……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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クリスマス・デイ

 

 12月25日はキリストの生誕祭だと聞き及んでいる。

 オレは相変わらず宗教的な事には興味が無い。神様の存在は信じているし、自分の名前が「ディオス()」なのは別に否定もしないが、だからといって信仰深い方ではない。

 しかしまあそういうオレでも祝う文化もあるわけで。

 

『メリークリスマス! 今日の午後1時のニュースをお送りします』

 飛行機で無事に帰ってきたオレ達を自宅で出迎えるのは、テレビ画面の中でサンタ衣装を着たアナウンサーの姿。

 やたら露出度が高いその衣装に父ちゃんが鼻の下を伸ばして、母ちゃんが【鋭い眼光】と【独占力】とデバフ掛けてたとかいうやり取りはさておき。

 今日はクリスマス。どこもかしこも、お祝いムードである。街中ではイルミネーションやら何やらで飾られ、家族連れやカップルなんかが楽しそうに歩いていた帰り道の光景を思い返しながら、オレも窓の外を眺めてみる。

 外は雪こそ降っていないものの、冷たい風が頬を撫でて寒さを感じさせる気温だった。

 そんな季節の中、オレはというとリビングにあるコタツに入って暖を取っていた。いやもうマジで寒いわ今日。

「ディオスは誰かとデートしてきたりしないの?」

 デバフを振りまいている母ちゃんが不意にそんな事を聞いてくる。

「私にそんな相手いると思う?」

 オレは目を細めて、思わず素っ気ない言葉を返した。

「ほら、キングちゃんとか」

「女の子同士だからデートじゃない」

 これから土産物を持っていくつもりだったが、彼女との仲を恋愛事のように茶化されるのは面白くない。

 あまりムキになって否定するのも子供っぽいので、旅行土産を抱えて早々に家から出発する事にした。

「あら、家で休まないの?」

「今日中の方がいいでしょ」

 母の問い掛けにそう答えて玄関に向かって外に出た途端、刺すような冷気に晒される。防寒対策は万全だったが、それでも凍えそうな程に寒く感じた。

「……北海道よりマシとはいえ、寒いのは慣れん」

 目的地に辿り着く前に、体が冷え切ってしまいそうだ。足早に自宅から離れようとすると、門の前で見知った顔が佇んでいるのが見えた。

 それは猫目のヤツだった。彼女は白い息を吐きながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 その姿は普段の印象とは打って変わって、どこか儚げで。少し桃色がかった銀色のツインテールが雪風に靡いて揺れているサマが妙に絵になっていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――……こういう目線でじっくり見る機会もなかったけど、この子もこの子で美人なんだよなぁ……。

 

 そんな事を思って眺めてみるが、流石にジロジロ見過ぎてしまったのか気付かれてしまう。

 すると彼女は少し不機嫌そうな、あるいは心配するような顔でこっちを睨んできた。

「ディオスちゃん……男の子に興味が無いと思ってたら、やっぱり……」

 そんな事を開口一番にそう言ってくる彼女に対して、とりあえず弁明しておくことにする。

「むしろ私達の学年だと女の子同士で仲良くしている事の方が多いよ」

 その言葉に、猫目は顔を真っ赤にして目を白黒とさせていた。「ま、まさかキングちゃんも……!?」などと独り言を言ってるが、オレはもう知らん。

「はい、クリスマスプレゼント」

 これ以上ソッチ方面の誤解をされても困るので、さっさと話題を変える為に持っていた紙袋を渡すことにした。土産物には無難な名産品である。中身はお菓子の詰め合わせだ。

 ……猫目が更に顔を赤くする。

 

「わ、私はボブヘアちゃんという心に決めた相手が……!!」

何を言ってるんだお前は

 

 なんか聞いてはいけない事を聞いた気がしたが、それはそれとしてそういう事ではないと数分かけて説明して納得させた。

「なんだ、てっきりそういう意味かと……」

 本気でホッとしたように胸を撫で下ろす彼女に呆れてしまう。

「あなたってそこまでおマセさんだったっけ?」

 茶化すようにそれを聞いた瞬間、彼女はビクッと身体を震わせた。そしてしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

