神様。正直、オレは"男扱い"されるのがあんまり好きじゃない。
前世は雄なのはそりゃそうなのだし、男子達が「男みたい」とからかってきても、大して気にしないようにしてきたけれども……。
「どうしたの?」
と、声をかけてきたのは隣でサンドイッチを頬張っているセイウンスカイ。釣り遊びの休憩がてらベンチに座って昼食を共にしていたのだが、オレの顔は暗くなっていたらしい。
「いいや、なんでもない」
彼女と交わした約束通り男言葉っぽく返事をすると、彼女は機嫌良さそうにニッコリと笑った。最近はよく遊びに誘ってくる彼女に対し、オレは満更でもないと思っている自分もいたりする。
それと同時に……なんか、「男扱いしてほしくない」という気持ちが、彼女に対して芽生えかけている気がする。
実に女々しい。馬鹿らしい。あぁ、鹿はいらない。馬だな。
そんな事を考えていたら、口にサンドイッチが優しく押し込まれる。突っ込んでくる輩に視線を向けた。
「タマゴサンド、嫌いだった?」
彼女は首を傾げながら尋ねてくるので、首を横に振って否定した。むしろ好きな部類だ。
「いや、好きだ」
「そう? なら良かった」
また機嫌よさそうに笑う彼女の押し込むサンドイッチを、黙々と食べ続ける。ふと、セイウンスカイの顔へ見下ろすように視線を向けた。
「?」
……思わず、パンを食んだまま下唇を噛んでしまう。
失礼な事だと理解しながらも、未だ「なぜ彼女が男の子でなかったのか」と神様を恨んでしまう側面がある。
だからだろうか。自分を男扱いしてほしくないという感情がわき上がりつつあるのは……
「さっきから、ずっと難しい顔をしてるね。どうしたの?」
「……」
セイちゃんの顔や目が、綺麗で見とれそうそうになったなんて口が裂けてもいえない。
オレは努めて平静を装い、話題を逸らすように彼女に答える。
「……将来、オレと結婚してくれる男って、どんな感じなのかなって」
セイウンスカイは少しおっかなびっくりした様子だったが、一瞬の間を置いて納得したように頷いた。
「あはは、この前の話ちゃんと考えてくれてるんだ。人生百年生きられるかもしれないから競技以外もマイペースに考えていこーってアレ」
オレも、相手の言葉に頷く。彼女の話を受けてから将来についていくらか考えているのは本当だから、嘘はついていない。
「そうだなぁ……ディオスちゃんの相手となると、ディオスちゃんみたいな子に『男言葉を使われるのを好む子』かなぁ~?」
「なんだそりゃ。変な趣味もってる相手だなぁ」
オレのその言葉に、彼女はへにゃりと困ったように笑った。
「そんなに変かなぁ?」
「オレだって、本性の言葉遣いはかなーりガサツだって自覚はあるけど。歴とした女だ。たぶん、結婚する相手だってさすがに男言葉を求めてくるなんてこたぁない……とは思う」
そんな事をぼやきつつ、最後に残った一口を咀嚼しながら飲み込んだ。そうして再び彼女の方を眺めてみる。
意味ありげな笑みを浮かべて、こちらを見返すセイウンスカイ。たぶん、何か企んでる。
「ん~、そっかー。少なくともディオスちゃんはそう思ってるわけだねぇ」
「なんだよ……」
困惑するオレをよそ目に彼女は楽しそうにニヤニヤしていた。彼女の思考回路は本当に謎である。
「じゃあセイちゃんが将来結婚するとしたらさ、どんな相手になると思います~?」
そんな質問を投げかけられ、しばし真面目に考え込む。
「……優しくて、しっかりした年上の男性? 甘えられそうな」
なんか、セイちゃんはそういう人が好きそうだと思ったし、ずぼらな部分がある彼女にとったら面倒見の良い相手とは相性も良いと思った。
「ありきたり~」
しかし期待していた答えではなかったようで、わざとらしく不満そうな返事を出す彼女。しかしすぐに表情を取り繕うと、こちらの肩に顔を寄せてきた。
「ンだよ」
「試しに甘えてみてる」
「女同士じゃ練習にもならんだろ」
意図が分からず、首を傾げるばかりであった。対する彼女はオレの肩で頭をグリグリさせながら、ぽつりと呟くように言葉を吐き出した。
「……うーん、こういうのじゃあダメか」
「あ?」
どういう意味だと尋ねる間もなく、セイウンスカイはすぐに身体を離し、またへにゃりと笑った。
「えへへ、なんでもないです~」
そう言いながら、ゆっくり肩から頭を離して、ランチボックスを布で包み始めた。どうやら食事休憩は終わりらしい。
