自動販売機のボタンを押し、落ちてきた飲み物を釘崎は広いあげる。伏黒はそれを横目で見ていた。蝉の鳴き声が、辺りを埋め尽くす。
「自販機、もうちょい増やしてくんないかしら」
「無理だろ。入れる業者の限られてるしな」
伏黒は釘崎とそんな会話を続ける。季節はもう夏である。いくら山の奥に高専はあるとはいえ、この暑さは呪霊よりももっと厄介だった。入道雲が佇んでいる綺麗な青空を見上げると、岩燕が羽を大きく広げ、悠々と羽ばたいていた。伏黒は片手間で飛んでいる蚊を潰す。すると手が少し赤く染まり、「あぁ、誰かの血を吸ってきたんだな」と頭の片隅で考えるのだった。
二人は真希に
交流会までの訓練は順調に進み、釘崎も、パンダに投げられても受け身を取れる様になってきたのだ。伏黒はその様子を、真希と共に見守っていたのだった。
伏黒も真希から何本か取れるようにもなったので、二人は成長を見に沁みて感じていた。後は呪具を簡単に出し入れする方法を考えなければいけないのだが、それはまだ先になりそうだった。
「というか暑くない? 今年の夏異常気象でしょ」
「地球温暖化が年々進んでっからな」
「ちゃんとしろよ地球人。おかげで私が苦しむ羽目になるじゃない」
「お前は
そんな軽口を叩き合う。確かに世界中の人々が環境に気を遣ったら温暖化は止まるかもしれないのだが、悲しきことにこの世は善人だけで構成はされていない。今年は諦めてこの暑さを乗り切るしかなかった。
伏黒の頬に、汗が伝う。
「そういえば今日は絵名先輩居ないわね。この前は居たのに」
「任務に行ってる。その後絵画教室にも行くって言ってたな。つーかあの人多忙なんだよ。元々高専をプラプラしてて良い人じゃねーし」
「なんか学生が負っていい労力じゃない様な気がするんだけど」
絵名は特級と東雲家当主という立場上、多忙を極めている。それは第三者から見て心配になる程だった。
伏黒も、何度かそう思ったかしれない。けれど絵名は毎回平気そうな顔をして伏黒に笑顔を見せるのだ。それが少し頼もしく思い、そしてやはり心配になる。
あの化粧の下にはどれだけの疲労が隠されているのか。伏黒は知る由もなかった。
「でも、あの人、なんか得体が知れないというかなんというか」
「なんだよ急に」
釘崎は伸びをしてそう口にする。それを伏黒は眉間に皺を寄せて見た。伏黒は絵名の事を得たいが知れないと思った事はなかった。
釘崎がどのような観点から見てそう思ったのか、気になったのだ。
「だって、呪術師っていかれた人間しかいないんでしょ? まあ当然だけど。でもあの人って、なんだか普通っていうか。なんかこう、あまり呪術師らしくないわよね。あ、悪い意味じゃないのよ。優しいし、なにしろ顔が良いからね。だから、逆になんで呪術師やってんのか分からないというか……。ピクシェアだって本当に普通の女子高生って感じなんだもの」
腕を組みながら、考える仕草をみせ釘崎はそう言う。それを言われ、伏黒は内心少しだけ納得をしていた。確かに良くも悪くも絵名は呪術師に向いていない性格をしている。
極端なまでのお人好し。考えるより先に体が動く。自分より他人を優先しがち。感情的でそして高反発。
けれども絵名はなんだかんだで続けられていた。それはきっともう意地の問題だろう。
反骨精神故の意地。伏黒にはあまりない感性だった。
だからこそ、伏黒は絵名を尊敬していた。その真っ直ぐさが、羨ましかったのだ。
其処が、何処か虎杖と似ているのだ。
「飲み物も買ったんだし、さっさと戻ろうぜ。遅くなったら禪院先輩になに言われるか知れねぇ」
「そうね。早く戻りましょ」
釘崎はそう言って踵を返す。
しかし二人は其処から──動かなかった。
何か用事があったとか、忘れ物をしたとか、そういうことではない。
目の前に、二人の人間が立っていたのだ。
一人は伏黒よりも一回り二回り大きい体格をした筋肉質な男。そしてもう一人は背の高い細身な女性。
男の方は知らない。けれど女の方は──知っていた。
「なんで
伏黒の言葉にその女──禪院真依は微笑みながらゆっくりと片目を閉じる。
