『これで良い?』
「あぁ、ありがとう。君のおかげで烏との視覚共有がだいぶ楽になったよ」
観覧席の、モニター。そこにリンは目の前に立っている女性──冥冥に語りかけていた。冥冥は真顔で確認をとっているリンに、感謝を伝えた。
交流会団体戦まであと数刻。リンは突然任された仕事を、急いで行っていた。
仕事内容は冥冥の行っている烏との視覚共有を、画面に共有する事。
本来なら時間が掛かる作業だが、火事場の馬鹿力、なんとか時間内に終わらせたのだった。本当に急ぎの内容だった。冥冥と協力しながらテレビに接続をしていたのだが、やっている間に何度五条を恨んだか知れぬ。
そもそも高専に所属しておらず、フリーの術師である冥冥の術式も把握していない為、画面共有をするのにだいぶ時間がかかってしまったのだ。本来ならば冥冥一人でできる仕事を、いくらバーチャルだとは言え、素人も同然のリンが無駄に手助け出来る事は何もない。
しかし、それでも冥冥が助かったと言ってくれるのなら、やった甲斐はある、と、リンは思うのだった。
「やぁやぁ、準備は終わった?」
「おや、五条君。丁度終わったよ」
『……五条悟』
襖を開けて中へ入ってきたのは、いつも通り目隠しを付けた大男の五条悟、巫女姿の庵歌姫。そして両陣営の学長である夜蛾正道と楽巌寺嘉伸だった。
錚々たる面子に、リンは思わず息を呑む。
彼らが部屋に入って来た瞬間、ガラリと部屋の空気が変わった。
リンは仕事上、呪術師の全ての等級、そしてプロフィールを把握している。そして彼らはその中でも数少ない一級、準一級術師だった。
いや、そんな前情報がなくとも、立ち姿で分かる。
彼らは、強い。
それこそ、姉妹校交流会を見届けるに相応しい人物達と言っても過言ではなかった。そう思える風格を、彼らは醸し出しているのだ。
リンは静かに、固唾を飲む。
「わぁ、本当に鏡音リンが居る。え? 夢じゃないわよね?」
その中で、袴を来た女性──庵歌姫が、リンを見て目を見開く。どうやら彼女もボーカロイドの存在を知っていたようだ。
「歌姫ー。ボケるのまだ早いよー」
「そういう意味で言ってんじゃないわよボケが!」
そう言って二人は言い争いを始める。絵名の言っていた通り、二人は仲が悪いらしい。リンはその光景を、まふゆと絵名に重ねて見ていた。
何処かあの二人と似ている。そう思ったのだ。
そしてその二人を見ているうちに、京都校の学長である楽巌寺が、興味深げにリンを見ていた。
「ふむ。これがかの有名なボーカロイド、『鏡音リン』……か。なるほど。どういう原理でボーカロイドが意思を持ち行動しているか分からんが、中々に興味深い」
『……どうも』
リンはそう挨拶しながら、目を逸らす。沢山の人に見られるのは、どうも苦手だった。
「挨拶がまだじゃったな。儂は京都府立呪術高等専門学校の学長の楽巌寺嘉伸じゃ。今回は宜しく頼む」
『あ、鏡音リンです。宜しく……』
「ふむ。世間で出回っている性格とは違い、大人しい少女だの」
『………………』
どうやら思ったよりこの老人は知識がある様だった。思わずリンは真顔になる。その口振りからして、普段からボカロを聴いているのだろう。
ギャップどころの話ではなかった。
「ふむ。実体があれば飴でも食わせられるもじゃが、残念だ」
『…………!』
相手がセカイに来る事は可能だが、逆にリンが現実世界に来ることは不可能に近かった。リンは少々残念な気持ちになる。
現実セカイへ絵名達の様に行き来出来たのなら、この好々爺の様な老人からの厚意を遠慮せずに貰えたというのに。本当に、残念でならないと、リンは肩を落とす。
「おじいちゃん、絵名に渡せば其の儘渡してくれるかもよ」
「それは本当だろうな」
楽巌寺は、思いっきりリンの事を孫扱いしていた。
リン自体、老人と喋る事が無い為、初めての感覚であった。
しかし、悪くはなかった。
それに思っても見ない所からの蜘蛛の糸。リンは驚きながらも、少しだけ五条悟を見直したのだった。
「何か欲しい味とかはあるか? 可能ならば絵名様にお願いしよう」
『れ、檸檬味が良い』
「うむ。檸檬じゃな。分かった」
これを逃せば機はない。そう思って、リンはいつもの針の様な応対ではなく、素直に言った。すると楽巌寺は少し雰囲気を柔らかくして頷いたのだった。
