「……お部屋で二人っきりになるなり、土下座しないでくれる……?」
キングちゃんは私を見下ろしながら、青褪めた顔であんぐりと口を開けているのであろう。たぶん、私の行動の意図が分からずに混乱している。
私だってなんで合同練習の迎えにきた彼女を見るなり平身低頭したのか。ただ、彼女の姿を見た途端、なぜか謝罪しないといけない気がしてしまっただけだ。
「イヤ、ナンカ、この前すれ違った時、不機嫌ソウニ見エタノデ……」
ライスのお姉さんと仲良く一緒に歩いている場面の事を思い出して、汗をだらだら掻いてしまう。何に緊張しているのか自分でも分からないけど、とにかく、何かに対して焦っている事だけは分かる。
「……ふぅーん?」
キングちゃんは意味ありげな声を発した後、しばらく沈黙していた。
「ライスシャワーさんに何かプレゼントしたの?」
「シテマセン……一緒に食事して、マルゼングッズ買いにいったダケデ、貢いでもイマセン……」
何故か敬語になってしまう。私の視界には床だけが映っていて、キングちゃんが怒ってるのかどうか分からない。
「あらそう。じゃあ、ディオスさんも私をお食事に連れてってくれるかしら。行きたい場所があるの」
その言葉を聞いて、少し内臓がヒヤッとする感覚がした。キングちゃんはお金持ちのお嬢様。そんな子がわざわざ行きたいお食事なんて、超がつくほどお高いに決まってる。回らない寿司か、はたまたキャビアフォアグラが出るレストランか。学生の身分の私は、自分のお通し代だけで破産しかねない。
「アノ、ソノ、高い店だとお金が……」
「その点は大丈夫よ。案外リーズナブルだって聞いてるから」
しれっとした態度で言い切るキングちゃん。イヤ、アノ、お金持ちの子のリーズナブルって、価値観の差というか……アノ……。
そんなこんなで胃が潰れそうな感覚を抱きながら、いつも通りウマ娘達が集まって合同練習を終える。上級生ともなれば、怪我しないように見守ってくれている監督の先生と一緒になって下級生の面倒をみたりする機会もあるのだが、今日は猫目ちゃんやボブヘアちゃん達が機材の片付けを手伝ってくれた。
「んんんしょ……」
ウマ娘用の斤量を持ち上げていたのに気づいて、代わりに持っていく。
「斤量片付けしていいのは監督の先生と上級生だけ。それ以外の子は危ないから軽いヤツね」
「はぁーい……」
「はい~」
少し不満そうにする猫目ちゃんと、素直に応じてくれるボブヘアちゃん。
「それにしても珍しいね。終わった後も帰らずに手伝ってくれるなんて」
片付けは上級生と顧問の担当だから、真面目な子以外は早々帰ってしまう子が多い。現に四年生の時は私は速攻で帰ってた。
それをこうしてわざわざ手伝ってくれるようになってるんだから、この子達も立派に成長しているんだなぁ、とじみじみしていると。首を傾げる猫目ちゃん。
「え。だって、この後キングちゃんとディオスちゃんと、私達で四人で食事に行くんでしょう? キングちゃんの為にも、手伝って早く終わらせないと」
え。なにそれ聞いてない。
「うん。ディオスちゃんがエスコートしてくれるんだって嬉しそうに~……」
聞いてないよ。というか無理だよ高級レストランのエスコートとか!! ドレスコードは……まぁ、使えそうな服はキングちゃんとの買い物で一点かニ点はあるけども……!!
「ム、ムリムリ! 無理だって! そもそも猫目ちゃん達だってそんなお金……あ、全員分の食事代私に払えって!? もしかしてそんだけキングちゃんの事怒らせてた!!?」
ボブヘアちゃんも猫目ちゃんもしばらく不思議そうに私の様子を見つめていたが、こちらが何を言っているのか把握したらしく、ボブヘアちゃんは笑いを堪えるようにくすくすくと、猫目ちゃんは遠慮無し気味に大笑いし始めていた。
魂の抜け殻の状態で後輩二人に手を引っ張られて、吾輩は道を征く。家に帰ってドレスコードに使えそうな服を見繕ってきたいものだが、猫目ちゃんが「そんなの必要ないよ!」と引っ張るものだから、帰るに帰れない。
「……ナニ、アノ、三人の事ソンナニ怒ラセマシタカ……私……」
「え、何の事?」
「イヤ、ダッテ、高級レストランエスコート……」
少しの間きょとんとしていた猫目ちゃんは、いたずらっぽくニヤニヤとして顔を浮かべてくる。
「そうだねぇ~。ライスシャワー? っていうお姉さんとデートしてたから、キングちゃんヤキモチ焼いたかもね~」
「デートシテナイヨ……」
「でも私からはそう見えた。キングちゃんももしかしたらーそうかもよ?」
「ソウカナ……ソウカモ……」
夏休みが終わってからもキングヘイローや後輩二人含めいつも通り勉強を教わったり買い物に行ったり、練習したりしていたが、猫目の言通りならそれでも足りなかったのかもしれない。
「ジャア、奮発して三人にキャビアフォアグラオゴルシカナイデスネ……」
私がそういうと、また猫目ちゃんがまた腹を抱えるように声をあげて笑っていた。何がおかしいというのだ。破産するのがお望みか。
「えっと、ディオスちゃん~……えっとね~、キングちゃんがエスコートしてほしいお店っていうのは――」
ボブヘアが何か説明しようとしてくれたが、猫目がそれを遮る。
「こうなったら、キングちゃんのご機嫌を直すにはディオスちゃんがお店でいっちばん高いのをおごらなきゃダメよ! 男の甲斐性ってヤツを見せてあげなきゃだめよ!」
「ワタシ、女デス……」