「嫌だなぁ伏黒くん。それじゃあ真希と区別がつかないわ。真依って呼んで」
伏黒は、意地でも呼ばなかった。
その端正な顔立ちから滲み出るものは、決して綺麗なものではなかった。
「コイツらが、乙骨と三年の代打……ね」
大男は、眉間に皺を寄せ、そう呟く。見るからに不機嫌そうな男は、学ランを脱ぎ、手に持っていた。筋肉で暑いのだろう。
すると真依は少し前に出て喋り出した。
「アナタ達が心配で学長についてきちゃった。同級生が死んだんでしょう?辛かった?」
そう言って、少し悲しそうな顔をする。
しかし、それが貼り付けた嘘だと言う事を、次の言葉で思い知ることになる。
「それとも、そうでもなかった?」
「……何が言いたいんですか?」
伏黒の言葉に、真依は口角を上げる。
「いいのよ。言いづらい事ってあるわよね。代わりに言ってあげる」
そう言った真依は、更に意地の悪い顔になる。
「〝器〟なんて聞こえはいいけど、要は半分呪いの化け物でしょ?」
そうして真依は卑しげに笑い、本性を現した。
「そんな穢らわしい人外が、隣で〝呪術師〟を名乗って、虫唾が走っていたのよね? 死んでせいせいしたんじゃない?」
呪術師はイカれた人間しかいない。それをまさに体現したような女だった。伏黒は沸々と怒りが込み上げてくるのがわかった。
腹の中でぐるぐると黒いものが這いずり回り、額の欠陥も破裂しそうな程に膨らむ。それは紛れもない怒り。何も知らない真依に対しての、明確な憤怒。釘崎の方を見てみても、その顔は妙に大人しく、かといって何も思っていないと言われれば、そういう表情ではなかった。爆発する寸前の静けさと言ったところだった。
真依は此方の反応を見て楽しんでいる様で、愉快そうに笑っている。
伏黒が何かを言おうかと前に出た瞬間、隣の大男──東堂葵の言葉によって遮られた。
「真依。どうでもいい話を広げるな俺はただコイツらが乙骨の変わり足りうるのか、それが知りたい」
そう言って、伏黒に向き直る。
「伏黒……とか言ったか」
東堂の言葉に、伏黒は身構える。この男から放たれた殺気が、肌を掠めて痛かった。
そして東堂は伏黒を凄む。
「どんな女がタイプだ」
逆光で、尚更凄んだ顔が恐ろしく感じる。しかし突如として放たれたこの言葉に、伏黒の頭の中は疑問で埋め尽くされた。
なんの脈絡もないこの質問に、釘崎も首を横に傾け呆気に取られている様だった。
「返答次第では今ココで半殺しにして、乙骨……最低でも三年は交流会に引っ張り出す」
そう言いながら徐に着ていた白いシャツを乱暴に、まるで紙の様に音を立てて破いていく。
「因みに俺は」
そうして東堂は──戦闘体制に入った。
「
◆◆◆◆◆
「何を伝えたいかはっきりと分からずメッセージ性が感じられません。これだったらまだ最近流行りのAIの方がいくらかマシです」
「………………」
泣くな。耐えろ──と、己を叱咤する。いくら言葉が強いとはいえ、それでも講師の先生──雪平の言葉は、正論そのものだった。絵名は折れそうになる心を、針金のような精神でなんとか真っ直ぐに固定する。そうすることで、己の心を守った。
大丈夫だ。上層部の嫌味の方に比べたら雪平先生の言葉は暖かみがある──と、目を伏せ絵名は自分に言い聞かせた。そうでもしなければ心が折れてしまいそうなのだ。しかしそれは成功したが逆効果で、上層部の事を思い返したら沸々と怒りが湧いてきたのだった。しかしそれをなんとか治める。そうして雪平の言葉に耳を傾けるのだった。
そして
「東雲さんが描く最近の絵は、どこか不気味なものが漂っていますね」
唐突に、雪平はそう言った。絵名は顔をあげ、首を傾げる。
「不気味……でしょうか?」
その言葉に、雪平は頷く。
「えぇ、前までは悲壮感が漂っていましたが、今は違います。なんといえばいいのでしょうか。殺意……でもなく。かと言って楽しそうでもなく……」
酷い言われようだと、心の中で苦笑する。しかし雪平は嘘を言わない。ただ感じた事を、包み隠さずそのまま伝える。そもそも絵の評価には正解がないのだ。だからこそ、雪平のこの言葉も、正解なのだろうと、絵名は思った。
