東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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サラマンダー

 七海の足は里桜高校に向かっていた。

 

 順平の事もあり、七海は焦っていたのだ。

 

 虎杖には待機しているようには言った。言ったが虎杖がそれで納得するとは到底思えなかった。恐らく七海の指示を聞かず里桜高校に向かうのだろう。

 

 虎杖はまだ子供だ。物の良し悪しを感情で決めるきらいがある。そしてそれの尻拭いをするのが大人の役割だと──七海は勝手に思っていた。

 

 取り敢えず現場を後輩術師である猪野に任せて、七海は足早に里桜高校へ向かっていたのだある。しかも相手は自身が苦戦した未登録の特級呪霊。早々に着かなければ、今度は嘘ではなく本当に死んでしまう。

 

 結局学校に着いたのは暫く経ってからだった。矢張り学校の敷地は帳が降ろされていた。恐らく条件効果が附与された帳だろう。

 

 七海は帳の中に入り、辺りを確認する。普通の校舎。しかし、何か変な匂いがした。花を覆いたくなる、独特な匂い。すると校舎内から爆発音の様な爆音が響き、七海は其方へ顔を向ける。

 

「彼処か。早く行かなければ。────!?」

 

 瞬間。

 

 足元は炎に包まれ、高度の熱が七海の皮膚を刺激する。それど同時に、七海は後ろに飛び跳ね、己が焼け焦げるのを回避すした。

 

 間一髪というところだった。

 

 脳裏に五条の報告が思い浮かぶ。

 

 先日、五条を突如襲った特級呪霊の術式も、火に纏わるものだった筈だ。

 

 刀身を覆った鉈を構え、戦闘体制に入る。触れる事による魂の変化を術式とする特級呪霊に加え、もう一人の特級呪霊が現れたとなるといくら七海でも厳しい。

 

 けれども──。

 

 だけれど、そこに現れたのは報告されていた容姿とは、だいぶかけ離れた姿だった。

 

 顔は見えない。パーカーのフードで隠れているから。けれど肩幅、喉の太さ。そして何より背丈が、彼を男として認識できたのだ。

 

 どこにでもいそうな、普通の男。七海はそう言う印象を抱いた。

 

 背丈や格好、そして仕草から言って、高校生くらいだと、七海は勝手に推理する。シンプルな英語が書かれているパーカーに、スポーティなズボン。そして見るからに動きやすそうで重そうなスニーカー。この格好をしているのは未成年しかいない。

 

 その少年は屋上から降りてきた──いや、落ちてきたと言う方が正しい。少年は屋上から落ちてきて、そして破裂する事なく、着地した。その挙動から、相当の場数を踏んでいる事は容易に想像が出来る。

 

 七海はあくまで油断する事なく構える。

 

「……貴方は、五条悟を襲った呪霊──ではありませんね」

「……ちげぇけど。俺はあいつみたいにそんな命知らずじゃねぇ」

 

 七海の予感通り、少年は首を横に振る。

 

 五条悟は適当な性格だ。適当、軽薄。それ故に報告には齟齬があるのは常だった。だけれど今回の五条の報告は、信じても良さそうだ。

 

「貴方はあのツギハギ男の手下なのですか?」

 

 この質問に、少年の雰囲気は一気に不機嫌になる。顔が見えずとも、それはわかった。

 

「違う。俺とあいつはただ協定を結んだ間柄だ。そんな仲間意識はねぇ。あくまで対等なつもりだよ」

「そうですか」

 

 そう言って七海は少し後ろに下がる。

 

「それでは最後の質問です」

 

 そして着ていたスーツのジャケットを脱いだ。

 

()()()()()()()()?」

 

 風がふく。

 

 少年は黙る。七海も黙って鉈を構えていた。

 

 そうして少年はゆっくりと口を開く。

 

()()()()()()

 

 そうして、その言葉が合図と謂わんばかりに二人は攻撃を開始した。

 

 最初に七海が距離を詰め、鉈を振りかぶる。

 

