……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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啞(おうし)

 秋の終わり頃。私は相変わらず何事もなく過ごせている。

 今度はボブヘアと、そして弟と一緒に下校の楽しみを満喫している。

「いや、両手掴まれてると歩き難いんだけど……」

 二人して片っぽずつ私の手を掴みながら歩いているので、私は二人に歩調を合わせるのが難しい。

「たまにはいいでしょう?」

「いいでしょー」

 ……年下二人に甘えられて跳ね除ける気持ちの余裕が姉の立場にあるでしょうか。

 私は渋々手を繋がれたまま歩く事になった。

 道中の会話が自然と出てくる中、話題の中心は「近頃元気かどうか」「勉強は上手くいっているかどうか」など。二人してジジババ臭い事を言う。

「お父さんかお母さんになんか励ますようにでも言われた?」

 そういう風に弟の方に視線をあわせると、ニコニコとした顔で彼は言う。

「うんっ!」

 ……心配性の親だなぁ。

 私としては、そこまで病んでるつもりはない。確かに上の空な事は多いけど……勉学はむしろ順調だし、苦手教科でも50点は超えるようになった。運動の方は……あんまり関心がなくなったけど。

 友達付き合いだって、ほぼ毎日誰かと下校したり遊んだりしているから悪くないはずで……むしろ、すごくいい方で……自分の事ながら何だけれど、何が不満なんだろう。

 私は苦笑気味で、それを訊ねるようにボブヘアの顔を見た。

「ディオスちゃん、いい加減キングちゃんの事気にかけてあげて」

 

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 ……何を突然言い出しているんだろう。

 

「えっと……え? キングちゃん? なんで?」

 私は戸惑いながらも彼女の言葉の意味を探る。

「キングちゃんから言われてきたの。『ディオスさんの事、元気づけてあげて』って」

 彼女が発した言葉は私の理解の外にある。一体彼女達が私に何を求めているのか、皆目見当もつかない。

「気遣いなら、猫目ちゃんの方に頼んだよ。キングちゃんと同じ事」

「同じじゃないよ」

 即答された。

 彼女はキッパリとした否定を述べると続けて言った。

「ディオスちゃんの方はキングちゃんの事を避け続けてる」

 彼女の言う通り、キングちゃんと話す事が極端に減った自覚はある。

 最近は挨拶すらもまともにしてないかもしれない。その事を指摘されると、私が悪者のように批難されているように感じた。

 彼女のような子にも、それを言わせる時点で私の最近の振る舞いはどうかしてる。それを自覚しつつも、心の整理がつかない。

「私は……私は、意地悪がしたくてキングちゃんに冷たく当たってるわけじゃない……っ」

 私は声を大きくする。でも、言い述べた台詞の声量はガタガタで、迫力がまるでない。

 喉が使いものにならなくなったみたいな感覚に陥る。恥ずかしさで頭の中が熱くなってくるのが分かる。

 私が悪いのは分かっている。でも、どうしようもない気持ちがあるのも事実だ。

 こんな気持ちをどう言葉にすればいいか分からない。だから私はそれ以上の言葉は飲み込み、黙って俯いてしまう。

 

 それからしばらく気まずい雰囲気が流れた。

 私達三人の下校路の分岐点まで来て、名残惜しそうにする弟の手を引っ張って帰ろうとする。

 しかしボブヘアが手を離してくれる様子がなかった。

「待ってディオスちゃん」

 真剣な声色で言われてしまい、足を止めざるを得ない。私は俯いていた顔から、横目で彼女の顔を見た。

「今日はちょっと、猫目ちゃんと一緒にディオスちゃんの家に遊びに行ってもいい?」

「……うん、いいよ」

 怒鳴ってしまった手前気まずくもあるが、特に断る理由もない。私は二つ返事で承諾した。

 

