……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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妬心

 

 校舎の裏にある雑木林、その一角。地面に仰向けに寝転んでいる少女――――セイウンスカイがいた。

「探し回ったよ」

 彼女はオレの声を聞いても特に驚きもせず、さもここに来るのが分かっていたかのように落ち着いた様子で返事をした。

「……適度に適当に。それがセイちゃん流のトレーニング方法でーす」

 そんな事を言っているが、キングヘイローとは対象的にほとんどサボってるのが丸わかりだった。衣服に乱れもないし、汗も掻かずに涼しげにしている。

 自分が彼女の機嫌を損ねたのが、サボった原因の一端だろうか?

「……毎日真面目にやるような子だと思っていたんだけど」

 そう指摘すると彼女は仰向けに寝転んだまま、空を見上げながら答えた。

「いやいや、セイちゃんはいつも一生懸命ですよー?」

 その返事は、どこかわざとらしいように聞こえた。きっと、彼女なりに何か思うところがあって、こうしているのだろう。だから、彼女が話し出すまで、黙って待つ事にした。

 空は相変わらず青々と晴れ渡っている。雲がゆっくりと流れる穏やかな風景を眺めながら、しばし沈黙が流れた。

 先に口を開いたのは、彼女の方だった。

「ディオスちゃんはさ、『あぁ、自分じゃあ敵わないかもしれない』って感じたことありますか?」

 ……前世のレース結果を思い返す。

「ある」

 それに基づいて言い切ると、目の前の少女は少し安心したような笑いを浮かべてくれる。

「……セイちゃんもねー、たまに考えちゃうわけですよ。キングちゃんのように、親がG1ウマ娘でその子供! ……ってわけでもない。その上、キングちゃんみたいに周囲の皆からは特別期待されてるわけでもない」

 淡々と語る彼女の表情は穏やかで、ウマ娘にとっては当たり前の"不公平"を受け入れているようにも見える。

 ……けれどその瞳には、僅かに影が差しているようにも映った。

「もちろん、そんな事で諦めちゃったら"私に期待してくれた大切なヒト"に対して申し訳ないなー……とも思うわけで。そんで、不貞腐れて諦めるつもりは、そりゃないんだけどさ……」

 彼女はそう言いながら、体を起こしてその場に座る。私も彼女に倣うように、彼女の隣に座った。体格差がハッキリするせいか、小柄な体がより小さく感じた。20センチは身長差があるんじゃなかろうか。

 風が吹く。木々が揺れる。

 遠くの方ではトレーニングの声も聞こえてくる気がする。

 しかし不思議と、自分達の周りだけ静かだ。

 ……そんな時、ポツリと彼女は呟いた。

「大物を釣り上げる為に頑張って頑張って……それでも"ボウズ"になったら、どうしたものかなー、って」

 それは哀愁を漂わせた言葉。その言葉には、色々な意味が込められてる気がした。

 彼女には過去に『レースに人生全部懸けてる』という事を指摘されたが、よくよく考えればトレセン学園を目指すなら『人生のいくらかの大事な部分』を費やす事になるのだ。

 それを自覚した上で、「他に道があるんじゃないか?」「自分なんかには無理なんじゃないか」なんて考えがよぎるのは、多感な時期の私達なら普通の事だろう。

 

「……でもそんな期待薄の状況から大物を釣り上げて、周囲をアッと驚かすのは楽しい?」

 自分がそう訊ねると、セイちゃんは顎を人差し指と親指で挟みながらしたり顔で答えた。

「おぉ、大当たり。いやぁ、ディオスちゃんは醍醐味がわかっておりますなぁ~」

 彼女は楽しそうに笑っている。今の例え話は気に入ってくれたらしい。私もつられて笑顔になった。

 

 セイちゃんは私から受け取ったスポーツドリンクを一口飲んでから、ごろりと寝転ぶ。

 仰向けに体を広げて寝転がるソレは、小柄な体も相まってこれはこれで本当に猫みたいで愛らしい。

「……まぁ、そんなセイちゃんでも、キングちゃんが羨ましいなって思っちゃう時はありますけどね……」

 その言葉は、風に乗ってどこかへ消えていく。

 そして、それきり会話が止まる。

 きっと、皆から走者として期待されているキングヘイローが純粋に羨ましいのだろう。

「……何か悩み事があるなら相談に乗るよ?」

 今後の岐路についても思い悩んでいるのかと心配にもなって、そう提案した。

 しかし彼女はきょとんとした顔をしたかと思えば、しばし考えて。

「んー、でも回りくどい聞き方になっちゃうよ?」

 そう言った。どうやら、複雑な話のようだ。私は真剣に聞く姿勢をとった。

 

 それからしばらく間を空けてから、こちらに体を向けるように姿勢を変えてから彼女はゆっくりと口を開く。

「ディオスちゃんに一つ質問があります」

 それはまるで確認するような言い方だった。だから私は無言で頷く。すると彼女は再び訊ねてきた。

 

「キングちゃんの事、どれくらい好き?」

 

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「また茶化してるのか?」

 シリアスな流れを無視したような質問に、思わずガサツな言葉使いが出る。

 しかしセイウンスカイは怯む事なく頬に手をあて、もう片方の手をひらひらと振りながら、にへらと笑う。

「いやいや、大真面目な質問ですよディオスの旦那ぁ~」

 その呼び方に思わずため息が出た。

「……今日、不機嫌になってた理由を教えてくれ。今後、無作法をやらないように善処する」

 そう言ってやると、セイウンスカイはバツが悪そうな顔をする。

「えー。私の口からそれ言わせちゃいますかー」

 まるで言いたくない様子だったが、オレはふざける気はない。

 無言の圧力に負けて、セイウンスカイは渋々口を開いた。

「……だってさー、ディオスちゃんったら、いっつも『誰よりも一番キングちゃんが大事』みたいな態度取るからさー……」

 不満げに口を尖らす彼女を見て、ふと疑問に思った。

 

