「お客さまー、おかゆいところはございませんか~」
「…………」
私は今、公園のベンチに仰向けに寝かされながらセイちゃんに脚を揉まれている。
なんでこんな事になったかといえば、「痛くなったら揉んでもらう」という約束を交わしていたから。実際のところ、別に痛くない。でも、こうしていると妙に落ち着くので一緒に遊ぶのがひと段落した時間に「少し痛い」と嘘をついて、こうして揉んでもらっている。
別に、合同練習の時に皆の前で見せつけるようにやってるんじゃないから仲間達に叱られるような事ではないと思う。
むしろ、陰に隠れてこそこそと脚を揉んでもらっている事の方が怪しいんじゃないかという話でしょう。
そもそも、私がセイちゃんの事を異性として好きなのかというと、正直よくわからない。
最初は確かに、男の子として惚れていたのは間違いない。だけど、今となっては同性という意識が強い。
セイちゃんだって私の事を男の子として見ているわけじゃないだろう。いや、見てたら見てたで地味に傷つく。
「なんか難しい事考えてる顔してるねぇ」
「あぁ、まぁ、うん……」
私が黙っていると、セイちゃんはそんな風に話しかけてきた。
そこは大真面目に話し合う事でもないだろうから、曖昧に返事をしておく。
「ところでさ、前々から気になってたんだけど……」
彼女は私の足を揉みつつ、尋ねてきた。
「なぁに?」
一応、聞き返す。
「ディオスちゃんは前世の記憶がどうこうって話だけど」
「あー……もしかしてキングちゃんと仲直りしてた時の話、聞こえてた?」
「うん」
正気を疑われるような話だからキングちゃん以外には全く話してなかったのだけれど。
「ウマ娘のおとぎ話で、他の世界から魂と名前を受け継ぐっていうのがあるじゃない。私はなんでか知らないけど記憶も受け継いだ。そんだけの話」
普通に考えて信じられないような話だから、つまらない冗談のようにそっけなく話した。
セイちゃんも特に驚く素振りもなく、ただ「ふーん……」と相槌を打ってきただけだ。
「じゃあさ、ディオスちゃんが前世でどんな人生を送ってたのか教えてよ」
一通り私の足を撫で終わってから、セイちゃんはそんな事を言い出した。私も仰向けの状態をやめ、ベンチに座り直す。
「……笛を吹き、羊と遊んで暮して来た」
「けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった? 国語の教科書に出てきそうな一節だね~」
セイちゃんは期待通りにツッコみを入れてくれながら、くすくすと笑っている。
……レースから遠のいてから羊と遊んで暮らしてたのは本当だけど、まぁけむに巻こうとするのは不誠実だからやめておこう。
「今みたいに練習をいっぱいして、レースで勝つ事を目指してた。だけど、公の場では一回も勝てなかった」
嘘はつかずに事実を述べる。ほとんどの試合で善戦はしたという自負はある。そのおかげか観客や周囲から期待もされていた。でも、勝てなかった。
「で、初めてのレースで戦って負けた相手が同い年だったキングヘイローって話。キングちゃんったら、その後に高松宮記念っていうG1も勝っちゃってさ。世話してくれる人が『お前倒した奴すごかったんだぞー』って」
……私がそう言った途端、セイちゃんの表情が変わったような気がした。一瞬の事だったので気のせいだったかもしれない。
「……なるほど。だから生まれ変わって再び相まみえたキングちゃんには勝ちたいというワケだね」
「ま、そういう事」
他愛のない与太話の素振りで話すが、内心では結構重たい話だ。
だから、この世においては公の場で勝利を手にしたい。キングにも勝ちたい。相変わらずそんな気持ちが心の中にはある。
「しかし、ディオスちゃんのオハナシが本当ならそれは運命ってヤツですなぁー。同い年で、しかも幼稚園児の頃から友人として切磋琢磨するだなんて」
セイちゃんはしみじみと語りだした。実際、その辺りについてはオレもそうだと思う。これは本当に神様がくれたチャンスだと思っている。
だからこそ、本気でぶつかっていきたい。それが、めぐり合わせたキングへの礼儀でもあると思っている。
「でもさ、それって前世と同じ結果になる可能性もあるわけでしょ?」
……不意に、セイちゃんがそんな事を言った。
「さぁ、それはどうだろう?」
その問いに対して、オレは明確な答えを返す事ができなかった。
可能性は、否定できない。そもそも「前世でリベンジを願った同い年の対戦相手と、また同い年で生まれて相まみえた」という時点で都合が良すぎるのだが。
現状のキングとオレの実力からいえば、確かにキングの方が強いかもしれない。でもバ場とか、距離とかでその実力差を覆す事だってままある。
「仮にそうだとしても、努力して打破すればいいだけじゃないかな」
そう言って、私はセイちゃんの推察を否定した。
今のオレにとって一番重要なのは、もう一度公の場でキングヘイローと戦って、勝つ事だ。だが負けたら負けたで、他のウマ娘と戦って未勝利から脱して、キングとのリベンジを狙う。一回負けたとしても、そこで終わりではない。
「それもそうかー。さすがはディオスちゃん。私とは違って前向きに考えられるんだねぇ~」
セイちゃんはしきりに頷いていた。ちょっとオーバーリアクション気味なのは、いつものご愛敬か。
「ははは、やっぱり信じられないような話だよねー。前世だどうだなんてオカル」
「いや、信じるよ」
私が言い終わる前に、セイちゃんはそんな事を言ってきた。
てっきり笑い飛ばされると思っていたのに、意外な反応に驚いてしまう。
どうして?
私がそう尋ねるよりも早く、彼女は続けてこう言った。
「目の前に立ちはだかってる壁がやけに高く感じる理由が、ようやく腑に落ちた」
言葉の意味がよくわからなかったので尋ね返そうとするが、先に彼女が口を開く。
「前世ではキングちゃんがG1勝利したって話だっけ。それさ、他の人に話すのはやめた方がいいよ」
いつになく真剣な声色でセイちゃんはそう言った。
「特に、キングちゃん本人には絶対に。何があっても」
……セイちゃんらしくなく、矢継ぎ早にそんな事を言ってくるから、どうやら真面目な忠告をしてくれているようだ。
「……まさか当人にはもう話してる?」
「いいえ?」
私の答えを聞いて、セイちゃんは少し安堵したような表情になった。
「それならいいけど……」
自分達のいる公園の木々が、風に吹かれてざぁっと音を立てた。
しばしの沈黙が訪れる。お互い何を言うでもなく、風に身を任せている。
やがて、セイちゃんがぽつりと呟いた。
「…………敵わないなぁ、ホント……」
その言葉の意図を私が理解するより先に、セイちゃんはベンチから立ち上がって私に背中を向けた。
「帰るね」
そう言い残して公園から去っていく彼女が、一体どんな表情をしていたのかは、私には分からなかった。