おじいちゃんが居たらこんな感じかな、と、リンは少し照れ臭かった。
歌姫達も意外に思っているのか、そんな楽巌寺の事を、なんとも言えない表情で見ていた。
そうこうしている内に、もう開始時間は間近に迫っていた。
それを境に、彼らの空気は一変する。この交流会が、ただの交流会ではないのが見て取れる。
リンもつられて背筋が伸びた。
そしてホログラムで画面を出し、絵名の様子を見る。
楽巌寺の檸檬飴を心待ちにしながらも、心の中で、絵名の勝利を願うのだった。
◆◆◆◆◆
『開始一分前でーす。ではここで歌姫先生にありがたーい激励のお言葉を頂きます』
そんな放送を聴きながら、絵名達はスピーカーを眺める。
とうとうこの時が来てしまったのだ。
絵名は誰にも気付かれない様に深呼吸をする。特級だからといって、油断してはならない。京都には特級に並ぶと言われている東堂もいるのだ。
そういう慢心は、いつか身を滅ぼす。そういう人間を、過去本家にいる時、幾つも見てきた。
だからこそ、どんな相手でも力を見極めて全力を尽くす。そう決めたのだ。
絵名は嵌めていた黒の手袋を正す。
そして五条に話を振られた歌姫は、慌てたように吃る。
『あー……ある程度の怪我は仕方ないですが……そのぉ……時々は助け合い的なアレが……』
『時間でーす』
『ちょっ、五条! あんたねぇ!』
『それでは姉妹校交流会──スタァートォ!!』
『先輩を敬え!!』
そんな漫才の様なやり取りは、ノイズと共に消え失せた。その場に居るであろうリンを思うと、少しばかり心配になる。
しかし今はそんな事を考えている余裕はない。
五条の号令と共に、皆一斉に駆け出す。絵名も、置いて行かれない様に後ろに食らいついた。
先頭に伏黒の式神である犬の玉犬、前に真希、パンダ、狗巻。その後ろに一年三人。そして殿に絵名。いつ襲われてもすぐに対応出来そうな配置だった。
後ろからの襲撃に備えつつ、走る。
「ボス呪霊(二級)どの辺にいるかな?」
走りながら、虎杖は問う。
「放たれたのは両校の中間地点だろうけど、まぁじっとはしてないわな」
「京都校の方に行ってないことを祈るばかりね。私が先に行って祓ってこようか?」
絵名の言葉に、前を走っていた真希が「やめろやめろ!」と叫ぶ。
「此処でこっちの核兵器手放して溜まるか。今はまだ私らと一緒に居ろ」
「ちょっと! 核兵器扱いしないでくれる?」
「似たようなもんじゃねぇか」
「ちょ。パンダ君まで!」
そんなやり取りを、一年生を間に挟みながら繰り広げる。絵名は腐っても花の女子高生。そんな例えで言われるのは不本意極まりなかった。
「例のタイミングで索敵に長けたパンダ班と伏黒班に分かれる。後は頼んだぞ悠仁」
「オッス!」
真希の言葉に、虎杖は元気良く敬礼しながら返事をした。
そして先頭を走っている玉犬が吠えた。
目の前に蜘蛛が現れる。しかし蜘蛛といっても、目は八つ付いており、口も開いている。
「どごいグのぉ〜?」
──三級呪霊だ。
一同、走りながら一斉に構える。今回は呪霊討伐だ。二級呪霊を祓えなかったとしたら討伐数で勝敗が決まる。
だったら此処で討伐数を乱獲した方が手っ取り早い。それに確定で時間内に終わらないだろうと、絵名は予測をしていた。
妨害行為は可能とあるが、要は術者同士で戦えと言っている様なものだ。特に今回は
玉犬の耳が、ピクリと動く。
その時、絵名の体に悪寒が走った。
「先輩ストップ!」
伏黒の叫びと共に──爆音が響いた。
木々を押し除け、まるで環境破壊よろしくと言わんばかりに力任せに一直線。そうして飛び出して来たのは──。
「ぃよぉーし! 全員いるな!」
──東堂葵だった。
東堂は此方を見て不敵な笑みを浮かべる。それはまるで血に飢えた獣の様に、はたまた薬に依存した狂者の様に。
彼は地獄という名の楽園に、飲まれてしまっている。
「まとめて、かかってこい!」
しかし東堂の思惑には──乗らなかった。
直後虎杖は東堂の顔面に膝を入れ、隙を作る。
「散れ!」
真希の言葉と共に、二手に分かれる。
虎杖を置き去りにして。
「東堂一人でしたね」
「やっぱ悠仁に変えて正解だったな」
「つーか京都陣営から大分離れてるわよね。早すぎない? 此処迄来るの」
「仕方ねぇよ。あの筋肉量じゃ」
絵名は後ろを気にしながら走る。
そして数十分前の事を思い出すのだった。