 少年の防いでいる腕に目かげて。

 

 7:3。

 

 ジャストだ。

 

「────!!」

 

 少年の腕から大量の血が流れ、吹き出す。少年もそれに驚いた様で、一旦後ろに距離をとる。

 

 そしてポケットから何か瓶を取り出し、七海へ投げた。

 

 七海は何か分からず、けれども何か嫌な予感がし、それを鉈で弾く。しかしその衝撃により瓶が割れ、中の液体が溢れる。七海はそれを間一髪で避けた。服に少しかかってしまったが、それでも皮膚は守られた。

 

 独特な、匂いだった。しかしそれは嗅ぎ慣れた匂い。七海はこの匂いを知っていた。

 

 背後に、少年が回る。そして液体が入った服に手を押し当てる。

 

 そしてそこから発火し、瞬時に燃え広がる。

 

 七海は急いで服を引き千切った。

 

 この液体は──。

 

「油か──」

「正解」

 

 そう言って少年はまた距離を取る。

 

 炎系の術式であることは確実だ。しかし、それに何やら違和感を覚えた。

 

 触られた所に、七海は手をやる。焼けた皮膚がジクジク痛い。しかしそれ以上の、()()()があったのだ。

 

 そしてそれを確かめるか如く、七海は距離を詰める。しかしそれを少年は許さなかった。

 

 行く道を阻むが如く、目の前に萌え広がる。恐らく元から油を撒いていたのだろう。七海はその暑さで顔に汗が滲んだ。しかし少年はその炎の中を当然の如く立っていたのだ。

 

 此の儘では先へ進めない。

 

「──(えん)()呪法、『(えん)()』」

 

 彰人はそう言って手を前に出す。すると燃え盛っていた炎が一斉に七海へ襲った。

 

 七海目かげて向かってきたソレは、まるで舞の様に軽やかだった。しかしそれでも脅威なのは変わらず、七海は舌打ちをしながらそれを次々に避けていく。近づく事が不可能な以上、この火を如何にかして鎮火する他ない。しかし此処には大量の水はない。

 

 圧倒的、七海の不利。

 

 早く虎杖の所へ向かわねばならないのだが、それでも彼を此処に野放しにする訳には行かなかった。

 

 そして火はグラウンドの隅へ立っている木や芝生に燃え移り、その威力は段々と増していく。

 

「───!!」

 

 少年はその炎の中から距離を詰め、顔に蹴りを入れた。その威力は大柄な七海をもよろけさせる程だった。

 

 七海は勢い任せの蹴りに体制を崩す。これを機にと少年は蹴りを七海の体に連続で入れる。腕は先程の七海の攻撃で使い物にならないらしい。

 

 しかし、相手から距離を詰めてくれるのは、ありがたかった。

 

 鉈を振り上げ、少年の腹に入れ──ようとする。

 

 少年は軽やかに上へ跳び、そして距離をとる。

 

 術式開示は──していない。しかし、恐らくこちらの術式は割れているのだろう。

 

 

「──吉野順平」

「は?」

 

 突然口を開いた少年は、七海の方を向いていた。火に反射した瞳が、黄色く光っていた。

 

「吉野順平の母は、()()()()()()()死んでいたか?」

 

 少年の言葉に、七海は目を見開く。

 

 この情報は、大衆には公表していない。その上その遺体は今朝見つかったのだ。

 

 ならば何故、それを知っているのか。

 

「──吉野順平宅に両面宿儺の指を置いたのは俺だと言ったら、どうする?」

 

 心臓が、大きく跳ね上がる。

 

 そうだ。伊知地の報告では、吉野順平を目撃した時に、もう一人少年が居たとあった。七海はそれをはなから仲の良い友人だと認識していた。しかし、それは勝手な憶測で、予想に過ぎなかった。だから虎杖の言っていたもう一人の仲良くなった少年については深く考えなかった。しかし──。

 

 その一緒に居た少年というのが彼だとしたら──。

 