「だ、だって男の子たちがキングちゃんにプレゼントあげたいって言――」

 

 そこで猫目ちゃんの言葉は途切れた。

 

「で?」

 続きを促す言葉は、何故かドスの効いた声色になってしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 目の前の少女は涙目になりながら、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。

 その姿を見ていると、なんだかこちらが虐めているような気分になってきた。

 いや、別に、オレはこの子を責めたい訳ではないのだ。

「いや、こっちこそごめん。その、猫目ちゃんのお話にすごく興味が惹かれたの」

 猫目はオレの顔を伺いながらも、仔細を話し始めた。

 

 きっかけは、とても些細なものだった。

 キングやオレが四年生になってから男子グループ女子グループに別れて行動するようになってからというもの、休み時間とか放課後に遊ぶ機会が少なくなっていたのは以前知る通り。

 だから冬休みに入って「久しぶりに一緒に遊ぼうぜー」みたいなノリで絡んできた男子がいたのだとか。

 いや、まぁ、それ自体は別に普通の事だと思う。性別関係なく親しかった子もいたんだし。

 ……ただ、まぁ、男女混合で雪合戦をしてた際に。雪玉の中に石を混ぜてくる悪いやつも居て。さすがに女の子相手には向けなかったものの、男の子同士でぶつけて怪我をさせたんだと。

 結果、額を切る流血沙汰。大きな傷ではなかったが、頭ってのは切ると血がいっぱい出るもんだ。それで、相手の子が泣き出してしまって、その場が大騒ぎになってしまったと。

 男子達はやらかしてしまった事への罪悪感やら、血への恐怖やらで何も言えずに立ち竦んでしまったりだとか。

「ほら、傷みせて」

 だが運動を好むキングヘイローにとってその程度の傷は手慣れたものだ。いつも持ち歩いている間に合わせの救急セットで処置を施す程度なら造作もなかった。

 傷の深さを見て、血を拭い、消毒をし、止血をし、包帯を巻く。看護師もかくやと言わんばかりの手際の良さだったろう。

「これでよしっと……うん、綺麗に治るわよ」

 そう告げる彼女の言葉に対し、男子達は皆呆けたような表情をしていた。それは感謝の意を伝えるものでもあったが、それ以上に目の前で起きた出来事に対する驚きの方が大きかったようだ。

 そんな彼らの様子を見て、キングヘイローは真剣な眼で言いつけた。

「石なんて混ぜたら絶対にダメよ!! こんな風に怪我をさせちゃうんだから! 分かった?!」

 その言葉を聞くと、彼らは一様に頷いた。彼らが反省した様子を見て納得して頷く。

「よろしい。じゃあ、雪合戦はやめにしてどちらが大きな雪だるまを作れるか競争にしましょうか?」

 キングは満足げに優しい笑みを浮かべた。

 ――そして、それがキングヘイローが彼らの中で憧れの存在となった瞬間だった。

 

「キングちゃんらしいファンの増やし方」

 不貞腐れた感想が出た。いや、キングヘイローのやってる事はとても立派だと思うしアイツに対しては何ら不満は無い。無いが、無いんだが。

「私達の中で、一人だけ男の子と恋愛っけがあるのって寂しいよね……」

 猫目がオレの言いたい事をものの見事に代弁してくれた。その言葉には同意せざるを得ない。

「でも男の子の気持ちも分かる」

「そうだねぇ、私達もキングちゃんの人柄に惹かれたクチだし……」

 オレの言葉に相槌を打つように猫目は呟く。猫目の言葉に、オレも否定せずに頷いた。

 なんだかんだ言ってはいるが、結局のところあのお嬢様は面倒見がいいのだ。それも特定の誰かに対してではなく、大勢に対して。

 だからこそ、キングヘイローに惹かれてしまうのだろう。性別の差があれど遅かれ早かれ、という話にすぎない。

「前に『仲の良いクラスメイトからラブレター貰ったらOKするかどうか』って話をキングちゃんとしたんだけどさ」

 ふと思い出した話題を振ってみる事にした。すると猫目も興味深そうに視線を送ってくる。

「……どういう反応だった?」

「『するかもしれない』って」

 その言葉を言った瞬間、思わずため息が出そうになった。猫目の方は盛大にため息を吐いてる。

 今のご時世、小学生で恋人がいるのも珍しくはないらしい。

 キングヘイローも、いずれはそういう人が出てきても何らおかしくないとは思うが。

「……つまり今日は、まぁ、男子ーズにとって絶好の攻め時ってヤツなんでしょう」

 