◆◆◆◆◆
「東堂は確実に直で私達を潰しに来る。真依も私狙いで便乗してくるかもな」
そう言って真希は顎を親指と人差し指で挟み、考える様にして視線を上にやる。その真希の言葉には信憑性があった。
東京校のミーティング会場。そこで絵名を含めた東京校の生徒である七人が作戦会議を行なっていた。
と言っても基本的に真希とパンダが作戦を考え、他のメンバーがそれに従い行動をするというパターンだ。
相手の力量を見極め、作戦を立てる事に関しては彼女らの右に出る者は誰もいなかった。それを考え、絵名は誇らしい気持ちになる。本当に、自慢の友人たちだ。鼻が高い。
「東堂は化物だ。全員で相手にして絵名一人が生き残るのが最悪のパターン」
「ちょっと待ちなさい。なんでさも当然の様に私が生き残るのよ。もしかしたら真っ先に私がやられるかも知れないじゃない」
「何言ってんだ? 〝特級〟だろうがお前は」
「いや。ぶっちゃけ一級と特級の線引きって曖昧でしょうが。パンダくんだってその気になれば国家転覆できるわよ。ぜんパンダを率いて」
「パンダをそこら辺のパンダと一緒にすんじゃねぇ!」
「そこら辺にパンダが居てたまるか」
パンダと絵名は漫才にも似たやり取りを繰り広げる。ぶっちゃけ絵名は東堂に勝てるとは思っていなかった。フィジカルの問題は勿論。東堂の術式は、絵名にとって相性が悪かったのだ。
ぶっちゃけ遭遇したくないし、戦いたくもないと言うのが本音だった。
痛いのはいやだ。痛いのだし。
手を二階程打ち鳴らし、真希は「話を戻すぞ」と二人を睨みながら言う。
「だから足止めとして
そこで真希は虎杖に指を差す。
「虎杖。オマエに任せる。索敵できるやつ減らしたくねぇし」
そうしてパンダと真希は親指を立ていた。
「勝たなくてもいい。出来るだけ粘って時間を潰せ」
「でも大胆にいけよ! ぶっちゃけお前は予定外の戦力だからリタイヤしてもあんまり困らん」
その言葉に、虎杖は「ひでぇ」とぼやく。
しかしパンダの言っていることも尤もだった。虎杖は直前に入って来た戦力。元々立てていた作戦には入ってはいない。戦力として入ってくるにあたって助かる事はあれど、抜けて困る事はない。当初の作戦に戻るだけだ。
「悪りぃな恵。オマエ東堂とやりたかったろ」
「いや別にどっちでも」
「スーパードライだな」
冷めた返しをする伏黒に、パンダは苦笑いをする。伏黒としては勝てればなんでも良いらしかった。パンダの言う通り、スーパードライだ。冷蔵庫で冷やしているビールより冷たい。
しかし伏黒からも「負けたくない」という気持ちがひしひしと伝わり、ただ冷たいだけではないのだと、絵名は再確認する。
それは絵名も同じだった。
やるからには、妥協は絶対に許さない。ここで負けて仕舞えばあの二ヶ月の訓練が全て水の泡になってしまうのだから。それに絵名は元来負けず嫌いの
目指すは一等賞。勝利のみである。
「でも先輩。やるからには、勝つよ、俺」
そう言った虎杖の目には剣呑が孕んでいた。その目線の先にあるのは絵名と同じ勝利のみ──と言った様子だった。
それを見て、一同は口角を上げる。
先程絵名
この場にいる全員、負ける事を想像していない。
眼前にあるのは勝利のみ。
そうして、京都校最大の天敵である東堂を任せる事によって、今に至るのだった。
索敵班は二手に分かれ、パンダ、狗巻、釘崎。そして伏黒、真希、絵名のキリの良い三人ずつと言う人数で分かれた。
森の中を、ひたすら走る。虎杖の無事を祈りながら。
開始早々に、リタイヤになられたら、困ることはないにしろ、今後の虎杖が目も当てられない惨状になりかねない。虎杖に限ってそれはないと絵名は予想はしているが、それでも祈らずにはいられない。
交流会は、まだ始まったばかりなのだから。
●じゅじゅさんぽ
リン「おじいちゃんって、音楽とか聴くんだね」
楽巌寺「うむ。現代音楽はそれなりに嗜んでおる。術式にも影響あるしのう。昔はバンドも組んでおったものだ」
リン「へぇ、今はもうやってないんだね」
楽巌寺「いや、メンバー募集中じゃ」
リン「まだまだ現役なんだ」
楽巌寺「そうじゃよ。お主もどうかえ?」
リン「私はボーカロイドだから。前のメンバーはどうして解散したの?」
楽巌寺「死んでしもうての」
リン「ちょっと死因が気になる」