……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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4.曇りのち晴れの小学生時代
日常的なバッドタイム


 ――今日は朝からツイてない。

 とにかく今日の自分はツイていないのだ。

 例えば、登校中に犬に吠えられて驚いて転んでしまったり。そのせいでキングと一緒に買いに行ったお気に入りの服に泥がついてしまったり。

 学校に着いてからも、給食に嫌いな酢の物が入っていて泣きそうになったり。

 体育の授業ではドッジボールの最中に、無駄にデカい胸部の当たり判定にボールを喰らって悶絶したり。

 放課後、帰り道の途中でカラスの群れに襲われそうたり。

 本当に散々な一日だ。

 

 

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「……壁にハマって何やってんの?」

 携帯の連絡を受けて助けにやってきたキングヘイローが呆れながら、蒼褪めた顔でオレを見下ろしている。

 ……今現在、俺はコンクリート壁の穴に上半身がすっぽりとはまってしまっている。それも下半身だけ向こう側に残して……という情けない格好で。

「いや、これにはワケがあって」

 そう言いながら、なんとか抜け出そうと必死にもがく。しかし、悲しい事にびくともしない。

 何故こんな事になってしまったのかと言うと、話は数分前に遡る。

 

「お買い物の約束の時間遅れちゃったな……」

 キングヘイローとの待ち合わせ場所へ急ぎながら、一人呟く。いつもなら時間前には到着しているのだが、今日に限って準備に手間取ってしまったのだ。

 いや、言い訳をするつもりはない。遅れた理由は分かっている。カラスの群れから逃げ回ったせいだ。

 オレはなんとかその遅れを取り戻そうと、近道しようと路地裏に入ったのだが、それが運の尽きだった。

「……こんなところに穴が空いてる」

 コンクリートの壁に空いている穴を見つけた。好奇心から覗き込んでみると、ちょうど肩幅ぐらいの隙間がある事が分かる。

 向こう側に見えるのは見知った道。どうやらここからなら更に近道して大通りに出られそうだと思った。

 

 そう思って中に入ってみたところ、腹の辺りでつっかえてそのままの姿勢で抜け出せなくなった。

 しからば、『壁から抜け出せなくなった。助けて』と待ち合わせしている相手にメールを送るのが筋だろう。

 キングヘイローはそれを説明されると蒼ざめたまま口をあんぐりしつつ、瞳を閉じて「はぁ~……」と深いため息をついていた。

 

「……帰る」

「待って」

 

 踵を返して帰ろうとするキングのスカートを必死でひっつかむ。掴んだ場所が場所なので睨みつけられるが、仕方ないだろう。体勢が低いせいでそこくらいしか手が届かないんだ。

