東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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三年とご対面

 一人、二人と、絵名はまるで小指を折るかのように相手を薙ぎ倒していった。突然の新星に、会場は大いに盛り上がり、それに対して絵名は少しだけ辟易していた。

 

 勿論、ここ数日の疲れもあるのだが、何より此処の空気は吸っていて気持ちの良いものではない。絵名は段々と退屈を感じ始めていたのだ。

 

 何故三年に会いに来ただけなのにこんな事をしなければいけないのか。こんな時間があるのなら絵でも描いていた方がもっと有意義な時間だ。

 

 そして最後の対戦相手をストレス発散の如く殴り倒し、絵名の勝利で幕を閉じたのだ。

 

「それで、これからどうすれば良いのよ。もう勝利しちゃったんだけど」

 

 監視カメラから死角になっている柱の裏で、絵名はリンを呼び出す。トーナメントで勝ち進んだのにも拘らず、一向に声がかからないのだ。

 

『分かんない、もしかしたら此の儘呼び出されずに1日が終わっちゃうかもね』

「マジで? それは絶対に嫌なんだけど。何の為に私が体を張ったと思ってんのよ」

『私に言われても』

 

 リンの言う通りだ。こればかりはリンにあたってもしょうがない。

 

 そもそもの話、男は声が掛かる〝かも〟と言っていただけで、確実に掛かるとは言っていなかったのである。

 

 絵名は溜息を吐きながらしゃがみ込む。疲れが一気に来たのだ。

 

 今すぐ寝たい。それか横になりたい。明日には京都にも行かなければいけないのだ。この疲れを明日に持っていくことは理想ではなかった。

 

 しかし此処迄来たらもう帰ると言う選択肢はない。何がなんでも秤と綺羅羅に会うつもりだった。

 

「もう見張りの奴らを全てぶっ倒して無理矢理にでも乗り込もうかしら」

『絵名落ち着いて。疲れで冷静な判断が出来なくなってるよ』

 

 自棄になっている絵名をリンは嗜める。そうなれば秤と会える確率は限りなく0になってしまう。それは絶対に避けなければいけない。

 

「ちょっと水を買ってくる。流石に自動販売機は生きてるわよね」

 

 ふらふらとした動きで立ち上がり、自動販売機へ歩き出す。

 

「わあ」

「へ?」

 

 目の前に、少女が現れた。

 

 口元にピアスをしており、なんだかクラブとかに居そうな出立ちをしている彼女は、驚いた風に絵名を見ていた。

 

 絵名は驚いていた。自分の他にこんな若い女の子が居ようとは。自分も言えたことではないが、此処は女の子が来る様な所ではない様な気がした。

 

「君が、鏡音絵名ちゃん?」

「え? そう、ですけれど」

 

 絵名が肯定すると、女は安心したようににっこりと笑う。

 

「金ちゃんが会いたいって。着いてきて」

 

 どうやら、なんとか此処迄漕ぎ着けたようだ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 連れて来られたのは、屋上にあるモニタールームだ。そして目の前には〝(やから)〟と言う言葉が似合う、老け顔の男が威風堂々と座っていた。普通に過ごしていれば、絵名とは全く関わることのない人種だ。

 

「わぁ、モニターがいっぱい。胴元(ボス)って言われている人に呼ばれるなんて嬉しいな」

 

 そんな呑気な事を口にする。当然本心ではない。莫迦を演じて、手がどう出るのか観察するのである。出入り口には先ほどの女性──星綺羅羅が座っている。逃げ道はない。

 

 ──さあ、どうする。

 

 飲み物を飲んでいた秤は、其の儘缶を机の上に置き、身を起こして話す姿勢に入る。

 

「最初お前を見た時、人生イージーモードの特に苦労も知らないアバズレだと思っていた」

「………………」

 

 内なる仏を総動員させて鬼を沈める。

 

 のっけからこんな失礼な人間は初めてで、絵名の血管は膨れ上がる。まだ初対面のまふゆの方がマシなレベルだった。眉がピクつくのがわかった。

 

 絵名が何かを言う前に、秤がまた口を開く。

 

「けどお前の戦いを見てその認識を改めた。お前はアバズレなんかじゃねぇ。魔女だって」

「……はい?」

 

