東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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昔の記憶

 虎杖と七海は霊安室で遺体を眺めていた。

 

 その中には吉野順平の遺体も並べられていた。右の台の、手前から二番目だ。

 

 結局、虎杖悠仁は吉野順平を救えなかった。正しい死へと導けなかったのである。その事実が、虎杖を蝕んで仕方がない。

 

 その上殺すと決めた真人も逃してしまう始末だ。

 

 自分は何一つ、成し遂げられていない──と、己を責める。

 

 彰人にどう言おうか。どう説明しようか。

 

 一緒に映画を見ようと約束をしていた。しかし、その約束も、今この時をもて潰えてしまったのである。

 

 虎杖は、もうどうしたら良いか分からなくなってしまった。

 

 正しい死とはなんなのか。

 

 何を持って、正しいと決めるのか。

 

 順平の死はどうだろうか。

 

 きっと正しくない。

 

 だったら順平にとって正しい死とはなんだったのか。けれどもそれを決めるのは、虎杖ではない。それを決めてしまうのは、あまりにも傲慢だ。

 

 それでも、やはり悲しいものだ。

 

 仲良くなった人間が、死んでしまうことが。

 

「虎杖くん」

「何? ナナミン」

 

 横に居た七海が不意に喋りかける。虎杖は横を見るも、七海は此方を見てはいなかった。

 

「吉野順平と一緒に居た少年がいたと言っていましたね」

「言ったけど……それがどうかした?」

 

 七海の意図が読めず、虎杖は首を傾げる。

 

「その少年の名前は、なんと言いましたか」

 

 何故そんな事を聞くのだろうか。今、それは必要な事なのだろうか。

 

 虎杖の脳内に、そんな疑問が過ぎる。しかし黙っておく事でもないので、その質問に答えた。

 

「確か彰人って名前」

「苗字は……」

「知らない。そういえば彼奴、苗字言ってなかったな」

 

 思い返すと、彰人は一貫して苗字を名乗らなかったのである。その時の虎杖は特別意識していなかったが、今思い返せば不思議なものだ。

 

 普通は、人に名を名乗る時、姓と名を名乗るものではないだろうか。しかし、彰人はがんとしてそれをしなかった。

 

 それには、何か理由があるのだろうか。

 

「そうですか……」

 

 七海はそれを言ったきり、黙ってしまった。虎杖は気になって顔を覗くも、七海が付けているグラサンでそれは望めなかった。

 

 そう言えば、彰人と虎杖は連絡先を交換していなかったなと思い出す。順平とは交換をしたが、しかし彰人はスマートフォンすらも出さなかったのである。本当に、彰人との繋がりも消えてしまった。そう思うと、急に寂しさが込み上げてくる。

 

 また会う事があったら、今度はちゃんと連絡先を聞いて、映画館にでも誘おう。そう思うのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「成る程……彰人がね」

「はい。どうしましょう。お嬢に報告しましょうか」

 

 別の日。七海は五条に先日の事を報告していた。本来ならば五条を通さず其の儘絵名に報告しても良かったのだが、これは五条から虎杖を任せられた延長で発覚した事。この件に関しては五条に報告する義務がある。そう思ったのだ。

 

 暫く、五条は考える素振りを見せる。隠している目では、その感情は読み取れない。見るからに軽薄な雰囲気が出ているが、その実は考えているかもしれない。はたまたまた碌な事を考えていないかもしれない。五条にはそういうところがあるのだから、全く読めないのである。

 

「そう言えば、彰人の術式ってなんなの?」

「炎武呪法──と、詠唱していましたが。恐らく五条さんが先日遭遇した特級呪霊と似た様な術式でしょうか」

「成る程ね。〝火〟の術式か。いいね。強そう」

 

 あっけらかんと言う五条に、七海は少し呆れる。本当に、五条は楽観的だった。それは、己の強さ故だからだろう。少しは絵名を見習って欲しいと思うのであった。

 

「そう言えばまだ本家にいた頃、彰人はまだ術式発現してなかったもんね。そりゃ前情報なくて当たり前か。会いたかったけど、絵名が会うなって聞かないんだもんな。余程心配なのかね」

「いや、五条さんの場合、人間性も捨て切れませんよ」

「あぁん!?」

 

 確かに、絵名は頑なに彰人と呪術師を合わせたがらなかった。それは恐らく、弟の身を案じてだろう。

 

 嘗て絵名は七海に話したことがある。

 

 彰人は今、夢を見つけている──と。

 

 だからこんな世界の事は知らなくてもいい──と。

 

 口を開けば弟の愚痴が出てくる絵名だが。それでも弟に対する情は、本物だろう。

 

 

