『ねぇみて!かけたの!これがおかあさんで、おとうさんで、あきと!』
『おお、上手く描けてるじゃないか。』
『お父さんきいて。スケッチコンクールで金賞とったの!』
『そうか。よかったな。』
『ねぇ、高校の美術科、どっちがいいかな?』
『……。やめとけ。お前に画家になれる程の才能はない。努力に見合う〝才能〟があれば違ったかもな。』
『東雲さんって、画家の娘の割にそんな絵上手く無いよね。』
『なんか普通だよね。』
『可哀想に。お父さんが凄いから仕方無いよね。』
『曲は好きだけど、絵単体だったら興味ないかな。』
————
ハッと目を覚ます。気絶していたのだろうか。えぇっと、私確か呪霊に飲み込まれて……。あ、そうだ。飲み込まれたんだ!辺りを見渡すと本当に体内らしく、少し生暖かい。早く出ないと憂太に心配をかけてしまう。
然しどうやって脱出するか。今の私は刃物疎か、何も持っていないぞ。
『脱出してどうなるの?』
「え⁉︎」
声がした方を振り返ってみると、其処には茶髪の小さい女の子が体育座りで退屈そうに座っている。
「ちょ、あんた大丈夫?もしかしてこの呪霊に飲み込まれたの?」
だとしたら大変だ。このまま私だけでなく、この子も死んでしまう。それは嫌だ。なんとか解決策を見つけないと。
『別にいいんじゃない?此処から出なくて。だって出たってあんたなんの役にも立たないじゃない。』
「は?」
初対面で喧嘩売られた。然も小さい女の子に。小学生くらいの女の子に。その子は退屈そうに欠伸をしている。なんて余裕。女の子はお嬢様なのか、黒い黒いワンピースで、襟元に橙色と黒の二色のリボンをしている。もしかしてコイツ……。
『だってそうでしょ。自分を認めてくれた人達の元から黙って居なくなって、迷惑かけて。まぁあんたが一緒にいてもあんたに惹かれた呪霊に殺される可能性も高いけどね。そんなあんたが生きてたってなんの役に立つのよ。』
何も言い返さなかったいや、多分言い返せなかったの方が正しいのだろう。自覚はしている。
『あんたの一人よがりでどれだけの人間に迷惑かけたと思う?あんたが居なくなったせいで、新曲は滞っているんだよ。多分。あぁでも、あんたの代わりはいくらでも居るからそんなに困って居ないのかも。』
分かってるわよ。そんな事。私だって凡人じゃ無かったら抜けようとは思わなかった。でも一応メッセージは残して、ニーゴの絵師になりたいって人を推薦して抜けたから、大丈夫でしょ。
『それが一人よがりだって言ってるのよ。まぁ、抜けなかったら抜けなかったでメンバーの命はどうなるんだって責めるけどね。』
五月蝿い。でも他にそうするしか無かったのよ。あの子達を護る為には。
『もしかして自分に呪術師としての才能があると思ってるの?』
……どういうことよ。
『はは、本当に気付いてないの?あんたが一級なのはただ〝東雲〟っていう肩書きがあるからよ。』
五月蝿い。
『誰もあんたを見てないのよ。あんたは才能を借りて、仮物になっただけで、あんた自身はなんの価値もない。』
五月蝿い。黙れ。
『あんたは所詮凡人なのよ。』
「煩い‼︎」
私は掌を握り締め付けた。肉に爪が食い込み、尋常じゃない程の血が流れる。その瞬間、何かが砕けた。それは音もなく、意味もなく。
————
「絵名!」
最悪だ。まさか呪霊が二体居たなんて。そんなの聞いていなかったぞ。然も絵名を飲み込むなんて。どうする?応援でも呼ぶ?どうやって?
一級呪霊が二体。本気を出せば祓えない相手ではないが、そうするともう一体の腹の中に入っている絵名も無事では済まない事は想像に難くない。呪霊の正体がわかっていない以上迂闊にも手は出せない。かと言って時間を掛け過ぎても胃の中でどうなるかもわかったものじゃない。
あくまで丁寧に、迅速に事を進めなくては。
『ぇ‥………な?』
「え?」
突如喋り出したかと思えば、絵名の名前を口に出した。若しかしたら僕がさっき叫んだのを覚えたのか?だとしたら相当頭のいい呪霊だな。
『え……ナ。……しノのめェナ。』
フルネーム?
記憶を遡ってみても、僕は絵名と叫んだだけで、東雲とは口にしていない。どういう事だ?もしかしてこの呪霊、絵名の事を知っている?それは可笑しい。確かに絵名は此処に来た事があるとは言っていたが、此の呪霊とは遭ってはいない筈だ。
ならばどうして?
そんな疑問を抱きながら、僕は二体の相手をしていく。呪霊自体はそう強くはないが、立ち回りに知性を感じる。此方の攻撃も予測され、防御される。
『ぇな……。ボんじん……ふつう……サイ……ノ……ぅ。』
訳がわからなかった。さっきから何を言っているんだ?コイツは絵名の何を知っているんだ。
考えれば考える程に分からなくなる。コイツの術式に関係があるのか?分からない。
『エな。シンじゃえ。ぼんジん。』
……は?
