夏休み。相変わらず、トレーニングに明け暮れた日々を過ごしている。
キングや他のウマ娘との共同トレーニングはもちろんだが、一人でトレーニングをする事も多くなった。
そして今日もまた、公園でシャトルランのトレーニングをこなしていた時のことだった。ふと、声をかけられた。
「あの……」
幼い声だった。視線をやってみれば、ウチの学校の一年生の子だろう。顔は見かけた事がある。
髪はクセがあるベリーショートの黒髪。身長は百二十センチと少しといったところ。腕脚は細い為にすらりとして見える。ただ風貌は佳麗というよりも、可愛らしいとでも表現しようか。
「なにかようかな?」
イタズラをしない女子供は泣かせてはいけないというのが前世のモットー。怖がらせないように微笑んでから訊ねると、その子は少しおどおどとした様子。
「その、えっと……」
もじもじとしながら俯いてしまった。そして、顔をくしゃくしゃにして涙ぐみ始めるではないか。
これには、ギョッとした。馬だった時代に、幼児相手に柵越しに顔合わせただけで泣かれた事あるがまさかソレだろうか。
慌てて駆け寄って、しゃがみ込んで視線を合わせてから謝る事にした。
「ご、ごめんね! 泣かないで!」
そう声をかけて、しばらく頭を撫でたり背中をぽんぽんしたりしていると、ようやくその子は話しかけてきた用件を打ち明けてくれた。
「……自慢?」
猫目ちゃんとファーストフード店で一緒に食事をしている際に、事の次第を話すと彼女の特徴的な眼で見つめられた。
「いや、こういうのってどう対処したらいいか……」
その幼子から渡された便箋――……ラブレター――を渡されて、困り果てている。
手紙には、拙くも丁寧な文字で、憧れや尊敬の言葉が綴られていた。その上で、"恋愛的なお付き合い"がしたいとハッキリ書かれている。
とても嬉しいのだが、同時に困惑する。同年代ならともかく、一年生の子がそんな恋愛感情を抱いてくるなんて思わなかったからだ。
「んー……とりあえず、その子の事はよく知らないわけだし、一旦は断るしかないんじゃない?」
猫目ちゃんは、真面目な意見を淡々とした口調で答える。
「てっきり『受け入れるべきよディオスちゃん!!』って言ってくるかと思ったけど」
そのように言うと、彼女は心外だと言わんばかりにポテトを咥えながら口を尖らせた。
「そんな無責任な事はいわないよー」
彼女はそう言うけど、以前にだいぶ囃し立てられた気がする。けれど今回に関しては彼女の意見はもっともだと思ったので、深くは突っ込まないでおいた。
「でもさ、なんだって私なんかに惚れちゃったんだろうね。一年生の子がさ。下級生の子と混合でやる授業で何度か会話したくらいだよ」
そう言うと、見つめ合っていた猫目ちゃんが視線を下げた。
「それは……」
そこで言葉を区切る彼女をみて、自分も視線を下げる。……うん、まぁ、言いたい事は分かるけど。
抗議の意図を含め、再び顔を上げて猫目ちゃんを見つめる。
「一年生の子がそんな邪な考えで女の子を好きになるはずないでしょ? ……五年生や六年生の男子ーズなら、まだしも」
「……自覚あるんだ」
真剣な表情で言われた。……触れ辛い話なので、咳払いをして話題を変える。
「それでね、この手紙をどうするかって話なんだけど」
猫目ちゃんも腕を組んで考え込む。
「やっぱり、返事はしないとダメだよ。断るにしたって、無視なんて一生モノのトラウマだよ?」
「……そうだよね」
せっかく勇気を出してくれたのだから、きちんと返事をしなければならないだろう。しかし、どうしたものか。断り方について、色々と考えてしまう。
断ったら、あの子は傷つくだろう。しかし、年齢が離れてるから受け入れる訳にも……。
「……じゃあ、そういう事に慣れてる人に聞けばいいんだよ!」
「慣れてる人って?」
名案とばかりに手をポンと叩く猫目ちゃんを見て、首を傾げる。
私に問われた猫目ちゃんは、自信満々に答えた。
「……私は、別に男の子を振る事に慣れてるわけではないんだけど」
時間を変えて、ブティックでの買い物中。仔細を聞いたキングちゃんは呆れたように呟いた。
キングちゃんのジト目が痛い。私は猫目ちゃんに「キングちゃんに相談すればきっといい断り方を教えてくれるわ!」って言われたから助言に従っただけなのに。
「……いや、前に、ラブレターいくつか貰った経験があるって聞いたから……一年生の子相手にも貰ったっていう事も……」
私の言う事をキングちゃんはしばらく黙って聞いていたが、衣服を物色する手を止めてこちらを向くと思いがけない事を言い放ってくる。
「貴女の場合は受け入れてもいいんじゃないかしら」
「ハァっ!?」
思わず大きな声が出た。キングちゃんは顔を顰めて耳を絞ると、人差し指を立てて注意してきた。
「……お店の人に迷惑よ。騒ぐのはよしなさい」
