「……んー?」
「ディオスちゃんどうしたの~?」
三が日が終わってボブヘアちゃんと一緒に怠けた体を動かしている最中、右足の違和感に気がついた。変な感じがする。
足を止め、その場で屈伸をしたり足を上げたり下げたりする。
それなりに強めのずきずきとした痛みと共に、膝の辺りが引っかかる感じがして気持ち悪い。
「なんか違和感ある」
そういうと、ボブヘアちゃんはやけに心配そうに見つめてくる。
「足の違和感は、放っておいたら危ないよ~……」
彼女はそう言うと、そのままトレーニングを中断しようと提案してくる。
だが、そこまでする程ではないと思った。だから私は首を横に振る。
「まぁ、ちょっと休めば大丈夫でしょ、多分」
そう軽く考えて、トレーニングを続けようとした。
「……キングちゃんに、言いつけるよ?」
『もう! そんな無茶をして!! 将来はこの一流のキングヘイローに挑戦しようというのだから、体をいたわりなさいと何度——』
「……うん、おとなしく中断する」
気が滅入るほど詰め寄られるのが容易に想像出来たので、その勧告には素直に従っておいた。
「実際に……私達にとって、故障ってとっても怖いんだよ?」
トレーニングを取りやめてファーストフード店で食事中、ボブヘアちゃんからそんな事を言われた。
「まぁ、トップスピードの最中に足が折れてそのままスッ転ぶなんて想像したくもないけどね……」
自分の足でそんな事になるイメージを思い浮かべるだけでもゾッとする。
しかし故障に繋がるほど負荷をかけているつもりもないし、むしろ年末年始はトレーニングを休んでいたはずなのだが。
「その違和感、以前からあったりする~……?」
そう訊ねられて、少し考える。
「……あー、幼稚園児の時に。夜中にちょっと足が痛くて泣き出した事が、一回か二回くらい記憶にある。確かその時も膝で……」
そういうと、ボブヘアちゃんは顔を真っ青してポテトを指から滑り落とした。
「ま、まさか爆弾……」
「……縁起でもない」
心配してくれるのは分かるが、あまり不安にさせないでほしい。
というか、それならそれで数年間なんともなかった事が説明つかない。
「その時にも念のためお父さんとお母さんに病院連れてってもらったけど、お医者さんに『異常なし』って説明されたってば……」
レントゲンとか撮ってもらったから、たぶんその診断は正確だ。
「ただお医者さんからお父さんとお母さんにはもっと詳しく説明されてたみたいだけど……そっちは私には内容難しくて分かんなかった」
そんな事を言っていると、ボブヘアちゃんはめそめそと泣き始めた。
「きっと、原因不明の不治の病……!!」
大げさだとは思う。野球漫画の主人公かライバルじゃあるまいし。
とはいえ、不安なのは不安だ。この子も心配から泣いてくれているのだから、なんだか申し訳ない。
「……ぐすっ。なんにしたって、誰かに相談した方がいいよ~」
涙声のまま、彼女が言う。
確かに彼女の言う事は正しいだろう。このまま放置しておくよりはいい。だが……。
「……正直、親には相談したくはないかな」
「なんで?!」
「だって、考えてもみてよ。もうすぐ五年生でどこの中学校に行くかを親と一緒に真面目に考え始める時期。そんな時期に脚の不調? トレセン学園なんて絶対反対されるに決まってる」
私の意見を聞いて、ボブヘアちゃんは呆れたような、心配が増したような、何とも言えない表情を浮かべた。
「……本当に危険だと判断したら、その時はちゃんと親に相談するから……」
私は一応そう言って、彼女を納得させる。
「けど、だったら、誰に相談するの……?」
「…………うーん……」
彼女からの質問を受けて、私は思案する。
真っ先に思い浮かんだのは、まず気軽に相談出来る猫目ちゃんだった。
「すぐ親に相談しなよディオスちゃん!!!!」
会って相談して、即叱りつけられた。
「いや、だってさ……」
「そもそも! なんで大人に言わずになんとかしようとするのよ!! こういう時こそ頼るべきでしょ!!?」
猫目ちゃんのごもっともな言い分に、返す言葉もない。
「ま、まぁ~……とりあえず、三人で缶ジュース飲んでゆっくり話そうよ~……」
