東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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京都姉妹校交流会

 湯煙立つ山麓。そこで彰人は温泉に足だけ浸かっていた。所謂足湯である。横では漏瑚が煙管を吸っていた。

 

 互いに会話は無い。ただ呆然とそこに居るだけ。

 

 彰人は顔を上げた。湯気で空の様子は見えない。もしくは霧の所為か。

 

 そして体制を変えただけで、上半身の傷がジクジクと痛くなってきた。

 

 彰人は今、上半身の服を着ていない。その代わりと言わんばかりに包帯が沢山巻かれていた。先の戦いで負った傷だった。この時ばかりは反転術式を使えない事を恨む彰人であった。

 

 足を上げ、お湯を弄ぶ。冷えていた体が、徐々にあったかくなるような感覚だった。その感覚が、少し心地良い。

 

 そうして脳裏に浮かぶのは──チームメイトの顔だった。

 

 彰人はこれを以て彼らとは縁を切るつもりだ。そこになんの躊躇もないし、罪悪感もない。初めから決めていた事だ。これで漸く集中出来る。

 

 しかし──。

 

『彰人』

『あーきと!』

『東雲くん』

 

 何故か彼らの顔が、声が、脳裏にへばり付いて離れない。

 

 如何して、いつまでもそこにいる。如何して離れてくれない。そう思えば思う程、彼らとの思い出が脳内にまるでビデオテープの様に再生される。

 

 彼らとの思い出は、自分にとって価値のあるものだったのか。それ程までに、大切なものだったのか。

 

 ならば──。

 

『オマエにこれを託す。後は頼んだぞ』

「──────!」

 

 駄目だ──と、己に叱咤する。

 

 此処で揺らいでは駄目だ。揺らいでしまったら、今迄してきたことが全て水の泡になってしまう。それだけは、如何してもしてはいけない。

 

 己の為にも、彼の為にも、そして絵名の為にも、それは決してあってはならない。

 

 もう、ソレ(罪悪感)は捨てた筈だっただろう。

 

「あ! いたいたー!」

 

 後ろから、軽快な声が聞こえる。その声は辺りに反響し、こだまする。

 

 振り返ると、今まさに服を脱いだであろう真人が、全裸で此方に向かってきていた。それも全速力で。夏油は我関せずと謂わんばかりにゆっくり歩いている。

 

「漏瑚ー! 彰人ー!」

 

 そしてその勢いのまま水面へジャンプし、落下する。その反動で水飛沫が舞い、大量のお湯が漏瑚と彰人へ掛かる。

 

呪力(からだ)は大分戻った様だね」

 

 そう言って真人はお湯の中を泳ぐ。まるで子供がやるようだ。彰人は少し呆れながらソレを見ていた。

 

「まぁな。ここは居心地が良い。人間共も寄り付かん」

「肉体がないのも考えものだよねー。自己補完の効率も悪いし」

「真人、オマエも随分と消耗しているな」

「あバレたー? 宿儺と器、アイツら天敵でさー」

 

 背泳ぎをし、少し不貞腐れる。

 

「たまたま手に入った玩具から始まった遊びだったけど、なかなかうまくいかないね。最初は良かったけど」

 

 恐らく玩具は順平の事だろう。

 

 真人は、順平を道具としか見ていない。ソレは最初から分かっていた。彰人はソレを分かった上で、協力していた。ソレについても、彰人に罪悪感はない。ただ己の仕事を熟しただけ。それだけだった。

 

「やっぱ人質とってハッキリ〝縛り〟作らせるべきじゃなかった?」

 

 その言葉に、夏油は首を横に振る。

 

「いや、縛りはあくまで自分が自分に科すものだ。他者の介入や他者間との縛りは簡単ではないよ」

 

 その言葉に、真人は少し眉間に皺を寄せる。恐らく先程の事を心の中で反省会を開いているのだろう。彰人は重心を後ろに倒し、欠伸をする。

 

 そしてソレに気付いたのか、真人は「そういえば彰人!」と指を差し叫ぶ。

 

「俺のこと置いて行ったでしょ? 酷いじゃないか!」

「酷いもなにも。俺たちはあそこで解散したでしょ。家に帰るまでが遠足じゃねぇんですよ」

「と言うか酷い怪我だね。あの一級術師にやられたんでしょ。治したげよっか」

「いいです。要らない」

 

