東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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予定調和にはいかない

「アレ? 今ちょっと揺れた?」

「そうだね……。震度2くらい……?」

 

 河川敷で、三人は座っていた。虎杖は何処かへ電話しているようで、スマートフォンの画面を耳に押し当てていた。しかし相手は一向に出ないようで、渋い顔になり電話を切っていた。

 

 彰人は今すぐ此処から立ち去りたかった。

 

 普通の呪術師なら迷わず殺していただろう。しかし相手は両面宿儺という未知(ブラックホール)。何があるか分からない上に、そもそも彰人が戦って勝てる相手ではない。

 

 圧倒的に、分が悪い。

 

 虎杖本体だったら何とかなるだろう。しかし問題は()()の方だ。

 

 いくら彰人とはいえ、両面宿儺には勝てやしない。

 

 何なら今この瞬間、この場で虐殺が行われても不思議ではなかった。

 

「ねえ彰人くん。呪術師って敵なんでしょ? 大丈夫なの? あれ」

 

 順平は小声で耳打ちをする。先程の彰人の話を聞いた後だから尚の事不安名のだろう。

 

「アレは俺が戦って勝てる相手じゃねぇんだよ。勝算があまりにもマイナス過ぎる。今は穏便にやり過ごした方が得策だ」

 

 彰人の言葉に、「そ、そうなんだ」と、順平は冷や汗を流す。それを横目に、彰人はここを無事抜け出せる方法を考える。

 

 まずは己に術式があるのを知られてはいけない。そして苗字も。

 

 絵名が高専にいる以上、彰人は自分の苗字を簡単に言いふらすのは得策とは思えなかったのだ。

 

「あーっ! もういいや聞いちゃえ!」

 

 虎杖の叫び声に、彰人と順平は肩をびくつかせる。そして虎杖は勢い良く振り返り、ポケットから何かを取り出し、順平に見せた。

 

 それは四級にも満たない低級呪霊、(よう)(とう)だった。

 

「なあ、この前オマエが行った映画館で人が死んでんだ。なんか見なかった? こういうキモいのとか」

 

 虎杖の言葉に、順平は首を横に振る。

 

「いや、見てないよ。そういうのハッキリ見える様になったの、最近なんだ」

 

 その言葉に虎杖は肩を落としながら「そっかぁ……」と呟く。そして今度は彰人にその瞳を写した。

 

「オマエは? これ見える?」

 

 彰人は一瞬無言になり、そして答えた。

 

「──()()()? 俺にはあんたが空中で手を翳してる風にしか見えねぇよ」

 

 嘘をついた。けれどそれは賢明な判断だといえよう。

 

 ここで呪詛師とバレる訳にはいかない。ならば最初から呪いを認識出来ないを想わせといた方がマシだ。

 

 順平は冷や汗を流しながら彰人の方を見る。恐らく彰人の思惑は、順平には伝わっていないのだろう。しかし本能的に、話を合わせた方がいいというのはわかっているらしかった。

 

「そっか。変な事聞いて悪かったな」

「いや、そっちにはそっちの事情があるんだろうし、気にしてねぇよ」

「お前良い奴だなぁ」

 

 虎杖はキラキラした目で彰人を見る。彰人は思わず顔を背けた。

 

 この男は本当に根明らしい。

 

 そしてどことなく、姉と似ていると、彰人は思った。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

(ツー)もさ、一見(ワン)(スリー)と変わらないんだけど、完璧主義の人間が全てを投げ出すまでの感情の動きがちゃんと描けてるんだ」

「あー。だから(ツー)は見れたのか」

 

 何故こうなってしまったのかと、彰人は頭を抱える。

 

 本来なら順平の母親に挨拶をして用事を済ます予定が、両面宿儺の器である虎杖悠仁も介入により全ての予定が狂ってしまった。

 

 一刻も早く帰ろうと思ったのたが、虎杖が上司が来るまで少し待ってて欲しいと言うのだ。勿論順平は頷いた。元より順平の家に何とかしては入り込もうと画策していた彰人は順平に合わせるしかなかったのである。

 

 目の前では吉野順平と虎杖悠仁が映画談義に花を咲かせている。その上結構前の映画らしく、普段映画をあまり見ない彰人はその話題に着いて行けないでいた。

 

 そして何より話の内容がとても気になるのだ。

 

 何だ『ミミズ人間』って。聞くからにグロそうな題名は。しかもシリーズ3まであるのだから恐ろしい。

 

 しかもうち1と3は不評らしい。そんな映画が何故3まで上映出来たのか不思議でしょうがない。

 

 DVDがあるのなら、冬弥辺りを誘って見るのも悪く無い、と彰人は人知れず計画を練るのだった。

 

「彰人は好きな映画とかある?」

 

 虎杖が振り返り、そう言う。どうやら虎杖は根明らしく、会話に参加していない彰人にも、きちんと話を触れる人間であった。

 

「……ディズニーとか。俺あんま映画観ねぇからなぁ。あ、でもこの前観に行った映画は面白かったなぁ」

 

