京都校姉妹校交流会。
一日目 団体戦
〝チキチキ呪霊討伐猛レース〟
指定された区画内に放たれた二級呪霊を先に祓ったチームの勝利となる。
区画内には三級以下の呪霊も複数放たれており、日没までに決着がつかなかった場合、討伐数の多いチームに軍配が上がる。
それ以外のルール、
「で、何か言う事は?」
「黙っててすんませんっした!」
絵名が腕を組み立ち、目の前に五条が正座をしている。
美人が凄むと怖いと言うが、絵名はその典型だった。しかし絵名はそれを自覚することもなく、五条を冷めた目で見る。そこには侮蔑が孕んでいた。
いつもの
高専の、一室。そこで五条は絵名から説教を受けていた。教師が生徒に説教を受けていると言う構図は、どこか可笑しなものがあった。恐らく此処に家入や歌姫、七海の姿があったのだったら、これ以上に無い程に笑うのだろう。その光景が、絵名には容易に想像がついた。想像がついて、そして懐かしい気になる。
けれどもまぁ、懐かしい気になったからと言って目の前の男に対する憤怒は消えはしないのだが。
それとこれとは話が別だ。
「いつから?」
「へ?」
「いや、いつから黙ってたのって聞いてんの。悠仁が目覚めたのはいつ?」
本当に、驚く程の低さだった。五条はその声に肩をびくつかせる。その様子に、絵名は眉を歪めた。
「えっと、悠仁が死んで、絵名が部屋から出てったすぐ後……でしたね」
「ふーん。なんで言わなかったの?」
「……面白いかなって思ったんです! すみませんでした!」
「すみませんでしたで済んだら警察は要らないのよこの
「いててて! そこはせめて
ミシミシと、五条の骨が悲鳴を上げる。しかし絵名はそんなのお構いなしに足を絡め締め上げた。五条はそんな絵名の背中を叩き抵抗の意を見せる。
五条の言葉を信じるなら、虎杖は最低でも二ヶ月の間は生きていたと言うことになる。そしてそれが事実なら、五条は最低でも二ヶ月は絵名を騙していたと言う事だ。
それが無性に、腹が立った。
これは理論ではない。感情論だ。
「そもそも! なんで死亡報告書を! 偽造したのよ! 私が! 相手じゃなければ! 問題に! なってたわよ!」
一言毎に、絵名は柔道の形を入れていく。五条は無限を使う事なくそれを受け入れていた。それこそ、五条の誠意であろう。
絵名は体術こそあまり得意では無いのだが、それこそ夜蛾や真希に教わり、人並み程度に、人を痛めつける方法は心得ていた。絵名は今になって、その特訓の成果を発揮しているのである。
裏投、払腰、腕肘挫十字固、足緘。そしてシンプルな暴力。
当主になって、感情の制御はできる様にはなった。しかし
する必要のないと判断したのなら、絵名は容赦をしなかった。
「いででででで! ごめんごめん! 本当ごめんって! なんでも言う事聞くから許して!」
その言葉に、絵名は漸く五条を解放する。勢い付いて、五条は床に転げた。
「スイーツ」
「へ?」
そして絵名はポツリと呟く。
「銀座の高級スイーツ店。そこ奢ってくれたら許す!」
「因みにそれ以外は……?」
「絶対許さない!」
「分かった分かった! 奢るから許して!」
そう言って五条は手を合わせて懇願する。あの天上天下唯我独尊を地でいく五条でも、絵名には頭が上がらないようだ。その光景は、どこか昔を思い出せた。
そして五条から言質を取った絵名は「よし!」満面な笑みを浮かべた。その様子に、五条は笑みをこぼす。
その無邪気な笑みは、本当に昔から変わっていない。
「さてと、五条先生で憂さ晴らし出来たし、そろそろ皆んなの所に戻ろうかな」
「え?憂さ晴らしって言った? 僕の聞き間違いかな?」
「あぁ、聞き間違いよ。歳の所為で耳が遠くなったんじゃない?」
「この上なく酷い」
そんな他愛もない会話を、広げる。そして五条は思い出したかのように手をポンっと叩く。
「そういえば、今回の交流会、リンに手伝って貰うから」
「はぁ!? 聞いてないんだけど」
「言ってないからねぇ」
五条の言葉に振り向き様声を荒らげる。
リンからはそんな話は聞いていなかった。何か五条から頼まれ事があったのなら、絵名に真っ直ぐ報告にくる筈だ。
けれども今回はそれがなかった。
絵名は五条を半目で睨みつける。
「まさかそれ、リンにも言ってないよね」
「言ってないよ……て、いでででででで! 暴力反対!」
そして再び五条に足を絡め卍固めをするのであった。
◆◆◆◆◆
「……何してんの?」
「とてもハードないじめです?」