 全ての辻褄が、まるでパズルのピースの様にピッタリと嵌る。

 

 そして七海は再度思う。

 

 矢張り此処で野放しにしては置けないと。

 

「あなた、年は?」

「さっきからやけに質問責めだな。16」

「まだ子供じゃないですか。こんなことは今すぐ辞めなさい。まだ後戻りできますよ」

 

 その言葉に、少年はピクリと反応する。

 

 経験上、こんな事を言ったって意味はない。しかし大人として、子供がこんな事をしているのは見過ごせなかった。

 

 彼はまだ子供だ。どんな経緯があってこんな事をして呪霊と手を組んでいるのかは知らないが、年は16。まだ引き返せる。

 

 しかし少年は──首を横に振った。

 

「もう、遅い」

 

 そうして火の勢いは、徐々に増す。

 

「もう、遅いんだよ。何もかも。引き返すつもりもないし、出来やしない。引き返すには、俺はもう、()()()()()()()()()()()()

 

 七海は火を避ける。そうして徐々に少年との距離を詰めていくが、どうしても火が邪魔だった。

 

「だったらもう、此の儘突き進むしか、ないんだよ」

「──しかし!」

「火武呪法──『火龍(サラマンドラ)』」

 

 そう、少年は呟く。すると炎は自ら集まり、そして──

 

 大きな龍の姿になる。

 

 七海は目線を捉えながら後ずさる。広大に燃え広がった炎が一点に集中し、グラウンドを覆い隠さんとばかりの大きさだった。その熱で、七海の体は溶けそうになる。

 

 それは少年の周りを一周し、まるで少年を守るかの様な動きだった。それでも少年は汗一つかいていなかった。

 

 あの炎は術者には干渉しないのか。

 

 それとも──。

 

 龍は七海に向けて火を放つ。それと同時に、七海は横へ避けた。どちらにしろ、あの炎をどうにかしなければ、あの少年をどうにも出来ない。

 

 雨が降ってくれればいいのだが、不幸な事に帳が降りており、その上帳の外の天気は晴天だ。どちらにしろそれは望めない。

 

 こうしている間にも、少年は炎と共に肉弾戦へと持ち込んでいる。しかし七海は手出しは出来ず、ただただ避けるばかりだった。あまりにも炎が邪魔である。

 

 水。水を──。

 

 ふと、校舎の壁を見る。

 

 ──あぁ、そうか。

 

 七海は一直線へ壁に向かう。勿論、敵前逃亡な訳ではない。 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 追ってくる龍をなんとか避けつつ、七海は壁に──主に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 7:3

 

 それをジャストに、鉈を振りかぶる。

 

 そして壁は音を立てて崩れ、パイプは崩壊し、()()()()()()()()()

 

「────!!」

 

 直後大量の水に当てられた龍は見事鎮火。水により消滅したのだ。

 

 フードの中にある瞳が、揺らいだのを感じた。

 

 そして七海は其の儘少年へ駆け出す。

 

 少年は手を伸ばし炎を出そうとするが、それでも自身にまで掛かった水が邪魔して思った程の火は出せてはいなかった。

 

 七海は少年に狙いを定め、その体を斬る。

 

 左肩から右の脇腹にかけて。

 

 殺しはしない。拘束して、高専へ連行するのだ。

 

 彼には聞きたい事が山ほどあった。

 

 ──しかし。

 

 七海は絶句したのだ。

 

 勢いに負けて、少年の顔を覆っていたフードが外れ、その顔が露わになる。

 

 橙色の髪、そして黄金の瞳。

 

 ──七海建人は、その少年を知っていた。

 

 十一年前、あの悲惨な事件の中枢に居た──。

 

「──彰人……様?」

 

 その少年──東雲彰人は七海の顔をじっと見ていた。

 

 彰人は呆気に取られている七海の腹を力一杯蹴り、距離を取る。

 

 そして壁をつたい屋上に逃げたかと思うと、其の儘姿を消した。

 

