「やっぱり、追いかけっこでグループ別けは必要ですよ。ウマ娘の子と他の子達については」
送迎の時間がとっくに終わっている頃合い。オレ達は幼稚園児の職員会議を盗み聞きしていた。
神様、オレは何故こんな状況にあるのかについての懺悔をすべきだと思う。
コトは女の子の一人が「すぱいふぁみりーになるのよ!」とか言い出したのが発端だ。スパイファミリーが何なのかは全く知らんが、とりあえず家に一旦帰ってから仲の良いグループで公園に行くと偽って幼稚園へ潜入する事になった。
「ほら、はやくのぼってきなさい!」
オレを含めたウマ娘組は軽々と鍵の閉じた門をよじ登ってみせたが、純粋な人間の子どもたちはそうはいかぬらしい。
「む、むりだよ。こんなたかいの……」
女児達はそういって、怖がっていた。普段から木登りやってる男子やそれに混じってる女の子ならいけそうなんだが、そういう遊びをやってない子に身長の二倍くらいの高さある門をよじ登れというのは酷な話だ。
「……むりじいをするわけにもいかないわね」
彼女達の言葉を聞いて、致し方なしという表情をするキングヘイロー。
「ロイドさん、わたし、なかまをみすてたりなんか、できません!」
ウマ娘組の一人がキングヘイローにそう呼びかける。誰だよロイドって。
キングヘイローはいつもの調子で「ふふん」と腕を組むと、そのウマ娘を諭すように言った。
「いちりゅうのスパイたるもの、かぎあけなんてぞうさもないわ」
何処ぞで拾ったのだろう針金を取り出すキングヘイロー。
当然、針金を鍵穴に突っ込んで引っかき回しただけで開かなかった。
「……ハイテクなカギね」
キングさん、それ前世の馬舎でもよく見かけたくらいちゃちい南京錠なんですけど。とりあえずそれっぽい事やりたかっただけだろお前。
「おとこのこたちは、よくはずしてあそんでたね」
「そうだねぇ、どうやってたんだろう……」
こういう南京錠は、ガタが来るとちょっと力が強い子供の腕っ節で外せる。男の子グループは力尽くで鍵が外せたのを自慢しあってキャアキャアと喜んでいたが、何度か先生に怒られていた記憶もある。"イケナイ事"だからな。やりたくなる気持ちも分かるぜ。
……いや、まぁ、下手すれば男児より握力があるウマ娘にやらせると本当にぶっ壊れかねんから入れ知恵はせんが。
「私達が潜入して、見張り役を頼むのはどうかな……」
「それしかなさそうね……」
かくしてオレ達ウマ娘は外の壁にコソコソと張り付いて、偶然開かれていた職員会議を"諜報"しているわけであるが。
「だって、男の子達より断然脚が速いんですよ。成長途上の大事な時期に、身体能力の格差を見せつけられるなんて、そんなの負けた子がかわいそうじゃないですか」
どうにも真面目な事を話し合っている御様子だ。たぶん、内容からして今度開かれる運動会のプログラムについて決め合っているのだろう。
「でもねぇ、最近は差別がどうとか……」
「差別じゃなくて区別だと思います。駆けっこで女の子と男の子を別ける事だって、以前からやってた事じゃないですか」
先生達の間で難しい単語が飛び交っていて、キングヘイロー達は真面目な顔で「?」という文字を浮かべている。
「せんせーたちのおはなし、わかりますかロイドさん……?」
「きっと、われわれを"かくらん"するあんごうよ」
いつまで続けるんだそのノリ。
しかし話は分からずとも、先生達が剣呑とした雰囲気で言い合ってるのは子供のウマ娘達にも理解は出来るようだ。
むしろ、こういう子供達こそそういう雰囲気を察するのには機敏かもしれない。
「……かえったほうがいいかな?」
「……えぇ」
なにか、『とても悪い事をしている』という罪悪感に駆られたのだろう。スパイぶっても本来は分別のある子達だ。キングヘイローも含めて、ウマ娘の女児達はその場をすごすごと立ち去ろうとした。
その辺りで、新米の先生さんが「あのぅ」と提案する声がオレ達の耳に入ってくる。
「じゃあ、『ウマ娘の子は駆けっこ競技に出さない』、つまり我慢してもらうっていうのはどうでしょうか……」
その言葉を聞いた瞬間、ヒヤッとしたモノが胸に注がれた感覚がした。
他のウマ娘も、そしてキングヘイローも多少の差はあれど同じ感覚に陥ったろう。
「何を言っとるんだねキミは」
「だって、競技に出すとしたら観戦するだけでも自分達よりもずっと速いって理解しちゃうんじゃ……」
そりゃあ、まぁ、そうだろう。テレビで中継されてる人間とウマ娘のレースをそれぞれ見比べたって、差は歴然と理解出来る。
……それがどうした? 人間サマの為に、仲間達との楽しい追いかけっこに参加出来ず指咥えて見てろっていうのか。なぁ?