 昔、彰人のために本気で怒った絵名の姿を見ている七海は、その変わらない姿を見て、ひどく安心したのだ。

 

 けれどもその心配は──無駄になってしまったが。

 

 彰人は、地獄に足を突っ込んでしまったのだ。

 

 それも片足などではない。全身、ずっぷりと嵌ってしまった。

 

 いつからだ。

 

 いつから、彼はこの地獄(世界)に身を置いていた。

 

 彼はもう手遅れだと言っていた。だとしたら、絵名が呪術師になる以前から真人と手を組んでいた事になる。

 

 そして彼の手つきは、()()()()()()()()()だった。手練──とまでは流石に行かないが、それでも二級以上の実力は備わっている。決して油断できない相手。けれども実力は、一級以上と言っても差し支えはなかっただろう。

 

 あの七海を追い詰めたのだから。

 

「それにしても、あの七海を追い詰めるだなんて、彰人も強くなったね。誰に教わったのよら」

「………………」

 

 五条も同じことを考えていたようで、まるで七海を茶化すかのようにそう言った。五条のこのノリは慣れているとはいえ、それでも改めて言われると非常にくるものがあった。

 

 しかし、それでもこれは己の力を再確認するにはちょうどいい痛さだった。

 

「しかし、どこであんな強さを身につけのでしょう。呪霊に教えを乞うたとは到底考えられませんし。かといって独学であそこまで出来るとは思えない。彼の力や体術は真希さんに引けをとりません」

 

 七海が気にしているのは、彰人の異常なまでの身体能力の高さだった。

 

 虎杖や真希の様な天与呪縛(フィジカルギフデット)を持っている訳ではなさそうだ。しかし、あの力。どう考えたっておかしい。

 

 そしてその所作はとても洗礼されたものだった。それが七海は疑問だった。

 

 一体誰に教わった。

 

 彰人はサッカーを習っていただけで他はそんな習い事はしていないと絵名は言っていた。あの足技はサッカーで身につくものでは決してない。それだったら、全てのサッカー選手が殺人犯になってしまう。

 

 絵名が彰人は器用だからなんでも出来ると言っていたが、これはその範疇を超えている。器用だけじゃあんなには強くはならない。

 

 七海はあの時、蹴られる度に骨が悲鳴をあげていた。折れなかったのが奇跡レベルだ。今でもその後遺症はまだ残っている。動かせない程ではないが、それでも動かすたびに鈍い痛みが走るのだ。

 

「それで? 術式はどんな感じだった?」

「炎を扱っていました。それも大量に生成できる様です。際限が分からない。それに油が入っている瓶を相手に投げつけ、それで浴びせてきました。私は間一髪で防げましたが、知らない人は火だるまになっているでしょう」

 

 あれは、本当に間一髪だった。危険信号が働いていなかったらと思うと、七海はゾッとした。危機管理がその割っているとはいえ、あれは本当にスレスレだった。

 

 それにもう一つ、気になった事がある。

 

「──体温が、驚く程低かったのを覚えていますよ。普通は炎系の術式を使っている人は体温が高い人が多いのですが、彰人様の場合、その逆でした」

 

 そう、七海に触れた手が、あまりにも冷たかったのだ。服の上からでも分かる程、その手は冷たかった。

 

 それを聞いた五条は、「あぁ」と声を漏らす。

 

「そういえば、彰人は体温低かったなぁ。冬になると結構寒そうだったし」

「そうでしたっけ」

「そうそう」

 

 七海は記憶を呼び起こしてみても、矢張り彰人の体温が低かったという情報は出てこなかった。恐らく忘れているのだろう。覚えている五条がおかしいのだ。普段は重要なことは忘れっぽいのに、下らないことは覚えている五条だが、今回ばかりは少し見直した。

 

 そこで七海は彰人の事について想起する。

 

 絵名の弟で、十一年前絵名と一緒に本家をでた人物。

 

 本家では弟ということもあり、腫れ物扱いだった。しかし絵名はそれを許さず、その度に使用人に噛みついていたのだ。

 

 それは七海も、目の前にその長い足を机へ放り投げている五条も同じだった。それを見つける度に、目付きを鋭くさせ、凄んだものだった。五条だけではない。医者である家入や、学長である夜蛾。それに今は亡き夏油と灰原も例外ではなかった。

 

 彼らは度々東雲邸に行って東雲姉弟の面倒を見ていたのだ。その記憶は、七海にとってかけがえのない大切なものだ。クソみたいな呪術師の世界で、彼らだけが希望の光だった。

 

 二人が笑っている。それだけで救われたのだ。

 

 まあその救いも、泡沫となって消え失せたのだが。

 