先の言葉は気になるものであるが、あまり追及してもしょうがないだろうと判断したオレはそれ以上は何も言わない。
代わりに立ち上がりつつ、軽く伸びをしながら彼女に訊いた。
「これからどうする? 釣りの続きでもするか?」
オレの問いかけに対し、セイウンスカイは少し考え込んだ後「う~ん」と唸った。
「ちょっとコンビニ行きたいかなぁ。いやぁ、今日は日差し強いねぇ……」
そう言って空を見上げる彼女につられて俺も太陽を見上げると、確かにジリジリと肌を焼きつけてきそうな光線が照りつけてきていた。
「あー……確かに。熱中症になりそうだな」
服の下が少しべたべたする。夏の暑さは毎年のことだが。今日は特別暑い。朝のニュースでも注意喚起してたか。人間よりも体力があるウマ娘も、当然ながら熱中症とは無縁ではないから、水分補給は大事だ。
「アイスおごるよ。今日も釣り教えてもらったし」
「お~、ディオスちゃん気前がいいですな~……」
相槌のように尻尾を揺らすセイウンスカイ。「暑さには負けんな」と言いつつ、彼女の顔をうかがう。オレ以上に汗まみれで、確かに暑そうだ。
「……大丈夫か?」
さすがに心配になって、そうたずねる。熱中症で倒れられでもしたら目覚めが悪い。
セイウンスカイはきょとんとした表情をしてから、その顔をふにゃりと崩した。
「あはは~、大丈夫じゃなかったら抱っこしてくれたりする~?」
そう言いながら腕を大きく広げる彼女に対して、オレも同じように腕を広げる。
「……いや、冗談だよ? 大丈夫だよ?」
「え、そうなのか」
本当に体調不良なら抱き運ぶくらいどうとでもなかったが、単に冗談だったらしい。
しばし歩いて、もうすぐコンビニ近くの公道に辿り着こうかという頃合い。
「ディオスちゃんってさ、付き合ったりしてる子とかいたりする?」
唐突に切り出された話題に戸惑いながらも、オレは首を横に振った。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
オレの問いかけに対して、セイウンスカイは「ん~」と唸った後、またゆっくりと口を開く。
「いや、さっきの結婚どうのこうのでディオスちゃんってコイバナや恋愛って話に抵抗なさそうに思ったからさ~。だったら、応援してあげた方がいいかなー、って」
「そう見えるか」
彼女からの言葉を受け、考え込んだ。別に今すぐ恋人がほしい訳でもないのだが、今生においていずれは誰かと恋愛や結婚はしてみたいのでどうにも否定するのも違う気がしてくる。
セイウンスカイは相変わらずニコニコしながら、オレを見上げて言葉を続けた。
「否定しないんだ」
「…………あぁ」
からかいだと気づいて、必死になって否定する自分の姿が思い浮かんだが。今すぐ、ではなく。人生全体の事ならば恋愛相手となる人物はいずれ見定めたいと思ってる。
「んでも、ま。小学生だからそういう人とはまだ出会えないとは思うけど」
「ふぅ~ん?」
意味ありげに相槌を打つセイウンスカイ。相変わらずニヤニヤしていて何を考えているのか読めない表情だが、どうせくだらない事だろうと思いながら歩く速度を早めた。
「お前だってそこは同じだろ? 小学校の同じクラスの男子ーズとかじゃなくて、トレセン……は、実質女学校だからともかく。大学とか卒業した後に出会う男の人とかさ」
「いやぁ~? セイちゃんはもしかしたら男の人と結婚しないかもしれませんよー」
こちらの返しを予想していたのか、あっけらかんと言い放ったセイウンスカイ。
「……そうか。お前さんなら引く手数多だと思うんだが」
オレは"セイウンスカイ"に対する印象からゆえあって。素直にそう伝えたのだが、彼女は一瞬呆けた顔を見せた。その後、セイウンスカイはオレの顔をじろじろと見つめた後、先よりやわらかに笑うと「まぁセイちゃんはモテモテですからね~」と言ってから。先程と同じように肩に頭を乗せてきた。
「……こんな暑いのによくひっつけるなオイ」
「えへへー」
誤魔化すように笑うセイウンスカイ。何事か、彼女なりの思惑があるのだろうと思って深く突っ込まなかった。
キングヘイロー相手とはまた趣の違ったやり取りに、オレは一種の心地よさを感じているのだと思う。
その理由については、たぶん。一部分だけでも、"本当の自分"を曝け出せて、なおかつそれを相手が受け入れてくれているからだと思う。
………………キングヘイローも、セイウンスカイと同じく受け入れてくれるのだろうか?
