……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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別れ道(読者参加型)

 セイウンスカイに前世でキングヘイローがG1高松宮記念を勝利した事を話して、日数は流れていった。

 それで彼女との交流が不仲になったかどうかといえば、特に何も変わっていない。

 時々一緒に宿題をやったりとか、練習に付き合ったりとか、釣りをするとか、そんな日々を繰り返している。

「イラストという形で初めてまじまじ見るんだけどさ……人間の男の子の体ってこんな風になっているんだね」

「へー、興味あるんだ。……や~ん、へんたい。へんたいディオス(変態神)♡」

「保健体育の勉強を真面目にやってるだけだというにッッ!!」

 相変わらず不真面目なやり取りが入るが、いつもの事なので気にしない。……いや、耳元で「へんたい♡」呼ばわりは背中がぞわぞわするから、やめてほしいけど。

 

 ただ一つ、気になる事があった。

 それは自分たちの学年が小学五年生に上がってからだったか。

 キングヘイローと電話越しで雑談していた際、こう訊ねられた。

 

『……近頃スカイさんと会ってないんだけど、彼女は元気?』

 

 オレは、あくまで気丈に振る舞っているキングヘイローの声色が、微かに寂しい色がさしている事に気づいて、どうともいえない気持ちになった。

 

 

別れ道(ターニングポイント)

 

 

 その日は、大雨だった。

 大型の台風が接近している影響もあって、外出は許されなかった。平日なのに学校が休みになったほどだ。

 そんな中、キングヘイローと電話越しに雑談をして時間を潰している。

「全教科60点以上をキープ出来るようになったから褒めてくれたっていいんじゃない?」

「まぁ、一年前と比べたら見違えるほど良い成績なのは確かだけれど……」

 キングヘイローが呆れるように笑う声が聞こえる。

 電話の向こうにいる彼女の姿が容易に想像できるくらいには、なんだかんだ長い付き合いなんだと思う。

 

 雨の音がうるさいからと、音量をやや大きめに設定しているせいで、声がよく通るようになったのも一因だろう。

 耳に入るのは、雨の音、雷の音、風の吹く音、それから、雑談の端々で笑い声を返してくれるキングヘイローの声。

 時折、彼女の笑った後の余韻である彼女の吐息が受話器越しに聞こえてくる。

 それだけで心が弾むのだから、友人関係とは不思議なものだった。

 

 …………相変わらず、セイちゃんはキングと会っていないのだろうか。

 セイちゃんは合同練習にめっきり顔を出さなくなった。ただ、それ以外で練習している様子を度々見かけるようになったから、過去のオレみたいにトレセン学園を目指す気をなくしたわけではないと思う。

 むしろ、その逆で。以前よりいっそう、練習に励むようになったという印象を受ける。それは前向きな事だと思う。健全で良い事だとも思う。

 ……ただ、その姿勢が『慌てず焦らず、自分のペースで頑張る』という彼女が掲げていたものとはまるで違い、まるで何かに追われるかのように焦燥感を抱いているように見えるのが、気がかりだった。

 

「そういえば、以前にお話した高松宮杯の事だけど……」

 ふと、キングヘイローが話題を変える。

 なんとなく、彼女がこれから話す内容は予見出来た。

 

「G1に格上げが決まったそうよ。距離は中京1200m。交流レースに指定されて、地方からも出走出来るようになるんですって」

 

 ……覚悟はしていた。部分的にせよ、前世と同じことが起こるという事は。

 だがしかし、ショックは少ない。己に関わる命運など「努力で打破する」「前世を追い越す」と、オレとキングで改めて決意表明し合ったのだ。何を恐れようか。

 今のキングなら「前世のキングヘイローは高松宮記念を勝利した」と告げても、大した影響はないだろうという信頼感があるくらいだ。それでも当人に伝えるのは余計だと理解出来るから伝えてないが。

 

「……キングちゃんや私は大丈夫だけど、セイちゃんは気にしてるのかな……」

 頭で考えていた事は、自然と言葉に出る。少し間を置いて、キングが返してきた。

「悪いけど。私はその話の1から10まで知ってるわけじゃないから、安易な助言は出来ないわ」

 その言葉を聞いたオレは、少しだけ沈黙した後、疑問だった事を訊ねた。

「…………私の時みたいにさ。セイちゃんに決闘状を送りつけたりした?」

「…………」

 言葉は返ってこない。つまり、それをしていないし今後もするつもりもないという事だろう。

 薄情だとは思わない。友人だと思っていた存在から距離を置かれるというのは、心に堪えるだろう。それを別々の人物からやられたのだから。

「ごめん。私はそれで仲直り出来たけど、セイちゃんにそれが利くかどうかもわからないもんね」

 我ながら思慮が足りない疑問だと思った。そもそも、セイちゃんがキングと距離を置き始めたのは明らかにオレが発端ではないか。

「……今度、私の方からセイちゃんに謝っておく。そもそも、セイちゃんに私の前世がどうのこうのって漏らした事が、キングちゃんと距離を置いてる原因かもしれないし……」

 そう言って、通話を打ち切ろうとした時だった。

 