「イヤァーーーッ!!!」
それぞれが困惑している最中、その場に居た一番年少のウマ娘がいつの間にか職員会議に割って入って大声で叫んでいた。
「わたしたち、かけっこがいちばんすきなのに! いっぱいれんしゅうしてたんだよ!!」
彼女の叫びに、職員達が驚きながら振り返る。当たり前だ。児童はみんな家に帰ったはずなのだ。
職員はおろおろとする者や、そのウマ娘を慰める者、難しい顔をする者、なんで入ってきたのかと叱っているとそれぞれ十人十色だ。
「大丈夫だよ。先生はそれをよく知っているから、キミ達をのけものなんかにはしないよ」
オレ達を担任してくれている先生が、目線の高さを合わせるように膝を折ってその子をなだめていた。
その人は、この幼稚園で一番優しい先生だとオレは思っている。
だからか、泣いているウマ娘の方もワンワン泣きながらその先生にしがみついていた。
「……わたしも、おいかけっこにさんかできないのはイヤよ。せんせい」
キングヘイローも泣きこそしないものの複雑な表情で、ぽつりと自分の心情を吐露した。猫目やボブヘアのヤツも、同じような顔で頷いている。
職員、児童、両方が重苦しい表情をしている最中、園長先生が落ち着いた素振りでパンパンと手を打ち鳴らした。
「とにかくとして、追いかけっこ競技にはウマ娘の子達は絶対出します。これは決定事項です」
場が静まり返る。たとえ反対意見があろうが、言える状況じゃないだろう。
園長先生は、続けてオレ達の方に笑顔で小指差し出した。
「これは、貴方たちにも約束します。絶対に破らない、ゆびきりげんまんです」
だから、安心して走るのを楽しみなさい。とでも言わんばかりに。
職員の扱いにも子供の扱いにも手慣れている。そんな大人の振る舞いを見せられて、ウマ娘達はもう素直に指切りする以外に出来なかった。
「……そして、門が閉まっている幼稚園に入ってはいけません。危ないですからね」
当然、これについても何の反論も出来なかった。それぞれ「ごめんなさい……」と反省し、幼稚園から退散の流れと相成ったわけであるが。
「私達が、人間の為に我慢する必要ってあるの?」
オレは帰り道でキングヘイローにそんな事を訊ねた。
どうにも新米の先生さんが放言した「我慢してもらう」という言葉がどうしても頭から離れなかったからだ。
だが、当のキングヘイローは別段気にしている様子はない。
むしろ、何故オレがこんな質問をしてきたのか不思議そうな顔すらしていた。
「ウマむすめがにんげんのためにがまん?」
「うん、そう。追いかけっこの事もそうだけど、私達は歩道で思いっっ……っきり走っちゃいけないとかあるじゃない」
車道と歩道の合間にあるウマ娘専用の専用道の方を見やる。
正確にどの年齢から『ウマ娘はこの道で走れ』など定められているかは知らぬが、少なくとも『ウマ娘が歩道で走ってはならない』と母ちゃんにずっと教えられている。
「他にも色々あるけど……それって全部、『不公平』なんじゃないかって」
ハッキリそう言うと、キングヘイローは目をパチクリさせてから、少し考え込む。不公平という単語の意味を考える時間も含めてだろうが、彼女の答えはすぐに出た。
「わたしはそうはおもわない」
キングヘイローはピョンっと、ウマ娘専用の道路へ飛び移ると「着いてこい」という仕草で軽く走り出し、オレも彼女を追って駆け出す。
オレ達みたいな幼児のウマ娘でも、自転車くらいの速度は出るだろうか。
「たとえば『ヒトをなぐっちゃいけない、けっちゃいけない』だとか……そういうのは、にんげんもウマむすめも、ちからのつよさにかんけいなくおなじことでしょ?」
それはそうだろう。誰だって殴られれば痛いし、蹴られれば傷付く。
「わたしたちがほどうではしっちゃイケナイのは、だれかにぶつかってオオケガさせないため」
「でもそれとこれは違うんじゃ……」