「お邪魔します……」

「お邪魔しまーす」

 家の玄関の戸を開けて弟と一緒に二人を出迎えるなり、ボブヘアと猫目が畏まった口調で挨拶を向けてきた。

 靴を脱いで玄関先に立った二人の内、片方がおもむろに私に近寄ってきたかと思うとそのまま抱きしめられる。

「うわっぷ。いきなり何さ」

 唐突な抱擁。相手は何も言わずぎゅっと抱き締めてくる。

 ちょっと苦しいので、引き剥がそうする。しかし、なかなか離してくれなかった。……腕力の強さはさすがウマ娘同士。

 悪ふざけを叱りつけようとしても、首を抱かれてるわけでもないのに声が出ない。その内、もう片方も同じようにハグしてきた。

 ――弟といい、この子達といい、何か年下の子達が生暖かく接してくる気がする。

 私は呆れつつ、されるがままになっていた。年下がやる事なのだから仕方ないと思おう……。

 

「……それで、何の用で訪ねにきたの?」

 数十秒経って、いつまでも抱きついている二人に声を掛ける。

 二人は互いに顔を見合わせてから、ようやく私の身体を解放してから口を開く。

「最近、人が変わったみたいになったから……」

 そう言ったボブヘアの目は真剣だった。

「そんな大げさな……」

 私は冗談っぽく微笑んで流そうとしたが、彼女達は依然として真面目な顔だった。

「キングちゃんの事を言ってるなら……そりゃ、自覚はあるけど……運動や勉強への関心の度合いは変わったし考え事をする事も多くなったけれど。それ以外だと貴方達に対しては何か変わったわけではないでしょう?」

 私は二人に向かって疑問を投げかける。しかし彼女たちの表情は曇ったままである。

「とりあえず、私の部屋にいこっか……お姉ちゃん達は部屋いくから、お母さんに遊んでもらって」

「はーい」

 真面目な用事だろうし。弟には一旦席を外させて、リビングにいる親の方に面倒を見てもらう事にした。

 

 私の部屋に入ると、すぐにベッドに座る。少しして二人が部屋の中に入ってきて、私の目の前で床にちょこんと正座した。

「足、痛くない?」

 ふるふると首を横に振る二人。私は二人の目線に合わせる為に、私もベッドから降りてアヒル座りをする。

「……あのね、さっきの続きなんだけど。確かに私は変わったかもしれない。けど、だからって病んでるわけでもなければ、日常生活に支障が出ているわけじゃない。キングちゃんとの事だって……疎遠になるんだったら、それはそれで、私の意思なんだから」

 言い聞かせるように淡々と言った。だが、猫目は俯きがちに呟くように言う。

「ディオスちゃん、昔からキングちゃん相手含めて、みんなのお姉ちゃんかお兄ちゃんみたいに振る舞ってたのに、今は、なんていうか……」

 …………勉学なら皆と同レベルかそれに劣るくらいのものだったから、今までがそんな風に見られてるとは思わなかった。

「お勉強はあんまり出来なかったけど……」

 私が訝しげな顔をしたからか、ボブヘアの方がわざわざ付け加えてくれた。ありがとう……いや、言わなくてもいいんだよ。

「それに前までのディオスちゃん、怒らせたらヤンキーみたいな恫喝してくるし、遊ぶ時も熱があがったらわんぱくな男の子みたいにガサツっぽくて……」

 うん、まぁその辺りは自覚あったけど。

「料理も下手っぴで、キングちゃんは一人で卵焼き焼けるようになったのに、ディオスちゃんはスクランブルエッグ作るし……」

 ……うん? 慰めにきたの? 貶しにきたの?

「だけど最近は物静かで大人しくなってたし、今なんかこうして私達の前で女の子座りして『自分は女の子だー』ってアピールするみたいな座り方するし……」

「いつもあぐら掻いててディオスちゃんのお母さんやキングちゃんに『行儀の悪いからやめなさい』って注意されてるところ何度も見た」

「知り合いの男の子たちは『ディオスがきっと前みたいに変なモノ拾い食いした』って噂してて」

「私が女子組から聞いた話だと『女の子相手に告白した後に手ひどく振られて失恋したんだー』って」

「新学期の一週間くらいはキングちゃんと不仲になってるのもそれが原因だって言われてたよね……」

 

 

「……ディオスちゃんちょっと横になりますね」

「真面目な話なんだからベッドに戻らずにちゃんと聞いてよーっっ!!!」

 

