ようちえん
「わたしのなまえは?」
「キングー!」
「だれよりもつよいー?」
「しょーしゃ!」
「そのミライは!」
「……輝かしく……誰もが、あー……」
――おい、ちょっと待て神様。タンマだ。
「ちょっと、ディオスさん! ちゃんと、キングちゃんのコールにあわせなきゃだめよ!」
「それにキングちゃんのえいこうをたたえるコールなんだから、あかるいこわいろでやらなくちゃ!」
ボブヘアカットのヤツと、猫目のヤツが一緒になってオレを責めやがる。
どうしてこうなった。神様、ホントにちょっと頭の中を整理する時間をくれ。具体的には10行くらいに纏めるから。
「ディオス……この子の名前はディオスね」
「そうか、凛々しくていい名前だ」
オレはこの世界に人間の牝――に、馬の耳がついたような生き物として産まれた。名前は、母ちゃんが頭の中でピンと思い浮かんだらしい。(不思議な事に生まれ変わる前ン時に人間から呼ばれてたのと全く同じだ)
元々牡のはずだったんだがな。まぁ、一回生まれ変わった先の性別にとやかくいうのは野暮か。
それにしたって、オレには生まれ変わる前の記憶があった。オレ以外にもそんなヤツがこの広い世の中いるのかもしれねぇが? 今回の一生で少なくともそんな奴にはまだ出会った事がねぇ。それも当然だ。まだ"五歳児"だからな。
いや、馬の時だと五年は結構な年月のはずなんだが。人間にとっちゃそうじゃないらしい。オレの、今の祖父ちゃんも祖母ちゃんも「月日が経つのは早いねぇ。昨日の事みたいで……」なんて会うたびに言いやがる。そして赤ん坊時の背丈を"人差し指と親指の間"で表すんだぜ。子猫かっつーの。
話が逸れた。
ともかくとして、生まれ変わり前の知識があるんだからそれを武器にブイブイとモノを言わせられるかと息巻いてたんだ。
が、人間式の言葉とか文化を覚えていくのに大変で周囲とそこまでの大差なかった。
……おい、もう一回馬に生まれ変わらせろよ。"強くてニューゲーム"させろよ。父ちゃんが見てるアニメで転生ってそういうもんだって聞いたぜ? これでも馬ン時はかなーり賢かったんだからさ。
「ディオスちゃん! ちゃんときいてるの!?」
どういうわけだか、オレは幼稚園で出会ったオトモダチに絡まれている。なんでも、「ウマ娘同士だからお仲間に入れてあげる」だとよ。
どうにも、キングと呼ばれている彼女の母親は……"一流のウマ娘"らしい。いわゆる女性アスリートだろう。
子供のオレの耳にも入ってくるくらいだ。凄い事だと思う。馬の世界にだって「オレの母ちゃん速かったんだぜー」っていうのはよくあった話だ。その子供の足が速い事がよくあるっていうのも知ってる。
だけど、よう。
「ご、ごめんね……言葉、難しくて、よく覚えきれなくて……」
そういう風に彼女達に謝罪を向けた。
「ふたりとも、そういうふうによってたかってディオスさんをせめるのは、よくないわよ」
キングと呼ばれている女の子が、ボブカットと猫目のヤツをたしなめる。
……いや、まぁ、オレの台詞だけ本当に長いんだけど。上手く言えない理由はそういう事じゃなくて。
「キング、ちゃんって言ったっけ……えっと、正確な名前は……」
「「キングヘイロー!」」
ボブカットと猫目のヤツが待ってましたとばかりに大声で叫ぶ。その名前を聞いた瞬間、頭の中がぐらりときた。
――こいつもかよ。転生したのは。素振りからして前世の記憶は無い御様子だが。
いや確かに、リベンジは望んだけどさ。望んだけど……コイツも牝かよ。
「な、なに、そんなふうにおどろいたかおでみつめてきて?」
キングはオレの顔を見て、心配そうな顔をしてくれた。
そりゃ、驚くぜ。ずいぶん美人になったなオイ。お高く留まってる素振りは相変わらず面影あるけどさ。
「う、ううん。キングヘイローのお母さんってすっごい運動選手だって聞いて。すごいなーって……」
とりあえずキングの母を褒める事にした。母ちゃん褒められて嫌な気分はしねぇだろうと。
「え、えぇ。そうよ」
しかし、母親の事を口に出された途端、キングの自信に満ちた顔色に曇りが見えた。
おかしいな。確かサヨナラだかグッバイだかってヤツだろ? 前の世界でもお前の母ちゃん、ちょくちょく人間が褒めてたんだぜ。
ボブカットのヤツも、猫目のヤツも、キングの母親が褒められて、気分を良くしたのか。先ほどよりもぺちゃくちゃとオレに話しかけてきた。
「そーよ! キングちゃんのおかあさんは、いちりゅうなんだから!」
「そのむすめのキングちゃんも、とーぜんいちりゅうなのよ~」
「へぇ、やっぱりすごいんだねぇ」
こういう話題なら口喧嘩で責められるよりもよっぽど良い。母ちゃん褒められんのオレだって好きだからな。
だけんど、キングヘイローの顔色はますます曇っていった。
「ごめんなさい……ちょっとようじをおもいだしたわ」
キングのヤツは礼儀正しい仕草でそういってから、すたすたと何処かへ歩いていく。
「キングちゃん、ちかごろごようじがおおいわね」
「きっと、いちりゅうゆえのおいそがしさなのよ!」
猫目とボブカットはそう言いあってから、オレに向き直った。
「ねぇ、ディオスちゃんは、このあとひま? いっしょにおいかけっこであそびましょう!」
「いっちゃくをとったら、ういにんぐらいぶよ!」