などと考えていたら、おもむろに頬をつねられた。
「いって」
本当は別に痛くはないが、抗議の声を出す。犯人は悪びれる様子もなくケロッとしていた。
「セイちゃんとデート中なのに、意中の男の子とかの事考えてたりしてましたー?」
「してない」
わざとらしくぶりっ子した言い方に対して、慌てて否定する。冷や汗が額から垂れた。
別に、遊んでいる時に友達の事を考えるのはマナー違反でもないはず。
「ふぅん。ほんとぉかな~」
彼女はまた、疑念の籠もった目つきでオレを覗き込んできた。そしてゆっくり口を開く。
「ま、こんな暑い中で問い詰めるのも野暮野暮。そんなに汗だらだら掻いて~」
釣り竿を含めた道具一式を入れておくバッグから、タオルを取り出してオレの頬についた汗を拭ってくれる。
「……セイちゃんと遊びに行く時は、セイちゃんの事だけ見てほしいな。なーんて」
冗談ぶって最後に付け加えたような言葉に言葉に虚を衝かれてしまったオレの反応を確かめるように、セイウンスカイがさらに顔を近づけてくる。汗のせいか、鬢水*1の匂いが鼻腔をくすぐった。
「え……」
「──なーんてね♪」
彼女はぱっと身を離し、へらっと笑う。まるでいたずらが成功した子供のように。
「あっはは、冗談だよん。ホントに汗でびっちょりだからさ~。ささ、早くコンビニ行って涼もうよ~」
軽快に歩き出す背中を見送りながら、胸の奥が妙にザワつくのを抑えられなかった。
「……こいつも不安なんだよな」
ぽつりと漏れた呟きに我に返る。オレ自身も抱えている孤独感。この年頃特有の不安定さ。同じような葛藤が、セイウンスカイの中にもあるのではないか。そんな風に思えてならなかった。
「こ、こっちも汗拭いてやるよー」
ふと、セイウンスカイの方も汗だくなのを改めて思い出し、自分のタオルを引っ張り出す。セイウンスカイも一瞬きょとんとした後、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとー。じゃあ、お願いしようかな」
セイウンスカイの額にタオルを当てながら、先程までの孤独感が嘘のように穏やかな空気に包まれる中で、何故だか妙な感傷に浸ってしまった自分がいることに驚いた。
「んー、なんか安心しますな~」
「……そうかい」
……神様に男に生まれなかった事を、恨んでしまいそうになる事はあるけども。
性別だのを変に意識せず、こうやって自然体で一緒に遊べるのだから、むしろ女の子に生まれてよかったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせながら、目の前の少女の汗を拭った。
「ふへへぇ……」
セイウンスカイはくすぐったそうに、そして猫のように目を細めていた。
「にしても、ホント汗かいてるな。大丈夫か?」
「へ~? あ、あぁー。これねぇ。暑さ我慢するなら自信あるんだけど。今日はなんかやたら汗掻いちゃうねぇ……」
セイウンスカイは、そう言いながらシャツの襟をパタパタと動かして服の中に空気を取り込んで湿度を追い出そうとしている。本人の申告通り、暑さに弱いというわけではなさそうだが。それでもやはり、夏の暑さに参っている様子はあった。
襟回りを十分動かし終えると、セイウンスカイは今度を袖を捲り始めた。
「うわー、湯気まで出てるよ。こんなに汗掻いた初めてかも……」
「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ッッッ!!!!」
「どうしたのそんな急に大声あげて」
カミサマ、やっぱどっちか男に生んでほしかったわ。