 彰人がそう言うと、「ちぇー」と、退屈そうに真人は唇を尖らせた。その様子は何処か子供じみていた。そうして湯船から上がり、岩の上に座る。

 

「漏瑚、宿儺に触れて分かったけど、とりあえず夏油のプランを軸に進めて良いと思う。宿儺にはそれだけの価値がある」

 

 恐らく先の戦いで宿儺と一悶着あったのだろう。漏瑚は真人の話を聞いて真顔になる。

 

「指を全て集め、宿儺に献上する……か」

 

 そして口角を上げ、不気味な笑みを作る。

 

「結果儂らが全滅してもだな」

 

 真人がいいたかったのはそう言うことだろう。その顔に、真人は「お、分かってた」と呟く。

 

「いいだろう。百年後荒野で笑うのは儂である必要はない。呪いが人として立っていればそれでいい。彰人もそれでいいな」

「俺は別に構わねぇよ。呪術師がこの世から消えてくれれば、百年後千年後如何なってようが如何でもいい」

 

 満場一致だった。この場に否を唱える奴は一人もいない。

 

 真人はいつの間にか服に着替えており、風呂からも上がっていた。

 

「じゃあまず、高専の保有する六本の指を回収するよ」

 

 その言葉に、漏瑚は眉間に皺を寄せる。

 

「必要か? 術師は宿儺の指を取り込ませるために、虎杖悠仁を買っているのであろう? 放っておいても勝手に食うだろ」

「高専上層部は虎杖悠仁の器としての強度を計りかねている。何本目から暴走するとかね。例外を除いて取り込ませるのは全ての指を揃えた後さ」

 

 恐らく例外というのは五条悟の事だろう。

 

 彰人は昔の記憶を思い出す。五条は昔から適当な人間だった。帳も下ろさず呪霊を祓い、己以外を雑魚呼ばわり。お世辞にも性格が良いとはいえなかった、今ではどうか分からないが、その根本的な所は変わっていないのだろうと、五条の噂を聞いて思い至る。

 

「虎穴に入らずんばか……。さて、如何したものか」

 

 漏瑚の言葉に、夏油は笑う。

 

「手は打ってある。そのために手持ちの指を高専に回収させたんだから。ねぇ、彰人」

 

 夏油に話を振られ、彰人はため息をつく。

 

 最後の最後に、面倒を被るのはいつだって彰人なのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「なっ、なんで皆手ぶらなのー!?」

 

 釘崎の叫びが空へ轟く。

 

 釘崎の手にはキャリーバッグや大き目の鞄が握られていた。

 

「野薔薇ちゃん、そのバック、何?」

 

 絵名の言葉に、釘崎はあんぐりと口を開け茫然としていた。

 

「なにって……これから京都でしょ?」

「は?」

 

 噛み合っていない会話に、その場に居た全員が首を傾げる。

 

「京都()姉妹校交流会……」

「京都()姉妹校()交流会だ。東京で」

 

 パンダの訂正に釘崎は「嘘でしょー!」と叫ぶ。どうやら盛大に勘違いをしていた様だった。

 

 あれから二月後、本日は晴天なりと叫びたい程の青空で、九月と言うこともあり気温もあれからだいぶ涼しくなった。

 

 そして今日、遂に待ちに待った京都姉妹校交流会の日だった。いつも通りの彼らに見えるが、それでも内なる闘志は滲み出ている。

 

「去年勝った方の学校でやんだよ」

「勝ってんじゃねーよ! バカ!」

「俺らは去年出てねーよ」

 

 釘崎はパンダに突っかかるが、それでも暖簾に腕押し。交流会は二、三年を中心に開催されており、この場に居る全員は参加した事がない。

 

「去年は人数合わせで憂太が参加したんだ」

「「里香」の解呪前だったからな」

 

 パンダと真希の会話に、絵名は首を傾げる。

 

「「里香」って、あの噂の?」

「そう、憂太に憑いていた特級仮想怨霊「折元里香」。去年の百鬼夜行の中心に居たと言っても過言ではないぞ」

「あ、それ資料で見た。大変だったんだね。あの時新宿でそんなことになってただなんて、想像しただけでゾッとする」

「まああの時はまだ絵名は呪術師なってなかったからな」

 

