東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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 ストリートのセカイ。『Ready Steady』を流せば来られるこの場所は、勝手知ったる私たちバーチャルシンガーの庭だ。

 どこそこに建っているビルディング。その壁に描かれているグラフィックアート。そして密かに営業しているカフェ。その全てが私たちの全て(セカイ)だった。

 こはね、杏、冬弥、彰人。この四人の想いで出来たセカイはいろんなもので溢れていた。其処に居れば思わず歌ってしまいそうになる程、私はこのセカイが大好きだ。

 けれど、その一角に、黒い何かがある。

 誰も知らない。行こうとも思わない所に、黒いナニカが疼いている。

 私はそれを知らない。いや、知るのが怖い。

 触れてしまったら、全てが崩壊しそうで、このセカイがひっくり返って黒く塗りつぶされる様な、そんな予感がする。

 だから今日も、その黒い所へは行けないでいた。


幼魚との出会い

 彰人は目を見開いて、ツギハギだらけの体をした男を見ていた。

 

 彰人と彼は初対面ではない。何なら直近で五日前に会っている。そして正確にはツギハギの男──真人を見て驚いているのではなく、真人の連れてきた人間に対して驚いているのだ。

 

「……何? そいつ」

「俺が見える人間の男の子。連れてきちゃった」

 

 そう言って真人は無邪気に笑う。そこに邪気は見られない。

 

 連れて来られた少年は、オドオドしながら彰人を見る。見るからに気弱ないじめられっ子という印象だった。右目を前髪で隠している。

 

 高架橋の下。人目につかない其処で、彰人は寝転がりながらスマートフォンをいじっていた。此処は真人が個人的に見つけた寝蔵らしく、彰人も度々訪れるのだった。

 

 そして其処に連れて来られた一人の少年。彰人は訳がわからなかった。

 

「……其奴をどうするんすか?」

「第二の君にしようと思って」

「はあ?」

 

 眉間に皺を寄せ、声を漏らす。

 

 第二の彰人。ということは、この少年もこの世界に引き入れるということだろうか。と、彰人は不安になりながら思う。

 

 見るからに気弱そうな、一つ蹴りを入れれば泣きそうな少年がこの呪詛師(世界)でやっていけるとは、到底思えなかった。なったとしても、すぐに死にそう。それが彰人の少年に対する印象だった。

 

「俺も教えるけどさ、彰人も教えてあげてよ。同じ人間でしょ?」

「そうっすけど……俺だって暇じゃないんすからね」

「時間が空いた時でいいからさ。ね?」

 

 真人にそう言われ、彰人は渋々頷いた。特に断る理由もなかったのだ。

 

 そしてその少年に手を差し出した。

 

「彰人。よろしく」

「あ、吉野順平です。よろしくお願いします」

 

 順平と名乗った少年は、その手をおずおずと握り返す。その手は骨ばっており、筋肉はなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「吉野は何で真人さんに着いて来ようと思ったんだよ」

 

 暫く時間が経ち、家に帰る順平と一緒に、彰人は帰っていた。どうやら順平は暫く学校に行っていないようで、平日だと言うのに私服を着ている。そういう彰人も本日はズル休みをしているのだが。

 

 そして先述の事を問うた。

 

 彰人には理解が出来なかったのだ。自ら進んでこの世界に足を突っ込むなど、正気の沙汰ではない。普通に生きていたら、まずありえない事だろう。己が順平の立場だったのなら、見て見ぬふりをすると、彰人は思った。

 

 特別になりたいが為に喋りかけたのか、

 

 それとも成り行きで声をかけたか。

 

 どちらにしろ矢張り彰人には共感できなかった。

 

「……映画館に居たんだ。見たい映画があったから。其処に、なんか、その……僕を普段いじめていた奴らが来て、それで……」

「それを、真人さんが来たって訳か」

 

 彰人の推理に、順平は頷く。

 

 彰人の予想通り、彼は矢張りいじめられっ子だったらしい。人は見かけに寄らないというが、これだけ寄っている人間も珍しい。

 

「それって、これの事か?」

「あ、うん。僕が居たのはこの映画館だ」

 