思わず耳を疑った。いや、疑ったところで、呪霊が言った事は無かった事にはならない。僕がこうして脳内処理を行っている間にも、『死んじゃえ』と繰り返しているのだから。
「……君は絵名を知っているのかい?」
ダメ元で聞いてみた。若しかしたらコミュニケーションがとれる呪霊なのかもしれない。ダメ元でも、何かは得られるだろう。
然し、想像以上に、期待以上に、呪霊は喋り出した。いや、語り出したの方が正しいだろう。呪霊は此方と対話どころか、会話もしない。ただずうっとボソボソと呟いている。宛ら独り言の様に。
然しそれを聞くと同時に、その場に相応しくないピコンという音がトンネル内に響き渡った。それは一件のメールだった。それをみて納得をする。
『エナ。かわいそウ。だれにモミトめてもらぇなイ。ジゃあこロす。いらナイ。そんナえな。ひツヨゥない。みんナ。ミんナ。えなハひつよウナイ。カワりヮ、イっパイいる。』
哀れだと思った。此の呪霊の言う通りだとしたら、絵名は多分今まで苦しい思いをしてきたのだろう。
呪術師としてでは無い。
人間として、人間社会で苦しんだのだろう。そして今も尚その苦しみは続いている。けれどそれは今の僕ではどうしようもなくどうしようも出来ない。
逢って数時間の人間に、何が出来ようか。何を伝えられようか。
だからこそ刀を握る。言葉ではなく、行動で示そう。嘗て僕が願っていた事を、彼女もまた願っているのだとしたら、それを言えるだけの関係値を築こう。
先ずは絵名を救い出す。
そう意気込んだ。
「人の記憶勝手に観てんじゃないわよ。」
然しそれを絵名は拒んだ。
絵名は救われる事を拒絶したのだ。
絵名を飲み込んだ呪霊の腹から赤い何かが突き出ており、それを何かと認識する前にその腹は引き裂かれ、血飛沫が上がった。そして絵名はその傷を抉るかの如く無理矢理引き裂き中から出て来た。宛ら胎児の様に。
出て来た絵名は正気では無かった。殺気を纏い、呪力の出し方を学んでいないのか、ドロドロと呪力が溢れている。僕はその場で身動き一つ取れなかった。
恐怖。
それが僕の体を支配した。それは嘗て呪霊と化した里香ちゃんの様な、いや、それ以上に異常な何か。
これが東雲家の力なのか」
「馬鹿に、しやがって。」
そう言い絵名はもう一体の方に向き直る。その目はあまりにも恐ろしく、もう眼光だけで呪いどころか人間をも殺めてしまいそうな程だった。よく見ると絵名の右手はズタズタに切り裂かれており、大量の血が流れていた。そしてその血は個体になり、絵名が手にしている刀へと変貌している。これが絵名の術式なのだろうか。
絵名はその呪霊に一直線へ向かい、僕同様恐怖で動けなかった呪霊を残酷に、残虐に切り刻んでいく。
「誰も、誰も私なんか見てなかったくせに!私の術式なんて知らないくせに!何が一級よ!結局は唯の本家からのお溢れじゃない。馬鹿にしやがって!なんで!なんで!
なんで誰も〝私〟を見てくれないの?」
絵名はカランとその刀を落とし、ペタリとへたり込み手で顔を覆って泣いた。気付けば呪霊は消えており、その刀も液体となって溶けていた。
どう声を掛けたらいいかわからなかった。
僕と似ている様でまるで違う。
僕は自分で自分を許せなかった。自分で自分を否定した。然し、多分彼女は違う。
絵名は否定
凡ゆる人に、否定され、許されず、見てもらえない。それがどれだけ苦しいかなんて、僕には計り知れない。
「憂太、私悔しいよ。こんな形で上に上がりたくなんてない。見返してやる。絶対に。」
そういう絵名の目は、先程とは打って変わって決意に満ちた顔だった。
「うん、見返そう。僕も一緒に頑張るから。上層部も、本家も。絶対見返そうね。」
あぁ、此の子はきっと強くて脆い子なのだろう。一つ崩れれば立て続けに全て崩壊してしまう。
そうならないために、支えが必要だ。
先ずは僕だ。
「そろそろ先生達の所へ戻ろうか。心配かけちゃう。」
僕は絵名の手を引いて歩く。
呪霊の説明をしながら日下部先生の元へ戻った。先に任務を終えていた真希さん達に遅いと怒られたが、絵名の傷を見て「お前が居ながら!」と怒られたのは理不尽極まりない。因みに行方不明の男女は無事保護して、家へ送り届けた。彼等もまた肝試しであのトンネルへ行ったそう。彼等はもう二度と肝試しになんていかないと言っていた。
「にしても、どういう術式だったのかしら。」
「あぁ、日下部先生がメールしてきたんだけど、飲み込んだ相手の記憶を見て精神攻撃してくるとらしいよ。」
「うわ、悪趣味極まりないわね。」
「呪いだからね。」
僕と絵名はその人達を送り届けた後、コンビニでおにぎりなどを買い、公園で食べていた。
「なんか、恥ずかしいもの見せちゃったわね。」
絵名は恥ずかしそうにアイスの棒をくるくる回している。先程の事だろうか。まぁ、確かに驚いてはいる。然しそれを咎めたり、ましては揶揄ったりなどしない。
「大丈夫だよ。なんなら絵名の本音が聞けて僕は嬉しかったよ。」
「それ、なんか嬉しくないんですけど。」
「さてと。」と絵名は座っていたブランコから立ち上がり此方に向き直った。その顔は逆光でよく見えなかったが、流石は自撮りアカウントフォロワー四桁越えの顔面だ。ただただ顔がいい。もう雰囲気でわかる。
「帰りましょ。夜は嫌いなの。」
そう言い絵名は僕の方を振り返る事なく歩みを進める。
僕はその後をついていく。そのあまりにも小さい背中に。