「え? 何? どゆこと?」
五条とのやりとりもそこそこ。絵名は東京校のミーティングに戻っていた。そこで虎杖は遺影の額縁を持たされ、それを顔に嵌めていた。本当に、見方によってはとてもハードないじめだった。
しかし、釘崎や伏黒などの気持ちを考慮すれば、これは致し方ないとさえ思ってしまう。
まぁ最終的に悪いのは五条悟なのだが。虎杖は謂わば被害者に他ならない。
「まぁまぁ、事情は説明されたろ、許してやれって」
「喋った!」
「しゃけしゃけ」
「なんて?」
パンダと狗巻の言葉に、一つ毎に反応をしている。その様子が少し微笑ましく、絵名は人知れず笑みを溢した。
「狗巻先輩は呪言師だ。言霊の増幅・強制の術式だからな。安全を考慮して語彙絞ってんだよ」
「じゃあ「死ね」っつったら相手死ぬって事? 最強じゃん」
虎杖は感心したように呟く。しかしそれを否定したのはパンダだった。
「そんな便利なもんじゃないさ。実力差でケースバイケースだけどな。強い言葉を使えばデカい反動がくるし、最悪自分に返ってくる。語彙を絞るのは棘自身を守るためでもあんのさ」
「ふーん。で、先輩はなんで喋れんの?」
どうやら虎杖は狗巻の呪言云々以前に、パンダが気になるらしい。
確かに絵名も最初の頃はパンダの詳細が夜も寝むれないくらい気になってはいたのだが、それでも不思議と過ごして行くにつれ、それが当たり前になってくるのである。
本人が(人ではないが)まるで当然の様に過ごしているからなのだろう。此方もつられてそう思考も放棄してしまう。
絵名はそれを思い出しながら、狗巻の傍に座る。狗巻は前もって分かっていたのか、絵名が座ろうと動いた瞬間に、己の座っていた所から右に少しズレていた。絵名はその心遣いが嬉しく、「有難う」と小声で狗巻に伝えるのだった。
「で、どうするよ。団体戦形式はまぁ予想通りとして、メンバーが増えちまった。作戦変更か? 時間ねぇぞ」
「おかか」
「確かに人数的にはこっちのが有利だけれど、チームワークがね」
「そりゃ悠仁次第だろ。何ができるんだ?」
二年の言葉に、虎杖は肩を上げる。
「殴る。蹴る」
「うん、シンプルで良いね」
「バカ絵名。お前後輩全肯定過ぎんだよ。ったく、そういうの間に合ってんだよなぁ……」
親指を立てる絵名をパンダは柱にしがみつきながら小突く。
確かに暴力だったら真希やパンダで間に合っているのだ。
しかし準備運動をしている伏黒が、それを否定した。
「
そう、断言する。
はっきりと、まるでそれが確定しているかのように。
しかしその説得力が、伏黒と虎杖にはあった。
「……面白ぇ」
そう言って真希は笑う。
伏黒は嘗て東堂と闘っている。ならば伏黒の言葉に、嘘はないだろう。
「あ、そうだ」
絵名はふと思い出し、ポケットからスマートフォンを取り出す。
「あ? どうした」
「五条先生がリンを貸してくれって。リン、居る?」
真希の言葉に、絵名はスマートフォンを操作しながた答える。そしてリンの名前が出ると、伏黒含め、二年は「あぁ」と納得した様に声を漏らす。虎杖と釘崎は何か分かっていない様で、首を同時に傾げている。
絵名がスマートフォンに語りかけると、端末からホログラムで少女が現れる。
黄色い髪をした、頭に白いリボンをつけている、十四歳の少女。
少女は閉じていた目を、ゆっくりと開ける。
『居るよ、絵名』
バーチャルシンガー、鏡音リン。
その少女は、その緑の瞳を真っ直ぐと絵名を見つめている。
「え? 絵名先輩。それは……?」
釘崎はゆっくりと指を刺す。リンはそんな釘崎を目線だけ動かし、一瞥した。そしてすぐに絵名へ視線を戻す。恐らく自分を呼んだ要件を早く聞きたい様だった。
しかし絵名は二人に説明が先だと思ったのか、スマートフォンを二人に向ける。
「バーチャルシンガーの鏡音リン。仲良くしてやって」
『……宜しく。悠仁、野薔薇』
「うわ! 喋った!」
虎杖と野薔薇は身を乗り出し興味津々にリンを見る。
「鏡音リンって、あのボーカロイドの? 俺生で初めて見た!」
「スッゲー! 本当に喋ってる! テレビやネットで見るまんまだ! あれ? でも少し雰囲気が違うような……?」
二人に見られ、リンは気不味そうに目を逸らす。恥ずかしいのだろう。少し頬が赤らんでいた。絵名はそれを見て微笑む。
新鮮な反応だ。
そして、その視線から逃れるように、リンはまた絵名に向き直る。
『それで? 何の用?』
「あぁ、五条先生がリンの事借りたいって。良いかな?」