「おんなじよ。じてんしゃやくるまだって。ほどうをはしっちゃいけないでしょ? にんげんだって、ほどうでおもいっきりはしったらしかられてるんじゃないかしら」
そりゃ……「歩道が広いではないか……行け」なんて車で歩道を走ったら大惨事なのは想像出来るが。
信号地点にさしかかり、自分達も車道用の信号に従う。自分と同じ年代くらいの歩行者が、母ちゃんに連れられて元気よく手を挙げ目の前を横切っていく。
「しゃどうをよこぎるときはてをあげる。しんごうきはみどりがすすんでよくて、あかはとまる」
人間にとってもウマ娘にとっても当たり前の決まり事を一つ一つ口にしながら、車道用の信号が青に切り替わってからまた走り出す。
オレ達は並んで走っていた。このまま前世の宿願通り思いっきり競い合ってみたくもなったが、キングヘイローにはその気はないようで。速度を緩めながら歩道に移っていった。
「そして、そのルールにのっとって。わたしたちウマむすめもにんげんたちといっしょのみちをあるいていける」
キングヘイロー……いや、オレの目の前にいる幼いウマ娘の表情は、芯を持った凜々しい表情でとても大人びているように見えた。
「でしょ? ほかのことも、きっとおんなじよ」
彼女は大人びた表情を崩して、いつも友達と遊んでいる時のようにニッコリと微笑んだ。
「……せんせいたちがはなしてた"区別"って、たぶんそういうイミよね?」
今度は逆に、たどたどしくオレにそう訊ねてくる。前世での"キングヘイロー"を知っているオレは、それを見てなんだかおかしくなってこっちも同じように笑ってしまった。
「結局のところ、ウマ娘でも人間でも扱いについてはそう変わらんのかもしれん」
テーブルで母ちゃんが作る料理を楽しみに待ちながら、オレは独り言のように漏らした。
横には離乳食を食べ始めた幼い弟がいるが。彼との扱いにおいては些細な区別はあれど、差別を感じた事は一度もない。せいぜい赤ん坊だから甘やかされてるのにオレが嫉妬する機会があるくらいだ。
「案外前世でもそういう世の中だったのかもしれんな。なぁ?」
赤ん坊の弟にそう話しかける。弟は全く理解してないようにキャッキャと笑っているし、今となってその辺りがどうだったかは確かめようもない。
ただ、前世でオレを世話してくれていた点については特に不満は無かったから、今世でもきっとそうなのだろう。
「ディオスー。ご飯が出来たから運ぶの手伝ってくれるー?」
キッチンから母ちゃんの呼ぶ声が聞こえる。オレは男口調で喋るのをやめ、母ちゃんの要請を素直に受け答えた。
「はーい! そっちいくね!」
この世界は、たぶんオレの考えている以上に優しく出来ている。
「今日、幼稚園に忍び込んだでしょ。先生から連絡があったのよ。今度からやっちゃだめよ?」
「ははは、ディオスは女の子らしいところがあるようでやんちゃだからなぁ……」
分かってるよ。スパイファミリーだか何だか知らんが、もうそういう遊びはしないって。
「はーい……」
両親が苦笑いしているのを横目に、反省している素振りで食事を続けた。嫌いな酢の物があったのでいつものように父ちゃんの皿に移そうとする。
「ちょっと」
母ちゃんがいつもよりも数段優しい声色を発して、オレは箸が止まった。
「酢の物もちゃんと食べなさい。好き嫌いすると大きくなれませんよ」
母ちゃん。酢の物嫌いなんだよ。酢をかける前の野菜単体でくれよ。それなら大好きだからさ。おい、これも我慢しなきゃダメってヤツか?
オレが不満げな顔をしているのを察してか、母ちゃんはますます優しい声色でオレを諭すように告げた。
「好き嫌いしていちゃ、立派な大人になれませんよ。貴方もウマ娘なら、好き嫌いなく食べなくちゃね?」
怖ぇよ。優しいのに怖ぇよ。
母ちゃんは、怯えながら苦笑いしている父ちゃんの皿からオレの目の前に酢の物を戻した。
……神様よぉ。オレは思うんだが、その辺りについてはウマ娘も人間も関係ねぇんじゃねえか。なぁ。