……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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5.希望に満ち溢れたトレセン学園を目指せ!
トレセン学園オープンキャンパス!(前編)


「ナツが……カゼ……アザミ……」

 ぐったりとしながらバスに揺らされ、隣の席に座る母ちゃんの肩に体を預けている。

「……デジャヴを感じる流れね……」

 前の席に座るキングヘイローが、溜息交じりに呟く声が聞こえる。

 彼女の隣には、彼女の父親がいる。仕事で忙しい人らしいが、こうやって日中に見かけるのは珍しい。

 それもそのはず。今日はトレセン学園のオープンキャンパスで、彼女の親御さんも一緒に見学というわけだ。

「ディオスったら、失恋でもしちゃったのかな~?」

 さすがにずっとこんな感じなので母ちゃんがからかう体で心配してきてくれたが、いつものように他愛もない返しをする事はできなかった。

 

 ……実際、私は人生で初めての失恋をしたのかもしれない。

 

 あれからいくらかの日が経って、五年生の夏休みになった。大人達も巻き込んで本格的に進路へ向けた行動を始める時期だ。

 キング筆頭に周囲の教えもあって、家庭科を軸に成績の改善は順調。担任からもお褒めの言葉を頂いた。

 まぁ総合点数は平均値にギリギリ足りない辺りだが、それでも一年前に一桁代を叩き出していた事を踏まえればとんでもない進歩である。

 ただ、あの日以来はセイちゃんとは会えなくなった。会おうとしていつも遊んでた公園や釣り堀を探しても、見かけなくなった。

 この件に関してキングヘイローから何か言ってくるでもない。話題にもしてこないから、仲違いをしてしまったという事を察してくれているのだと思う。

 

 ――まぁ、友人付き合いなんてそんなもんだよな。

 

 嫌われたのに固執し続けるのはセイちゃんに悪いだけだし、自分から彼女の家に直接押し掛けるというのもしない事にした。ただ次に会った時は、ちゃんと言葉を選んで謝ろうと思っている。

 

『ウマ娘とかいうのに転生したと思ったらキングヘイローの取り巻きになってた件について。』

 

 本日の天候は快晴。気温はやや高めであり、セミの鳴き声もよく響く。

 夏休みという事で在校生の多くは夏合宿に赴いて不在という事だが、トレセン職員がオレ達小学生を出迎えてくれた。

「みなさん、初めまして。私は理事長秘書を務めている駿川たづなと言います。今日は皆さんがトレセン学園をどんな場所だか理解してもらうために――」

 そういう形式的な挨拶が入り、親子共通に向けた施設の説明が続く。

「でけぇなぁ……」

「トレセン学園ともなれば、小学校のとは比べものにならないでしょう?」

 トレーニング施設やレース練習場の規模に圧倒される。小学校は人間とウマ娘である程度共通のモノを使っていたが、トレセン学園では完全にウマ娘想定の代物が整っている。2000m規模以上のレース場とか、何トンのトラックのモノかもわからない斤量用のタイヤ。

 本当にここに行ってもいいのか不安になるくらいにスケールが違う。……いや、まぁ、前世では競馬用のトレーニング施設に入っていたが、それにしたって……。

「あーっ!!!」

 集団の中から明るい大声があがった。何事かとキングやオレ、他の見学性も皆一斉にそちらを向く。

 視線の先には見知った顔があった。

「久しぶり! 元気だった!?」

「あ、ウララちゃん……」

 年末に神社へ案内してあげたウマ娘、ハルウララ。彼女はこちらに駆け寄ってくると、ニコニコしながら嬉しそうな顔を見せてくれた。

 周囲の人達も、まぁ「お友達に会えたんだろうな」と微笑ましそうにしておおめに見てくれている。オレも、微笑みじみた苦笑が浮かぶ。

「知り合い?」

「うん、年末に神社に案内してあげた子。私達と同じくトレセン学園を目指してるんだって」

 小声で訊いてきたキングに、オレも小声で返す。彼女もそっか、という表情で納得したようだ。

「年下の子に親切にしてあげるなんて。さすがはこの一流のキングの――」

「いや、同い年」

「…………」

 二人してハルウララがニコニコと笑う顔を眺め、それから彼女の私服を眺める。容姿に似合った幼い服装で。まぁ、なんというか、似合ってる。可愛いので許されるが。

「……同い年?」

 160センチはあるオレの体躯と比べながら、キングが訝しそうにしている。

 ……いや、まぁ、うん、背の高い男子と比べても遜色無い体格してるオレも極端だという話だが…。

 

 

