「……だから、違うんだって。セイちゃんとはお友達で。本当に、仲良くなっただけで」
オレはノートに向き合っているキングヘイローに対して、何度目かになる否定の言葉を発した。
今現在、オレの家に集まって夏休みの宿題処理をしている真っ最中である。
授業で習った事のおさらい程度のものだが、オレはそれが手につかなかった。オレが勉学が得意ではないというのもあるが……目の前の親友に色々と誤解されているせいだ。
「はいはい、誤解なんてしてないわよ。仲良くなれてよかったわね」
そう言いながらも彼女は視線をノートから上げない。粛々と宿題を処理している。相変わらずいつものような雑談に興じてくれる様子はない。
なんだか愛想が無いように感じるのは、たぶんオレの気のせいではないだろう。先日にセイウンスカイのヤツと"いちゃこら"していたのが原因だろうか。
数日前のあの一件以来、雑談の掛け合いが明らかに減った。セイウンスカイとの出来事については、オレも弁解しようにも上手く言い訳が出来なくて困っている状況だ。
別に彼女と仲違いしたいわけではない。ただ、今までの関係が崩れてしまったようで妙に寂しい。
こんな状態で果たして、将来良い親友関係やライバル関係を築けるだろうか。そんな事を思ってしまう自分がいた。
――ずいぶん人が変わったなオレは。
思わずため息が出てしまう。前世ではキングヘイローを倒してそれで満足するつもりだった。今では戦うべき相手以上に深い間柄になりたいと思っている自分に気づく。
結局のところ、幼子の頃から五年も友人関係でいればそうなるものかとも考えるが……今はそれよりも現状打破を考えなくてはなるまい。
「お、お菓子ならたくさんあるよ! なんなら私が作るよ!!」
クッキーをあげた時にキングがなんだか喜んでくれていた事を思い出してそんな事を提案する。ちょうどおやつ時でもあるし、甘いものでも食べれば誰だって嬉しい
そしてあわよくば仲直り出来たら嬉しいという気持ちもあったりした。
その提案にようやく顔を上げてくれたかと思えば、じとりとした視線でこちらを見てくる。
「いらない」
そのまま返す刀で一刀両断だった。あれー、おかしいな。お前さん甘いもの嫌いじゃないよな……?
「だ、だったら走りに行こうよ! 今日はすごくいい天気だし!」
「宿題中。『集中したいから一緒にやろう』って誘ったの貴方でしょう?」
轟沈。取り付く島もない。苦手教科だからと勉強家のキングに教えを乞おうとした数時間前の自分を恨む。
「……ふぅ」
キングはこちらの顔を呆れたように眺めながら肘をついて、そちらの手に頬を乗せながら小さく息をつく。
「ねぇ、本当にセイちゃんとはそんな関係じゃないってば……」
「だから、それについてはさっきから誤解してないって何度も言ってるじゃない。あの後30分くらい考えてみたら重々理解出来たわよ」
30分も長考を要するって、オレはその辺の信用ないのか……。
「じゃあなんで素っ気ないのよ……」
あまりにいたたまれなくなって、いじけるようにそう呟いてしまう。
それに対して彼女は困ったような表情を浮かべた。しばらく考え込んだように目を泳がせてから、こちらに目を合わせてきた。
「関係性に誤解してないのは本当に本当。セイウンスカイさんは貴方の"新しいお友達"。そうでしょう?」
「う、うん……」
彼女の言葉の意図が読めずに戸惑うが、とりあえず肯定する。
「そうよね。貴方が女の子を恋愛対象に見れる人なら、これからどう付き合っていこうか考えなければならないもの」
「ハハハハハ」
本気で心配するようなキングの目を見て、数日前にセイウンスカイ相手にドキドキさせられていたから乾いた笑いが出た。
「でも、ね」
しかし、キングの真面目な声で乾いた笑いもすぐ止まる。何か言いたげな様子だったので、オレは無言で続きを促した。
キングはどこか複雑な表情でゆっくりと深呼吸すると、言葉を続ける。
それは普段の彼女らしくない声音だった。
「ディオスさん。昔から皆の前では男言葉使わないように我慢しているけれど……スカイさんの前ではそうじゃないのね、って」
オレの口調について指摘されて、咄嗟に取り繕うように返答した。
「えぇ、なにをおっしゃられますかキングヘイローさん。そんな事はありませんことよ。おほほ」
……お嬢様ぶるにしても色々と苦しい台詞だ。案の定、目の前にいるモノホンのお嬢様には訝しげに見つめられている。
「じゃ、じゃあ何? 私が男言葉使っちゃ悪いわけ!?」
その視線に耐えきれず思わずワッと声が出た。そんな様子のオレを見つめながら目を細めた彼女に冷や汗が流れる。
「別に悪くはないわよ。ただ、少し嫉妬しちゃってて機嫌が悪いだけ」
そう言って、再び手元のノートへと視線を戻して鉛筆片手に勉強を再開する。
……うん、嫉妬? うん……?