 言っている意味が全く分からないが、どちらにしろ悪口だと言う事は分かる。

 

 絵名は我慢の限界だった。慥かに三年に会いたいと思った事は慥かだが、こんな屈辱を受ける謂れはなかった。そもそも絵名は温厚のタチではない。言われたら言われただけ噛みつく。それが本来の東雲絵名なのである。

 

 一言言ってやろうと立ち上がろうと手に力を入れた。

 

 しかしそれを実行する前に、それは秤によって制された。

 

「お前はそんな莫迦な奴じゃない。いい加減やめたらどうだ、その猿芝居は」

 

 心臓が強く跳ねる感覚がわかった。

 

 見抜かれていた。

 

 いつからかは分からない。だけれど絵名の中身(本性)は、秤にはお見通しだったようだ。

 

 見抜かれたのだったら、話は早い。

 

 絵名は深呼吸をし、先程迄の笑顔を崩し居住まいを正す。

 

「そうね。いい加減このキャラに疲れてきたわ」

「お、それが本性か。中々面白い」

 

 秤はコップを取り出し、絵名に渡す。

 

「飲むか?」

「お酒以外で」

「なんだ、弱いのか?」

「うん。前に無理やり飲まされて、二日酔いが酷くてね。それ以来飲まない様にしてるの」

 

 絵名は秤からの灼を受けながら、いつかの宴を脳裏に思い起こす。

 

 秤はまるで水でも飲むように酒を煽る。今まで絵名の周りでこんな酒豪はいなかった為、このタイプはかなり新鮮であった。

 

「──俺は熱を愛している」

「は?」

 

 秤の唐突な申告に、絵名は思わず顔を顰める。言っている意味が、よく分からなかった。

 

「生きると言う事は賭け(ギャンブル)だ。この社会はな、大きく張れない奴と引き際を知らない奴から振り落とされていく。生きていく限り、ギャンブルをしていない人間なんて居ないのさ」

「言っている事はなんとなく分かるわ」

 

 絵名は渡されたリンゴジュースを飲みながらそう答えた。

 

 言わんとしている事はわかる。要は人生は全て賭けの連続である。こう言いたいのだろう。それは絵名にも分かる。

 

 絵名は腐っても画家を目指している。その道ですらも、絵名は賭けているのだから。

 

「矢張り分かってくれるか。俺の見込んだ通り、お前の中に熱い熱が見える。炎よりも熱い熱だ」

「それは買い被り過ぎよ。私の事何も知らないでしょ? きっと私の内面を見たら幻滅するわよ」

「では俺は幻滅しない方に賭けてやるか」

「本当にギャンブラーね」

 

 そして秤はぐいっと酒を勢い良く飲み、空のコップを音を立てて机の上に置く。

 

「俺はゆくゆく賭け試合(ファイトクラブ)でこの国の〝熱〟を支配したい。そしていつかこの賭け試合(ファイトクラブ)を公に認めさせる。その為には兎にも角にも優秀な駒がいる」

 

 そこまで言って、秤はジッと絵名を見る。

 

「鏡音、俺の熱に浮かされてみないか?」

 

 そう、キメ顔で言った。

 

 要は仲間になれと、そう言う事だろう。

 

 個人的には面白そうな話だ。別にこれをして誰を傷付けている訳でもない。ただ望む人間が思うままに殴り合って、それを観戦したい奴は観戦する。それだけだ。

 

 それに、絵名はこの秤という男に、少しだけ共感する所もあるのだ。

 

 だけれど──。

 

「面白そうな話ね。でも御免なさい。協力は出来ても傘下に入る事はできないわ」

 

 絵名もリンゴジュースを飲み干し、机の上に置く。

 

「私は貴方達と話すために此処迄来た」

 

 そう言って、今度は絵名が秤を見据える。

 

 秤が話を振った今がチャンスだ。

 

「東雲絵名。それが私の本名よ」

 

 そして遂に、己の本名を晒す。ここしかないと、思ったのだ。

 

 きっと言わんとしていることは分かるだろう。五条同様、呪術師で東雲の姓を知らない奴は居ない。それこそ、なりたての野良呪術師以外は。

 

 沈黙が流れる。秤も綺羅羅も絵名を見つめたっきり動かない。

 

 そして出入り口の鍵が──音を立てて閉まった。

 