 去年の十二月十五日。世間ではクリスマスと呼ばれるその日に、特級呪詛師である夏油傑によって、未曾有の呪術テロが行われた。新宿・京都にそれぞれ千体の呪霊が放たれ、呪術師側も膨大な被害が出た。

 

 そして乙骨に憑いていた特級仮想怨霊である「折本里香」は、その日に解呪されたのだった。最終的に呪ったのは里香ではく、乙骨が里香を呪っていたらしいが、それでもお互いがお互いを縛っていた事には変わりはない。しかし、それでもハッピーエンドと言っても、差し支えはなかっただろう。

 

 結果的に夏油の思惑は失敗に終わり、処刑を執行されたのだが、その時絵名は受験期ということもあり、キャンバスの前に齧り付いていたのだった。そんな事件があったことは、つゆ程も知らなかった。

 

 ともあれ交流会はクリスマス前の九月。必然的に乙骨に憑いていた里香がまだ解呪していない時期だ。

 

「圧勝だったらしいぞ。京都でやったから見てねーけど」

 

 脳内で簡単にその映像が流れる。強さでこんなにも説得力がある人間もそうそういないだろう。

 

 しかし今回乙骨は五条のお使いでブラジルに行っている。参加は出来ない。だからこそ、今日は乙骨の分まで戦わないといけない。

 

 絵名は人知れず力を入れる。

 

「許さんぞ乙骨憂太ー!」

 

 そう言って釘崎は項垂れる。絵名はそれを苦笑いで見ていた。余程京都旅行(旅行ではないが)が楽しみだったようだ。

 

 後ろから足音がし、振り返る。それは真希も同じだった様で、ほぼ絵名と同時に振り返った。

 

「おい、来たぜ」

 

 そして足音を立て、彼らが来た。

 

 真っ黒い装束に身を包み、堂々とした出立ちをしている。

 

 ──京都府立呪術高等専門学校。その呪術師たち。

 

「あら、お出迎え? 気色悪い」

「乙骨いねぇじゃん」

 

 そんな悪態と共に登場した彼らは威風堂々と立っていた。

 

 嘗ての二人──東堂葵と禪院真依だけではない。他にも四人の少年少女が此方を見ている。その中には、絵名の見知った少年も居た。その姿を見て、絵名はひどく安心をする。

 

 その少年──与幸吉も、絵名に気付いた様で、笑みを見せて会釈をする。絵名は手を振り答える。

 

 しかし絵名と幸吉以外は、そんな穏やかな空気ではなかったようだ。

 

「うるせぇ早く菓子折り出せコラ。八ツ橋くずきりそばぼうろ」

「しゃけ」

 

 悪態に対抗するかのように、野薔薇と狗巻は相手を睨む。その言葉に東堂は「腹減ってんのか?」と返していた。そしてまるで魔女の様に箒を片手に持った小柄な少女は、その様子を身を竦みながら眺めていた。

 

「乙骨がいないのは良いとして、一年二人はハンデが過ぎないか?」

 

 絵名との軽い挨拶(会釈だけだが)が済み、幸吉はそう言う。

 

 そしてそれに反応したのは、横にいた着物姿の男──加茂憲紀だった。

 

「呪術師に年齢は関係ないよ。特に伏黒君。彼は禪院家の血筋だが、宗家より余程出来が良い」

「チッ」

「何か?」

「別に」

 

 その言葉が癪に障ったのか、盛大に真依は舌打ちをする。それを間に入り嗜めているのは、明るい水色の髪をした少女──三輪霞だった。三輪は他の人間とは違い普通の女の子の様だった。

 

 そしてその様子を、幸吉はとても愛おしそうに眺めているのだった。

 

 絵名の頭に、邪な考えが浮かぶ。

 

「はーい。内輪で喧嘩しない」

 

 その声と共に、手を叩く音が聞こえる。

 

 絵名は、その声を知っていた。

 

 階段を登って現れたのは、巫女姿で、顔に大きな傷を負った女性──庵歌姫だった。生徒の様子を見て、呆れた様に顔を歪める。

 

「で、あの馬鹿は?」

「悟は遅刻だ」

(バカ)が時間通りに来るわけねーだろ」

「どうせ寝坊でもしたんじゃない?」

「しゃけ」

「誰もバカが五条先生のこととは言ってませんよ先輩方」

 