 ──逃げたのだ。

 

「………………」

 

 その様子を、七海は無言で見つめていた。彼の脳内に、十一年前の青い春が思い出される。

 

 あの頃とは七海の周りは変わっていた。

 

 しかし、これはあまりにも、受け入れ難い変化だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「……ってぇな」

 

 路地裏。其処で彰人は腹を抑え座っていた。ジクジクと痛みだし、もう歩ける体力も無くなっていた。元よりあまり知らない土地なので変に歩き回る訳にはいかなかった。

 

 しかし此処で立ち往生していたら尚の事死んでしまう。

 

 目を瞑る。

 

 七海の驚いた顔が、頭を過ぎって離れない。

 

 こんな事でバレるとは思っていなかった。

 

 人違い──では済まないだろう。この話が七海から虎杖に行けば自身の身分は一瞬で割れてしまう。

 

 チームメイトには悪いが、暫く逃亡生活が続きそうだ。

 

 ふと、影が重なる。

 

 見上げると、小さな単眼の化け物が彰人を見下ろしながら立っていた。

 

「無様だな」

「漏瑚さん」

 

 漏瑚と呼ばれた老人は、溜息をつく。

 

「みっともないぞ。儂と似たような術式を持っていながら敗北するとは」

「事情が変わったんすよ。顔見られた。まあ、いつかこうなることは確実だったから早いか遅いかの違いでしかなかったんすけどね」

「ふん。言い訳の様にも聞こえるがな」

「うるせぇな。自分だって五条悟に負けたくせに。つーかなんか小さくなってません?」

 

 彰人は小声普通の音量でそういう。漏瑚は頭の噴火口からマグマをポーッという擬音語でふかせた。

 

「ええい黙れ! あれは分が悪かっただけじゃ! あと聞こえとるからな小僧! 悪態ならもっと小声で言え!」

「聞こえるように言ってんだよ。爺でもまだ耳は終わってなかったんだな」

「小童めがぁ!」

 

 彰人はまるで悪戯っ子の様に笑う。叩けば鳴るおもちゃ。彰人の漏瑚への印象はそれだった。

 

 漏瑚はもっと体格的に大きかった筈だ。けれども今目の前に居るのは子供くらいの体格になった老人だった。恐らく先の戦闘でこうなってしまったのだろう。

 

「全く。年上を敬うということをせんか」

 

 そう言って漏瑚は彰人をまるで俵の様に担ぐ。彰人の血はその勢いで地面に模様を描いた。

 

「おい。もっと良い運び方はねーのかよ。怪我人だぞこっちは」

「黙れ。運んで貰えるだけありがたいと思わんか小童めが。お前は体温が低過ぎて焼灼止血出来んのだ。全く。厄介な体質に生まれおって。今担いでいる手が凍傷しそうじゃぞ」

「それ俺の所為じゃない」

 

 そう言って彰人は力無く項垂れる。

 

 ──彰人は、体温が低い。

 

 あまりにも、氷以上に。

 

 だからこそ、彰人は燃えないのだ。

 

 火が近づいてきても、その中で悠々自適に動ける。何故なら焼けないから。

 

 そしてその体質上での己の術式は、相性が良かった。

 

 万物を燃やす炎。しかし己の身は燃えない。

 

 宛ら中世ヨーロッパの精霊、サラマンダーの如く。

 




●じゅじゅさんぽ

彰人「漏瑚さん、みんなでサッカーしたって本当か?」
漏瑚「やめろ。思い出させるな。あんな忌々しい出来事を」
彰人「へぇ。そんなにか。どんな?」
漏瑚「わしの首をボールにしたのじゃ彼奴ら。なんと憎たらしい」
彰人「確かに漏瑚さんの頭ってボールに適してそうっすよね」
漏瑚「なんじゃと小童が!」
彰人「あー。急にサッカーやりたくなってきた」
漏瑚「もうボールはこりごりじゃからな!」
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