 猫目とオレ達は街をあてもなく出歩く事にした。傷心、といっていいかどうか微妙だが。とにかくそんな気分を紛らわす為である。

「ディオスちゃん。キングちゃんのところ行かなくていいの?」

「後でいいでしょ。どうせ……他の人達に引っ張りだこだろうし」

 正確にいえば、キングちゃん目当てでプレゼントを渡しに来ている男子達とは鉢合わせしたくない。

 実のところ四年生になって男女グループが別々に遊んでいるのは感覚的に分からなかった側だけど、今日になってハッキリ理解した。

 

 ただあてもなくぶらつくにしても子供の私達にとって遊べる場所なんて限られていて、結局はゲームセンターくらいに行くしかなかった。

「クリスマスに何やってるんだろうね。私達……」

「言わないでよ……」

 店内に入れば、どこを見てもサンタ衣装に身を包んだ店員達が忙しそうに働いている。中にはトナカイの角をつけて接客してる人も居た。

 クリスマスムード真っ盛りって感じで、カップルなんかで一緒に遊べるゲーム筐体で遊んでいるのをちらほらと見かける。

 クリスマスで興が乗っているのか、ゲームで高得点を取って人前を憚らず……キス……だとか。

 その様子を横目にしつつ、私達はいつも遊んでいるクレーンゲームの方へ足を運んだ。

 

「あ、ありえないわ!! 掴み方も完璧だったのに!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 クリスマスムード一色の中、本日の目玉商品が入ってるクレーンゲーム機のガラスに頬を張り付けている一流のキングヘイローさん。

 ……なんだってキングちゃんがクリスマスにゲームセンターなんかにいるんですかね、神様。

 サンタ衣装の巨大ぱかプチが取れなくてムキになって500円玉を投入している彼女を見て頭を抱えたくなったが、同時に安堵した自分がいた。猫目も表情を見るに、同じ心境のようだ。

 とりあえず声を掛けようかどうか迷ったが、男の子とデートだっていう可能性も考えてプレイが終わるまで私達は二人して『後方腕組彼氏面』というやつを試みた。

「むむむ……」

 キングちゃんはガラス張りになっている筐体の中に目を凝らしながらアームを操作するものの、全くもって吊り上げられそうな気配が無い。むしろ空回りして何度もアームの爪が空を切っていくばかりだ。

 その様子を誰かが茶化す様子もなければ、応援している様子もない。ただ一人で奮闘するキングちゃんがいるだけだ。

 そうこうしている内に、500円分の回数があっという間に消費されていく。

「ぐぬぬぬ……」

 いい加減諦めればいいものをと思いながらキングちゃんの百面相を眺めていた。傍から見ると面白い顔に見えるかもしれない。キラキラした目で喜んでたかと思えば、あんぐりした表情で蒼褪めてたり。普段付き合いでもあぁいう感じに表情変えてくれる時があるから見てて飽きない。蒼褪めたキングちゃんのお顔からしか取れない栄養素がある。