 彰人が見せたのは、ネットニュースだった。其処には映画館で三人の男子高校生が不審死したという記事が大雑把に書かれていた。どのように不審だったかは何も書かれてはいなかった。

 

 不審死は恐らく真人が原因なのだろう。だから順平は、真人に喋りかけた。

 

「でも、どうして喋りかけようとしたんだよ。俺だったら泣いて逃げ出すわ」

 

 そう言われ、順平はピタリと歩みを止める。少し先に進んでしまった彰人は振り返り、順平を見た。

 

「復讐──の為だよ」

「あ? 復讐?」

 

 彰人の言葉に、順平は頷いた。

 

「僕をいじめていた奴。そしてそれを見過ごしていた教師への──復讐」

 

 その目は、剣呑を孕んでいた。彰人はそれを、無言で見る。

 

「真人さんは、僕を受け入れてくれたんだ。僕の全てを、肯定してくれた。こんな人は、母以外出会った事がない」

 

 自分の体を抱きしめる様に、吉野順平はそう言った。

 

 まるで信仰だ。と、彰人は思うのだった。

 

 けれど少なからず、それに共感する所があるのも確かだった。

 

 今まで否定され続けた分、救いの人が現れたら、その人にとっては神以上の存在に見える。それが如何に邪悪な存在だとしても、ヒーローに見えてしまうのだろう。その気持ちも、分からなくもなかった。

 

 自分も、そうだったのだから。

 

『オメェは本当に飲み込みがねえな』

 

 そう言って頭を撫でてくれた。

 

『仕方ねぇから、この刃の一部はお前に譲るよ。あ? どうやったかって? 普通に折った』

 

 そう言って、彰人に呪具を渡してくれた。そんな彼は、もう居なかった。

 

 今でもその彼は、彰人の中に居る。

 

 思い出すと、今でも苦しく、泣きたくなった。

 

 けれど復讐。

 

 成る程、だから第二の俺か──と、心の中で彰人は納得をする。

 

 それは言い得て妙だった。

 

「……彰人くんは、どうして真人さんと一緒に居るの? 呪霊……じゃないでしょ?」

「俺は人間だ。正真正銘のな」

「じゃあ、何で?」

「利害の一致。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 彰人にとって、真人はただの協力者であり、特別な感情を抱いていなかった。仲間意識など、もってのほかである。恐らく真人ら呪霊たちも同じ事だろう。

 

 呪霊、夏油、彰人。三人の間には、絆というのもは皆無だ。しかし、彰人は別にそれで良かった。彰人に至っては、恐らく将来的にはその二つと敵対するのだろうから。

 

「なんか、淡白だね」

「それが一番楽だよ」

 

 そう言って、彰人は自身のチームメイトを想起する。

 

 近づき過ぎると、色々面倒なのだ。

 

「……僕は、無関心が人間の行き着くべき美徳だと思ってた」

「それはまた酔狂な考えだな。初めて聞いたよ、そんな解釈」

 

 好きの反対は嫌いではなく無関心──という事だろうか、と彰人は空を仰ぎながら考える。時刻はもう夕方であり、空はまだ青く染まっているのだが、烏が空高く羽撃いていた。

 

「真人さんには否定されたけどね。僕たちの命は無意味で無価値だって」

「あいつの言いそうな事だな」

 

 彰人は、その考えを肯定もしないし、否定もしなかった。

 

 ただ知恵を付けたばかりの奴が考えそうな事だ、とは思った。

 

 それは、誰もが考え、通る道なのだと、彰人は思っている。彰人も何度か、自分の存在価値を考え、そして放棄した。

 

 どう考えたって生きるしかないのだ。この世に生きとし生ける全ての生命は、どれだけ御託を並べようと死ぬまで生き抜くしかないのだと、最終的に至るのだった。それに彰人はその問いに答えが無い事を知っている。そんな不確かな事を考える事自体が、無意味なのだ。

 

 それに気付かない辺り、矢張りまだ産まれたばかりの子供だと、彰人は思うのだった。

 

「無意味で無価値。だから何をしてもいいし、どう生きようと自由とも言ってくれたんだ。お腹が空いたら食べる様に、憎かったら殺せばいい。そう言われたんだよ」

 

 本当に、真人が考えそうな事だった。

 