 彰人は先日、チームメイトと一緒に行った映画を思い出す。あれは確かに面白かった。

 

「へえ、どんな映画?」

「離れ離れになった兄弟が、歌で通じ合って絆を取り戻していく……みたいな」

 

 彰人がそう言うと、虎杖と順平は目に見えて食い付いた。

 

「それめっちゃ良かったよな! 俺最後感動しちゃった!」

「まさかまさか最後の結末があぁなるなんて……僕は度肝を抜かれたよ」

「お、おおぉ……」

 

 二人の強さに、彰人は思わずたちろぐ。

 

 けれど二人の言っている事はわかってしまった。

 

 本当に面白かったのだから。

 

「でも、本当に面白かったな。サントラとかも、主題歌とかも良かったし」

「分かるー!」

 

 彰人の背中をバシバシ叩きながら、虎杖は彰人の言葉に共感した。

 

 あの作品は杏が薦めたものだった。練習が急に中止になり、暇を持て余した彰人たちは今上映中のミュージカル映画を見に行ったのだ。

 

 結果は言うまでもなく、大好評。

 

「帰りにめっちゃ歌いたくて仕方なくなったわ」

「なんか刺激されるんだよね。こっちまで明るくなれるっていうか」

 

 順平の言葉に、彰人は無言で頷いた。

 

 面白かったのだが、それでも練習を中止してみるものではないなと思ったのも確かだった。

 

 歌うのを休んでいるのに、歌いたくて仕方なくなるのだから。

 

 それは杏とこはねも同じだったようで、帰り際には二人ともソワソワと何処か落ち着きが無い様子だったのだ。相棒である冬弥は最初から分かっていたようで、そんな三人を観ながら苦笑していた。

 

「でも、彰人って音楽好きなんだな」

「え?」

 

 虎杖の言葉に、彰人は思わず声を漏らす。

 

「だって、ディズニーとか、ミュージカルとか。それにさっきからサントラと主題歌に重きを置いて喋ってるし」

「あ……」

 

 無意識だった。

 

 彰人は口元に手をやり、考える。

 

 確かに映画では話の内容より、音楽の方に耳を傾けている時間の方が圧倒的に多かった。

 

 普段はVivid Bad SQUADとして音楽活動をしているが、いつの間にかその音楽自体が彰人にとってかけがえの無いものとして存在していたのだろう。

 

「そう……なのかもな」

 

 最初は、ただの暇つぶしだった。

 

 サッカーに挫折を感じていた彰人に、絵名が勧めてくれたのだ。

 

 やってみたらどうかと。最初は他人が本気でやっているものをそんな気軽に始めてもいいのかどうか、悩んだのだ。けれども最初はそれでもいいと──絵名に言われたのだ。

 

 最初は気軽に初めてみて、本気でやりたいと思ったのなら続ければいい。そう、言ってくれたのだ。

 

 今の彰人を形作っているのは、絵名と言っても過言ではなかった。

 

「アレ? 順平」

 

 頭上から、声が聞こえた。

 

 女性の凛とした声だ。

 

 見上げると、ネギが入った袋を下げた女性が、煙草を吸いながら彰人たちを見ていた。

 

「母さん!」

 

 どうやら順平の母親らしく、順平は目を見開いて女性を見ていた。

 

「友達?」

「さっき会ったばかりだよ」

「さっき会ったばかりだけど友達になれどーでーす」

 

 そう言って虎杖は手をあげ明るくそう言う。彰人も順平の母に会釈をして挨拶した。

 

 本当に、今日は予定が狂う。

 

「何て子?」

「虎杖悠仁です! お母さんネギ似合わないっスね!」

 

 虎杖の言葉に、あっけらかんと笑いながら「お、分かる? ネギ似合わない女目指してんの」と言った。

 

 順平の母親は虎杖と同じ性質(タイプ)らしく、見るからに話が合いそうだった。

 

「で? そっちの子は?」

「あ、彰人って言います。弟さんとは仲良くさせてもらってます」

「こちらこそー。順平が何か粗相はしてない?」

「いえいえ。本当にいい子ですよ」

 

 彰人は猫を被りながらそう言った。先程とは違う喋り方に、虎杖と順平は笑いを堪えながら彰人を見ていた。彰人は額に血管が浮き出るのを感じながらも、愛想よく接する。

 

 性格は乱暴だが、初対面の愛想は大事にするタイプなのだ。それで何度驚かれたことか、彰人は最早数えるのをやめた。

 

 すると順平は母親の手から煙草を抜き取り、母親に叱咤する。

 

「タバコ! やめてって言ってるだろ」

「はいはい」

 

 そうして母親も言われるがまま携帯灰皿を取り出し、煙草を片付ける。彰人の周りで煙草を吸う人間はいないので、少々新鮮ではあった。父親も、母親も非喫煙者だ。

 

「悠仁くん、彰人くん。どう、晩飯食べてかない?」

 