「………………」

「その調子だと一万円使っても取れないよ?」

 お財布からまた五百円を取り出そうとしたところで、さすがに見かねて声をかけた。

 振り返った彼女の目尻には僅かに涙が浮かんでおり、相当苦戦していたようだ。

「あら、あなたたち……」

 私が声をかけて初めて私達の存在に気づいたようで、驚いた表情をした後に気まずそうにそっぽを向かれた。

「期間限定の大物なんて狙うもんじゃないよ」

「……誰かさんが喜ぶかと思って……」

 キングちゃんの傍にあるクレーンを覗き込みながら私が呟くと、キングちゃんも何事か呟いていた。

 ともかく彼女が欲しいと言っていた限定ぱかプチはクレーンゲームの景品の中では一際大きいものだった。取るのは難しいだろうと踏んでいたのだが案の定だったみたいだ。

 キングちゃんもそれを分かっているからか、私と視線を合わせようとせず俯いているだけだった。

 こういうケースの中の景品って、取れそうで取れないようになってるから余計タチが悪いのだ。だからこそ人気も高いのだけれども。

「キングちゃん。てっきり男の子侍らせてパーティーをしてるかと……」

「は?」

 猫目の方がそんな事を言えば、キングの方もまた口をあんぐりとさせていた。

「家人がいないのに、パーティーなんて開けるわけないじゃない」

 その言葉に私と猫目はびっくりする。母親はともかく父親も使用人も居ないのかと。

「家に誰も居ないの?」

「……使用人さんだってこういう日にお休みくらい貰いたいだろうし、土曜日曜じゃなければ昼間なんてそんなものよ」

 言われてみれば、まぁ、そうだけど。とはいえクリスマスくらいはそんな境遇とは無縁と思っていたものだから意外ではある。

 男友達がこぞってデートにでも誘ってるもんかと思ったが、まぁ、そこらへんに踏み込むのは小学四年生男子に酷か。

 そういえば、と私は思い出したように持っていた袋をキングちゃんへ向ける。

「はい、約束のお土産。クリスマスプレゼント」

 そう言って渡したのは、牧場で買ったバタークッキーの箱である。美味しかったからたぶん気に入ってくれるはず。

「あ、ありがとう……」

 照れ臭そうに私からのプレゼントを受け取る彼女を見ていると、なんだかまた安堵の気持ちが浮かんできた。

 

「や、やっぱりディオスちゃん男の子に興味ないと思ったら……」

「猫目ちゃん、もうソッチ方面に取り付けようとするのはいいから……」

 

 とりあえずカップルで賑わっているゲームセンターからは退散して、ボブヘアの子とも合流して商店街へとやってきた私達四人。

「……結局いつもの女子グループで集まってる方が色々と気が楽だわ」

 私の横を歩きながらボソッと呟くキングヘイロー。

「……人前でキスするお兄さんやお姉さんたち視界に入れてたら目の毒だよ。猫目ちゃんなんてソレ見てるだけで顔真っ赤になってたし」

 ボブヘアの子が私のあげたお菓子を食みながら、猫目ちゃんの方に「どんな感じだった?」とか興味深そうに聞いている。猫目が先に口走った事を鑑みると、あれが冗談でなければこの子達もこの子達で大概だ。

「ディオスちゃんだってキングちゃんが男の子にモテモテだって話した時は怒ってたじゃない!!」

 流れ矢が飛んできた。誤解を生む言い方はしないでほしい。別に私が怒り狂っていた訳ではない。ただ、その話題が出た時に思いのほか声を低く出してしまっただけで。

「あら、そうなの?」

 そら見た事か。面白いモノを見つけたような眼でキングヘイローが私の方を見てくるではないか。その視線から逃げるように視線を逸らしつつ、私は咳払いをして話題を変えることにした。どうせ掘り下げたところでろくな展開にはならないし。

「キングちゃんのお母さんとお父さん。夜になったら帰ってくるんでしょ?」

「えぇ、まぁ。……私はその時には寝てるかもしれないけど」

 キングちゃんがそんな事を言うのが少し落ち込んだ風に見えたから、私はそれなら名案だといわんばかりに少し誇らしい表情を取り繕った。

 

「だったらさ、一つ提案なんだけど。クリスマスケーキっての作ってみない?」

 

 携帯電話で両親に許可を取ってから皆で私の家に集まると、さっそくキッチンでそれぞれがエプロンを身にまとった。

「思い切って買いすぎちゃったから助かるわぁ~」

 まぁ北海道旅行ではっちゃけすぎて余った材料を消費したい母ちゃんの願望も混ざっていたが、毎年クリスマスプレゼントをくれている母親父親に今年は逆にクリスマスプレゼントを与えるというのも乙だろう。