……確かにここは店内だから、静かにするべきだと思う。でも驚きを禁じ得ない提案なのも事実だ。
「いや、でも、男の子との恋愛にあんまり興味が……っていうか一年生の子相手だし……」
私がそう言うと、キングちゃんは諭すようにゆっくりと言葉にする。
「ディオスさんは恋愛に現を抜かしてるくらいがちょうどいいんじゃないかしら」
そう言い終えてから、やたら可愛らしい服を手に取って、私に宛がってきた。
「いつもは大人びた服選んでくれるのに」
多少冗談ぶった声色で抗議すると、彼女は澄まし顔で答える。
「そう? 一年生の子を相手にするなら、これくらいの方がウケがいいと思うわ」
…………どうにも、彼女の「ラブレターを受け入れてもいいんじゃないか」という提案は本気らしい。
「そもそもの話さ」
キングちゃんが持ってきた可愛らしい洋服を試着室で着替えながら、ぽつりと呟く。
「なぁに」
どこかお姉さんぶった態度で聞き返してくる彼女に対して、思ったことをそのまま伝える。
「一年生の子と恋人付き合いしてなにすんの。って話」
試着室の外から小さく笑う声が聞こえた。
「そうね、まず一緒に登下校したりとか、ご飯を食べたりとかかしらね」
「そんなのなら、恋人でもないクラスの女の子としょっちゅうやってるし……」
そう言い返すと、また笑われてしまった。コイバナが上手ではない自覚はある。
「じゃあ、映画を見るのなんてのはどう?」
そう言われて、件の子と一緒に行くシチュエーションを思い浮かべてみる。
「キャロットマンを一緒に観たり? ……どうせならプリファイの方が好きなんだけど」
「他人に目撃されたら男の子側がからかわれてしまうわね。……それなら水族館や動物園に行って、一緒に動物を見たりすればいいじゃない?」
「動物を見るのはー……うん、嫌いじゃない」
「あとは、遊園地に行ったりするのもいいわね」
「いいね、ジェットコースターとか大好き」
そうこう言い合ってる内に、自然と笑みがこぼれてくる。気心の知れた相手とこの手の会話は、他人からしたらくだらないかもしれないが楽しい。
キングちゃんに見繕ってもらった衣装を着て、改めて鏡を見る。
「馬子にも衣装、ってか」
気恥ずかしさを誤魔化すように男言葉を使った。
そのワンピースを着た自分は、大人びた衣装を着ている時とは別人のように思えて新鮮だった。
これを着た状態でデートに行くなら、それはとても素敵な事かもしれない。
そんな風に考えてしまって、頭を左右に振る。
――……いやいや、相手は一年生の子供だって。
「ふ、ふふふ……」
しかし、つい口元が緩んでしまうのを感じる。
「ご機嫌そうね」
漏れ出た笑い声に気づかれて、慌てて表情筋を引き締める。
なんでもないと取り繕ったけれど、きっと無意味だろう。
「そういう気持ちは大事よ? 女の子なら、上手く着飾れた時は誰かに見せたくてたまらない時だってあるもの」
「私は運動に集中したいから、そういう性分はあんまり……」
そう言ってみたものの、内心では自分の中の乙女心が囁く声が大きくなっている気がした。
そして、ふと気づく。このように可愛らしい服を選んでくれたのは、そういう気持ちを昂らせてくれる目的なのではないかと。……母親がデザイナーだから、彼女はスタイリストとしての才能があるのかもしれない。
「どうしたの?」
黙り込んで真剣に考えていたからか、心配されてしまった。
「……キングちゃんって、スタイリストの才能あるんじゃないかなと思って」
特に避ける話題でもないので、母親のくだりを取り除いてから正直に言ってみる。
「――当然、キングは一流ですもの! おーほっほっほっ!!」
お嬢様笑いを響かせて、キングちゃんは嬉しそうに胸を張っていた。……大きな声が出ているのは、お互いサマだと思った。
選んで貰った服を購入し、店をそそくさと後にする。
いつもより新たな気分で支払いを終えて、服の紙袋を抱えながら帰路につく途中。不意にキングちゃんが話しかけてきた。
「私はこう思うの。トレーニング以外にも、気分転換は必要だと思わない?」
「猫目ちゃんやボブヘアちゃんとハンバーガー食べに行ったり、キングちゃんとお洋服買いに行ったりして気分転換になってるけど」
……そう返すと、口を「ヘ」の字にして不満そうな視線を向けてきた。
「……そうじゃなくて、私が言いたいのはトレーニングの量を――」
そこで言葉を区切ると、彼女は咳払いをして話を続けた。
「例えば、そう、さっき話題にした一年生の子とのデートでもいいから、もっと他人との交流に時間を割きなさいって事!」
そう言われて、私は少し考え込んだ。
「……それトレセンで役立つ?」
「……そのセリフ。私がその一年生の子の立場だったら、泣くわよ?」
小学一年生当時のキングヘイローの泣き顔を想像する。それはそれで、見たかったかもしれない。……それはともかく。
