ディオスはセイウンスカイに対して
彼女に抱いた初恋が忘れたい事だと肯定する
なんとなくだが、正直に話した方が良い気がした。
下手に隠すよりかは誠実だろう。傷つけないように言葉も選べばいい。
そう思って、オレはセイウンスカイに顔を向けないまま口を開いた。
「あぁ、そうだ」
それを聞いて、背後の彼女はどう思っただろう。
正直、分からない。たぶんニヤケ面か、つまらなそうな顔をしているのかと思うが。
――ジジジジ。
しばらくそのまま無言の時間が流れた。調子の悪そうに明滅を繰り返す街灯の音がやけに五月蠅く聞こえる気がした。
「そっか」
ややあって返ってきた言葉は、思ったより淡白なものだった。
だがセイウンスカイがゆっくりと近づいてくる気配がしたのが分かった。
何をされるのかと不安に思い、反射的に振り返ると――眼の前に真剣な表情をしたセイウンスカイの顔があった。
「近い」
そう言って思わず顔を背けるが、彼女の表情は変わらない。
ただ真っすぐとオレの横顔を見つめ続けている。オレは何か言おうとして口を開くが、何も言えず口を閉じた。
「うーん……どう答えた方がいいんだろうね?」
「何が」
主語が足りない質問されても、オレに分かるわけがないだろうと言いたげな顔を見せつけて、続きの言葉を待つ。
「ディオスちゃんからはどうか知らないけどさ、今日出会ってから今に至るまでの行動、私から見たらまるで……」
そこまで言うと、セイウンスカイは一旦言葉を区切る。その表情にはいつものおちゃらけた様子はなく、何かを言いかけてはやめるような、そんなもどかしい様子だった。
そんな様子の彼女を見ながら、続くであろう言葉を待つ。その意図が伝わったのか、セイウンスカイは意を決したように口を開いた。
「その、忘れたいとかいってるのも含めてディオスちゃんが好きな子に告白する流れみたいじゃん?」
その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要した。理解してなお理解できず固まった。
やがてその意味を理解し、その意味を噛み砕き、咀嚼しきると、自分の顔に血が上ってくるのを感じた。頬が熱い、顔全体が熱を帯びていくのを感じる。
「やっぱ返せ」
そもそもクリスマスプレゼントにアクセサリーを渡そうとしたのが悪い。小箱を持った右手を掴んで奪い返そうとするが、もう片方の手でひょいと上に持ち上げられて、オレの手から逃れられる。
「いやいや、せっかくのプレゼントを返すってのは失礼だしさ~」
そう言いながら、彼女は笑っている。オレは思わず下唇を噛んだ。
「でも、もしそうだったら、"忘れたい"って言われるのはちょっと寂しいかな?」
それは、普段のふざけた声色とは違う、真面目なトーンだった。
「ハッ!! オレが望めば男役でもやってくれるってか!?」
早くこの手の話を終わりたくて強気でそう吐き捨てたが、その言葉には凄味がない事を自分で理解している。
「うん」
対して、セイウンスカイはいつものように笑って頷いた。いつも通りの表情である事に安堵と不安を覚える。それが何なのか自分でも良く分からない。
「で、実際のところどうなの? クリスマスだから告白ってヤツ? それとも単に過去の思い違いの謝罪?」
まっすぐに見つめてくる彼女の瞳に映る自分の表情は複雑怪奇に歪んでいるように見えた。こんな情けない顔を他人に見せたのは初めてかもしれない。キング相手にも、たぶん無い。
セイウンスカイから顔を逸らして夜空を見上げる。星は見えない、分厚い雲に覆われた夜空を見上げる。
オレの好きな星が見える夜の晴れ空は何処だ。今すぐ、忘れさせてくれたっていいだろう?
「……さぁね、どうだろーな」
私は精一杯の虚勢を張ってはぐらかすように言ったつもりだったけど、その声は震えていた。そして、それを聞いたセイウンスカイの口角が少し上がった気がした。見透かされているのかもしれないが、それを問いただすような勇気はなかった。
「ま、どっちでもいいんだけどさ。とりあえず、ありがとね。これ、大事にするから」
そう言ってセイウンスカイは、手に持つ小箱をそっと揺らした。その中には髪飾りが入っている。
オレは押し黙ったまま踵を返して帰ろうとした。これ以上話す事はない。というか、話したくないし、会話にすらならないと思うからだ。
だけど、その意に反して急に手を握られて引き止められた。
「家まで送ってくよ。女の子一人で危ないでしょ」
お前も立派な女の子だろうと反論したかったが、開いた口から音が全く出なかった。
「……そもそも、なんでこんな夜に一人で?」
私は彼女に手を引かれながら問いかける。純粋単純に、夜更けを同年代の女の子が出歩いている事に心配な気持ちもあった。
私の問いかけに、彼女は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて答える。
「ほら、ディオスちゃんやキングちゃんがよく走る練習してるように、私もよく走る練習してるんだよ」
「あぁ、それは知ってる」
「で、思いっきり走った後って眠気が来ない? その眠気に任せてさ、冬の薄い日光の微妙な暖かさに身を委ねて、芝生の上で眠りこけるのが、また最高なんだよね~」
……つまり昼寝してたら夜の時間帯になった、と?
