東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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簡単なのは順応、難しいのはそれに抗う意思


才能

 空が綺麗だ。雲一つ無い晴天で、太陽が厭に眩しい。あぁ、鳥も飛んで気持ちよさそうだなぁ。

 そんな呑気な事考えていると、いきなり視界はグルンと反転し、後頭部ら辺に激痛が走る。視界がバチバチと点滅し、え?これ脳震盪じゃないのとは思ったが、考え事している迄は大丈夫なのだろう。そう、倒れたのだ。いや、倒されたのだ。

 其の体制の儘目線を上にやると、禪院……いや、真希がニヤリと笑って此方に竹刀を向けている。

 「今度も私の勝ちだな。絵名。」

 「馬鹿にしないで。今度こそ一本獲ってやるんだから。」

 私は立ち上がり、短刀型の木刀を構える。

 此処に来て早二ヶ月。多少動ける様にもなって来たが元々運動どころか学校の体育を受けていない私が一本獲る事は難しく、無勝がずっと続いている。当たり前である。猿でも考えればわかる事。

 然しダメ元でなんて思わない。負けても経験だなんて甘い考えも持たない。

 一本獲る。絶対に。多分そう思いながら闘わないと、絶対に勝てない。

 私みたいな凡人は勝とうと思わなければ勝てないのだ。

 「つーか、お前。呪力の方は如何なんだよ。ちゃんとコントロール出来てんのか?」

 真希の問いに私は天を仰ぐ。あぁ、空が綺麗だなぁ。風も気持ち良いし。こんな日はカフェ巡りでもしたいなぁ。最近訓練や任務で行けて無いからなぁ。チーズケーキ食べたい。

 

 

 

 「上手くいってねぇって正直に言えやアホ。」

 コツンと長物の棒で叩かれた。痛い。

 そう、実のところ未だコントロールが出来ていないのだ。呪力の扱い方に定評がある五条先生に教わるも、一向に出来る気配が無く、如何したのもかと頭を抱える。先生の練習メニューの映画観ながら呪力を一定に保つ訓練は毎日やっているのだが、如何も上手くいかない。

 そして極め付けにあの人形。学長お手製の人形は、呪力が乱れると殴ってくるシステムで毎日ボロボロだ。

 「如何した方がいいと思う?真希。」

 「知らねぇ。」

 即答された。とりつく島も無いどころか、梯子をカンって外された気分だ。畜生、そんな突き放さなくったっていいじゃないか。

 「呪力の事は私に聞くな。」

 そう言い真希はそっぽを向く。其の様子は何処か悲しげに写った。

 私は起き上がり伸びをする。骨がバキバキいってどこそこ痛い。あぁ、明日は筋肉痛かな。

 「お、やってるぅ?」

 「あ、五条先生。」

 声がした方に振り返ってみると、其処には大荷物を抱えた五条先生が居た。

 「なんだ悟。遂にクビになったか。まぁ新しい所でも楽しくやれよ。」

 「なってないよー。追い出そうとしないでねー真希。」

 真希の悪態に五条先生は気にする様子も無く、鞄から一つ一つ何かを取り出していく。いや、クビになったって言われても「いつかやると思ってました。」が通用しそうなんだよなぁ、この人。

 「絵名、こっちおいで。」

 五条先生に手招きされ、言われるままに移動してみると、二つの箱と、ビーカーに入れられた水がいつの間にか立てられていた長机の上に置かれていた。なんだこれは。科学の授業が始まるのか。

 「絵名、此れを見て如何思う?」

 「箱と水だなぁって。」

 「ごめんね、先生の質問が悪かったね。此れ術式で如何出来る?」

 五条先生はそう言いながら箱を手渡す。其の箱は、いや、箱では無い。どちらからというと四角い積み木と言った方が正しい。そこそこの重さがある。

 此れをねぇ。如何出来るって言われてもね。

 「絵名の術式を総合して、何処までいけるかの訓練だ。君の術式は聞いてはいるけどまだ見たことないからね。」

 私はそれを聞き、手元の積み木に目を落とす。術式か。

 「これ、好きに使って良いの?」

 「良いとも。さ、やってごらん。」

 此の掌サイズの積み木か。どんな風がいいだろうか。

 私は考えて呪力を流す。すると積み木は変形し、鋭利な短刀の姿になった。うん、上出来じゃない?