 だからこそ、今回の事は七海にとってショックが大きかった。

 

 まだ非術師として生きていてくれるのならどれ程良かったか。しかし、そうではなかった。彰人は今、七海の敵として存在している。

 

 彰人が七海に向けたあの目が、どうしてもこびりついて離れない。

 

「それで、そうお嬢に報告しましょうか」

「いや、まだだ」

 

 五条は首を横に振る。その声は真剣味を帯びていた。

 

「半月後には交流戦もある。今は其方に専念して貰いたい」

「分かりました」

 

 五条の意見はごもっともだった。

 

 交流戦まであと僅か。それまで己と一年生の訓練も同時進行、その上任務も変わらず入っている。とてもじゃないが、これ以上背負わせられはしない。

 

 話すなら、交流戦が終わった後だ。

 

「でも野放しには出来ないからね。こっちで調べられる事は調べてみよっか」

「そうですね。伊知地くんあたりに要請します」

 

 そう言って、七海は頷く。

 

 幸い伊知地はこの事について詳しく知っている。ならば伊知地以上に適任な人間は居ないだろう。

 

「なんか僕たち、絵名に隠し事多いね」

「そうですね。後が怖いですが。その時は責任お願いしますよ」

「えぇ。そこは共犯じゃないの?」

「彰人様の件は兎も角、虎杖くんについては貴方の独断でしょう。私には一切の責任はありません」

 

 「えぇー」と声を漏らす五条。その姿を、七海は横目で見ていた。

 

 彰人の件は、絵名もそうだが、虎杖には絶対に教えてはいけない。これはあまりにも事態が大きすぎる。

 

 虎杖と順平と彰人は仲良く食卓を囲んだ仲だ。その内の一人がもう一人の母親を殺す引き金となってしまったと知ったら、虎杖はどうなるのだろうか。

 

 きっと、立ってはいられない。それどころか、本当に壊れてしまうだろう。七海は其処を危惧していた。

 

 七海や五条は大人だからまだその事実に耐えられる。しかし虎杖はまだ十六歳の子供だ。それも呪術師になりたての。

 

 きっとこの事実に耐えられない。

 

 どうにかしてこの事実を隠し通さなければいけないのだ。例えそれが、騙す事になってしまっても。

 

 そうして、密かに三人の大人は動き出したのだ。

 

「でも「隠してたあんたも同罪よ!」って七海も噛みつかれそうだけどね」

「………………」

 

 悔しい事に、それは容易に想像が出来た。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「はっくち!」

「風邪っスか、東雲先輩」

 

 くしゃみをした絵名を、伏黒は横目で見る。絵名は鼻を啜りながら「そうかしら」と呟いた。

 

 呪術高専の運動場。其処で一年生と二年生は共に訓練を行っていた。交流戦まで残りあと僅か。彼らの訓練も大詰めに入っていた。

 

「もしかしたら絵名の噂誰かしてんじゃね?」

 

 パンダはそう言って地面に座る。一年の釘崎を投げ疲れたのだろう。

 

「うっそ。暗殺計画だったら嫌なんだけど」

「違う──と言いてぇ所だが、無責任に否定できねぇのがこの業界の怖い所だな」

 

 真希の言う通り、呪術界は呪いよりも呪いが蔓延っている。それこそ呪霊の比ではない程に根が腐っている人間は、そう少なくないのだ。絵名はこのセカイに足を突っ込んで、それを嫌と言う程知った。思い知った。

 

 だからこそ、強くなければこの世界は変わらない。

 

「大丈夫ですよ! 絵名さん強いんで! すぐに相手とっちめられますよ!」

 

 パンダに何度も投げられていた釘崎が、声を張りながら絵名の方へ歩いてきた。その様子が少し嬉しく、絵名は思わず笑みを溢す。

 

 そうだ。強くなるのは、自分の為だけじゃない。この愛くるしい後輩、信頼できる同級生、尊敬できる先輩と大人たち、そして大切な仲間、家族。それらを護り通すには、今以上に力を付けなければいけない。

 

 まずは交流戦だ。

 

 絵名は思いっきり頬を叩き、己に活を入れる。横に居た伏黒や釘崎は驚いて目を見開いて驚いているが、真希たちは口角を上げながら絵名を見る。その顔は、絵名への信頼だった。

 

「よし! 交流戦までもう少し。気張っていくわよ!」

 

 そして全員の意気込みが、青空へ響いたのだ。




●じゅじゅさんぽ

五条「五条悟の良い所で山手線ゲーム! 全部!」
七海「………………」
五条「ちょっと七海ー、ノリ悪いよー」
七海「悪い所山手線ゲームだったら五時間は出来そうですけどね」
五条「え?」
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