そして雪平は考える素振りを見せ、口を開いた。
「相手を呪ってやるって、感じがしますね」
「………………」
どうやら絵名は、己の想いが其の儘絵に反映される人間だったらしい。
しかも最近は多忙を極めていた為、それが絵に表れてしまったのだろう。己が伝えたい事ではなく、己の気持ちが先行してしまっては本末転倒だった。これでは先程の雪平の評価のままだ。
絵名はメモ帳を閉じながら「そ、そうですか……」と、曖昧な返事しか口から出なかった。
「最近、何かありましたか? ここ数ヶ月で絵柄がガラリと変わってしまいましたが」
「少し、環境の変化がありまして。それで気付くこともあって、それでですかね」
絵名は雪平の質問を、濁しながらそう答えた。
実際は少しなどではない。ガラリと絵名の環境は変わってしまった。転校したのは勿論のこと、その他の立場というものが変わってしまった。けれど絵名はそれを不幸なことだとは一切思わなかった。
変わらないものなんて、この世にはない。それが今回はこれだっただけだ。
雪平は「そうですか」とだけ言い、それ以上は言及してこなかった。興味を無くしたのか、それでも気を使って踏み込んでこないだけか何方か分からないが、何方にしろ絵名には有り難かった。
そうして絵名は雪平に会釈をし、教室から出ていく。
外に出て、クーラーが効いていた教室と違い、外には生暖かい風が吹いていた。そして絵名の冷えていた体は徐々に暖かくなっていく。
前を見ると、三つ編みをおさげにした少女が此方を見ていた。その少女は見るからに気弱そうで、オドオドと周りを見ていた。
「二葉……!」
「あ、絵名ちゃん。お疲れ様」
その少女──夏野二葉は絵名を見つけ、嬉しそうに駆け寄る。どうやら教室が終わった後外でずっと待っていたようだ。
絵名は少し罪悪感が込み上げる。
「まだ帰ってなかったんだ。どうしたの?」
「えっと、その……」
二葉は少ししどろもどろになりながら、目を泳がせる。絵名はその泳いでいく目を追った。
「一緒に、帰りたくて。良い、かな?」
上目遣い気味に二葉はそう言った。
是非もない申し出に、受け入れる事はあれど、拒絶する理由もない。どころかずっと待ってまで一緒に帰りたいと言ってくれることが、絵名はどうしようもない程嬉しかったのだ。
「二葉……! うん! 一緒帰ろ! ……と、その前に」
絵名はキョロキョロと辺りを見渡す。すると目当ての人物が目に留まり、声をかけながら近寄る。
「伊知地さーん!」
車の傍で立っている青年──伊知地潔高は、絵名を見つけ、安心したように微笑む。
そして絵名は差し出された手に、
「これお願い! 私友達と帰るから! それじゃ!」
そう言って絵名は伊知地の返答を待たず、駆け出した。絵名の背に困惑した表情をむけているが、絵名はそれを無視し、二葉の方へ駆け出す。久しぶりの友人との寄り道だ。これくらいは許されよう。
「お待たせ、二葉。じゃあ行こうか」
「え、うん。あの人知り合いなの?」
「そんな所。そうだ、帰りにカフェに行こうよ。パンケーキ食べたいな」
「……うん!」
二葉は最初戸惑った表情を見せたが、それでも絵名の言葉を快く受け入れた。それがとても嬉しく、絵名は二葉の手を引いて歩き出す。
久しぶりの友人との会話に、絵名は浮ついた表情を見せる。その姿は何処から如何見ても女子高生だった。
そして絵名は、これから起きようとしている問題を、まだ知らない。
●じゅじゅさんぽ(番外編)
Q.好きなタイプは何ですか?in神高男子
司「俺が選んでいいのなら、矢張り笑顔が素敵な女性だな!この未来のスター、天翔るペガサス、天馬司が笑顔にして見せよう!」
類「奇想天外な事をしてくれる女性かな。見てて飽きない人が好みだよ。あと僕の実験に毎回付き合ってくれるなら、これ以上な事はないね」
冬弥「一緒に居て安心出来る人だな。俺を受け入れてくれるのなら、それ以上は何も望まない」
彰人「温厚な奴。ヒステリックじゃなければ」
なお、全て作者の独断と偏見です。