 そして長机のもう一つの積み木にも目をやり、浮かせる。うーん、術式の連続使用はやっぱりかなり難しいわね。

 その積み木は五秒くらい浮きはしたが、直ぐに音を立てて机の上に落ちる。次に水を竜巻状に動かす。矢張り直接触っていないと難しい。

 「ふむ、成る程。」

 五条先生は興味深そうに私が術式で変えた短刀を見る。

 「要するに、絵名の術式は観たもの、触れたものの物体、液体延いては気体の質量、形状を思うままに操れる術式だね。うん、記述通り。」

 私は目に疲れが溜まりその場にしゃがみ込む。やーばいこれ。すっごい目にくる。

 「やっぱり直接触った方が楽?」

 「そうね。特に質量を変える時は瞬きしちゃダメだから尚更ね。でも一度触って呪力を流し込んで仕舞えば疲労は軽減されるんだけど、これ、実戦じゃあ敵に近づくリスクがあるから出来るだけ避けたいのよ。」

 私は目頭を押さえてそう言う。まぁ、呪力の安定も前よりきもち程度出来るようになってきたから血を流すって事は無くなったが。

 「にしても生でみるとえげつねぇ術式だな。チート級じゃねぇか。」

 「使い熟せなければ意味無いのよ。あー。目が痛い。」

 真希の発言に返答しながら鏡を見る。あれま、充血してる。此れは眼薬買わなきゃ駄目かな。

 私がうーんと唸っていると、五条先生は「ハイハイ注目。」と手を叩いた。

 「という事で、今日から絵名には本格的に術式の訓練をしてもらいまーす。頑張ってねー。」

 おいコラ。

 何がという事でだ。こちとら呪力もまともにコントロール出来ないのよ。さっきだって呪力が分散して地面が抉れてるし。これ、弁償しなくてもいいよね……。訓練だし。

 然しそう思っても、五条先生の言い分もわかる。一刻も早く術式を扱えないと、任務にも支障をきたす。人間は待ってくれるが、呪霊は待ってはくれない。抑も呪術界は年がら年中人手不足なのだ。甘えた事は言ってられない。

 「あとはい此れ。」

 そう言い五条先生が差し出してきたものは細長い棒だった。

 「……此れは?」

 「本物の短刀。」

 「本物⁉︎」

 驚いて鞘を抜いてみると、銀色の尖った刃がついていた。此れが短刀?初めて見る。

 

 「あ痛。本当に真剣だ。」

 

 私は真偽を確かめるべく刃で腕を斬ったが、本物に真剣だったらしく、ぼたぼたと血が流れる。すると真希は慌てた様に腕を押さえて「馬鹿野郎!」と叫んだ。

 「お前何してんだ⁉︎真剣か如何か確かめるのに自分の腕斬るやつがあるか!」

 「いやぁ、絵名って変な所で思いっきり良いよね。……ブフ。」

 「何笑ってんだ悟!いいから止血手伝えこの野郎!」

 結構深く斬ったらしく、地面の芝生が赤く変色している。やり過ぎたなぁと、何処か他人事の様に感じている自分に驚く。痛覚がないわけじゃ無いが、泣き叫ぶ程でも無い。あぁこんなもんなんだなと思うだけである。

 以前の私はこんな風には思わなかっただろうに。慣れって怖い。

 「いいから硝子さんっとこ行くぞ。貧血になってもしらねぇかんな。」

 真希は私の手を引き歩き出す。五条先生に適当に別れを告げ後に続く。(後片付けは勿論五条先生に任せた。)

 向かった先は医療室だ。此処に硝子さんはいるらしい。実のところ、其の硝子さんって人に未だ会った事はない。話には聞くがそれだけである。反転術式を使って治療出来る数少ない人物だとか。だから少し緊張してしまう。

 「硝子さん居るかー?」

 真希はノックもせずガラッと扉を開ける。良いのかそれで。薄々思っていたが、此の呪術高専にはマナーや常識が通用しないのか?まぁ呪術師やってる人間はイカれた人が多いって言うからなぁ。仕方がないか。

 「真希、ノックをしな。」

 中には資料を片手にコーヒーを飲んでいる美人な女性が立っていた。目には隈が出来ており、いかにも気怠げそうな女性だ。

 「硝子さん。コイツ手当てしてやってくんね?」

 「おや君は……。」

 私の顔をまじまじと見つめ、ニヤリと笑う。何だ?

 「へぇ、君が東雲絵名か。大きくなったもんだね。覚えてないと思うけど、私は家入硝子。君と昔会った事あるんだ。」

 そう言い硝子さんは握手を求める。私は怪我をしている左手とは逆の右手で握り返した。

 この人も会った事はあるのか。こんな人を忘れるなんて、つくづく失礼オブ失礼な脳味噌だな。

 「すみません、全くと言って良いほど覚えて無くて……。」

 私が申し訳なさで自白すると、硝子さんは「まぁ仕方がないよ。」と言ってくれた。いや良い人か。こんな人を忘れるだなんて、今すぐ過去にタイムスリップして過去の自分に忘れるなって言い聞かせたい。