「……まったく、親孝行ぶっておきながらディオスさんが家庭科を教わりたいというのが本音でしょう?」

 そうともいう。

「でもキングちゃんなら、クリスマスケーキくらい作れるかと思って……なんたって『一流』なんだし」

 そういうと、彼女の耳がピクリと動いた。

「きっとキングちゃんが作ったケーキは、とってもおいしいんだろうね」

「……と、当然よ。一流たる者、あらゆる技術を身に着けて然るべきなんだから」

 彼女はそういって自信満々に胸を張ってみせる。用意したケーキ造りのレシピ本を険しい顔で読み込み始めた。

 長い付き合いを続けていて気付いてはいるが……実際のところ、彼女が料理作りにおいて特別秀でているという事はなく。ただ、何事もこうやって「一流であって然るべき」という姿勢で学んでいるのが自分と彼女で違うところなのだろうと思う。その結果として、卵焼き一人で作れるようになっているんだし。私は相変わらずダークマター生成器だ。

「わからないところはおばさんと一緒にやろうね~」

 母ちゃんがそんな事をキングや猫目たちに言う。キング以外の者達の手つきが覚束無いのはご愛敬。こちとら小学生だ。

 

「えぇっと、グラニュー糖を……グラム……」

 細かい計量などは全てキングヘイローが行い、その後ろで母ちゃんが「キングちゃんはすごいわねぇ~」などと褒め囃している。

 ボブヘアの子や猫目ちゃんはグラムの単位とかまだ習ってないからどうしようもないし、自慢ではないが私も間違える自信がある。

 ともなれば材料の計測は必然的に彼女の領分になるわけで。準備段階の大半を彼女がこなしているわけである。

「…………そ、そうですか?」

 あんまり他人の保護者から褒められ慣れてないのか、頬を朱色に染めつつも嬉しそうな表情を見せるキング。こういうところでも表情をころころ変えているのが面白い。その様子を三人でニヨニヨしながら見守ってたら、さすがに「いい御身分ね?」と睨まれた。

 

 そして迎えた調理開始。まず私が生クリームを泡立てる。

 ボブヘアの子と猫目ちゃんが大人の監督の下にスポンジケーキを焼いているので、その生地に塗りつけるためのクリームを作らねばならない。

 これがなかなか難しい作業だった。生クリームは混ぜるのに要領がいるし、しっちゃかめっちゃかにすればいいわけでもない。ただ無心でシャカシャカすればいいというわけではないらしい。中々上手くいかなくて腕が疲れてしまった。

 対して、横で同じように生クリームをかき混ぜるキングヘイローだが……既にコツを掴んでいるようで、手際がいい。クリーム状になっているのは流石だと思う。

「当然よ。一流なのだから」

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして胸を張るキング。うん、相変わらず見ていて可愛い。

「……何。その顔は?」

 しかしそれを口に出したら不機嫌になりそうなので黙っておくことにする。

「焼けたよ~」

「あ、あっちにクリームもってこっか!」

 ちょうどよくケーキが焼きあがってくれたので、話題を逸らした。

 

 焼き上がったケーキから粗熱を取るとかよく分からん作業もこなして、ようやくクリームを塗りたくり。イチゴも添えて。さて、完成だ

「私達とキングの力を合わせて作った特製手作りケーキの完成だ!!」

「大半はキングちゃんとおばさんの成果だけど~……」

 ボブヘアの子と猫目ちゃんが苦笑いする通り、二人の功績が大きいのだが。まぁ、クッキーの時みたいにちゃんと練習になってるから大進歩だ。

 皆でワイワイと騒いで完成した時は達成感があったし、楽しかった。何より出来上がったものを皆で食べるという行為そのものが私にとっては楽しい時間だった。

「それじゃあ、余ったモノは各自のお父さんお母さんにプレゼントしてあげてね~」

「は~い!」

「はーい!」

 ボブヘアと猫目が元気よく返事をする中、キングの表情は微妙なものだった。

「まさか『お母さまにはあげたくない』とか言い出さないよね」

 私がそんな事を言えば、彼女の方は「心外だ」という風に少し表情をむくらせた。

「そんな事はないわよ。ただ……」

 彼女の視線はずっとケーキに注がれている。

「……口に合わないで捨てるなんてされなきゃいいな、とかね」

 幼稚園の運動会の事を思い返せば、彼女の母親はそんな人柄でないだろうと見当がつくものの。彼女視点からは相変わらず母親が理解できないのか、どこか複雑そうな表情をしている。