追いかけっこは大好きだが、ウイニングライブというのはようわからん。一番速かったヤツがその場に集まった皆へお遊戯を披露するみたいだが、オレはあいにくそういうのに慣れてねぇ。
「ごめんなさい……一緒に遊びたいのだけれど、私も用事があるの……」
ボブヘアのヤツと猫目のヤツには悪いが、やんわりと断らせて貰った。
キングヘイローを追って幼稚園の建物の裏側へ行くと、ヤツは体操座りで足を抱えてアスファルトの地べたに座り込んでいた。
「…………」
どうにも塞ぎ込んでいる様子だった。しかしオレの姿に気づくやいなや、スクッと立ち上がって特徴的な高笑いをしてくれる。
「お~っほっほっほ! どうしたのかしら、ディオスさん! まさか、このキングにけっとうをいどみにきたのかしら?」
実際、オレは前世からずっとその決闘を望んでたわけなんだが。キングの先ほどの様子を見てしまえば、どうにもその気にはなれなかった。
「キングちゃん……何か悲しい事でもあったの? さっき、落ち込んでたみたいだけど……」
絶不調のヤツをぶっ倒せても何の意味もねぇ。キングヘイローは「うっ」と一瞬呻いたが、すぐに胸を張って声を上げた。
「こ、これは……そう! いちりゅうとはいかなるものかと、ふかくしこうしていたのよ!」
五歳児が哲学的思考とは驚いた。さすがは超一流のキングヘイロー様だ。
んなわけない。
「本当に……? お母さんのお話から、ずっと落ち込んでたよ……」
そう問うと、キングは唇を強く噛んで黙り込んだ。まるで、何かを訴えかけるように。
「……もしかして、お母さんの事が嫌い?」
「そうじゃないわ」
オレの言葉へ、キングヘイローはハッキリとした声色ながらも暗く俯いて受け応えた。
「……おかあさまは、わたくしのことをほったらかしだけど、そんなことよりも、もっとイヤなことがあるの」
キングは拳を握り締めながら、震える声でそう言った。
「それは?」
「……まわりのヒトタチがおかあさまのことばかりほめて、わたしじしんのことをほめてくれないことよ。まるでまったくみていないようにね!」
オレの目の前にいるキングは五歳児らしからぬ、ハッキリとした意思を持った強い言葉で言い放つ。日頃からよほどフラストレーションが溜まっていたのだろう。
思い返せば、成る程確かに。オレから見ても周囲の大人達はキングに対して『良家のご令嬢』と、そういう態度で接している事が大半だ。
いや、しかしだ。母親が一流だというのに娘である五歳児の何を大人達が褒めろというのだ。馬換算だと母親にベッタリの時期だろう?
「ほらみなさい! あなたたちだって、そうなんだわ!!」
オレが納得した顔でいると、キングは顔を真っ赤にして叫んだ。そうハッキリと言われてしまえば、会ってあまり日が経ってないオレには何も言い返せないのだが。
……いや、冷静になってみればあの猫目とボブヘアカットのヤツも、コイツと同じく可愛げのある仔馬ちゃん達だぜ? お前の人柄を好いてるのであって。一流のお母さまのおこぼれに預かろうなんざ考えてないだろうさ。
「二人は、キングちゃんのしっかりとしたところを見てお友達になってくれたんだと思うよ……? さっきだって、口喧嘩になりかけてたところをちゃんと止めてくれたし……」
「ふたりがどうおもってるかなんて、そんなのわからないわよ!!」
キングヘイローは真っ赤な顔をしたまま、顔を俯けたままでいる。
コイツに逃げ切られた時の光景が、頭の中に鮮明に蘇る。
らしくねぇ。お前は、他のヤツらが疲れ果てて頭を下げてた時でさえ、お高く留まりやがって頭をまったく下げなかっただろうが。
「……そんな風に頭を下げてちゃ、キングちゃんらしくないよ」
絶不調のまま、プライドぽっきり折れられたらオレとの格付けも叶わねぇ。
「あなたに……なにがわかるっていうのよ!!」
キングヘイローは……目の前の幼い女の子は、涙を流していた。
悪いがオレはハッキリいって、お前の人柄の事はよく知らんのだ。"今のお前自身"に掛けてやれる言葉は、持っておらぬ。
どうせオレがほっといてもあの二人がお前の感情に気づき、そしてそれが間違いである事を伝えて仲直りするのかもしれぬ。
だが、そんな事は関係なしに、オレはお前には伝えておかねばならぬ事がある。
「"キングヘイローがとても凄い一流の馬だという事を、オレは知ってる"」
そうでなければ、お前に負けた
オレの言葉に、キングヘイローはきょとんとした表情を浮かべている。
「……え?」
あまりにハッキリとオレの口から告げられたためか、キングはしばらく呆然としていたが、次第にその瞳から涙は消えていった。
「…………ふふっ。なにそれ、ディオスさんのおとうさんのモノマネ?」
母親から「女の子だから一人称に『オレ』を使うな」と教えられて気を付けていたせいか、それはオレの本心から出た言葉だとキングヘイローには信じてもらえなかった様子だ。
キングヘイローはクスリと笑ってから、立ち上がって言った。
「……そうよね、おかあさまをうらんでばかりじゃなくて、わたしじしんがいちりゅうになって。みなをみとめさせてやるのよ!」
どうやら頭を上げて、立ち直ってくれたようだ。そうでなくては、キングヘイローらしくない。
「そうとなれば、そのときのためにあのふたりに『キングコール』をおしえておかなければならないわね! おーっほっほっほ!!」
……もしかしてお前、前世よりお高く留まってないか?