「それでなんでお前が不機嫌になるんだ」

 

 

 

 

「……セイちゃんちょっと横になりますね」

「おい」

 

 ともかく不貞寝しようとする彼女を背中に負ぶって、トレーニングの集合場所に連れて行く。

「……さっきの悩み事の件だが、周囲からチヤホヤされているキングのヤツに嫉妬してる部分もあるのか?」

 背中越しに尋ねると、少し拗ねた声で返事が返ってきた。

「そうだよーだ」

 なんかさっきは真面目な雰囲気だったのに、投げ槍な受け答えになっている気がする。

「仕方ないだろう。キングは親が超有名人で、オレ達はそうじゃなかった。それだけの話だ」

 前世はともかく……この世ではヒトから生まれたウマ娘なんてありふれた存在だ。それでも金持ちの家でトレーニング環境が整っていた……とかの違いはあるだろうが。

「……そうかもしれないけどさー」

 背中越しに聞こえた彼女の声はどこか悲しげであった。単に、どうしようもない生まれや境遇について感情のぶつけ先がないのかもしれない。

 思えばコイツも10歳だから、そういう時期なのだろう。

「アイツもアイツで大変だと思うぞ」

 セイちゃんは無言でオレの首に回していた腕に力を入れて、抗議のつもりか強くしがみついてくる。

「……お前さんが全く努力してない、とは言わん。サボってるフリして、隠れて努力してんのは一緒に走ってりゃ嫌でも分かる」

 だけどな、と言いながらセイウンスカイの腕を軽く叩いた。

「アイツをよく知りもしねぇヤツが"超一流のウマ娘の子"だのと期待して、ちょっとドジすりゃすぐに『親の七光り』だの勝手な事言いやがる」

 それが世間の声であると理解しているからこそ、キングは周囲の期待を裏切るまいと、努力を惜しまないのだろう。

 確かにキングヘイローには歴とした生まれだし、期待もされてる。

 でも、それだけで片付けて欲しくないのだ。

「それぞれが、それぞれの事で苦労してる。背負ってる荷物が重いか軽いか、そこまでは知らん。侮ってくるヤツなんぞ、むしろ盛大に利用してやれ。少なくとも、オレはお前に期待してる。なんたって、ペース配分に関しちゃお前は誰よりも天才的だ。順調にやれば、大物を釣るって信じてる」

 期待している、と言った辺りで首に巻き付いていた腕の力が緩んだ気がした。

「……ディオスちゃんさー、ほんと、言い方がズルいよね」

 ポツリと呟く声が聞こえた。

「何がだ?」

「……なんでもない」

 

 

 セイウンスカイを連れ戻して何事もなく合同練習を終えて、ついに今年の最後の練習を終える。

「それでは、お疲れ様でしたっ!」

「「「お疲れ様でした!!」」」

 終了の合図として、姿勢を正して互いに労をねぎらい合ってから、自分達はそれぞれ帰路についた。

 もう空は暗くなりかけているが、年末だからなのか街の明かりが明るく、人通りも多く活気がある。

「さみぃな」

 独り言が白い息になって空気に溶けた。

 冷たい風が頬を冷やすのを感じながら空を見上げると星が瞬いているのが見えた。

 空気が澄んでいるからよく見えるのだろうか。

 なんとなく立ち止まり、ぼーっと空を眺めていると携帯端末に通知が入ったので画面を見るとセイウンスカイからのメッセージだった。

 

『今日はありがとう』

『次はもう少し真面目にやるからね。来年もよろしくー』

 

 その短い文章を見て、ふと笑いが漏れる。

『「たとえ今、周りのお友だちの方が速くても、慌てず焦らず、自分のペースで頑張れば大丈夫」!』

 彼女の言葉を思い返し、そのまま引用して送り返すと程なくして肯定するようなメッセージスタンプが返ってくる。

「練習仲間が増えて楽しくなってきた」

 トレセン学園を目指す知り合いのウマ娘は、なんだかんだで多い。

 そんなライバルたちと競い合いながら己を高めていくのも悪くはない。

 それ以上に、友人が出来るのは良い事だ。

「……猫目とボブヘアのヤツにも礼いっとくか」

 キングの事に関しては、二人にかなり助けてもらった形だし。

 

『不機嫌になってたというのは自分の勘違いだった。代わりにセイちゃんと人前で引っ付きすぎだと諫められたけれど……』

 二人にそういうメッセージを送る。すると、すぐ猫目から返信がくる。

『やっぱり! 私達から見てもそうだったもん。』

 ……そういえば手を繋いだ辺りで驚いてたね。うん。

『……ごめん……』

 申し訳なくなって二人にも謝る。いや、その時は、いちゃついてるつもりなんて全くなかったんだが……。

『後半の時間もセイちゃん背負ってきてたし!』

 ……批難ごもっとも。

『そういうのは今度から人に見えないところでやるようにするのと、キングちゃんにもちゃんと『好き』とか『可愛い』とか言うように心掛けとく……』

 

 そういったメッセージを二人に送ると。しばしのタイムラグがあった。

 

 

『最低!!!!!!』

 

 

 猫目から予想外のメッセージを投げつけられて、心臓が縮み上がった。ボブヘアに助けを求めるように返答を待ったが。

『……ディオスちゃん、私もそれはどうかと思う……』

 そういう反応が返ってきた。……どうやら味方はいないらしい。

 

 ……神様。オレ、友人相手の対応としては別に間違った事してないよな? なぁ……。

『女心』『妬心』の内容の方向性

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