「……そもそもの話、心配し過ぎだという可能性は?」
牧場へ向かい、猛吹雪の中をウマ娘専用道路で走っている最中。通話中のキングからそのような言葉が投げかけられた。
確かにそれも一理あるかもしれない。同年代の女の子がそこまで思い詰めてるだなんて、あまり信じたくない話だ。
「それならそれでオレがお節介のバカ野郎だったって話でいいんだよ」
男言葉でそう言い切ると、電話先からため息が聞こえた。
「それでこそディオスさんね」
彼女は呆れつつも、どこか安心したように言う。
道路を走っている最中にも昨日見た景色とは打って変わって、真っ白に染まった光景が広がっている。10mくらい先が全く見えない状態だ。
そんな状態で走るのは少し怖かったが、それでも足を止めずに走り続ける。
「なぁ、前世の記憶とか、死んだ先がどうなるか分からないヤツってのは死ぬのがそんなに怖いのか」
何気なくそんな事を聞くと、少しだけ間を置いて答えが返ってきた。
「そうね、怖くないといったら嘘になるわ」
それが普通の感覚だと言わんばかりにキングヘイローは冷静に答える。
「でも『死んでも先がある』と確信出来たとしても、易易死のうだなんて私は思わない」
「母親の事が、とんでもなく嫌いでも?」
「当然」
迷いのない即答で返された。キングはそのレベルで毛嫌いしてないだろうが、アオと同じように親を憎んでいる状態まで行ったと想定しての答えだろう。
「むしろ、親に自分の事を認めてもらってない内から逃げる道を選びたくない」
その言葉に一切の揺らぎはない。キングの意志の強さが伝わってくる。
オレとしてもアオに自殺願望があるのならばなんとか止めてやらねばならないし、単に家出するだけだとしても「日を改めろ」と諫めねばならない。アオの話から祖母祖父の元に辿り着くにはちょっと遠出が必要という話し振りだったが、この天候でそれはもはや自殺に等しい。
「さっむ……!」
コートの内側にホッカイロを何枚か張り付けてきたオレでさえ、寒さのあまり歯が鳴るほどの気温だ。牧場がホテルからそんなに離れてない場所じゃなきゃ、辿り着く前に寒さで凍え死ぬ自信があるぞこりゃ。
「ちょっと。他人を助けにいこうとして貴方自身が凍死なんてやらかさないでよ?」
歯がガチガチ音を立てているのがキングヘイローの方にも聞こえたのか、そんな言葉を投げかけられる。
「……さすがにそんな距離じゃねぇよ」
だが距離が延びると分からない。という言葉が出かけたが、心配させるだけなのでやめておいた。
そうして歩いている内に、見覚えのある牧場が見えてきた。まだ朝早いせいか、観光客の見学を受け入れているという様子はなく。おそらく牧場主さん達は牛の世話をしている真っ最中だろう。
しかして、吹雪の中へ目を凝らしてみると個別厩舎から若牛を引っ張り出している影が見えた。アオだ。
慌てて駆け出していきたい気持ちを抑えつつ、ゆっくりと近付いていく。
するとオレの気配に気付いたらしく、アオがこちらを向くのが見えた。
その眼は赤く腫れており、目元には涙の跡があった。泣いていたのだろう。それを思うと胸が痛むと同時に、やはり思いつめているのではないかという考えが浮かんでくる。
「お見送りにきてくれたの?!」
そう言って笑顔になる彼女の声色は、泣き腫らした顔とは不釣り合いに明るかった。
「……出歩くにしたって日を改めろ」
男言葉で叱りつけるような言い方をすれば、彼女はびっくりした顔をしてから、困ったように笑った。
「それはできないよ。だって、明日になったらこの仔が殺されちゃうんだもん」
それを聞いて、オレは思わず顔を顰めてしまう。生き物の命を盾にされた気分だった。
ならば仕返す。
「じゃあお前がそいつを殺すのか?」
そう言うと、目の前の少女はきょとんとした顔でこちらを見つめてくる。まるで意味が分からないと言った様子だ。そんな彼女を見て、さらに続ける。
「お前のお祖母ちゃんやお爺ちゃんの家が1キロ先か2キロ先にあるのか知らないが、防寒着着込んだウマ娘ならともかく――こんな猛吹雪の中を牛が耐え切れると思ってんのか!?」
そう怒鳴りつけると、アオはオレの言いたい事をようやく事を理解したように顔をしてから、考え込むような素振りを取った。
「それは、そうだけど……」
言い淀みながらも反論しようとするアオの言葉を待つ。
「じゃあ、この仔にも防寒着(カーフコート)着せればいいんだよ! ホッカイロもつけてあげてさ……」
「アオ」
オレが呼びかけると、牛に向けていた彼女の視線がこちらに向き、目が合った。
「祖父祖母の元にそいつ連れてったって、なんの解決にもならないって牧場で育ってきたお前なら分かってるだろ? いくらその二人が優しいからって、ほとぼり冷めたら牛ごと牧場に連れ戻されるだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が歪んだように見えた。
アオの様子に少しだけ罪悪感を感じたが、心を鬼にして話を続ける。