「昨日今日で自己の存在理由に思い悩んでた友人が、今度は物理的に壁にハマって思い悩んでる場面に遭遇した私の気持ちが理解できる?」

「お願いだから! マジで一生このままとか嫌なんだけど!?」

 恥も外聞もなく泣き叫ぶ。こんな姿、本来なら誰にも見られたくない。というか早く抜け出したい。本当に恥ずかしいので。

 とりあえず腕を力いっぱい引っ張ってもらう。

「いだだだだだだ!! ちぎれる!! ちぎれる!!!!」

 だが、それでも抜ける気配はない。牛裂きの刑じみた脱出劇は徒労に終わった。

「……救急車か消防車呼ぶ? 本当に抜け出せないなら、通報しても許されるだろうし」

 心配半分呆れ半分に提案してくるキングヘイロー。

 必死に泣き叫んだ手前なんだが、そんな大ごとにしなくても良いと思う。

 あとそういうところに連絡すると保護者に連絡がいくのでやめて欲しい。たぶん晩飯の時に二週間はネタにされる。

「石鹸か油か、そういう滑るもの持ってきてくれれば抜け出せるかも……」

 そんな事を言えば、キングはカバンの中からワセリンを取り出して渡してくれた。相変わらず、軽い怪我をした時用に持ち歩いているらしい。面倒見がいい事だ。

 とりあえず、ワセリンを手に塗りたくる。そのまま服の上から腹部にまんべんなく塗る。

「うえ、服の上から塗りたくるとすごい変な感じ……」

 自分で塗っているというのに、くすぐったいような気持ち悪いような感覚に襲われる。ナメクジになった気分だ。

 何とか腹部にワセリンが馴染んだところでもう一度脱出を試みる事にした。

 まずは両腕を使って身体を持ち上げようとするが、びくともしない。

「……向こう側の服にワセリン塗ってきてくれれば抜け出せそうな感じがする」

 上目遣いでキングヘイローの顔色を窺うように頼み込む。彼女は大きなため息をついた後、何も言わずに歩き出した。なんだかんだ言って協力してくれるようだ。持つべきモノは友である。

 

「……ケース飼いのハムスターがお家に頭だけ突っ込んで寝てる時みたいな絵面ね」

 五分くらい経ってオレの頭がある方とは反対側から、キングの声が聞こえてきた。

 確かにそんな絵面かもしれない。でもぶくぶくと太りに太ったハムスターが思い浮かぶので、あんまり言わないでほしい。

 さておき、壁の向こうのキングはワセリンを塗布する準備を始めたらしい。

 

 べちゃりという音と共に、背中にひんやりとした感触を覚える。

「くひゃっ」

 変な声が出た。自分で塗るならまだしも、他人に塗られて、しかもタイミングが分からない視界外。

 背中を駆け巡り、ゾクゾクと寒気が走る。それがくすぐったくて仕方がない。

「どうしたの?」

 壁の向こうで不思議そうに訊ねてくる声。いや、どうしたも何も……。

「くすぐったい」

「あらそう。じゃあもっと念入りに塗ってあげる」

 再び冷たい感触が襲ってくる。その刺激に耐えるため、歯を食いしばって我慢する。しかし、背中以外にも横腹やヘソの回りにも手が這い回り始め、耐えきれずに笑い声を上げてしまう。

「くひゃはははははっ!? ちょ、ちょっとタンマ! あひひひひっ!」

 身を捩らせて逃げようとするが、狭い隙間の中ではほとんど身動きが取れない。ただ一方的に嬲られるだけである。

「こっちは大真面目に助けようとしているんだから変な声出さないで」

「分かってるけどさ、分かってるんだけどさ!!! ちょっとマジで! タンマ!!! 休憩!!」

 しばらく耐えていたが、さすがにもう限界だった。このままでは笑い死んでしまう。

「まったく……」

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 キングが一旦手を止めてくれたのに合わせて、息を整えながら周囲を見渡す。大きな笑いをあげたから、誰か寄ってきてないか心配である。

 

「……何やってんの?」

 

 ちょうど釣りを終えて帰ってきたであろう、セイウンスカイの姿がそこにあった。

 セイウンスカイは訝しげな表情でオレの顔を見つめていた。

 それもそうだろう。何しろ壁にハマっているのだから。傍から見れば相当間抜けな姿に違いない。

 しかも、片側だけだと自分が一人で狂ったように笑い続けているのだから。奇人に見えるという自覚はある。

「あ、あのですね……これには深い事情がありまして……」

 どう言い訳したものかと思案するが、上手い言葉が出てこない。

 

