては好ましいことこの上ない。

 

 しかし術式を使うなというのは予想外だった。絵名は初めから術式を使う前提の話をしていたので、それを知った今、勝算は大幅に下がってしまった。

 

 三年の先輩に会うにしても、まずは勝ち進めなければ意味がないというのに。

 

「ねえお兄さん。昼間気になっちゃったんだけど、胴元(ボス)ってどんな人なの? やっぱ術式使える?」

「当たり前だろ。じゃなきゃこんな賭け試合(こと)企てねーよ」

「あ、そりゃそっか」

「ったく、大丈夫か? この女。お前絶対顔や男だけで生きて来たタチだろ」

「えー。ひどいわね」

 

 偽るは莫迦な女。こうして油断させておけば、変に疑われる事はないだろう。

 

 それにしても嫌な解釈だと、心の中で悪態をつく。

 

 絵名のこれまでの人生。男に走った事はなかった。これでも血反吐を吐きながら、泥水を啜って生きて来たのだ。そんな馬鹿にされる言われはない。そんな女と一緒にしてほしくはなかった。

 

「なんだ? 狙ってんのか? 胴元(ボス)の事。ちなみにあの方にはもう相手はいるぞ」

「え!? 恋人いるんだ。まじでどんな人なのよ」

 

 それは意外だった。イメージ的には孤高のソリストの様な印象があったのだが、そうでもなかったらしい。絵名の脳内に、女を侍らせ、金をばら撒く男の光景が流れた。

 

「ま、会いたくは此処で上手くアピールすることだ。したら声がかかるかもな」

「そう。簡単ね。観客に受けるように暴れればいいってことね」

 

 絵名はそう言って指を鳴らす。それを合図に男は扉を開けた。

 

 (フロア)をぶち抜き、上の階が観客席、そして下の階が試合会場(リング)になっている。見るだけでも壮大だ。どことなく格闘技の試合を思い出させる。

 

 目の前には、矢張り筋肉隆々な男が準備運動をしていた。体格差では、当然ながら絵名が不利である。

 

「さあ今夜も始まりましたガチンコファイトクラブトーナメント! 実況はお馴染みジョン☆ボビがお送りします!」

 

 アナウンスと共に会場は盛り上がり、熱狂に包まれる。その全てが絵名の高揚を刺激した。

 

 絵名は狂戦闘(バーサーカー)ではないのだが、矢張り強い相手と戦うのは心躍るものがある。

 

「早速ゴキゲンな対戦カードを紹介するぜ! 突如現れた刺客! 天使の様な面を引っ下げてどのような狂気を隠しているのか! 死の天使(エンジェル)! エナァァカガミネェェェ!」

 

 ネーミングセンス皆無である。聞いている此方が恥ずかしくなって着てしまった。

 

 因みに苗字は変えてある。東雲は呪術師の総括。名札を引っ提げて戦場に行くバカはいないだろう。よってリンの苗字を借りていたのだ。

 

「その筋肉て血の雨を降らせてきた新生! イッペェェェタカァァハシィィィ!」

 

 対戦相手は高橋一平というらしい。無難な名だ。

 

 絵名は体制を正し、構える。体術訓練はやったことがある。今日はその実戦だと思えば安かった。

 

 相手も同じように構える。顔にはニヤケ面が張り付いており、完全的に此方の事を舐め腐っていた。

 

 絵名の性格上、舐められるのは嫌いだった。だからこそ、こいつは再起不能にすると固く誓ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「……熱が冷めていく」

「あら? どうして金ちゃん」

 

 とある一室。複数のモニターの前に二人の男女が座っていた。片方は口元にピアスを開けた今時の女性。そしてもう片方は見た目が三十代前半の様な見た目をしている。その二人はソファにだらしなく凭れ掛かり、退屈そうにモニターを眺めていた。

 

 この二人こそが、絵名の探している三年の先輩だった。

 

「賭けってことは謂わば〝運〟だ。初めから結果がわかっている勝負は賭けにはならねぇんだ。それに相手は女と来た。どうせ人生を舐め腐ったアバズレだろ。トー横に居そうだ。そんな奴がこのトーナメントを勝ち進むなんて考えられん」

