「なーつが……カゼー……あざみ……」
オレは。学校で育てていた朝顔とあふれんばかりの教材一式を抱えている。
季節は夏。外は太陽が照りつけていて、アスファルトの地面からは熱気がむんむんと上がってくる。
「もう、教科書や画材全部を学校に置いておくからそうなるのよ。置き勉だなんて、ズボラもいいところよ」
キングヘイローは少し呆れた表情をこちらに向けていた。
彼女とは、結構な頻度で一緒の時間に登下校をしている。一学期の終業式だった今日も、一緒に下校中だ。
「いや、だってさ。いちいち時間割見てからそれと見合った教科書持っていくとか七面倒だし……忘れ物するよりはいいでしょ。私だって、ちゃんと勉強したいし」
「……近頃授業中に昼寝はしてないし、その心意気は褒めてあげるけど」
口答えするオレの姿を、キングヘイローは横目でじろりと見やる。
オレのこのザマはというと……教科書はランドセルの蓋が閉じないくらいパンパンで、両手には習字セット一式と図工授業の画材一式。頭には朝顔の鉢を器用に乗せて、腕には黄色い傘がぶら下がっているから、さぞ滑稽だろう。
「で、以前言ってた男の子とは上手くいった?」
その話題に気を取られて足を躓き、アスファルトの歩道にヘッドスライディングをかます。気迫ヘッド。
「ちょっと! 大丈夫?!」
慌てて駆け寄って、オレの状態を確かめるキングヘイロー。彼女に助け起こされながら、周囲に散らばった教材を集め直した。
さすがに朝顔の鉢だけはキングヘイローに預けてから、近くの公園で先日起こった己の失恋を彼女に打ち明けた。
「……なるほどね。ひとめぼれしたのが男の子と思ったら、女の子だったと」
オレの話を聞いたキングヘイローは、苦笑しながらそんな事を言った。オレの話を一言で纏めるとそんな感じになるらしい。
「こんな事になるなら、どうせなら男の子に生まれたかったわ!!」
牡馬のオレとしても、10歳児の私としても、両方の憤りを吐き出すとキングヘイローは微笑んで諭すように返した。
「あら、それじゃあ私達は一緒に走れなくなるわよ。この世界には男のウマ娘なんて居ないんだから」
彼女の言う通り、こっちの世界では不思議な事にウマ娘は女性しか存在しない。必然的にキングヘイローに対して競走でのリベンジは叶わなくなるが……。
「……恋愛事の愚痴に、ソレって卑怯」
そんな事を言われれば、こちらとしてもキングヘイローを蔑ろにしてしまう気がして言い返せなくなる。
「ふふっ、ごめんなさい。つい」
キングヘイローが悪戯っぽく笑う。どうにも、この手の話題は彼女に勝てない。
「じゃあ逆に聞くけど、キングちゃんの方はどうなのよ。私の事をそんな風に笑うんだから、当然恋愛経験豊富なんでしょうね!?」
だが負けっぱなしは悔しい。だから、逆襲とばかりに意地悪な質問をしてみる。
彼女はオレの質問を受けて、真面目に考え込む素振りを見せる。
「一応、いくらかラブレターを受け取った事はあるけど」
そして、さらっと返された。オレは、負けたのだ。キングヘイローというヤツに。
転生前の考えを持ち出して自分の思考に煙を巻くのはさておき。
この世界のキングヘイローは容姿端麗。ウマ娘だから体育はもちろん、おまけに勉強も出来る方だ。文武両道の美人だから、彼女がモテる事は知っていたが、いざこうして実際に面と向かって口にされると中々に衝撃的だ。
「……その中の誰かと付き合ったりした?」
個人的に思うところがあって。おずおずと聞いてみると、彼女はあっさり首を横に振った。
「ううん。全部お断りしたわ」
「えぇー、なんで。もったいない」
その言葉に、キングヘイローは答えを返すのにいくらかの沈黙を経る。
「なんでって、お互いの事もあまり知らない人からいきなりですもの」
クラスや学年違いの男子から貰う事があったらしい。年少の一年生からラブレターを貰ったというなんとも微笑ましい話を聞けたが、年上である六年生からそういうモノを貰っていたという話には驚かされた。
「……私達からしたら六年生ってだいぶ"大人"だよね」
成長期真っ盛りのせいか、この時期は一年でも離れていたら見た目的にも意識的にも年上年下の意識が強い感じはある。
「それもあって、なおさらね」
どことなく達観した物言いのキングヘイロー。その様子を見ていたら、オレが男の子でなおかつ前世のあれやこれやの記憶が無かったら、まぁ、彼女にラブレターを送る男の子の気持ちもよく理解出来る気がする。
「……じゃあさ、仲の良いクラスメイトが、実は自分に好意を持ってたとして。その子が告白してきたらOKする?」
そう訊くと、キングヘイローはオレの顔をちらと見た後、少しだけ考えてから答えた。