『……五条、悟』
見るからに顔を歪める。
リンは五条に対して苦手意識があった。
飄々としたつかみどころのない、ルカとはまた違った性格をしている五条とは、根本的に性格が合わないのだろう。五条に仕事(と言う名の雑用)を任された日には、五条への愚痴が止まらない程だ。
それでも本格的に拒絶しないのは、五条悟が『最強』だからだろう。
『絵名が、やれと言うのなら』
「うーん、強制は出来ないけどさ、手伝ってあげて欲しいなって」
『じゃあ、やる』
そう言って、即答で頷く。リンは絵名の言う事になら即時に従うのだった。いつもは針の様にとげとげした態度なのだが、それでも絵名に対する親愛の情は滲み出ているのだった。
世はそれをツンデレと言う。
「じゃ、此の儘五条先生のスマートフォンに行って手伝っておいで」
『……分かった。その代わり、なんかお礼してよ』
「はいはい。任せなさい」
そう言って、リンは絵名のスマートフォンから消える。その様子を、一つ一つ感嘆を漏らしながら虎杖と野薔薇は見ていた。
「すげぇ! それどうなってんの!?」
「ふふ、企業秘密」
実を言うと、絵名はこの場にいる全員に、このシステムの事は詳しく説明していない。絵名自身完全的に理解をしていないと言うのもあるが、想いからできた存在だなんて、言っても恐らく分からないだろう。
そもそもこのセカイも、絵名ではなく、朝比奈まふゆの想いによって作られたセカイだ。今我が物顔でリンを呼んでいるが、それは何処か筋が違った話なのである。
絵名はリンに頼み事をする時に、そう思うのだった。
まふゆは気にせずリン達を頼れば良いと言っていたが、それでも気が引ける。セカイの主導権は、まふゆにあるのだから。
それが分かっているからか、はたまたあまりセカイについて興味がないのか。誰もリンや他のバーチャルシンガーについて言及をしてこない。どちらにしろ、それが絵名にはとても有り難かったのだ。
「さて、そろそろ時間だ。行くぞ」
真希の号令と共に、各々外に出る。
そして絵名は虎杖を呼び止めた。
「悠仁」
「ん? どしたの、絵名先輩」
虎杖はあっけらかんとした雰囲気で振り返った。その顔には、曇り一つない。けれども前会った時の雰囲気かと問われれば、そうではなかった。
何かあったのかは分からない。けれども虎杖の中でそれは折り合いが付いているのなら、絵名はそれで良かった。少し寂しい様な気もするが、それでも良かったのだ。
そして拳を強く握り、背中にコツンと優しくぶつける。
「今度は、死なないでよ」
「…………!」
虎杖は目を見開き、絵名を見る。そして一瞬にして笑みを浮かべる。
「おう! 任せといて!」
その言葉に、絵名も口角を上げた。その笑顔が、何処か頼もしかったのだ。
「因みに次死んだら地獄まで行って首根っこ掴んで引きずり戻すから。抵抗しても殴ってでも連れ戻す。たとえ悠仁が自死をしたとしてもだよ」
「え?」
「諦めろ虎杖。出来るかどうかはこの際置いといて、東雲先輩は本当にやりかねない」
伏黒のフォローとも呼べない言葉に、虎杖は震え上がる。
「怖い怖い怖い怖い! 死んでも尚許されない感じ!? つーか俺勝手に地獄行き確定してんじゃん!」
「当たり前じゃない」
そう言って絵名は先を歩く。そして振り向き様、笑顔で口を開いた。
「この場に居る全員、仲良く手を繋いで地獄行きよ」
風が吹く。
暑い空気に混じり、その温度はぬるかった。
そしてその場に居る全員は、笑っていた。
まるで安心するかの様に、笑っていた。
「じゃあんな簡単には死ねねぇな」
「じゃあまず交流会で勝たなきゃな」
「圧勝! コテンパにしてやんのよ! 真希さんのためにも!l」
「……そーいうのやめろ」
「明太子!」
「そう! 真希のためにもな!」
「そーいうのやめろ!」
「ん。それじゃあまぁ、」
そう言って、全員戦闘準備に入る。
「勝つわよ」
そうして、絵名の号令と共に、皆覚悟を決めるのだった。
●じゅじゅさんぽ
絵名「私、両面宿儺と話した事ないんだよね。どんな奴なの?」
虎杖「やな奴やな奴やな奴!」
絵名「何? 天沢聖司?」
虎杖「とにかくやな奴なんすよ!」
絵名「へぇ、変わる事って出来ないの?」
虎杖「やめてくださいよ! コイツ何しでかすか分かんないんすから!」
絵名「というか話題の張本人、噂されてるのに全く出てこないわね」
虎杖「多分寝てる」
絵名「両面宿儺に寝るって概念あったのね」