 母親はあっけらかんと、食材が入っている袋を見せながら二人にそう言った。けれど順平は「迷惑だろ!」と制す。

 

 彰人には願ってもない誘いだった。

 

 色々予定は崩れたが、最終的には何とか軌道に乗りそうだった。

 

 そして彰人が返事をする──前に、どこからか雷の様な音が聞こえた。

 

 虎杖の腹の音だった。

 

「……二人とも、嫌いなもんある?」

 

 どうやらそれは肯定と見做されたらしく、母親は二人に笑顔で聞いた。

 

「ないっス!」

「あ、俺は人参が少し……」

 

 彰人は片手をあげてそう言う。

 

 どうしても人参は看過出来なかった。

 

 どれだけ痛い事でも耐えられる彰人だが、どうしても人参だけはダメだった。

 

「了解」

 

 そう言って母親は笑った。

 

 本当に、親しみやすい女性だった。

 

 彰人の母親は良家上がりだからか少し上品さがあり、父親は無愛想を絵に描いた様な人間だ。だからこそ順平の母は彰人からしたら新鮮だらけだった。

 

「へえ、彰人人参嫌いなんだ。なんか子供みてぇだな」

「うるせぇよ」

 

 彰人は口をひくつかせ、そう言う。そんなことは自分でも分かっているのだ。

 

 ただ昔から人参だけは本当にダメだったのだ。

 

「じゃあ、好きな食べ物とかあるの?」

 

 順平の言葉に、彰人は考える素振りを見せる。

 

「……チーズケーキとか、パンケーキとか」

「甘党なんだね」

「まあな」

 

 彰人は元来甘いものが好きだ。基本的にスイーツだったら何でも美味しく頂けるのだが、チーズケーキとパンケーキは別格だった。絵名がまだ呪術師に足を突っ込む前はしょっちゅう一緒に食べに行っていたのだ。今でも偶に連絡が来るが。

 

 すると虎杖は唐突に笑った。

 

「何だよ」

「いや、彰人、俺の先輩と同じだなって。俺の一個上の先輩も人参嫌いでチーズケーキとパンケーキが好きなんだよ。なんかミラクルだな」

「……そうかよ」

 

 知っている。

 

 虎杖の先輩とやらは恐らく絵名のことなのだから。

 

 けれどもそれを言えなかった。

 

 彰人と絵名では、あまりに立場が違いすぎる。

 

 真逆と言ってもいい。

 

 だからこそ、彰人は自分の本名を言わないのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「……ただいま戻りました」

「あ、おかえり彰人。どうだった?」

「めっちゃ疲れましたよ。もう予定がぐちゃぐちゃ。途中で両面宿儺の器も乱入するし。何が何だか。というか生きてたんすね、あいつ」

 

 帰ってきた彰人を出迎えたのは真人だった。何故か素っ裸で、服も着ていない。

 

「それで? 君の目から見た吉野順平はどんな子?」

 

 真人に言われ、先程までの記憶を想起する。

 

 虎杖と談笑する順平。良い母を持ち、逆に学校には恵まれてはない。映画が好きで、そして学力も申し分ない。

 

「……呪詛師には向かない奴ですね。こちらに引き入れても長くは持たないでしょ」

 

 そう、吉野順平はあまりにも()()()()()()()()

 

 喜怒哀楽がしっかりしていて、それでいて守るべき人間もきちんと居る。

 

 彰人の様に、どこかしらが欠落してもいない。

 

 そんな人物が呪詛師としてやていけるのかどうか、甚だ疑問だった。恐らくどこかしらで潰れてしまう。

 

 ハイになれない人間は、この世界ではやっていけないのだから。

 

「けど守るべき人間はこれから消えるじゃないか」

「そう、っすね。でも良いんすか? ()()。貴重なものだったんでしょ?」

「そこら辺は夏油に聞いてみないと何にも。でも助かったよ。彰人のおかげで作戦は滞りなく進みそうだ」

「そりゃどうも」

 

 彰人の目的は、あくまでお使いだ。ただ順平の家に()()を置いてくるという、シンプルな仕事だった。

 

 後に順平には恨まれるだろうが、それは致し方ない、と彰人は考える。

 

 別に今の彰人には罪悪感はなかった。それが先程仲良くしていた人物を殺そうとも。

 

 ──彰人には、罪悪感が欠落しているのである。




●じゅじゅさんぽ

虎杖「そういえば映画って誰と行ったの? もしかして一人?
彰人「いや、友達」
順平「へえ、彰人くん、友達いたんだ」
彰人「おい。そりゃどう言う意味だ」
虎杖「でも分かるなぁ。彰人一匹狼っぽい」
彰人「ふざけんな。普通に友達くらいいるわ」
順平「どんな子なの?」
彰人「天然な奴と小動物な奴と騒がしい奴」
虎杖「おお。見事にキャラがバラバラ。みんな男?」
彰人「いや、うち二人は女子」
順平・虎杖「リア充だ……」
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