 五条に対して悪態をつく二年に、伏黒は冷めた目でそう言う。しかしそう言っている伏黒も、五条にあたりはつけているのだろう。冷めた目が物語っていた。

 

 しかし、噂をすればなんとやら。何かをタイヤで運ぶ音と、そして硬い足音が、物凄い勢いで此方に向かってくる。

 

 絵名は前もって自分の居る場所を開けた。

 

 そして予感は的中。東京校の人々を押し除け、五条が飛んで来た。そんな表現が似合う程の勢いだ。

 

「おまたー!」

 

 出会い頭の言葉が謝罪ではないのが、五条悟だった。

 

 何やらキャリーの様な物を引いている。それこそ、()()()()()()()()()()()。そんな大きさだった。上には何やら奇怪な人形が乗っている。

 

「やぁやぁ皆さんおそろいで。私海外主張で海外に行ってましてね」

 

 そして急に語り始めた。因みに絵名は五条が海外に居たのは初耳だった。

 

「はいお土産。京都の皆にはとある部族のお守りを。歌姫のはないよ」

 

 そうして一際異色を放っていた人形を、京都の生徒たちに一人ずつ手渡ししていく。一人を除き、迷惑そうな顔をしている。絵名もお土産として渡されても要らないだろう。映えにもならない。

 

 次にテンション高めに、五条は東京の生徒の方へ振り返る。その姿が、どこか不気味だった。

 

「そして東京都の皆にはコチラ!」

 

 そう言って五条は勢い良くキャリーの箱を開ける。

 

 どうせ碌なものは出てこないと、絵名はたかを括っていた。こう言う時に、五条は大抵碌なものを持ってこないのだ。

 

 そう言う事例、前科が、五条悟にはある。

 

 しかし中から出てきたものは──。

 

「故人の虎杖悠仁君でぇーっす!」

「はい! おっぱっぴー!」

「………………」

 

 全員、顔を顰めた。

 

 絵名は勿論、一年、そして二年までもが、なんとも言えない様な顔をする。

 

 絵名は戸惑っていた。

 

 あの時悲しかたのは事実だ。大切な後輩が死んで、それこそ自分も死んでしまいそうな程に悲しんだ。

 

 しかし今はどうだろうか。

 

 沸々と、怒りが湧いてくる。

 

 虎杖はそんな絵名達の様子を見て逆に驚いたような、焦ったような顔をしていた。けれどそれは絵名には関係がなかった。

 

 対して京都は虎杖に目もくれずお土産に夢中だった。他の生徒は顔を歪め、なんなら汚いものを触るかのように指先で人形を摘んでいたが、ただ一人、三輪霞だけは目を輝かせて人形を大切そうに持っていた。その様子を、幸吉は矢張り愛おしそうに見ているのだった。

 

 そうして虎杖は段々と、なんとも言えない微妙な顔になっていく。

 

 遠くで楽巌寺が目を見開いて驚愕の表情を見せていた。

 

「宿儺の器!? どう言うことだ……」

「楽巌寺学長ー! いやー、良かった良かった」

 

 五条はそう言って嘲った。そうして挑発する様に顔を近づける。

 

「びっくりして死んじゃったらどうしようかと。心配しましたよ」

「──糞餓鬼が」

 

 血管が、今にも切れそうだった。

 

 そしてその屈んでいる五条に、絵名はこれ以上に無い程の低い声で呼ぶ。

 

「──五条悟」

「ア、ハイ」

 

 絵名に呼ばれ、五条は背筋が伸びる。

 

「話があります。こっちへ来なさい」

「いててて! 絵名、耳引っ張らないで! 千切れる! GTG(グレート・ティーチャー・五条)の耳が千切れちゃうから!」

 

 そうして絵名は五条の耳を引っ張り、歩みを進める。

 

 そも様子を、愉快そうに歌姫は眺め、一年は虎杖と感動の再会をしているのだった。




●じゅじゅさんぽ

西宮「ねぇ霞ちゃん」
三輪「ハイ。そうですよね」
西宮「やっぱそうだよね」
三輪「あれ、〝えななん〟ですよね」
西宮・三輪「「生で初めて見たー!」」
加茂「なんの話だ?」
真依「おじいちゃんにはわからない話」
加茂「おじ……!」
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