「……するかもしれないわね」
何故か、オレ達の間に微妙な空気が流れてそれ以上会話を交わせなかった。
洒落臭い。なんだって、仲の良い友人がどこぞの殿方と恋仲になる事を想像して嫉妬心を抱かなければならないのだ。私はアイツと同じ女だぞ。前世ならオレと同じ男同士だぞ。同性相手に失恋したって話題よりも馬鹿馬鹿しい。
ホント、意味が分からない。
「ディオスー。今日も皿洗い手伝ってくれるー?」
大荷物どっさりを抱えて学校から帰ってきてすぐ、母ちゃんがオレを呼びつける声が聞こえてくる。
「はーい。今行くよ」
オレは返事をしてから、急いでランドセルや荷物一式を自室へと置いた。
小学四年生の10歳の夏。近頃は自分に限らず、周囲が性差を意識する事が多くなってきた。
「ディオスは家事が出来て偉いわね。女の子はそうでなくっちゃ」
母ちゃんもそういう言葉でオレを褒める事が多い。父ちゃんと一緒に風呂に入る事もいよいよ無くなって、父ちゃんは嬉しそうにも寂しそうにもしている。
一方で、オレは内心複雑な部分もあった。人間の男女という概念は馬の時以上に、面倒だ。
特に思春期の入り口の時期である四年生に入ってからというもの、クラスメイト達の態度は顕著だ。女子は女子グループと、男子は男子グループと固まって行動する様になり、仲の良かったはずの異性と絡む事が少なくなってきた。
世間ではその流れに逆らおうとすれば、いじめ紛いの事にも発展する事があるらしい。幸い、ウチのクラスではそんな事は起きてないが。これからはどうなるか分からない。
「お母さん」
「なぁにディオス?」
「私が男の子だったらどう思う?」
何気なく、そんな事を尋ねてみた。母ちゃんはオレの質問に対して、きょとんとした表情を浮かべた後、笑顔になってこう言った。
「どうも思わないわよ。だって、貴女は私とお父さんの大事な子供でしょう?」
「でも今みたいに時々お風呂一緒に入ってくれないでしょ」
「それは仕方ないじゃない。貴女もお父さんとは入らなくなったでしょ?」
……それはそうだが。いや、違うよ。そういう意味で聞いたんじゃなくて。
「……私、男の子に生まれたかった」
近頃思い悩んでいた考えが、まぜこぜになった自我から自然と漏れ出た。
友人相手なら愚痴の一つで片付くが、実際に産んでくれた母親に対しては重みが全く違う。
母ちゃんは落ち着いた素振りでキュッと蛇口を捻って水を止めた。
「どうして、そう思ったの?」
「……男の子だと思って好きになった子が実は女の子だったり、キングちゃんが男の子と恋愛するかもしれないって話を聞いて、なんか嫌な気分になったり……」
そう言いながら、私は自分の胸の奥底に淀んでいたモヤモヤしたものを吐き出す様にして、深く溜息をつく。
「ふぅん。つまり、貴女の言う『男の子に生まれたかった』っていうのは、その女の子やキングちゃんと恋愛をしたいから?」
母ちゃんは試すような素振りで、そんな事を言ってきた。
「いや、違くて。キングちゃんとの関係は今の方が絶対居心地が良いだろうし。ただ、男の子に生まれていたら、今よりも思い悩む事もなかったのかな、って……」
そう答えると、母ちゃんは安心したように笑って、オレの頭を撫でた。
「きっと、男の子も思い悩む事は多いと思うよ。貴女の弟だって、担任の先生と結婚したいって本気で相談してきたり……」
いや、初めて聞いたぞそれは。案外おませだなアイツ。
「お父さんだって、若い頃は色々悩んだって言ってたもんね。私にラブレター送ってくれた時なんて……」
母ちゃんは過去の思い出を懐かしんでいる最中、こっそりと耳打ちしてくる。
「……お母さんね。実はディオスくらいの頃、女の子と付き合ってた事あるの」
「はぁッッ!!?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。まさかのカミングアウトである。嫌じゃ……母親の同性愛経験など知りとぅない……。
「あの時は、中学生のウマ娘さんだったかしら。とっても綺麗で優しくて……」
「え、でも。女の子同士って結婚出来ないよね? その、あの、赤ちゃんも……」
「そうねぇ。そういうのが関係無い年頃だったから出来た事かもしれないわ。でも、子供でも大人でも好きなら好きで良いんじゃないかしら。最近はそういうのに理解があるし……」
冗談か本気かよく分からないトーンで語る母ちゃん。まさか、からかわれてるのか。それとも実の娘を
そんな風に混乱していると、母ちゃんはクスリと微笑んだ。
「だからねディオス。女の子である事や男の子である事に縛られる必要は無いの。ただ"今の自分"が良いと思った方を選んで生きなさい」