 真人の謂わんとしていることは分かる。どうしたって無意味なのだから好きにやっていいと、そういう理屈なのだろう。彰人は基本的に理屈というのは分からないが、それでも今の理屈は何処か納得できるものがあった。

 

 そして同時に呆れてしまった。

 

 真人の奥に潜んでいる思惑に気付かない順平の馬鹿さに。

 

「彰人くんの目的って、一体何なの?」

 

 順平の問いに、彰人は立ち止まる。

 

 己の目的。それはもう明白だった。

 

「呪術師を、より多く殺すこと」

「え……?」

 

 順平は、目を見開き、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったの様な顔をした。

 

 別に、理解をされなくとも構わなかった。これは己だけの問題であり、他の誰かに背負わせる気は毛頭ない。どころか、これについて誰かに介入して欲しくなかったのである。

 

「それは、何で?」

 

 そう聞かれ、彰人は思わず押し黙る。

 

 そして立ち止まり、振り返った。その時風が強く吹き、彰人の顔は髪で隠れてしまった。

 

「──秘密」

 

 彰人の小さな呟きは、順平の耳にしか届かなかった。

 

 何故そうするのか。それは真人や夏油にも言ったことはなかった。

 

 言ってしまったら、口に出してしまったら、正気に戻ってしまう気がした。

 

 だからどんな事があっても、それは口に出さないと決めたのだ。

 

 口に出す時は死ぬ時だと、そう自分と契約をした。

 

 ふと、顔を上げる。人家の玄関前に、醜く太った男が座ってこちらを見ていた。彰人は何故だかその男を──強く嫌悪した。

 

「……あれは」

「知り合いか? あの豚」

「ぶ、豚って……」

 

 順平はプッと吹きだす。どうやらこの言葉はネタとして受け入れられたらしい。笑ってくれて何よりだと、彰人は人志れず思うのだった。

 

 男は汗を吹きながら此方へ歩いてくる。歩くたびに地面が可哀想に感じた。彰人は顔をあげ、男の顔を見る。見れば見る程太っており、此方へ漂ってくる汗の匂いに、彰人は思わず鼻を覆いそうになった。

 

 何故代謝が良いのにも拘らず太っているのか、彰人には理解が出来なかった。

 

「吉野ぉ。何処行ってだんだ? 駄目じゃないか、学校サボって」

「外村……先生」

 

 その男──外村に話しかけられ、順平はさらに後ずさった。どうやら順平は外村にいい感情は抱いていないようだ。先程の話からしていじめを見逃していた教師なのだろう。それだけで彰人のこと男への好感度はマイナスに近かった。

 

 非情に人を殺せる反面、こういう陰湿な事は彰人は好まない傾向にあった。

 

 いじめなんてもってのほかである。

 

「そっちの子は? 制服から言って神高か?

「はい。順平くんとは仲良くさせて貰っています」

 

 ここで不信感を抱かさることは得策とは言えず、彰人は咄嗟に嘘を言う。本当は今さっき会ったばかりなのだが、それは致し方ないだろう。

 

 順平は目を見開いて彰人を見ていた。

 

 話を合わせろ──と、目線で訴える。

 

「なんだ、友達がいたのか。良かったなぁ吉野」

 

 汗を拭きながら、笑ってそう言う。そして何か思い出したかの様に、外村は口を開いた。

 

「聞いたか? 佐山、西村、本田。なくなったって」

 

 それは知っていた。その犯人は真人なのだから。彰人はここで初めて被害者の名前を知った。しかしそれは彰人にとってどうでもいい情報だった。

 

 横目で順平を見ると、気不味そうに目線を逸らす。

 

「オマエ、仲良かったよなぁ」

「……あ?」

 

 彰人は思わず、声が漏れる。額の血管が浮き出るのがわかった。

 

 別に順平とは仲が良いわけではなかった。今さっきあったのだし、順平の事を何も知らない。

 

 しかし、これはあんまりだった。

 

 これを容認出来るほど、彰人は非情ではない。

 

 沸々と、怒りが湧き上がる。教師は何かを口にしているが、彰人にはそれがもう人の言葉だとは思えなかった。

 