「動物ってのは『かわいそう』って感情だけで生かせてやれたら世話ねぇんだよ! そんなの、誰だって生かせるなら生かしたいに決まってら!」
……自分の言葉で前世の境遇まで考えが及んで、頭の中がチリチリする。
「動物一匹の命維持するのにどれだけお金がかかると思ってるんだ!! 素人のオレでも牛一匹天寿まっとうさせるのに数十万以上は掛かるって――」
「700万」
オレが捲し立てていると、アオがぽつりと呟いた。
「……へ?」
「牛の寿命は最大で20年。それまでに掛かる餌代だけで700万」
淡々とした口調で彼女は言う。そしてそのまま、言葉を続ける。
「世話する為の人手だっているだろうし。お医者さんにお世話になったりしたら、もっともっとかかるかもしれないね」
その表情は、どこか悲しげだった。
「知ってるよ。そのくらい。大人になっても牧場で働きたいって、いっぱい勉強したから。分かってるよ。そのくらい。家畜をいちいち天寿をまっとうさせるまで世話していたら、お父さんやお母さん達みたいに牧場をやってる人が真っ先に破綻するって事くらい。そうなったら飼われてた仔たちも、全部殺処分」
アオはそこまで言って、一度言葉を切る。
「それでも大人達はみんな冷酷だから。動物さんが犠牲になってくれる事を悲しみもしない」
そしてまた口を開く。その時の表情は、何かを決意したような表情をしていた。だけど、その瞳は確実に現実を見据えていない。目を逸らしている。
彼女の中に渦巻く感情がなんなのかは分からないが、それが良くないものだという事だけは分かった。
「……うん、『前世が動物』って言ってたあなたには理解してもらえると思ってたけど。あたしの勘違いだったみたい」
アオはオレの表情をじっくりと見てからそんな事をいう。その声はどこまでも平坦で、抑揚がないものだった。
オレはアオの行動が道理に合ってないという事を必死に言い返そうとした。だが、それを表現出来る理路整然とした言葉が見つからない。
――この優しき世界において、皆が冷酷であるものか。
そしてアオはオレとは対照的に、オレの慌てようを見つめながら自分が伝えたい事を短く弾き出した。
オレとアオは同時にそんな言葉を口から吐いて……オレは彼女を引き留めようと、無意識に手を伸ばしていた。
伸ばした手が彼女に届く前に、運悪く突風が吹く。それに視界を塞がれると同時に、目の前から走り出す音がした。
「待て!」
叫んだところで、止まるはずもなく。しばらく経って視界が開いたところで、若牛ごと姿を消していた。
「……クソッ!」
悪態を吐きながら、辺りを見回す。影も形もない。完全に見失った。
もはやどうしようもないのか。牧場主さん達へこの事を伝える事を優先した方が良いのか。
「――ディオスさん。ディオスさん?」
繋げっぱなしだった携帯から、キングヘイローの声が聞こえてくる。慌てて電話口に向かって応答する。
「吹雪で視界塞がれて見失った!」
端的に説明すると、どういう状況がすぐ把握してくれたようで。キングヘイローが冷静に指示を出す声が耳に入る。
「足元を見て」
「足元?」
俺は言われた通りに地面を見やる。吹雪にかき消されかけているが、いくつかの足跡がハッキリとある。
「相手は牛を引き連れているのでしょう。だったら、必ず大きな痕跡が残るはずよ」
そう説明してくれるキングヘイローの声を聞きながら、地面に目を凝らす。
確かに彼女の言った通り、蹄の跡が残っていて。それはアオとオレが昨日出会った山林の方に続いていた。
「……やっぱオレより頭良いなお前」
「当然でしょう? 私は一流なんですから」
そう言って笑うキングヘイローの声が、今はとても頼もしかった。
その後すぐ、オレはアオを追って山林の方へと向かった。
「無理だと思ったら、すぐ戻って大人に伝えなさいよ?」
「わーってる」
そんなやり取りをしながら、駆け足で進んでいく。
相手は牛を引き連れながらだから、遭難どうこうよりもこちらが追い付く方が先だろうと判断はついていた。
「ねぇ、さっきの話で一つ気になったんだけど」
「なぁに? キングちゃん、牛さんがお肉になるって初めて知ったクチ?」
「そんな事も知らないくらい初心じゃないわよ。……そうじゃなくて」
キングヘイローは、いくばくかの間を置いて。慎重に言葉を選びながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「"前世"の場合はどうだったの?」
「…………それ聞いちゃう?」
頭の隅に追いやってた事に質問をぶつけられて、思わずあっけらかんとした返答が口から出た。
「だって、気になるもの」
言外に「そこに自分の扱いも含まれてるんだから」と滲ませつつ、彼女は言った。
「……そうだったやつもいたし、そうじゃないやつもいた」
はっきりいって、前世の世界で競走馬がどれだけいたのかだなんて全体の数なぞ知らぬ。
ただ人間の視点に生まれ変わって分かった事は、それ全てを生かそうとすればアオの言っていたように破綻するという事だ。