結局のところ、母親に同性愛の経験があったのか本当か嘘かは知れたところでないが。
母ちゃんが伝えたかった重要な部分は「性別の概念に縛られてあれやこれやを蔑ろにするな」というところだろう。
皿洗いの手伝いが終わったオレは、そそくさと自分の部屋へ戻って教科書がパンパンに詰まったランドセルを逆さまにひっくり返した。
教科書やノートと一緒に転がり出てきたものは、一封の手紙――クラスメイトから私宛へのラブレター。
キングヘイローのように文武両道とはいかなくとも、腐ってもウマ娘だ。運動は得意だし、美人に生まれたって自覚はある。こういう手紙が来る事も理解出来た。
しかし、いざ目の前にすると複雑な気分になるものだ。
「…………」
私は、無言のままそのラブレターを開いて中身を確認してからまた元通り丁寧に折り畳んで、机の中に仕舞い込んだ。
そのままベッドの上に座って、充電していた携帯を手に取ってキングヘイローの携帯を呼び出す。
『はい』
「あ、もしもし。ディオスだけど」
『ディオスさん? どうしたの』
「うん。実は今日さ、同級生の男の子からラブレター貰った」
電話先の相手は数秒沈黙した後、また普段通りの口調で喋り出す。
『渡されるところ見かけたから知ってる。それで?』
そんな言葉がにべもなく感じたのは何故かは分からない。普段と大差がないにも関わらず。
「ラブレター貰えたのは嬉しいけど、断ろうと思う。その子が嫌いなわけじゃないし、むしろ男の子の中では仲良い方だとは思うけど」
けど――その先の表現をいくらかの時間を掛けて考え込む事になった。沈黙が流れようが、キングヘイローは待ってくれている。
「ほら、これから夏休みじゃん。付き合うとしたらたぶんその子とのデートにいくらか費やさないとダメだと思うし。人として」
『まぁ、そうでしょうね』
「その時間よりも、キングちゃんと居る方が楽しいかな、って」
お互いが相手の反応を探り合うように押し黙った。電話口の向こうから聞こえるのは、微かに蝉の鳴き声。
暑さのせいか、じとりとした汗が流れる。
やがて、先に痺れを切らしたのはキングヘイローの方だった。
『――あら、貴女も同じような理由で男の子からのラブレターを断るのね』
その言葉で張り詰めた緊張が解けて。お互い同時にクスクスと笑い合った。
「やっぱり、そうだと思った」
『だって、あの時そう答えたら貴女は絶対からかってたでしょう!?』
その点については何も言い返せないが、ようやくこの手の話題で一本取れた気がして嬉しかった。
「正確には、キングちゃん達、とだね。あの二人とももっと遊びたいから」
猫目やボブヘアの事を引き合いに出す。相手もその辺りは同じ気持ちと言う風に話題を続けた。
『なら、あの子達にも伝えておかないと。夏休み、何処か行こうって誘おうと思っていたし』
「賛成。四人でどっか行こっか。遊園地とか、プールとか、山登りとか」
『えぇ、良いわね。じゃあ私の方から声掛けておくわ。みんなで遊べるの楽しみね』
「ラブレターの男の子もお誘いしていいかしら?」
『それこそ、貴女に任せるわ?』
あえてお上品に言い合って、くつくつと笑い声が鳴る。
「うん。じゃあ、また明日」
『また明日。改めて電話するわね?』
――プツリと通話が切れて、静寂に包まれる。
「……あっはっは」
自室のベッドに寝転がってから。
ふと漏れ出たような、そんな乾いた笑い声。
何で笑ってるかは分からなかった。ただ、自然と口から出ていた。
男だとか女だとか、七面倒な事に固執して頭ン中で誤魔化す事こそ馬鹿馬鹿しい。
オレは、私だ。ディオスだ。それで良いんだ。女の子らしくあろうと男とムリに引っ付こうとしたり、逆に同性同士で不自然に距離を取る必要もない。
心の中で、何かに区切りをつけるようにそう思って目を瞑る。
神様よォ。とりあえず、これからは「なんで男の子に産んでくれなかった」とかいってアンタを恨まないようにするよ。だって、今更どうしようもない事でいちいち嘆いてちゃ、それこそ馬鹿馬鹿しいじゃないか。なぁ?
ディオスちゃんの見た目
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あり
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なし
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もっと男らしく
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もっと胸を盛るのだケンイチ