 ――ピンポーン。

 

 玄関のチャイムが鳴った。

「え、こんな天気で?」

「どうしたの?」

 うろたえながらも、自分の家に某かが来訪した事をキングちゃんに伝える。

 家族は全員家にいるし、宅配便か何かだろうか。にしたって、こんな天気の中来るなんて。

「誰なのかしらね? ともかく、それじゃあ、またあした」

「……うん」

 一旦通話を切る。妙な胸騒ぎがして親よりも先にインターホンの前に駆けつけ、備え付けのカメラで来訪者を確認する。

 そこに映っていたのは、見知った顔。銀色の短髪に、太陽の髪飾り。レインコートに身を包んで、申し訳なさそうな表情でじっと立ち尽くしている――セイウンスカイ。

「ディオス。誰だったの?」

 母親に問いかけられるが、それに答えるよりも慌てて玄関を開けに行く。

「セイちゃん!」

 大粒の雨に濡れるのも構わず、外に飛び出して門扉を開けた。

「え、あ。濡れちゃうよ~?」

 私の行動におっかなびっくりしているセイちゃんの手を取って、家の中に半ば無理やり引っ張り込むように招き入れる。

「あら、セイちゃん……こんにちは……」

「こんにちは~、ディオスのお母さん」

 母親は戸惑いつつも挨拶をする。対象的に、レインコートを脱ぎながらのんびりとした調子で返すセイちゃん。

「ど、どうしてこんな天気の日に……」

 とりあえず母親から貰ったタオルで、セイちゃんの頭をわしゃわしゃと拭う。

 レインコートだけで防ぎ切れなかった雨粒が髪にも服にも染み付いてて、乾かしていたタオルもびしょびしょになるほどだ。

 セイちゃんはようやく水気が拭けて嬉しかったのか、それとも他人に拭かれるのが照れくさかったのか、へにゃっと笑って見せてから私の質問に答えた。

「いやー、いつも通りトレーニングに走ってたら。ちょっと帰れないくらい道路が水であふれてて~……」

 彼女は平然とした態度で言うが……出発時点で大雨だったはずだ。どれだけの時間、豪雨の中を走り続けていたのだろう。

「え、えっと、お母さん。家にあげてもいいよね?」

「えぇ、えぇ。もちろん」

 おずおずと訊く私に、二つ返事で許可をくれる母親。そんな母親に対し、私もセイちゃんも深々と頭を下げた。

 ともかく、玄関で立ち尽くしてるのもなんだし。靴を脱いでもらい、着替えられそうな服がある自分の部屋まで案内する事にした。

 

 

「……セイちゃんのご両親には、お母さんの方から連絡しておいてくれるって」

「おー、あとでその事もお礼いわなきゃねー」

 お互いに濡れた服を着替えつつ、そんな事を話す。相手を直視する気が起きないのはご愛嬌。

「なんだってこんな日にトレーニングなんか……」

 いくらウマ娘とはいえ、冠水してる道路なんて押し流されかねないというのに。彼女の身を案じると溜息が出てしまう。

 そう呟く私を意に介さず、彼女が返してくる言葉は能天気なもので。

「そりゃ、前も言った通りセイちゃんいつも一生懸命ですから?」

 そう言ってケラケラ笑う彼女の声を聞くと、色々思うところもあった。

「……何をそんな必死に頑張ってるの。サボりたい時はサボってたクセに」

 思わず辛辣な物言いになる。以前の彼女なら「手痛いところ突かれた~」と悪びれもせず返していただろう。

 だが、しばしの沈黙が流れた。部屋の外から聞こえる雨音と風音が小さくなっていくような錯覚を覚えるほどに、ゆっくりと時間が流れる感覚。

「……一生、壁に阻まれたままじゃん。そんな事してたら」

 ぽつりと、独り言のように零す彼女の表情は分からない。

 ……それでも、声に力が無い事だけは感じ取れた。

 

「セイちゃん。以前に言ったキングちゃんの前世についての事だけど、あれは嘘で――」

 

【挿絵表示】

 

 振り返り、まだズボンを着てなかったセイちゃんを視界に入れかけて、振り返ろうとしたのと逆方向に首を猛スイングして見ないようにした。……うん、確実に首痛めた。

「あー、だいじょうぶだいじょうぶ。疑ってないよ?」

「いや、だから冗談――」

「だって、高松宮がG1になるの言い当てたじゃない」

 ………………。

 

 