「ちょっと待って、意味がよく分からないんだけど」
思わず素で聞き返してしまう。それに気分を害したのか、彼女は眉間にシワを寄せると顔を上げた。
「まさか、キングちゃんって私の事を『恋愛対象』として見てたの!?」
オレがそんな事を言うと、キングヘイローは一瞬きょとんとした顔をする。
……その一言がとんでもない的外れだったらしい。相手は烈火の如く怒った様子で睨んでくる。
「そんなわけないでしょ!!!!」
耳がキンキンするほどの声量で怒鳴られる。今まで一度も見た事のない彼女の怒りように、オレは人生で一番の後悔をした。
「えっと、じゃ、じゃあなんで……嫉妬?」
それでもなんとか質問を続ける。
「キングちゃんとは、ちゃんと仲良くいたいの」
慌ててそう付け加えると、キングは落ち着きを取り戻すように深く深く息を吐き出して、一から説明を始めるような態度でオレに接してきた。
「ディオスさんって、昔から何か隠してるでしょう?」
その言葉にぎくりとした。いや、だって、『前世が馬です』なんて正直に話しても仕方無いだろ。
「それを無理矢理聞き出そうとするのは一流の振る舞いらしくないし、何より友人としての礼を失する。だから聞かないけど」
そう言いながらも、こちらを責めるような視線を向けてくる。
「でも、男言葉の事も含めてスカイさんにはそれを曝け出せてるように映って……」
それだけ言うと、キングは拗ねたように視線を斜め下に動かした。
そんな様子を見ながら、セイウンスカイに言われた事を思い返す。
『ねぇ、今度から会う時はさ。男言葉で喋ってくれない?』
『それに、さ。猫被るのも、気疲れするでしょ? 私といる時くらい、その被り物降ろしてさ。気楽になってほしいな、って~……』
『二人っきりの時だけでいいから、さ?』
よくよく考えてみれば、会ってそこまで日が経ってない相手に気遣われるほど、自分は無理をしている風に他人には見えるのだろうか。
まぁお行儀や体裁の関係も考えると周囲の人間なんかは「皆の前でも男言葉でいいよ」なんて無責任に言えんだろうが。
「……キングちゃんの前でも男言葉使った方がいい?」
とりあえず、そう訊ねてみる。キングは少しだけ悩んだ後、静かに首を横に振った。
「わからないわ、そんなの」
彼女はそんな風に短く答えた。
お互い少しだけ宿題を進め、一旦の間を置いてオレは呟く。
「キングちゃん」
オレの言葉に、ノートに向かっていた彼女は手を止める。
「なに」
「……ちょっと二人で散歩しない?」
照りつける太陽の元、2人で並んで河原を歩く。
遠くでは同年代くらいの男の子達がサッカーで遊んでいた。ボールを蹴り合いながら走り回る少年たちを横目に見つつ、オレたち二人は川辺の方へと近づいていく。そうして石で組まれた簡易的な階段の上に腰掛けた。
そして何をするでもなくぼうっと川の流れを眺めたまま、しばらく時間が経った頃。不意に隣の少女が口を開いた。
「何か相談したい事があるんでしょう。宿題の途中で抜け出したんだから、早く言いなさい」
素っ気ない台詞だとは思いつつも、二度目の誘いは断らずにいてくれた事を内心で感謝する。
「さっきはごめんなさい。なんでもかんでも恋愛事に結びつけちゃって」
そう言って頭を下げる。自惚れだけならまだしも、友情を「色恋」だと茶化されればオレも怒る。
「……もうとっくに怒ってないわよ。そんな事より、本題を聞かせてちょうだい」
言ってる事こそは刺々しいが、彼女の声色が穏やかだった事に安堵しながらオレは先程の件に関する続きを口にした。
「キングちゃんの言っている通り、私には昔から隠している事がある」
――実は自分には前世の記憶があって、そこでお前とオレは一回戦った事がある。だから、その時のリベンジをしたい。
そういった事柄をバカバカしい与太話のように、気さくに言おうとキングヘイローの顔に視線を移してみると、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
……そして、ただお互いに瞳を見つめ合ってるだけなのに、何故かすれ違っているような感覚を覚える。
その違和感に……妙に、イヤな予感が――その事を伝えたら、何か大事なモノが壊れる気がして――喉まで出かかっていた言葉をぐっと呑み込む。
「なぁに?」
彼女は「何を言われても怒らないわよ」と言いたげに、自信満々な笑みを浮かべながら可愛らしく小首を傾げる。
「――あ、いや……」
咄嗟に上手い言葉が出てこなくて口籠もった。
啖呵じみた台詞を吐いておきながら何も言わないのはなおさら気まずい。かといって、下手なウソをつけば見抜かれるかもしれない。
何を言ったものか熟考していると、キングヘイローが先に沈黙を破った。
「私もね。貴方に秘密にしてた事があるの」
……何か真剣な話題だろうし。考える事も兼ねて、茶化さず黙って聞き入る事にしよう。