ボブヘアちゃんがフォローを入れてくれたおかげで、ひとまず話は落ち着いてくれた。
三人並んでベンチに座り、自動販売機で買ったジュースを飲んで一息つく。
「……筋肉痛だって線はないわけ? それか知らない内にどっかにぶつけたとか」
「年末年始はほとんど休んでたから、筋肉痛ではないと思う。打ち身でも、たぶんない」
どこかでぶつけたなら青あざか、あるいは赤みでも出ていそうだが、見た目的にはなんともない。
「……本当に痛いの?」
猫目ちゃんがおそるおそる、私の指し示した膝の辺りを指で圧迫する。圧迫によって痛みは強くならないが、相変わらず我慢できる程度の鈍痛。
「うん、やっぱり痛いね」
私がそう答えると、猫目ちゃんもボブヘアちゃんと同じように泣きそうな顔になってきた。
彼女たちは心配性すぎるきらいがあると思う。いや、まぁ、原因不明の足の痛みなんてウマ娘にとっちゃ笑えないけど。
「キングちゃんなら~、こういうのに詳しいと思うんだけど……」
ボブヘアちゃんが、不意にそんな事を言った。確かに、頭の良いキングちゃんなら知ってそうではある。
「……でも、キングちゃんは不安にさせたくないしなぁ」
「そんな悠長な!!」
猫目ちゃんはそう言うが、それが私の本心だ。あと、私の親に告げ口されそうな気がしてならない。
「どうしたの~?」
猫目ちゃんの大声につられてやってきたのか、のんびりとした声が近づいてきた。
声のした方を見やると、そこにいたのはついこの間に髪をショートに整えた我が同世代。セイウンスカイ。
「…………」
彼女に相談するかどうか一瞬悩んだ。
「悩み事があるなら、相談に乗るよ~」
彼女はいつもと変わらないのんびりした口調でそう言う。一部始終を見られておいて追っ払うのもバツが悪いので、素直に相談する事にする。
結論から言うと、その症状について彼女は思い当たるようだった。
「…………あぁ~、セイちゃんならその症状の治し方知ってますよー?」
セイちゃんは何か一計があるのか、ニコニコしながら私達にそう告げた。
「本当? なら、ディオスちゃんの原因不明の不治の病治してあげて~……」
いや、治るなら別に原因不明の不治の病でもないと思うのだが。
「うむ、よろしい。ではこの偉大なる知恵者、セイウンスカイ様が治してしんぜよ~」
芝居がかった調子でセイちゃんは宣言した。ちょっと大げさな気がするが、治せるというのは嘘でなさそうだから好きにさせる。
彼女が私が「痛い」と申告した膝の部位に手のひらを添えると、そのままゆっくりと撫で始める。
「……痛いの痛いのとんでけ~」
わざとらしい間の抜けた声でそう言いながら、セイちゃんは私の膝を優しく撫でている。
「……ぷふっ、冗談でしょ?」
大袈裟に振る舞ってから「痛いの痛いのとんでけ」なんて呪文まで唱えて、セイちゃんののんびりした雰囲気と相まってジョークとしては上出来だと思い。私は思わず吹き出してしまった。
緊迫した不安で張り詰めていた猫目ちゃんもボブヘアちゃんにとっても、それは同じようで二人ともくすくす笑っている。
それが3分か5分か続いてきたところで、「セイちゃんもうそろそろ見せつけるのはいいでしょう?」と猫目が微笑みながら制止した辺りで。私は異変に気付いた。
「………………痛くない」
「へ?」
ボブヘアが気の抜けた声を出して、私の方を見つめてきた。
先ほどまで痛かったはずの膝が、全く痛くなくなっていたのだ。
「……そっか、よかった」
セイちゃんの方を見ると、彼女はニコニコとした顔をいっそう強めてこちらを見つめ返してきている。
「でぃ、ディオスちゃん本当に痛くなくなったの~?!」
「うん、えぇっと、本当に痛くない」
ボブヘアちゃんに尋ねられたので、再度確認の為に脚を動かしてみる。
……うん、本当に痛くない。さっきまでそれなりに強い痛みだったのに。
何が起きたのか分からないが、おそらく、セイちゃんがきっと何かしてくれたのだろう。
だが、何をしているか訊ねようとしたのを遮るかのように、猫目ちゃんが大声をあげた。
「き、きっと愛の力がディオスちゃんを不治の病から救ったのよ!!!!」
……この子なんか道踏み外してない? 少女漫画にでも感化された?