「辛辣ね、金ちゃん」

「事実を言ってるだけだ」

 

 男はビールを飲み干す。男にとって、賭けというのは相当深い思いがあるらしい。だからこそ、今回の試合は退屈でしょうがなかった。

 

「でも金ちゃん。そうでもないみたいだよ」

「あん?」

 

 女の言葉に、男は目線だけ動かし、モニターを見る。

 

 そこには高橋を一方的に痛めつけている少女の姿があった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「が……は……!」

 

 一発、また一発と絵名は男を追い詰める。

 

 しかし自分本位にならない様に、上の観客に魅せるように調整をして、手加減をする。

 

 魅せ方は、絵名が一番わかっていた。

 

 要は相手に拳を出させる暇を与えなければいい。この舐め腐った男を叩きのめすには、それで十分だった。

 

 派手なアクションを挟みつつ、絵名は着実に男を殴っている。しかし此の儘ではでは早々に相手がギブアップしてしまう為、絵名は口すらも挟めない程に拳を振るう。何故なら先ほどの笑みがむかついたから。

 

 理不尽極まりないと、自分でも思っていた。しかし試合は違法だが合法。誰にも文句は言わせない。

 

 この男も弱いわけではない。きっと前までの絵名ならひとたまりもなかっただろう。しかし今の絵名は場数を踏んでいる。

 

 真希やパンダの拳の方がまだ痛い。

 

 そしてフィナーレが近づき、顎を殴り、アッパーをお見舞いする。

 

 男は吹き抜けた(フロア)に吹っ飛び、下に落ちる。

 

 歓声が上がり、客の高揚は最上級まで上がっており、会場は熱気に包まれた。

 

 勝負あり、だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 試合の終了を告げるアナウンスが、モニターから響く。男は食い入る様に見ていた。

 

 目の前には絵名が勝利の拳を突き上げている映像が流れている。

 

 どうやら、ただのアバズレという認識を改めねばいけないようだった。

 

 そして例の門番の男に電話をかける。

 

「トーナメントが終わったらアイツを屋上へ上げろ。どーせ勝ち残る」

 

 電話口で意義を唱えているが、それは知ったこっちゃなかった。

 

「しかもアイツは魅せ方を()()()()()。こいつは使えるぞ」

 

 男が見ていたのは絵名の強さだけではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、男の目に止まったのだ。

 

「いつも言ってんだろ。熱は熱いうちに……だ」

「それ馬鹿っぽいよ、金ちゃん」

 

 したり顔で、その男──(はかり)(きん)()は堂々と間違った諺を言う。そしてそれに文句をいたのは隣に座っている女──(ほし)()()()だった。

 

「アイツの名前、なんて言った?」

「確か鏡音絵名だって。なんか鏡音なんて、あのボーカロイドみたいな苗字だね」

 

 秤は綺羅羅の言葉を無視してまたそのモニターを凝視する。そこには監視カメラ越しに秤らを見ている絵名の姿があった。

 

 その姿に、秤は口角を上げる。

 

「こんなにザワつくのは、元カノがリボ払いしまくってた時以来だ」

「元カノの話はやめて」

 

 

 




●じゅじゅさんぽ

リン「……絵名、何この量」
絵名「え、だってこれから試合よ。沢山食べて気合い入れないと」
リン「だからって、こんな……。安直な〝カツ丼〟に、唐揚げにオムライスに餃子に春巻きに煮物にお寿司に刺身に……。その上デザートにプリンとチーズケーキとシュークリームなんて。こんな食べてたら太るよ」
絵名「大丈夫。食べた分、今夜のトーナメントで消費するから」
リン「無駄に説得力あるのなんなの?」
カイト「……なんだ、この見てるだけで胃もたれする量は」
絵名「願掛け。私賭け試合のトーナメント戦に出るから。応援してね」
カイト「は?」
絵名「ファイトー」
「「おー」」
カイト「誰かどうにかしてくれコイツらを」
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