……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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マルゼンスキー

 ――ラジオたんぱ賞。またの名は"残念ダービー"。

 その蔑称は『日本ダービーの勝者は出走が出来ない』とか規定があった事から由来する。

 

 レースの価値を下げかねない不名誉な呼び方だとオレは思うが、観る側からはそういう認識もあるのだと知っておくと別の視点で物事を捉えられる。

 事実として、たんぱ賞の中継テレビに映っている出走者面々はダービーに出走してもおかしくない者達で固められていた。

 中でも、オレが目を惹かれたのが『銀髪鬼』のあだ名を持つウマ娘。そいつの名前は前世でも一度か二度は話題に聞いた事がある。菊花賞のレコード勝者。その世代において最優秀の表彰を授かった名馬。つまりはこの時代を彩る最強格の一人。

 

 ――そして"悲運の世代"の代表者。

 

『マ、マルゼンスキー。止まった! マルゼンスキー止まった! マルゼンスキーが止まりました!!』

 

 実況が動揺し、観客達がおおいにざわめく。何馬身も差をつけて悠々と先頭を走っていたマルゼンスキーが速度を極端に緩めて、最終コーナーで銀髪鬼や他のウマ娘に食らいつかれた。普通の逃げ馬なら、ここで先頭は終わり。

 

 その時のマルゼンスキーは、食らいついてくるウマ娘達をまるで品定めをするような眼差しで眺めていたようにオレには映った。

 そうして先頭を譲りかけて、最終コーナーの辺りか。ハイスペックの車がギアをあげた時のように加速して、再び何馬身も差をつける。

 その様子を観衆や実況はどよめいた。信じられないといった様子だ。

『最終直線に入る! 既に4バ身、5バ身と開ききっている! もはやマルゼンスキーの勝利は間違いない! 他のウマ娘は2番手争いに入っている!』

 実況が言う通り、最終直線で勝負を仕掛けるどうこう以前の問題で勝利は決まりきっていた。

 他のウマ娘は先頭を狙うよりも、いかに二着を勝ち取るかの意識を向けざるを得ない。この世代の最強格であるはずの銀髪鬼も例外ではなかった。

『これはもはや横綱相撲だ! 横綱相撲! 一着はマルゼンスキー!! 二着はプレスト――』

 

【挿絵表示】

 

 一着と二着の着差を認識して、眩暈がした。不良バ場のせいや途中の減速も相まってレコード勝ちではないし、決して名勝負とも言えない。

 だが、それでも衝撃的な場面であったのは間違いなく、しかも、二着の銀髪鬼が菊花賞で活躍するであろう事をオレは知っている。

 だからこそだろうか。そのレースを観ていて沸き上がった気持ちは"彼女と戦いたいという闘志"でもなく、"偉大なる曾祖父に対する敬意"でもなく、ただ一つ。

 

「……マルゼンスキーと同世代でなくてよかった」

 

 銀髪鬼が悔し涙を流している場面がテレビに映し出され、観客が「今年のクラシックは敗者復活戦をしているだけだ!」と野次を浴びせる声が聞こえて、オレは本心からそう思ってしまった。

 

 

 中継はウイニングライブに入る前の勝者インタビューに映る。

「みんな~、使い捨てカメラ巻いてる~~?? 今日もアタシの走りはバッチグー!!」 

 マルゼンスキーは相変わらずノリが良い態度を観客やインタビューに向けてピースサインを贈った。そんな様子を見ていると、とてもではないが、さっき圧倒的な実力を見せつけたとは思えないほど気さくな態度だ。……いちいち言語が古臭いのは、この際置いておこう。

 彼女の態度を受けてなのか、観客席から歓声があがったり、笑い声が起こるなど、好意的な反応が返っている事が分かる。

「ラジオたんぱ賞。一着、マルゼンスキー選手です。お疲れ様でした!」

 まずはインタビュアーがねぎらいの声をかける事から始まり、マルゼンの方もニコニコと笑いながら礼を返す。

「それではレースを振り返っていきましょう。まさしく、マルゼンスキー選手の言う通り"バッチグー"の走りでしたね!」

 インタビュアーがわざわざマルゼンの言葉から引用して、観客一同から笑いが起こる。

「うんうん、そうよね! バ場の状態が悪いから、大事をとって状態の良い大外を走らせてもらったけど――」

 そこで一旦言い淀む。インタビュアーからの言葉を待っているのか、何か思うところがあるのか判断のつかない素振り。

 少しの間を置いて、インタビュアーが言葉を投げかけた。

「最終コーナーに差し掛かる直前、大きく減速されたように見受けられましたが」

 実況すら動揺していたあの場面。観客もインタビュアーも、あれの原因については非常に気になっていたところであろう。

「ちょっと仕掛けどころに迷っちゃって。気持ちがフワついてたって言う感じっていうのかしら」

「仕掛けどころ、ですか?」

 インタビュアーは不思議そうに訊ねる。逃げ切れていた側が仕掛けどころというのも少し変な話だが、全く噛み合わない回答でもないだけに逆に合点がいかない。

 その不可思議さが一瞬の間を生んだせいか、不躾な観客から野次が飛ぶ隙が生じた。

「マルゼン! アンタがダービーに出ればよかったんだ!!!」

 カメラの端に映っていた銀髪鬼の肩がビクリと震えたのが見えた。あれでは他の競走者達に対する遠回しの罵倒だ。

 案の定、マルゼンスキーの表情が僅かに曇った。

「……大外でもいいから――」

 マルゼンスキーは何事か呟いたが、彼女の表情が曇ったのはその一瞬だった。

「アタシは、プレストちゃんと走れてとても楽しかったわ。あの子は、きっとアタシよりも凄いウマ娘になってくれる。今年のホットなウマ娘よ♪」

 他の選手を褒め称える形で、スマートに野次を諫めた。

「……それに思うの。アタシの走りを参考にしてくれた"某(なにがし)の後輩ちゃん"が日本ダービーを勝ってくれるんじゃないか、って。アタシとしてはそれで充分」

 朗らかに応える姿は、先ほどの陰りを感じさせない明るさに満ちている。

 それから、次の質問に答える態勢に入った。インタビュアーも慌てて、次の質問を投げかけ続け始める。

 

 

「……某の後輩、ねぇ……」

 勝者インタビューを見届けてから、オレは一人ごちった。

 実際のところ、前世においてマルゼンスキーの走りを受け継ぐ某かは日本ダービーを見事に勝ち取ったと聞く。

「真っ先に思い当たるのはチケ蔵のオヤジだろ? あともう一人は……」

 ……そういえば"ソイツ"はキングヘイローやオレと同世代だったか。つくづく、ひいじいさまの影響力には驚かされるばかりだ。

「まぁ、出来る事ならオレが日本ダービー勝ちたいってのが本音なところだが……」

 ソイツの勝利を打ち崩せるに至るかどうかは、まさしく"神のみぞ知る"というところなのだろうかね。神様。

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