オレのくだらぬ心配をよそに、数日経って猫目とボブカットのヤツらは自発的にキングヘイローを心配して、それぞれが同じようにキングヘイローへ悩みを問いただしていた。
「キングちゃん、つらいことがあったらいつでもいってね……?」
「うん、わたしたち、キングちゃんがかなしいとわたしたちもかなしいの……」
「あ、ありがとう……あなたたち……」
結局のところ、コイツがお高く留まってくれるにはオレの助力など必要ないわけだ。そうでなくては、オレが困る。
オレが最優先にやるべき事は、キングヘイローとの再戦の為に走る為の身体能力を養っておく事だけだ。
確か、こちらの世界でも陸上競技があったのだったか。オレはその世界で"強くてニューゲーム"で最強を目指す為に…………。
ちょっと待て。
「キングちゃんってトレセン学園を目指すんだよね!?」
そもそもオレが陸上競技で強くてニューゲームとか最強とか以前に、キングヘイローとの再戦が前世からの悲願だったよそうだったよ!!
オレは慌ててキングヘイローへ聞いた。彼女は、ふんすと腕を組んで自信たっぷりの様子で応える。
「そうよ。おかあさまやおとなのみんなみとめてもらうために、わたしはトレセンがくえんでいちりゅうをめざすの。わたしのおかあさまにはないしょよ?」
それを聞いて、猫目もボブカットのヤツも、キラキラとした瞳を浮かべてくる。
「だったら、キングちゃんといっしょにわたしもトレセンがくえんをめざすわ!」
「わたしもー!!」
「お~っほっほっほ! いいわ、あなたたち。わたしについてくる"けんり"をあげるわ!」
猫目とボブカットはキングの言葉を聞いて、首を傾げる。
「けんりー?」
「むずかしいことばー」
そんな二人に対して、キングヘイローは胸を張って宣言する。
キングヘイローとオレが目指す場所は、トレセン学園だ。
そして、その学園は身体能力の優れたウマ娘のアスリート養成学校のようなものだ。
猫目とボブカットのヤツが生半可な覚悟でついて来れるかどうかは甚だ怪しいが、それについてはオレには関係ない。キングヘイローと戦えさえすればいい。
「よ、よかったぁ……実は、私、キングヘイローちゃんと一緒にレースで走りたくって……」
それを聞いた途端、キングヘイローは嬉しそうにヒシッとオレの手を握ってきた。
やめろ。牝に転生してもお前とくっつく趣味はない。人間にはそういう需要があると聞いた事はあるが、そーいうのは
「ディオスさん! そういう事ならあなたにも……わたしについてくる"けんり"をあげる!」
「え」
オレが的外れな事を考えていると、キングヘイローは満面の笑顔でそう告げてきた。
こいつをボス馬として扱うって事? オレが舎弟? いや、そんな権利いらんのだが。
ふざけるなと、オレはキングヘイローの誘いを一蹴しようともした。
「いっしょについてくついてく!」
「これからもなかよくしようねー!」
神様よぉ。オレの行く末を紐解く前にちょいと想像してみてくれよ。
可愛げのある姿の無垢な仔馬たち三匹にさ、仲良くしようとせがまれて。その鼻っ柱を後ろ蹴り出来るかい?
「…………うん……仲良く、しようね……」
オレはそいつらに礼儀正しく頭を下げるしかなかったのさ。
これについても、"負け癖"がついたりしねぇよな? 今から嫌な予感がヒシヒシとしてるんだがよ。なぁ。
次の路線
-
幼稚園・小学生時代(ほのぼのギャグ路線)
-
トレセン学園まで時飛ばす(シリアス路線)