「そう」
オレの回答を聞いて、一言だけキングは返す。でもそれだけで終わりたくなくて、オレは言葉を続けた。
「ただ、ハッキリ伝えたい事は……用済みになったら即お別れなんて薄情な関係じゃなかった。前世のお前みたいな活躍したヤツなら、天寿をまっとうするまで世話が続けられたなんて話もよく聞いたし、そうじゃなくてもオレみたいに"走り競う以外の食い扶持"も宛てられてなんとかってヤツも……」
そこまで言ってから、世話してくれてたおっちゃん達や応援してくれた奴らの顔を久々に思い出し。そして、やはり確信が持てた。
「……前世でも、案外オレ達に優しい世界だったよ」
だからこそ――オレはアオとのやり取りの最中で何気なしに『前世で送られた想い』という推論が出てきたのかもしれない。
その事含めてキングヘイローに伝わったかどうか定かではないが。通話越しに聞こえてきた息遣いから察するに、何かしら思うところはあったらしい。
「だったら、なおさらアオって子を引き留めてあげなさい」
諭すような声色で、キングヘイローはオレに言った。
吹雪の中がどれだけ寒かろうが、その言葉に反発する気持ちが起きなかったのは前世の記憶のあるなしに関わらずきっとキングヘイローと同じ想いだったからだろう。
それからしばらく、無言で山道を駆け抜ける事になった。
降りしきる雪の中、時折吹く突風に翻弄されながらもひたすら前へと進む。
「……寒い」
防寒着を纏ってはいるが、それでも体温を奪われる感覚があった。それに吹き付ける雪が容赦なく体力を奪ってくる。
だが、足を止めるわけにはいかない。今ここで立ち止まったら、もう二度と追いつけないような気がしたからだ。
「一応言っておくけど、戻る事も選択肢に入れなさい」
「……」
キングにそう釘を刺されて、一瞬足が止まる。しかしすぐにまた進み始めた。
そうこうしているうちに、開けた場所に出る。不思議と吹雪が和らいで視界を遮るものがなくなり、遠くまで見渡せるようになった。
そして視線の先には、若牛とアオの姿がある。そして彼女が笑顔で見やる先には、優しい笑顔を浮かべる老夫婦の姿。
「おばあちゃん! おじいちゃん!」
感極まった声で、彼女は叫ぶ。その声は間違いなく歓喜に満ちていて。なんとなく察した。あの老人達が彼女の祖父母なのだと。同時に、彼女にとって大切な存在なのだろうとも察せられた。
「…………」
オレは何も言わず、その場から立ち去る事にした。アオが自殺願望を抱いているなどと、酷い思い違いをしていたようだ。
ありゃ、これから死ににいくヤツの表情じゃねぇ。思いのほか、祖父母との距離も近かったみたいだしな。
「やっぱオレお節介のバカ野郎だったわ」
「あら、よかったじゃない」
キングから茶化すようにそう言われつつも、帰路につく足取りは決して重くはなかった。
「……!!」
アオがびっくりしたような笑顔で振り返ってこっちに手を振っていた気がしたが、オレは後ろ手で手を振り返すだけに留めておいた。
「それはそれとして、その地域の御伽噺って本当なのかしらね」
「なにが?」
「ほら、想い合ってる者同士なら雪が降ってる時に呼び寄せられるってやつ」
その言葉を受けて、俺はしばし考える。
確かに、仔細を話している内にそれもキングヘイローに伝えた覚えがある。
とはいえだ。
「そっちは単なるオトギバナシでしょ。雪が降ってる時に外出ないように戒める嘘でたらめ」
「あら、どうして? ウマ娘の生まれ変わりがあるなら、そっちだって本当かもしれないじゃないかしら」
キングヘイローの言い方から察するに、オレが見た老夫婦が天国から会いに来た可能性とかを指摘したいのだろうが。
「だって、呼び寄せられなかったじゃない」
「なにが」
「キングちゃんか、前世のキングヘイローが」
そう言うと、キングヘイローは言葉の意味合いを理解するように間を置いてから言葉を発した。
「なら、単なるオトギバナシね。貴女なら色々な人を大勢呼び寄せそうだし」
「待って、それどういう意味?」
まるで色情魔か何かみたいに言われてるように感じて相手に食ってかかると、微笑むような声が返ってきた。
「別に他意はないけれど。クリスマスプレゼント、楽しみにしてるわね?」
……何かやりこめられたようで、解せぬ。
帰り際、牧場の前を通りかかって何か忘れているような気がした。
「……あ、お土産買う為にお金取って来なきゃ」
ようやく思い出して呟くと、キングヘイローにため息を吐かれた。
神様。
アオちゃんに会う為には、来年はまたここに会いにくればいいのかな。
何故だか分からないけど、彼女にはもう会えない気がするんだ。
……また来年ここに来れば、その時は会えるよね?
絵
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あり
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なし
-
もっともっと胸盛るのだケンイチ