「…………ごめん」

 言い逃れ出来ない事を悟って、口からついて出たのは謝罪だった。

 私が俯いて黙っていると、セイちゃんが声をかけてきた。

「なんで謝るの?」

「余計な事を言った。私達にとって前世の勝敗なんて、関係ない事なのに」

 俯いたまま返事をする。すると彼女は、少し考えるように黙り込んでからこう言った。

「そっか。ディオスちゃんは、やっぱりそう考える事が出来ちゃうんだ」

 その言葉からは、どんな感情が込められているか読み取れない。

「どういう意味……?」

 おそるおそる、振り返る。今度はちゃんと上下にジャージを着て、ベッドにゆったりと座っていた。

 セイちゃんは相変わらずのへにゃへにゃした可愛らしい笑みだったが、その瞳の奥に暗い何かが見えた気がした。

 それが何かは分からないけれど、ただ経験則で思った。

 

 これは、とってもまずい流れだと。

 

「あの、その、ね? 私の失言でキングちゃんと不仲になられたら、私、キングちゃんに合わせる顔がないっていうか……」

 頭をフル回転させて、どうにか伝えたい事を絞り出す。

 そんな私に対して、目の前の相手は笑顔を強めながら私の話を聞いている。

「不仲? ただ単に、一人で練習に集中してるから会う機会が減っただけだよ。元々通ってる学校だって違うから、合同練習で会う機会がなくなればそんなものじゃないかな?」

 確かに、同じ学校に通う子同士でもない限り、顔を合わせる事は少ないかもしれない。

 ……でも、それは私とセイちゃんにも同じ事が言えるじゃないか。

 ぐるぐると頭の中で色んな考えが巡った。

 

「ディオスちゃんはさ」

 セイちゃんが私に声をかけてくる。セイちゃんと一緒に参加した合同練習で感じた、あの影のような暗い何かが、今も彼女の瞳の奥にある気がした。

 同時に、私の中で警報が鳴り響いていた。今彼女への対応を間違えたら、もう元には戻れないような気がしてならなかった。

「『あぁ、自分じゃあ敵わないかもしれない』って感じたことありますか?」

 

【挿絵表示】

 

 私は、オレは、震える唇を動かして、言葉を絞り出した。

「あ、る……」

 そんな私を真っ直ぐに見据えたまま、セイちゃんが続きを語りだす。

「セイちゃん、たまに考えちゃうわけですよ。キングちゃんのように、親がG1ウマ娘でその子供……ってわけでもない。その上、キングちゃんみたいに周囲の皆からは特別期待されてるわけでもない」

 以前話してくれた事を、ほとんどそのまま繰り返していた。

 淡々と語る彼女の表情は穏やかなのは変わらないが、彼女が話す言葉の一つ一つに妙な圧力を感じた。

 そして、そこから続く言葉で彼女の心意を理解した。

 

「……そんな風に羨ましく思っているところに、『キングヘイローは前世ではG1を勝利した』なんて知ったら、そりゃのんきなセイちゃんだって動揺しちゃいますって。だって、まるで漫画や小説の主人公みたいな、勝つのを運命づけられた星の下に生まれた存在じゃないですか」

 そう言って笑いながらも哀しげにこちらに視線を向けてくる彼女に、息を吞むしかなかった。

 

「……だから、その超スーパーエリート戦士に負けない為に、サボるのなんてやめて、全力で練習に励み始めたと?」

「うん、そうそうー。まぁキングちゃんと顔合わせ辛いのは、別の理由もあるというか、なんというか……」

 言い濁した事についてはよく分からなかったが、こんな天気の日にまで死モノ狂いで練習している理由の方は理解した。

 

 

 

 神様、オレはここに懺悔したい。

 

 ……正直な話をすると、オレは『セイウンスカイ』という名をずっと以前から知っていた。

 

 だって、そうだろ。

 前世でのキングの母ちゃんや、キングヘイローの名声を知っておきながら"同世代の皐月賞や菊花賞の勝者"の名が耳に入ってこないはずがない。

 ……その功績がどれだけ大きかったのか、ウマ娘に生まれ変わってから具体的に理解したにせよ。

 だから、「前世のお前もとても凄い馬だったんだぞ」と、彼女に伝える選択肢だってある。

 適当にでっちあげた慰めだと受け取られるかもしれないが、それだけでも、今までの付き合いから、彼女の気持ちが楽になるっていう確信が、ある。

 

 ただ、それを伝えていいのか迷っていた。

『前世ではキングちゃんがG1勝利したって話だっけ。それさ、他の人に話すのはやめた方がいいよ』

『特に、キングちゃん本人には絶対に。何があっても』

 彼女はそう言っていたが、それは、"セイウンスカイにも言えた事"なんじゃないか……?

 

 

 ……神様。オレは、どうすりゃいい?





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6月4日23時

ディオスはセイウンスカイに対して……

  • 彼女の為に前世での功績を明かして慰める
  • 前世の事を明かさずキングとの仲直りを乞う
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