「──────!」

 

 絵名の両脇に、突如として電車の扉のようなものが出現した。そして絵名を挟むが如く勢い良く閉まる。絵名はどうにかして地面に這ってそれを避ける。

 

 これが秤の術式の様だ。

 

 その瞬間、絵名が考えを巡らせる暇もなく秤の足が絵名へ迫った。それをどうにかして拳で止める。止めたは良いものの、絵名の指の骨がミシミシと音を立てて悲鳴を上げる。

 

 一瞬の膠着状態。

 

 話すならここだ。

 

「嘘つくんじゃねーよ。彼の方には孫は居ねーはずだ。その嘘がどれだけ重罪か、分からねー訳じゃねーだろ」

「これが残念な事に本当よ。五条先生に聞いてみて、分かるはずだから」

「五条さん?」

 

 心当たりのある名前が出て、秤の眉はピクりと動く。

 

 手応えあったかと少し身構えるが、秤の足の力は更に強くなる。

 

「お前、高専の回しもんか?」

 

 やばい──と心の中で冷や汗を流す。

 

 五条()()と言って仕舞えば、それはもう高専の生徒と言っている様なものだ。

 

 重要なところでミスを犯してしまった。絵名は内心舌打ちをする。

 

「別に高専は関係ない。私が貴方達と話したい事があったからここに来ただけ。それに言ったでしょ。()()()()()()()()──」

 

 絵名はそう言って秤の足を強く握る。絵名が秤に()()()()()。それだけで絵名の勝利は約束されたものとなる。ならば何も怖がる事はない。ただ堂々と相手を見据えるだけだ。

 

「……本当に、お前は東雲の血筋なのか?」

「ええ、そうよ。それに現当主は私。世代交代したのよ」

「──その言葉に嘘はないだろうな」

「嘘だったら舌噛み切って死んでやるわ」

 

 両者、無言の状態。モニターから流れる音声だけが、辺りに響く。

 

 こう啖呵を切っているが、絵名の脳内は焦燥で埋め尽くされていた。

 

 ここで交渉決裂したら、もう終わりだ。これから先の望みは薄いだろう。そうなれば絵名は此処で秤に殴り殺されるしかない。

 

 己の吐息が、耳に響く。

 

 そうして、秤の足は、ゆっくりと絵名を離れる。

 

「分かった。お前に賭けてやるよ」

「じゃあ……」

「東雲絵名。お前の言う事を信じるぜ」

 

 秤はそう、不敵な笑みを絵名に向けた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「ほらほら、飲んでくださいよ。あ、なんか食べますか? 俺なんか買ってきますよ」

「……さっきまでの威勢は何処へ……」

 

 秤に促されるまま、絵名はソファに座らされ、灼をされる。秤は先程迄の強気な姿勢は何処へやら。今は絵名に謙っている。そのギャップに、絵名は風邪を引きそうだった。綺羅羅は絵名の髪を梳かしている。

 

 そどうやら秤金次という男は、存外現金な男らしい。

 

「それで、なんでこんな所まで来たの? 東京から此処って、めっちゃ遠いじゃん」

 

 綺羅羅はそう言って後から顔を覗かせる。綺羅羅は見た目こそ女みたいだが、その実は男らしかった。これだけ近くで見ても女性にしか見えないのだから、恐ろしい。

 

 絵名は注がれたリンゴジュースを飲みながら答える。

 

「昨年の暴力の件を詳しく聞きたくてね。片方の話だけじゃどうにも判断がつかないのよ」

「あ? なんで今更」

 

 秤の顔が凄む。絵名は内心怯みながらも、依然として態度は崩さない。此処で顔に出して仕舞えば信用されないかもしれない。

 

「場合によっては停学の撤回を要求する事も可能だよ。それにこの賭け試合(ファイトクラブ)の合法化も検討しなくもない」

 

 絵名の言葉に、分かりやすく秤は食いつく。恐らく特に魅力的に写ったのは後者だろう。けれどその瞬間、分かりやすく警戒の色を露わにした。

 

「……なんで、そこまでしてくれるんだよ。お前になんかメリットとかあんのか?」

 

 そう言われ、絵名は首を傾げる。

 

 ここに来るまでそんな事を考えてなかったのである。

 