「前々から思ってたけど、キングちゃんのお母さんってそこまで酷い人じゃないと思うんだけどなぁ……」

 本心からそう思ったから言ったまでだが、彼女はこちらの顔を見つめてきた。

「あら、貴女までお母さまの味方をするとは思わなかったわ。ずっと私の味方だと思ってたのに」

 微笑みながら冗談交じりの皮肉を言ってくるものだから、オレも苦笑したものか諫め続けたものかと悩んだ。

 オレにとってのキングは『頭が良いヤツ』という印象だから、どこまで把握しているのか本当によく分からぬ。全部知ってた上でコレなのか。知らぬ上ですれ違ってるのか。それとも……。

 

「ディオスちゃんも描くっ?」

「はいこれー!」

 

 ボブヘアと猫目からホワイトチョコレートで作られたプレートを手渡され、そこに何か書くよう促された。

「……あー、メッセージカード?」

 チョコペンで贈り先に対するねぎらいを書くという事だろう。

 確かにこういうのは記念にもなるし喜ばれるだろうなと思う反面、気恥ずかしさもある。

「あら、お母さんに何を描いてくれるのかしら?」

 特に、贈る先が真横にいるのだから。えぇ。あと皆にもそれ曝すのもやだ。

「お母さんが食べる時に書いてあげる」

 そんな事を言ってキングにチョコペンとプレートを押し付けた。

「え、私が?」

「せっかくだから使うでしょ? お父さんとお母さんにあげるんだし。帰ってくるときには寝ちゃってるかもって言ってたし」

 もっともらしい事を言いながら誤魔化しつつ、半ば強引に手渡す。

 渋々、と言った顔で受け取るキングヘイロー。お父様への贈り言葉は「お父様へ。お仕事頑張ってくれてありがとう」と、特に抵抗のない様子で描いていたが。お母様に贈る言葉ともなれば、ずいぶん思い悩んだ表情をしていた。

「『たまにはお家で料理作って欲しい』とでも描く?」

「いい案ね。それ」

 私の提案を受けて、キングちゃんは『その案通りに描いた』という素振りでチョコレートプレートを覆い隠す。

「ちょっと、見ないでよ」

 覗き込もうとしたら怒られてしまった。その態度でなんて描いたのか大体わかってしまった。

 

 それぞれが作ったケーキを家に持ち帰って、それぞれの家庭でクリスマスの聖夜をすごす。

「結局のところ。キングちゃんはクリスマスは男の子と過ごしたりしないんだね」

 キングちゃんは家で一人と聞いていたから、私は彼女の携帯に電話をかけていた。

 私の質問に対して彼女は冷静に答える。

『そんなお相手いないでしょう。お互い』

 挑発に乗ってなるものかという慎ましやかな態度だが、クラスメイトの男の子たち何人かが恋焦がれているであろうことを伝えたら慌てるだろうか。

 …………想像しただけでわりとムカムカしてきたので考えるのをやめた。

「だからってクレーンゲームで浪費なんてしないようにね。いくら、あのウマ娘さんがカッコイイからって。そりゃ、私も大ファンだけどさ」

 そういうと、しばらく沈黙が流れた。そして、電話口から聞こえるため息。

「……まさか誰かにあげようとしてたとかじゃないよね」

 男の子の話題を出した手前だったので、嫌な想像に動悸がしてきた。

 対してキングヘイローは、不貞腐れたような声で答える。

『べつに。100円で取ってあげたって自慢したら、ディオスさんが大喜びするかと思って。クリスマスプレゼントにもなるし』

 

 …………。

「~~……ッッ」

 理解して、自分の言葉を思い返して、変な声が漏れ出そうになって下唇を噛んだ。

「……ショップで売ってる小さいヤツでも貰えたら大喜びしますから……」

『なぁに? 聞こえない』

 相変わらず不貞腐れた声だが、電話の向こうではニヤニヤ笑ってるに違いない。ちくしょう。今回に限ってはオレが悪いんだ。オレが。

 