「5時6時までならともかく、こんな時間になるまで昼寝? 夜寝……? はさすがに危ないだろう!!」
心配のあまり恥ずかしさも吹き飛んで、大声で叱りつけた。すると彼女はまた申し訳なさそうに耳をへたりと垂れさせた。
「ごめんごめん……いやー、携帯で目覚まし設定しておいたつもりなんだけど、まさか電池切れするだなんて……」
そんな彼女の様子を見て、すぐに怒り過ぎたと思った私は、声のトーンを少し抑えつつ、言い聞かせるように言う。
「今度からはちゃんと気をつけた方がいい……」
その言葉を聞き届けると、彼女は反省したように小さく頷く。
「そうだね、ごめん。お父さんもお母さんも心配させてるだろうし……」
それからお互いに無言でしばらく歩いた。辺りはすっかり真っ暗になっていた。相変わらず街灯のおかげでかろうじて道が見える程度だ。
ふと、彼女は思いついたように口を開いた。
「私の前で男言葉使うっていう約束、やっぱ取り消していいかな」
「は? なんで?」
急な言葉に思わず聞き返す。しかし相手は飄々とした態度で言葉を返してきた。
「いや~、別に深い意味は無いんだけど。ディオスちゃんの好きな方でいいよ」
その言葉を聞きながらも私は釈然としないながらも頷く。
今となっては確かにどちらでも大差ないが、好きな方でいいと言われればそれはそれで気が楽だった。
「……それじゃあ、これからよろしくね」
セイウンスカイはいつも通りの調子に戻って笑う。
何故か、握っている手がぎゅっと強く、それでいて優しく握られた気がした。
……なにかそこに特別な意図を感じたが、それは私の気の所為だろう。
*
セイウンスカイとの件で、大いに驚かされたのは数日後の事だ。
年末最後の練習という事で、キングらいつものメンバーやセイウンスカイ、その他友人のウマ娘も交えて盛大な合同練習としゃれこもうとしたのだが。
「……あら、セイウンスカイさん。髪、そんなに短くしたの?」
出会って開口一番、キングが少し驚いたように目を見開いてセイウンスカイの髪型を指摘する。
その言葉につられてオレも彼女の髪型を一瞥する。
セミロングだった長めの髪が、ショートヘアといえるほどバッサリ切ってしまっていたのだ。
「そうだよー。いやー、やっぱり長いと手入れとか大変だしね~」
当の本人はあっけらかんとしている。短い髪の毛先をいじって遊んでいた。
実に彼女らしい理由だと、キングもオレも呆れたように納得するしかない。
そのさなかセイウンスカイはオレの視線に気が付いたのか、こちらを向いて笑いかけてきた。
「……似合う?」
からかうような調子だが、どこか試すようにも感じる。
彼女のボーイッシュな魅力もあって、似合わないというわけではない。むしろなかなか似合う方ではないか。
「うん、似合ってるよ。長い方も好きだったけど、短いのもとっても可愛らしくて……」
オレは素直にそう答えた。それを聞いた彼女は嬉しそうに目を細める。その表情は何処かいつもの笑顔と違う印象を受けた。
「それじゃあー、一緒に練習がんばりましょーか。ほどほどに」
そのまま、セイウンスカイはオレの手を握ってきた。猫目のヤツが、それを見てぎょっと反応する。
「ディオスちゃん、やっぱり……」
「なんでもかんでもそっちに結びつけるな」
軽く笑いながらそう言って、キングにもオレの意見に同調を求めるように視線を送る。
しかし、予想外にもキングは明後日の方向を眺めていた。
その様子は普段の彼女とは別人のようだ。まるで面白くないものを目の前にしているような……。
「ねぇ、キングちゃんもそう思うでしょう?」
オレは大袈裟にカラカラと笑いながら、訊ねてみる。
「知らない」
即答。キングからそんな答えが返ってくるとは思わなかった。彼女はそのまま、一足先に練習に入って走り去っていく。
「あ、ちょ……!」
呼び止める暇もなく彼女は視界から消えてしまった。慌てて後を追おうとするが、手を握られている事を思い出してすぐ止まる。
「……キングちゃん、なんであんな不機嫌なのか理由分かる?」
何も分からないのでその気持ちを表情に現しながらセイウンスカイに聞くと、今度は彼女がきょとんとした表情を見せた。それから、彼女もオレの手を離してきた。
「さぁね~、分かんないや」
はぐらかすようにして笑いながら、彼女も走り去っていく。
「ディオスちゃん。そんなに失言連打しなくても……」
猫目から大真面目な顔で諌められる。周囲のウマ娘からも、似たような事を言われて慰められたり叱られたりした。
何故そんな事になったのかはオレは全く分からない。
……おい、神様。おかしいぞ。
アンタの天啓に従ったというのに、これは一体どういう……なぁ……。