 「ん?此の傷如何したんだ?」

 「コイツ真剣かどうか確かめる為に自分の腕斬ってんの。」

 「あれま。なーにやってんの。」

 チクチク視線が痛い。いや、だってそれしか思いつかなかったんだもの。仕方ないじゃないか。どうせ任務とかでこれ以上の怪我してるし。

 「〝どうせ任務でこれ以上の怪我してるしこれぐらい〜〟とか思ってるでしょ。」

 バレバレだよ——。

 そう言い硝子さんは包帯を取り出しくるくると私の腕を巻いた。

 図星である。元来私は自分の怪我に頓着ある方ではなかったが、此処数ヶ月で更に拍車がかかった様に感じる。いや、自分で未だそう思えるのなら未だ大丈夫かな。

 ともあれ私にしたら私の怪我なんてしちゃこっちゃない。どうせ治るんだから別に良いだろう。

 「さて、こんなもんだろ。次からはするんじゃないよ。私の仕事が増える。」

 「う……すみません。」

 確かにそうだ。治るからと言って他人に迷惑をかけて良い理由にはならない。それは自分本位、自分勝手に他なるまい。

 私は包帯を見ながらそう思う。硝子さんの治療のおかげでもう止血されており、血が出る事は無くなった。手に包帯だなんて、どこぞのメンヘラみたいだ。うん、これから腕に傷をつけるのはやめておこう。痛いし。二重の意味で。

 其の時、扉がコンコンと響き、伊知地さんの声で「家入さん、少し宜しいでしょうか。」と聞こえた。硝子さんは直ぐに扉の外に出て、再度私と真希の二人っきりになる。

 「お、見ろ絵名。棘とパンダと一年の恵が訓練してんぞ。」

 真希の言う方に目をやると、狗巻君とパンダ君と、見知らぬ男の子がグラウンドに居た。

 あれが噂の一年。遠目から見てもイケメンだ。さぞ女子にモテるんだろうな。クールイケメンってところか。

 「後で紹介してやんよ。仲良く出来ると思うぜ。少し生意気だがな。」

 「へぇ、楽しみね。」

 ぼうっと二人で外を眺める。本当に天気が良く、山の中なので空気も美味しい。

 私が景色を楽しんでいると、ポツリ、ポツリと語り出した。

 「私な、呪力無ぇんだよ。」

 「え?呪力?」

 私は驚いて振り向いてみると、真希は此方に顔を向けず、ただ外を見て語り続けた。此方からからは表情は読み取れず、声色でしか感情を判断できない。

 「私は禪院っつー呪術師のエリート家系でな、私は其の落ちこぼれっつーやつだよ。今だって此のダセー眼鏡がねぇと呪霊が見えねぇ。」

 落ちこぼれ。

 私は其の言葉に反応する。其の気持ちは私は嫌と言うほど、痛い程分かるのだ。

 「……何で呪術師になろうって思ったの?」

 「私は性格悪いかんな。一級になって本家の奴らに吠えずらかかせてやんだよ。」

 私の発言にやっとこっちを向いた真希は、ニィッと悪戯顔で笑い、声高らかに宣言した。それが眩しく、羨ましかった。

 「そっか。凄いね、真希は。尊敬するよ。」

 「此れ憂太に言ったら笑われたぞ。」

 「私が高専に入った理由を言っても笑ってたわよ。」

 「最低だなアイツ。」

 「最低ね、人畜無害な顔して。」

 二人で顔を見合わせて、プッと吹き出し、私たちの笑い声が部屋に響く。

 そして真希は立ち上がり「さてと。」と言って伸びをした。

 「私らも訓練行くぞ。アイツらに負けてらんねぇ。」

 「うん。そうね。」

 真希の言葉に頷き、私も立ち上がる。腕は少し痛いが、そうは言ってられない。戦場ではもっと辛いのだ。それに、真希も頑張っているのに、私が頑張らなくて如何する。

 此の地獄を選んだのは私じゃあないか。

 私は歩いている真希の背中に疑問をぶつける。

 「何で私にそんな事喋ってくれたの?」

 其の言葉に真希は目を見開いて、見開いたと思ったら目線を端に逸らした。

 「あー。何んでだろうな。いつもは自分から喋んねーのに。お前になら喋っても良いかなって思っちまたのかもな。」

 真希は恥ずかしそう頬を掻く。

 何だ、そう言うことか。

 私は嬉しくなり、真希の背中を押して歩く。赤くなった顔を見られたく無いのだ。

 「ほら行こ、狗巻達に追い越されちゃうよ。」

 「ハ、上等だ。」

 そう言い二人で走る。

 此処は地獄でも、凄く眩しい。

 だからこそ強くなくてはいけない。生き残る為、みんなの為。

 それが最適解だと信じて。

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