 ただ三年に会う。そしてこの話をする。それだけだった。強いていうのなら──。

 

「だって、理不尽な理由で停学になってたら腹が立つじゃない。上層部からの話も聞いたけどさ、あんたらに落ち度はあまり見えなかったし」

 

 そう、上層部の話を聞いて、腹が立ったのだ。吹っかけてきたのはそっちなのに、恰も己が被害者のような面をしていた。それが絵名には我慢がならなかった。だから本人達に直接話を聞こうと思ったのだ。

 

 一方的に話を聞いて糾弾しても、相手は納得しない。ならば両者の話を聞いて判断した方が、正当性はある。認識の齟齬が当てはいけない。

 

 それに本人達も急に停学撤回なんて言われても警戒するだろう。

 

「……正気か?」

「何がよ。私はいたって本気よ」

 

 秤は、訳がわからないと言う風に絵名を見る。絵名は依然として堂々としていた。どうやら主張を変える気はない様だった。

 

「お前、それしてなんのメリットが──」

「メリットだなんて。それ、重要?」

 

 絵名は首を傾げる。これまでの人生、損得で生きてきた事はなかったのだ。

 

 目の前に困っている人がいると手を差し伸べずにはいられない。

 

 目の前に理不尽があるなら、噛み付かずにはいられない。それが東雲絵名なのだ。

 

 確かに絵名は組織の上に立つ器ではない。けれどもその真っ直ぐとした性格の絵名についていく人間は少なくない。

 

 そしてその絵名の言葉は、秤に深く刺さったのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「何よそれ! 完全的に言いがかりじゃない! 術式なんて戦えればなんでも良いでしょ!?」

「だよな! お前もそう思うよな!」

 

 先程の静寂とは打って変わって。部屋の中では愚痴大会が開催されていた。酒を飲んでいない絵名であったが、深夜という事もあり、自分でも訳が分からないテンションになってしまっていた。

 

 秤の話を聞いて、絵名は大層ご立腹であった。

 

「大体クソジジぃ共の考えは古すぎるのよ。そりゃ伝統を大事にする事は構わないけどさ、それでも新しい術式だって受け入れてくれても良いじゃない。術式なんて生まれた時から刻まれてもうどうしようもないんだからさ。こういうところで受け入れていかなきゃ、新しい呪いも対処のしようがないわ」

「そうなんだよ! 絵名ちゃん分かってるぅ」

 

 綺羅羅はそう言って絵名に抱きつく。どうやらこの数十分の間で二人の心を開けた様だった。

 

「そういや、停学撤回の件。あれは別に撤回しなくても良いぞ」

「え? でも良いの? あんたら二人何も悪い事してないじゃん」

「停学より、もう一つの約束を守ってくれたら俺は構わねぇよ」

 

 成る程、と絵名は納得する。秤にとって上層部とのいざこざは二の次で、本人的に優先したい物事は賭け試合(ファイトクラブ)の合法化なようだ。

 

 何の為に──なんて愚問を、この際口に出さなかった。きっと秤は言うのだろう。

 

 熱の為と。

 

 その真っ直ぐな姿勢が、絵何はとても好ましく見えた。

 

「ちょっと時間はかかるだろうけれど、それでも良いのなら」

「じゃ、決まりだな」

 

 そう言って秤と絵名は握手をする。交渉成立の証だろう。

 

 そして絵名は其の儘──後に倒れた。

 

 安心したのだろう。気を張っていた糸を緩め、一気に疲れが出たのだ。

 

 倒れた絵名を支えたのは綺羅羅だった。

 

「ごめん。少し寝かせてくれないかな。最近碌に寝てなくて」

「そりゃ大変だ。ここのソファで寝な、つーかもう四時だし。何時に起こせば良い?」

「五時。明日京都に行かなきゃいけ……なく……て」

 

 其の儘、絵名は意識を手放す。

 

 綺羅羅と秤は顔を見合わせ、苦笑した。

 




●じゅじゅさんぽ

秤「つーか、なんで偽名で登録したんだ? 別に本名でいいじゃねぇか」
絵名「いや、東雲って、バレるでしょ? 呪術師で東雲なんて一つしかないし」
綺羅羅「え! そうなの!?」
絵名「え? そうじゃないの?」
秤「え?」
綺羅羅「え?」
絵名「え?」
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