「いや、だって、トレセンって実質的に女子校だし……」
私の反論に対して、「そうことではない」と言いたげにますます顔を顰められた。
だが、自分なりに考えもある。
「その一年生の子と、お友達あるいは恋人関係になったとしてさ。マトモなお付き合いが出来るのが、あと一年と半年で。首尾良くトレセン学園に入学出来たら寮生活。トレーニングと勉学に時間を費やして、会いたくても時間的に会えないでしょう? 気を持たせるのも残酷な話だと思うよ」
キングちゃんもそれを聞き届けると、腕を組んで思案顔になってしまった。
「……じゃあ私がトレセン学園に入学出来なかったとして」
「えっ」
予想外の言葉を持ち出されて動揺した。
「か、仮定の話よ。雨に濡れた犬みたいな顔しないでちょうだい」
言われて、自分がどんな顔をしているのか意識してしまった。シェパードのように凛々しい顔を保つ。
「このキングが……あるいは、いつも一緒にいる後輩の二人がトレセン学園に入学出来なかったとして。貴女は一年と半年後の事を考えて、今現在の付き合いを疎かにするのかしら?」
彼女からの試すような眼差しを受け止めつつ、真面目に考える。
「……いや、キングちゃんや猫目ちゃんとボブヘアちゃんとは、数年の付き合いだから、えぇっと……」
新しい付き合いを模索するのと旧知の仲を一緒くたにするのも感覚的に違う気がするが、上手く言語化できない。
……とりあえず一旦、難しい事は隅に追いやって、思った事をそのまま口にする事にした。
「……しないかな」
それを聞くと、満足そうに頷くのが見えた。
「そういう事よ。男の子との出会いだって、そういう存在になるかもしれない。だから、今からお話するくらいは前向きに考えてもいいんじゃないかしら」
彼女は得意げにビシリと指差してきた。
……ううむ、確かにそういう考え方も出来るかもしれない。一年生のその子が、とても良い子でトレセン学園にいっても夢中になっちゃうくらい可愛く思えるかもしれないし。
キングちゃんの勧めもあって、断るにしても応じるにしても、話してみるだけ話してみようと思った。
「…………って事は、そっちは今までラブレター寄越してきた男の子とそーゆーお話したりしてきたの?」
「そ、それは~……」
しばらくコイバナのカウンターを食らわせながら、二人で駅へ向かう道を楽しく歩いた。
*
夏休み。相変わらず、私はいつもトレーニングをしている公園で過ごしていた。
だけども、今日はちょっと別の目的があって。先日買った白いワンピースを着て、木陰にあるベンチでのんびりと座っている。
「あ……」
すると、向こうから小さな影が走ってきた。ラブレターを渡しに来てくれた一年生の子だ。
私はその子を見つけるなり、出来る限り精一杯の笑顔を作って向き合ってみせる。
「こんにちは! 先日のお手紙の話だけれど――」
――唐突なデジャヴを感じた。トラウマと称するには甘酢っぱすぎて、初恋と称するには苦渋い、熟していないブドウのような記憶だ。
「こ、こんにちは……」
ぎこちなく挨拶をするその子の服装を見やる。精一杯、オシャレをしにきてくれたのだろう。可愛らしい白地に青いリボンのついたノースリーブシャツに、膝丈まであるフレアスカートというコーディネートだった。靴や小物まで丁寧に選んだらしく、実によく似合っている。
…………つまりは、うん、"女の子"だ。
『受け入れるべきよディオスちゃん!!』
頭の中に住んでいる猫目の残滓が狂喜した。
小学一年生といえば性差が明確でない年頃だが、なんだって今日まで見抜けなかったのであろうか。
単純にファンレターをラブレターと取り違えたのかと思い、持っていた手紙を改めて読み返すが、ハッキリ"そういう付き合いをしたい"と拙いながら書き記されている。
「えぇっと……」
精一杯の笑顔を保ちながら、自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
目の前の一年生の女の子は対照的に、顔を赤らめて真剣な表情で上目遣いに見つめてくるものだから、判断力は更に揺らいでしまう。
……いやでも、そもそも年齢が違うし、というか同性だし、いやいや、でも別に法的にどうとかいう話はないし、神様、これは許されるのか……しかし……。
一年生の子
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仲良くしてたらセイちゃんに目撃される
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キングと遊ぶ時についてきた
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猫目とボブヘアに囲い込み作られる