「へぇ、キングちゃんはもうそんな距離走れるんだねっ。すごいすごーい!」

「と、当然、一流だもの」

 お互いどれだけの距離走れるか、どれだけの速さで走れるか、移動の余暇時間に気の合ったウマ娘同士で短くやり取りをしあっていた。

 特にウララはキングヘイローの練習量を聞いて、本当にすごいものを目の前にする子供のような尊敬の眼差しを向けていた。すでにキングヘイローの奴ほだされかけている。

 マジでコミュ力お化けだな、ハルウララ。

 少し前でそんなやり取りを聞いていたオレは笑みをこぼしながらも、自分も誰かに話しかけてみようかと、視線を周囲に向けてみる。

 すると、少し遠くの方で所在無さげにしている一人の少女の姿を見つけた。

 眼が隠れるくらい長く、それでいて綺麗な黒髪で、落ち着いた色合いの私服に身を包んだウマ娘。

「…………四年生くらい?」

 オレは何故かその子の事が妙に気になって、無意識に足が向かってしまった。

 近づいてみて初めて気付いたのだが、しきりに練習場の方向をちらちらと窺っている。

「なに、見てるの?」

「ひゃ、ひゃいぃ!?」

 年下相手だからと気さくに両肩へ手を置いてみたら、変な声を出して飛び上がった。

 

 

【挿絵表示】

 

 おそるおそるといった様子で振り向いてきて、そこでようやくちゃんと顔が見えた。

 

【挿絵表示】

 

 

 怯えているような、緊張しているような表情だったが、オレを見て紫色に澄んだ目をぱちくりさせる。

 ……なんか、小動物みたいだな。

 しかし、いきなり背後から知らない奴が肩を触ってきたら驚くのも当然か。

「えっと、在校生の方ですか?」

 そんな事をいわれたので、手を左右にひらひらと振る。

「あ、違う違う。オープンキャンパスの見学。こう見えても五年生。ごめんね、いきなり肩触ったりして」

 オレがそう言って謝ると、その子はなおさら驚いた顔をしていた。

「ところで、集団から離れて何してるの。親御さん心配しちゃうよ」

 初対面なのに馴れ馴れしいと思われるかもしれないが、年下の子が集団から離れているとなればやはり放っておけない。

 オレがそう訊ねると、彼女は慌てて取り繕ったような笑みを浮かべる。

「えっと……あこがれてるウマ娘さんが、練習場にいるかな、って……」

 そういってすすぐに、うつむいてしまう。

「現役の人達って大半は夏合宿行きじゃなかったっけ?」

「ううん、その人、『ラジオたんぱ賞』っていうレースに出るから、一時的に学園に戻ってきてるらしくて……」

 なるほど、レース出場するならそういう事もあり得るか。

「でも、やっぱりここからじゃ見えないなぁ……」

 背の高低の関係もあってか、残念ながら練習風景はあまり見えていない様子だ。

 ぐぐっとつま先立ちしてどうにか見ようとしている姿が健気に映る。

「ちょいとごめんよ」

「え。わぁっ!?」

 脇の下から抱えあげて、練習場まで視線が通る位置までひょいと持ち上げる。

 最初は驚いてぽかんとしていた顔が、一気に喜色に染まる。

 喜んでくれたようで何より。

 

「…………なにをやっているの?」

 

 集団へ戻るように忠告しにきたであろうキングヘイローの冷めた声が後ろから聞こえてきた。

 ……傍目からしたら年下の女の子をいきなり抱きかかえているヤベェ(アマ)にしか見えまい。理解してる。うん。

「わー! ディオスちゃん力持ちだね! あとでウララもやってもらいたいなー♪」

 キングヘイローが呆れたような顔をしてため息をついている光景が想像出来たが、気にしない。

「気が済んだ? じゃあ、皆のところへ……」

 戻ろ、と言いかけて、抱えあげたその子が嬉しそうな声を漏らす。

 

「マルゼンスキーさん、やっぱり速いなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは内心取り乱しながらも、なんとかゆっくりとその子を地面に降ろしてあげた。

「あ、ありがとうございますっ」

 その子がオレにぺこりと頭を下げて、集団へ戻っていく。

「はっ、そっか。施設見学だからウララ達も戻んなきゃっ!」

 ウララも戻っていくが、オレはとてもその場を離れられなかった。キングヘイローも難しい顔でオレを見ている。

 

「……ばあちゃん……いや、ひいじいちゃん……?」

 

 ミス・マルゼンスキー。前世の祖母の名前。偉大と謡われた父親にあやかってつけられた、オレが、前世で期待されていた大きな要素の一つ。

 

 ずっとずっと、高い壁を隔てた先に、『マルゼンスキー』と呼ばれたウマ娘がいた。

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