 そんなオレの焦りをよそに、セイウンスカイは片膝をつくような仕草でしゃがみこみ、こっちの鼻頭を人差し指で軽く押してくるように突っついてきた。

「何やってんの」

 思わず相手と同じような言葉を投げかけてしまった。

「いやーなんかさー。最近"女の子女の子してた"からさー。元に戻ったディオスちゃん相手にからかいたくなったんだよー」

 特に悪びれた様子もなく、そんな事を言うセイウンスカイ。

 まあ、特別悪い事をしてきているわけではないので咎めるつもりはないが。

 オレが鼻の頭を突かれても食ってかかってこないのを確認すると、彼女は今度は頬をつんつんしてきた。どうやら遊びたい気分らしい。

 とはいえ、今はそれどころではないのだ。

 オレは今、この危機的状況を打開すべく必死にもがいているところなのだ。

「ねえねえ、これどういう状況なの? 教えてよ~」

 そう言いながら、頬を突いてくるセイウンスカイ。彼女の指先の感触を感じながら考える。

 ――さすがに噛みついてやった方がいいか。

 こいつには初対面時に、こっちが男の子だと勘違いした挙句ひとめぼれしてたのを察知されて、からかわれている感じがある。

 そりゃあ、まぁ、ネタにするだろう。逆の立場だったら「よくも男だって誤解しやがったな」という怒りが湧いてきてもおかしくない。

 でも、だからと言って、このまま遊ばれっぱなしというのは癪である。

 一回がつんと強気に出て、この手の話については立場逆転させてやりたいと思うのは当然の事だろう。

 

 そんな事を考えていると、唇の端に指が触れた。

 口の近くに指が来たので噛みついてやろうとしたが、その前に彼女の方から質問が投げかけられた。

「キングちゃんの事、好き?」

 いきなり妙な質問をされたので一瞬動揺する。

「いや、まぁ、好きか嫌いかで言われたら好きだが」

 幼稚園時代からの女友達だし、心の内にある蟠りを取り払った今となっては悪い感情もすでに無い。

 しかし、何故唐突にこんな話を振られるのか意味が分からない。

 そう思いつつセイウンスカイを見ると、彼女は何故か嬉しそうに笑っていた。

「そっかそっかぁ~。それじゃあさ、私とキングちゃんどっちが好き?」

 なんだその二択は。とりあえず答えておくことにする。

「キングヘイローの方が好きだ」

「えー、妬いちゃうなぁ」

 そう言う割には嬉しそうな表情をしているじゃないか。まったく訳が分からん。

「じゃあ逆に聞くけど、お前は誰が好きなんだ?」

 話題を変える為にも相手に聞き返す。すると、セイウンスカイはきょとんとした表情になった後、少し考えこむ素振りを見せた後に口を開いた。

「私はねぇ……そうだねぇ~……」

 そこで言葉を区切ると、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。そして、何を思ったのか顔を近づけてきたかと思うと、おでこ同士をくっつけて来たのだ。

「おま、そんな顔を近づけ……」

 突然の事に驚いていると、彼女は囁くような声で呟いた。

 まるで秘密の話をするかのように、ひっそりと。

 

 

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「……内緒」

 

 

 ……まぁ、女の子なら想い人は秘密にしておきたい子もいようか。セイちゃん、本命相手にはこういうムーブが出来なさそうな子だし。

 そう思った瞬間だった――物凄い力で、脚が引っ張られた。

「ぶぅぇぁっ!!!?!」

 腹部と胸部の摩擦感に汚い悲鳴をあげながら、壁から一気に引き抜かれる。そのまま、無事に脱出出来て地面に尻もちをつく。一体何が起こったのか理解が追い付かないまま、目の前の光景を見る。

 そこには、どこか不機嫌そうな表情でこちらを見下ろすキングヘイローの姿があった。

 どうやら、ワセリンの塗布がある程度終わってたので力技で引っ張り出してくれたようだ。

「お、おう、ありがとう……」

 礼を言いつつ立ち上がって、感謝の意を込めて握手を求める。だが、その手をじっとりとした視線で睨まれてしまった。

 

「……頑張って助け出そうとしてるのに、人前でこれ見よがしにいちゃつかないでくれる?」

 

 どうやら、さっきのやり取りが聞こえていたらしい。

「ちょっと待って、いちゃついてなんか……」

 弁明しようとするものの、キングは取り合ってくれない。それどころか、オレを放置してさっさと歩き始めてしまう始末だ。

 セイウンスカイの方にも弁解をするように視線を送るが、そちらは口笛を吹いて明後日の方向を向いている。

「なんだって弁明してくれないんだ!」

「だって、ねえ? この前の事はセイちゃんも協力したのに、見せつけられちゃったからさぁ~……」

 そう言いながら、セイウンスカイはやる事をやり終えたと言わんばかりにこの場を離れていく。

「……なんの、こっちゃ……」

 二人がなんで不機嫌になっているのかまったく分からない。オレが何か悪い事をしたのか……神様……なぁ……。

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