 まるで家畜の鳴き声だ。聞いているだけで吐きそうだった。

 

 非情に耳障りなその声は、止まる事なく彰人の鼓膜を不快に刺激する。

 

 手に熱が籠る。

 

 もうどうでもいい。こいつを殺す。

 

 ジリジリと、手から煙が出る。

 

 こいつは脂が沢山出ているから、よく燃えそうだ、と、彰人は頭の片隅で考える。

 

「ストーップ!」

 

 頭上から、声が聞こえた。この場の誰の声でもない、初めて聞く声だ。

 

 見上げると、少年が──飛びかかってきた。

 

 思わず彰人は順平の前に出る。ここで順平に当たったらまずい。そう思ったのだ。

 

 しかし少年はぶつかる事なく、華麗に避けてまるで体操選手の様にバク宙し、最終的に強く電柱に頭をぶつけていた。鈍い音がしたが、どうやら無事な様で、本人は「あいてて……」と余裕そうに後頭部を摩っている。

 

 そして本格的に顔を見た瞬間──強く心臓が飛び跳ねた。

 

 あれは──

 

「虎杖……悠仁」

 

 両面宿儺の──器。

 

 彰人は身構えた。

 

 何故、両面宿儺の器が此処に。

 

 死んだのではなかったのか?

 

 生きていたとしても、何故今、この瞬間(タイミング)で……!

 

 彰人の頭の中に次々と疑問と焦りが浮かび上がる。頬に伝う汗は、焦燥か暑さか分からない。彰人はどうにか動揺を顔に出さない事で精一杯だった。

 

 しかし虎杖はそんな彰人を気にする素振りもなく、順平の元へ一目散に駆け寄った。

 

「なあ、ちょっと聞きたいことがあっからさ。(ツラ)かして」

 

 軽い口調だった。彰人は虎杖とは会った事ないが、こんな軽い男だったとは、と、少し驚愕した。少なくとも、彰人の周りにはいない人種だった。

 

 しかしそこで口を挟んだのは外村だった。

 

「待て、今俺が話してるだろ! 失礼だな!」

「あー。いや、かなり大事な用でして」

「大事な用!? 子供が何言ってんだ!」

 

 すると虎杖は見るからに頭に来たような顔になった。

 

 そして徐に──外村のズボンを下げた。

 

 一瞬、辺りに静寂が流れる。彰人は自分が見ているのは果たして現実なのだろうかと、思わず頬を抓る。しかし頬に刺激される痛みにより、それが現実だと思い知らされた。

 

 夢だったら、どれほど良かったか。

 

 そして虎杖はズボンを持ったまま駆け出す。

 

 外村はそれを追いかけ、順平と彰人はポツンと取り残された。

 

「……何だ? あれ」

「さぁ……」

 

 二人は目を見合わせ、目の前で起こっている現実を受け入れられないでいた。

 

「そんじゃ行こうぜー」

「うわ!」

「え! はや! もう一周して来たの!?」

 

 五秒も経たないうちに、どうやら虎杖は辺りを一周して来たようで、息切れをするでもなく、警戒な足取りで彰人たちのところへ歩いてくる。

 

 人間とは思えない足の速さだ。

 

 人間とは思えない──

 

『俺の体は特別だかんな。お前には無理だよ』

 

 脳裏に、記憶が流れる。

 

 優しかった頃の、記憶。

 

 似ていた。虎杖は、彼に。

 

 けれど彰人は直ぐにその記憶を隅に追いやった。

 

 今は、目の前の事に集中しなければいけないのだ。

 

 そして彰人は、気づかれないように、戦闘体制に入ったのだった。

 




●じゅじゅさんぽ

順平「映画あるあるなんだけどさ、エンドロールで帰る人いるよね。それ見ると、なんか損してるなーって思うんだ」
彰人「ああ、あー言うのって、エンドロール後におまけがあるのが相場だよな」
順平「そうなんだよ! 何で其処迄見ないかな」
彰人「ちょっと勿体無いよな」
順平「彰人くんは映画を何を基準に見てる?」
彰人「サントラと主題歌。何ならそれだけ見に行ってると言っても過言じゃない」
順平「それはそれで勿体無いな」




暫く主人公はお休みです。
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