セイウンスカイはくすくすと笑いながら、予想外な事に猫目の言葉に頷いてみせた。
「うん、もしかしたらそうかもね?」
猫目ちゃんは顔を真っ赤にして、あわあわと口をパクパクさせている。
ひとまず彼女は放っておくとして、私はセイウンスカイと視線が合わせた。
「……えっと、種明かしを求める」
「んー? どうしよっかな~」
私の追求に、セイウンスカイはいたずらっぽく笑ってみせる。
その笑顔は、普段の彼女にしては珍しいもので、いつもよりも自信に満ちているように見えた。
「ディオスちゃん。よかったね~。本当に心配したんだよ?」
別れ際、悦に浸っている猫目ちゃんを引っ張っていくボブヘアちゃんからそういった安堵の言葉を向けられた。私も、この子達の不安を取り払えて本当によかったと思う。
私も謎の足の痛みが消えていてすこぶる気分が良いのだが、そもそもの発端となった原因不明の病が何なのかすら分かっていない。
セイウンスカイが何をしたのか、という疑問はあるので。ボブへアちゃんと猫目ちゃんが去っていき、二人っきりになってから彼女に訊ねる事にした。
「この症状について、何か知ってるんでしょ?」
セイウンスカイは、妙に嬉しそうな笑顔で私に答えてくれた。
「『成長痛』」
「……成長痛? 語感的に、骨や筋肉が大きくなる時に痛むみたいな感じの?」
思わず聞き返したが、セイちゃんは首を振る。
「名前からそう思われがちだけど、実際は違うらしいよ。……なーんて、えらそうに言っても、私もおじいちゃんから聞いた口なんだけどね」
セイちゃんはそう言いながら、ベンチに座って自分の膝やふくろはきの辺りを撫でる。
「私もね、幼稚園児くらいの時に、夜中にえんえん泣いちゃうくらい足が凄く痛くなる事があったんだ。一週間の内に二回くらいはね。それが一か月くらい続いてさ……」
彼女が体験したと言うというのは、私が幼稚園児に体験したソレとほとんど同じだった。
「でも、そんな時にじいちゃんが起きて、私の足を擦ってくれてさ。……するとあら不思議。だんだん痛くなくなっちゃうわけさ。これが」
彼女が言うには、祖父に撫でられたところが不思議と痛くなくなったとの事だ。
オレはそれを聞いていて、まるで魔法使いみたいだと思った。……そして、自分の時も母親か父親が夜中に一生懸命撫でてくれていた事も、一気に思いだした。
「……ボブヘアちゃんが予想していた『原因不明』っていう点はあながち間違ってないらしいよ? でも、誰かに撫でてもらうと不思議と治っちゃう」
「……じゃあ、案外深刻になって心配するほどの症状じゃなかったってわけか?」
オレがそういうと、セイウンスカイは頷いた。
「もしかしたら違う症状、って場合もあるから長続きするならお医者さんに見てもらった方がいいけど。そうじゃないなら親御さんに撫でてもらうのがいいんじゃないかな」
成る程ごもっとも。こんな悩みも短時間で解決してしまうとは、さすがだ。
「……もしお外で痛くなったらさ、私が足を撫でてあげるね?」
セイちゃんはそう言って屈み込み、足を優しく撫でてくれる。
彼女の手が触れるたび、なんだかとても安心できるような気がしてくる。
「……うん、その時はお願いするよ」
私も足が痛いのは嫌だし、気恥ずかしいがそれについては特に拒絶しない事にした…………。
夜中、さっそく足が痛くなったので母親と父親に事情を説明してから足を撫でてもらった。
「成長痛かぁ。ディオスも幼稚園時代に痛い痛いって泣き喚いていたわねぇ……懐かしいわ」
母親は、就寝前にオレの膝を撫でて懐かしそうな顔をする。
「原因不明なんだっけ? それでも、脚を撫でてもらうだけで痛みが引くなんて不思議だね……」
私はそんな事を言いつつ、母親が足を撫でてくる感覚を味わった。
母親の掌で包み込まれるように足を撫でられ、ふくろはぎをマッサージされると、不思議と心地が良くなってくる。
私は無意識に目を細めていた。
「お医者さんのお話では、一説には『子供特有のストレスが原因なんじゃないか』っていう話もあるらしいわね。たとえば一人でトイレに行かなきゃならなくなる時期だったり、ごはんも母親から「あーん」って口に運ばれるんじゃなくて、自分でお箸で食べるようになったり、幼稚園という親と離れた環境で色々学んできたり……」
……成る程、今だからこそ一定は理解出来るが、幼稚園児のオレにそんな難しい話は到底理解できなくて当然だろう。
「でも、撫でられると治るのはなんで?」
「そりゃあ、撫でてもらうとストレスが和らぐからね。信頼している母親だとか父親、あるいはおじいちゃんやおばあちゃん」
……まあ、言われてみれば納得できなくもない。だが、それだと疑問点が残る。
セイウンスカイに撫でられてすぐに痛みがひいたのは何故なのか。
母親が私の考えを知ってか知らずか、微笑みながら言葉を続けた。
「あるいは、大好きな男の子だとかね? うふふ……」
「ん゛んぅ゛ン゛ン゛ンンンンン゛ーーーーっっ……!!!」
セイウンスカイに撫でられて足の痛みが引いた理由と、彼女がやたらニコニコしていた理由を理解して、変な声が漏れ出た。
「……ディオス? 足がそんなに痛いの?」
母親を余計に心配させてしまった。
うん、まぁ、脚というか、胸がずきずきと痛む。
ねぇ、この痛みについては『原因不明』って事にしておいていいよね。神様………。