「……前世でも、キングの母ちゃんは凄い奴だったよ」

 話題逸らしも兼ねて、彼女にそう告げた。

 人間がだいぶ話題にしていたから、オレでも知っているレベルだった。

『……あら。だったらもしかしたら、前世でもお母さまは「お母さま」だったのかしらね』

 彼女はポツリと呟く。

『前世のお母さまなら子供の面倒をちゃんと見てたりする?』

 どこか寂しそうな声で期待するように言われたが、オレは否定するように応えた。

「母親からどう扱われてたなんてのはそれぞれだと思うが。産まれて数か月でそれぞれレースの立身出世の開始。そっから母親とは一生離れ離れ。余生を同じ場所で暮らす例も一応あったみたいだけど」

 それはやはり寂しい事だと彼女も思うようで、沈んだ声が返ってくる。

『……ディオスさんも?』

「……まぁ、そうだったな」

 前世の母親については、もうすでに遠い遠い存在。どんな馬だったのか、顔すらも朧気だ。もちろん、恨んではない。むしろ恋しい。

 だから、せめてキングにも母親というのがそう悪い存在ではないのだと意識させたかった。

『今のお母さんと違うのよね?』

「そりゃあ、もちろん。ウチの母ちゃんは人間だしな」

 キングもオレの前世の母親に興味が沸いたのだろうか、立て続けに聞いてきた。

『前世のディオスさんのお母さまは、どんな人だった?」

「そうだな、確か――」

 オレもそれに応じるが、母親の事は正直、あまり覚えてはいない。

 ただただ、オレに優しかった記憶だけがぼんやりと残っているだけだ。あとは人間が、オレに言い聞かせるように話題にしていた記憶だけ。

「……優しい人だったよ。あと、母ちゃんの祖父……曾祖父だな。が、とんでもない活躍をしたとかなんとかで、オレも期待されてた」

 期待されつつも、一回も一着を取れなかったのだから泣けてくるが。

『もしかしたら、そのお母さまや、ひい爺様は生まれ変わってるかもしれないわよ? 名前は覚えていない?』

「……ひい爺ちゃんの名前までは正確に覚えてねぇよ。一回だって顔見た事ねぇんだぜ?」

 しかしキングヘイローの言う通り巡り合う可能性はあるのだから否定はできない。

「……まぁ母ちゃんや祖母の名前なら覚えてる。どっかでこれと同じ名前のウマ娘に会ったら、教えてくれないか?」

『えぇ、構わなくてよ。それで。どんなお名前だったのかしら?』

「そうだな。母ちゃんはワイルドツバサ――祖母ちゃんはひい祖父ちゃんの名前にあやかった名前らしいが、確か……」

 祖母の名前を思い返し、口にする。

 

 

ミス・マルゼンスキー(Miss Maruzensky)

 

 

 いつかその名前が縁を繋いでくれる事を信じて。

 

 

 

「ディオス~。ケーキ食べるからチョコでお絵かきしてくれないかな~♪」

 電話を終えた直後、そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。

 母ちゃんがいまかいまかと待ちわびていたらしい。うん、母ちゃんだけに見せるとはいえ面映ゆい。

 テーブルに向かって、チョコレートペンを手に持つ。

「なに書いてくれるのかな~?」

 ニコニコと微笑みながら、母親が聞いてくる。

 オレは、少し頬が熱くなりながらもチョコで字を描く。

 

『お母さんへいつもお料理お疲れ様』

 

「ありがとうー……でも、料理となると相変わらずあんまり上手じゃないわね」

 酷い言いようだな母ちゃん。確かに、蛇がのたくったような文字で書いてしまったが。

「……こんなもんじゃないの。一流の誰かさんは『お母さまへ。いつもお仕事お疲れ様』って書いてたし」

「あら、私もちょっと心配してたけれど……案外、大丈夫そうね?」

 そういうと母は笑った。

 母親達の考えてる事は、やはり子供達にとってよく分からん。

 

 

 神様。いつかオレ達にも母ちゃんたちと心通わせる日が来てくれるかね? なぁ。




2023/4/22追記:血縁関係の描写微妙に変更。
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