「幼稚園の頃、泣き虫だったの。まるで誰も私の事を見てくれてないように感じてる時期があって、寂しくて一人で泣いたりしていてね」
キングヘイローは笑い話のように語る。それを振り切った様子を成長したと思っていいのか、過去の彼女の寂しさに共感してよいのか。
「今思い返せば、他人の認識を誤解して勝手に独りでいじけるなんて。その時の私は三流もいいところだったかもしれない。……でも、そんなある日の事よ。いつものように一人ぼっちで泣いてたら、知り合って間もないお節介さんが慰めに来てくれて」
そう言うと、キングヘイローらしい自信ありげな笑顔をニッと強めてこちらを向いた。
「そのお節介さんに『キングヘイローがとても凄い一流のウマだという事を、オレは知ってる』って言われて……実はとっても嬉しかったのよ?」
懐かしむように、ゆっくりとそう告げる。当時の"お節介さん"のモノマネして台詞を言うおまけも付けて。
「……面と向かって言われると、ヤケに格好つけたクサい台詞だね」
自分でやっておいてなんだが、顔が熱いのでおそらく赤面しているに違いない。恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く。
だが、隣に並ぶ少女はオレと違って恥ずかしげもなくニコニコとしていた。
「そうね。遊びに付き合ってくれてる時のお父さんのマネか、戦隊ヒーローのアニメにでも影響受けたのかと思って」
彼女はこちらをからかうかのように、悪戯っぽく笑ってみせる。
「それでも、一人ぼっちだって思い込んでた当時の私にとっては間違いなく救いの手だったから……だから、ずっと貴方に感謝してる」
感謝の念を告げる時、彼女は普段の勝気な表情とは打って変わって穏やかに微笑んでいた。
それを見て、やはりこの娘の成長具合は敵わんと思い知らされる。
小っ恥ずかしい過去エピソードの掘り返しと「友人になった動機」の告白を並行されて、どう反応していいか分からん。
「……まいったな」
自分の不器用さに辟易する。そんな歯の浮くようなセリフを口に出せるなら、前世がどうのこうのだと言い切れるはずなのに。
思わず頭をガシガシ掻いて俯いてしまう。そして、不意に隣からクスクスと笑う声が聞こえた。
隣の少女に視線を向けると、口元を押さえて楽しそうに笑っているのが見えた。
どうやらオレが恥ずかしがってる様子が面白くて仕方がないらしい。……さっきまでちょっと良い感じだったのに、台無しだ。
「別に、私が居なくても猫目やボブヘアの奴が同じような事言って慰めてくれたでしょう。きっと」
ふくれっ面でそう言い返すが、自分でもあまり迫力はないだろうなと思う。
「あら、そういうところは意外と謙虚なのね」
「えー、そんな言い方――」
ふくれたまま抗議しようとするが、彼女の瞳に真剣さが見えた気がした。オレは、相手の言葉を促すように黙り込む。
「確かに貴方の言葉が無くとも、あの二人が似たような事を言ってた可能性はあるわ。でもね……」
そこで言葉を句切ると、彼女は自信満々な笑顔で言った。
「貴方が私を励ましてくれて、一緒に走りたいって言った事は事実なのよ? そのおかげで一流たる今の
それは叱咤激励のようで、同時に彼女が真っ直ぐオレ自身を見つめてくれているように感じた。
……自分が口にした言葉が無駄じゃなかったと言われるのはオレも、少しは嬉しい。
彼女にここまで言わせておいて、今更逃げるのもらしくない。いい加減に覚悟を決めて、深呼吸をする。
「……キングちゃん。あのね、さっき言いかけた事なんだけど」
「えぇ、どうぞ」
淑人の如く佇まいを正し、オレの発言を促してくるキングヘイロー。ご厚意に預かり、こちらも遠慮なく与太話を繰り広げるとしよう。
「……前世の記憶があったって言ったら、信じる?」
そう切り出してから少し間を置いて、風が吹く音と男の子達が遠くでやってるサッカー試合の音がやけにうるさく聞こえた。
――今すぐ、その話をやめて。
何故か、自分の声でそう聞こえたような気がした。
「実はね、私には生まれた時から前の人生の記憶があるんだ! その時にも、キングちゃんと出会ってて――」
――やめて。
今更何を言うんだ。悪ふざけの体ですらオレの秘密を打ち明けられないのは、彼女の信頼を裏切る行為だ。
「その時に走った時に、負けちゃっててさ! 幼稚園の時に再会出来た時は『よし、リベンジしてやる機会だー!』って実は思ってて――」
話の途中にキングヘイローの表情を窺う。
――私には、彼女が楽しげに輝かせてくれていた瞳から、色が、失せたように映って。
オレは、【人生で一番の後悔】というモノを、同じ日に塗り替えた。
中継調査:読者的に今後もっとも欲しい要素
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