新学期が始まって、クラスメイトの面々と顔を合わせる事も多くなった。
その中には当然キングちゃんもいるが、あれから彼女との接点はほぼ無いといって良かった。
時折目が合って会釈したり、授業で班分けする際に隣同士の席に座ったりもするのだが、ただそれだけだ。
時々彼女の方から話しかけてくれたりもするが、私も言葉少なく前々のように会話が弾む事もない。
ただ確かなのは、私から積極的に話しかける勇気はなかった。また変な事を言って彼女の事を傷つけないかという恐怖から、目を逸し続けた。
そんな虚しい日々を繰り返しつつ。気づけば、季節は秋の真ん中くらいにまで差し掛かっていた。
「また、ぼうっとしてる!」
俯いて歩いていると、一緒に帰り道を歩いていた猫目の子からそう指摘されて私は我に返る。
考え事をしていると周りが見えなくなりがちなので、気を付けなければならないとは思っているけれど。
「近頃、明らかに元気ないねぇ……」
彼女は私の様子を訝しげに眺めながらそう言うと溜息を一つ吐いた。
どうやら最近私が上の空になりがちになっていることに彼女も気付いていたらしい。
いや、恐らくクラスのみんなが薄々と察していたことだろうと思う。今年に入ってあんまり関わらなくなった男子グループですら、心配して声掛けしてくる始末だ。
「……何かあったの?」
クラスメイトと同じように、彼女も私の顔色を伺いつつ訊ねてきたが、私は首を横に振った。
言える訳が無い。前世の記憶があるせいで思い悩んでます、だなんて。
代わりに、他の話題を彼女に打ち明けた。
「猫目ちゃん、お願いがあるの」
「なになに?」
「キングちゃんの事、元気づけてあげてほしい」
それは私では出来ないことだったから、私とキングちゃん両方と親交が深い彼女かボブヘアに頼るほか無かった。
私の頼みを聞いて一瞬固まる猫目。
「えっと」
なんで彼女が驚いているのか分からなかったが、ふと我に返った彼女はこくこくと頷いて了承してくれた。
家に帰る。
晩ごはん食べて、宿題を終わらせる。風呂入る。
小学生の決まりきったルーチンワーク。
「おねーちゃーん! ウマむすめさんのレースとライブはじまるよー! いっしょにみよー!」
弟がそんな風に呼んでいるのが聞こえる。
……幼稚園の頃から毎日一緒に手に汗握りながら観ていたのに、近頃はあんまり興味が沸かない。
「……おねえちゃーん?」
「うん、今行くからちょっとまってね」
テレビの前に座り、チャンネルを切り替える。
ちょうどアニメが終わったところだった。画面が切り替わる瞬間、主人公の男の子が腕を組んでニヒルに笑っている、それが目に入ってしまった途端、私の口からため息が一つ漏れ出た。
「男の子に生まれればよかった」
「なんでー?」
私の独り言に、弟が首を傾げてくる。
これは別に誰かに言ったって解決する問題じゃないし、そもそも「こんな事言うなんて本当に子供みたいじゃん」って私でも思う。
「だって、さ。女の子って悩みが多いもの。クラスの男子からはスカート捲られたりするし、なのに身だしなみだは男子以上に気をつけなきゃならない。成長する度に体のあちこちが痛いし。この前だって、お腹が痛くなって血がいっぱい出たりしたんだよ」
最後の方は「おねえちゃんびょうきなの!?」と驚かれたけれど……まぁ、男の子である弟に深く説明する必要はないとは思う。
「うん、治るのに50年くらいはかかる病かな」
「そうなんだ……」
弟はそれを聞いて神妙な顔をして立ち上がったかと思うと、冷蔵庫から自分のアイスを持ってきて私に差し出してきた。
「ありがとう。でも、これじゃああなたの分のおやつが無くなっちゃうんじゃない?」
私がそう訊ねると彼は首をふるふると横に振る。
多分遠慮しなくていいってことなんだろう。弟なりに気を遣わせてしまったみたいだ。
「……うん、ありがとう。じゃあ、半分もらうね」
私はずるいと思いつつ、その優しさを受け取ってしまうのだった。
レース場での実況放送が流れる。出場者の顔ぶれは数年単位で鑑賞し続けてきたから、弟も私も彼女達をよく見知っている。
「きょうはだれがかつかなー?」
いつもやる一着の予想遊び。弟の問いに答えようとは思うが、頭の中に雲がかかったように思い浮かばない。
「……わかんないなぁ」
いつもなら、『誰々はこういう走り方をする。だからこのレース場では誰々が有利だ』といった方程式がパッと思いつくのに。
結局最後まで答えが出ずじまいだったので、弟の柔らかいほっぺたを両手で掴んでムニムニしてやった。するとキャッキャと笑いながら、お返しとばかりに私の足をくすぐってきた。
ああもうかわいいなぁ、と思いながらしばらくじゃれ合っている内にレースは終わる。
「みて! あたった!」
どうやら弟の方はちゃんと観戦を続けていたらしい。一位のウマ娘を指してそう言った後、私へ自慢げに報告している。
そんな姿に微笑ましさを覚えて「すごいね~」と相槌を打つ。
「もしかしたら、キミは将来トレーナーになれるかもしれない」
そんな事を冗談ぶった演技で言ってみると、弟はニコニコしながら言葉を返してくる。
「うん、まえにおねえちゃんいってたのさんこうにした!」
その言葉を受けて私は嬉しくなると共に……同時に申し訳ない気持ちにもなった。
「……コレを真っ直ぐ見つめてた事だけは、本当だったの……?」
自分自身へ問い訊ねるように呟いてみるが、その答えはまるで聞こえなかった。
そうしてウイニングライブを見ている途中、弟がまっすぐな瞳で唐突な事を言う。
「うまむすめにうまれたかった」
「どうしてよ。男の子じゃだめ? 好きなせんせ……じゃなくて、女の人とも結婚出来なくなるよ」
私の内心を知ってか知らずか、弟は静かに首を振る。
「こうやって、はしって、うたって、おどれて、みんなによろこばれる。うらやまし」
そして羨望に満ちた声でぽつりと呟いた。それは彼の本音だろうと思う。
「でも、頑張ったって勝たなきゃ、喜ばれないんだよ」
自分に言い聞かせるのも含めて、私は彼に向かってそう告げた。
「おねえちゃんは、ウマむすめになれてよかった?」
上目遣いに投げかけられた質問には、何も答えられなかった。
ウマ娘がどうのこうのと言っていた前世からの声は、もう何も聞こえない。