 

 ……登りかけたベッドから降りて、また元の体勢で座る。

「いいじゃん、私だって。あと二年と半年で中学生なんだし。クラスの中だと一番背も高いんだから、見た目との兼ね合い気にしていきなり女の子らしく振る舞ったっていいでしょう。何が問題?」

 周囲からのさすがの言われように、不機嫌になってきてぶっきらぼうな言い方になる。私はまだ10歳で、これから成長していくんだ。何もおかしな事じゃないでしょう。中学二年生になれば前世は【†暗黒の魔王†(ダークオブディオス)】だったと思い込むようになるかもしれない。

「だから、それを私達は『人が変わった』って…………」

 そこまで言って、ボブヘアが口を噤む。彼女は私の反応を伺うようにおそるおそる私を見ていた。

 ……たぶん、さっきみたいにガタついた声で怒鳴ってくる事を怯えているのだろう。

「……ごめんね、さっき怒鳴ったりして」

 彼女の目をじっと見てから、静かに謝った。あれはいけない事だ。ましてや、年下相手に。

 それから、なるべく声の調子に気をつけながら言葉を続ける。

「……単純にね、前みたいに、男の子っぽく振る舞おうとしても、出来ないというか、嫌悪感が凄いんだ……」

 

 ……元々、"オレ"と"私"は、自我が一つとも二つとも判断出来ない妙な均衡だった。

 別に、多重人格というわけではなかったと思う。だって、根っこの魂や精神は一つで……感覚的に言えば、『右脳と左脳』『ワガママな本能と、幼い理性』のような関係が一番表現的に近いかもしれない。

 その片方の器官が、ある時を境にとても反応が鈍くなった。……抽象的な言い方をすれば、「ぱったりと喋らなくなった」。私もそのままでいいと思う。

 後となった今では、私が本来一人でやるべきだった二つの役割を同時にこなしている。ただそれだけの話。

 

「本当に、ごめんね。心配かけちゃって……ウジウジしてる今の私は、他人からも神様からも観てて楽しいもんじゃないってのは分かってる……前々の私の方が好きだったのなら、『本当の私はそこまで魅力的な人物ではなかった』んだと思う……」

 二人の頭を撫でる。私は今どんな表情をしているのだろう。二人から見たらどんな風に映っているのだろう。

「でも、心配してくれてありがとう。…………少しずつ、私が元通りに近づけるように頑張るから、待っててくれたら嬉しいな……」

 私がそう言うと、二人は無言でコクリと頷いた。

 

 

 

 翌々日。下校の時間になり、靴置き場へと向かい下駄箱へと向き合った。

 上履きを脱いでローファーに履き替えようとする。中に見えるのは一枚の便箋。

 たぶん、例によって男子からのラブレターか何かだろう。キングちゃんのおかげで服装が綺麗になってからは、そういうのをもらう事がたまにある。

 ……キングちゃんへの未練を断ち切るのにちょうど良い機会かもしれない。

 私が避けている状態とはいえ、彼女に今まで身なりや勉強の事で小学校時代ずっと世話になり続けてきたのは事実だ。キングちゃんにとって自分は悪縁だと自覚しつつも、彼女が私の為に費やした時間を考えれば、どうしても申し訳なく感じてしまう部分がある。

 だがそれも今日までだ。男子との恋愛にでも熱中すれば、少しは彼女への罪悪感も薄れるだろう。

 そんな事を考えながら、私は便箋を手に取って…………。

 

『キングヘイローより』

 

 便箋の端っこには端正な字でそう書かれているのを認識した直後、喉が鳴った。

 

 …………いやいや、早まるな私。変な期待はするな。そもそも、私もそっち方面の趣味はない……とは思う……。

 たぶん、絶交の宣言か、良くて仲直りの申し出とかだと思う。メールで送ればいいのにと思いつつ、破り捨てるでなく中身を読んでしまう。

 便箋を開ければ中には力強い文字、それもわざわざ毛筆書きで……一言だけ綴られていた。

 

 

【決闘状 放課後、いつも遊んでいた公園で待つ】

 

 

 …………は????

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