今まで貯めてきたお小遣いを放出してオケラになるのはこの上なく不満だったが、猫目の言う通りなのかもしれない。そして、そのまま連れてこられた先は――。
「予定時刻より早く到着……まぁ、このキングとの待ち合わせなら当然の事よね!」
三人が待ち合わせの場所に早く到着したのをご満悦気味に腕を組んでいるが、その後ろにはいつも猫目ちゃんやボブヘアちゃんと利用しているファーストフード店。高級レストランとはかけ離れた存在。小・中・高校生にとっては放課後の時間の憩いの場。
「……どうしたの、ディオスさん。そんなあんぐりとした顔をして?」
てっきり、お高いお店にでもエスコートを願われたものとばかり思っていた私は、猫目ちゃんとボブヘアちゃんの方を見る。二人とも堪えきれずに笑っていたのをみるに、最初から知ってたらしい。
「……猫目ちゃん、知っててカラカッテタ?」
「だって、反応が面白かったんだもの♪」
「ぎぃななあぁあああああ!!!!」
猫目ちゃんの耳を掴んで微妙に痛く感じる程度の力で揉んだ。拙者、女子供の泣き顔は嫌いでも、イタズラする輩は例外にて候。
「はいはい、お店の前でじゃれ合わないの。他の人に迷惑でしょう?」
キングちゃんのお叱りごもっとも。早々にじゃれ合いをやめて、私達は四人でお店に入る。
ボブヘアちゃんと猫目ちゃんとは結構な頻度で来ているのだが、こうやってキングちゃんを交えては初めてかもしれない。
それにしても、キングちゃんもこういうお店に来るとは以外だ。お嬢様だから、ファーストフード店なんて嫌いだと思っていたけれど――。
「四人で。お席に案内していただけるかしら?」
清掃中の店員さんにそんな事を申し付けていたので、私達は三人とも真顔になった。
「き、キングちゃん……空いてるところ自由に座っていいんだよ……」
「え、あ、そ、そうなの。じゃあメニューをお願いでき」
店員に何を頼むかのオチが読めたので、配布してあるメニューの一覧紙をキングちゃんに押し付けるように渡した。
「……もしかしてファーストフード店行った事ない?」
「え、えぇ。一度も」
少し恥ずかしそうにしているキングちゃん。こちらをじろりと見る猫目ちゃん。事態を察して頑張ろうと意気込むボブヘアちゃん。
……あぁ、うん、エスコートって、ファーストフード店の使い方分からないから、教えてほしいって事なのね……。
「とりあえずね。食べたいものをあの看板に書かれてるモノの中からレジで注文して、後は出来上がったものをあの、端っこのカウンターで受け取るの」
私が説明すると、キングちゃんは素直に頷いていた。本当に初めてっぽい。
「席まで運んで来ないのね。新鮮だわ……」
お嬢様のキングちゃんにとってそういったセルフサービスは未知の世界なのだろうか、感心したように頷きながら私の説明を聞いていた。
「今は並んでる人がいるから、その人達が優先だね~。メニューはこっちにもあるから、待ってる間に選んでよっか~」
ボブヘアちゃんが、改めて配布されてる紙について説明している。メインサイド飲み物。セットで買うと安いだとか、こっちにはおもちゃがついているだとか。
キングちゃんは案外面白いところがあるからキッズメニューのオモチャに惹かれてくれると思ったが、どうやら別の品物に興味を惹かれていた。
「……KINGバーガー」
そのように商品名が書かれている商品をまじまじと見ている。たぶん新商品だろうか。内容については……。
「まさしくこのキングにふさわしい商品ね! これにするわ!!」
私達が内容を確かめる前に、キングちゃんはそう言い切った。まぁ、本人が食べたいものを食べるのが一番だろう。
その辺りでちょうど順番が回ってきたらしく、私達はそれぞれ頼むモノの金額を予め用意して、好きに食べたいものを頼んだ。
「えぇっと、ビッグバーガーセットで。ドリンクはコーラ。サイズM・M」
「私はフィッシュバーガーでー。ミルク!」
「私はチョコパイとバニラを~……」
「この一流のキングに相応しいKINGバーガーを所望するわ!!」
……普段しっかりした子だけど、時々世間ずれした子になるよね。キングちゃん。
まぁ、そんなこんなでそれぞれのメニューを受け取って席についたわけだが。
「キングちゃんのメニュー、出てくるの遅いねー」
確かに、遅い。ファーストフードだからたまに作るのが遅れるなんてのは、珍しい事でもないが、それにしたって他三人が半ばまで食べ進めてる状態になっても出てくる気配がない。
店員に文句でもいうか、といった視線をキングに流してみるものの。
「一流は、この程度で騒がないものよ」
余裕ぶった素振り。うーん、行儀の良い客だ。それを受けて、私達三人もゆったりとしながらキングちゃんのメニューが出てくるのを待った。
「大変おまたせしました! こちらKINGバーガーです!」
少し待たせたのもあってか、カウンターまで受け取りにいかずとも、わざわざ店員が席まで直接運んできてくれた。
しかしそれについてキングヘイローは目的の品物が来た事を喜ぶでもなく、真っ青になって口をあんぐりと開けていた。キングちゃんの絶句顔から得られる栄養分がここにある。
……なんでそんな風であったかといえば、出てきたバーガーが異様だったからだ。まず、一番真っ先に表現すべきは何段にも重なった大きなミートパティ。数えてみれば13段はあった。そこへ豪快にカロリーの高そうな濃厚なチェダーチーズがどろどろとぶっかけられていて、肉汁とチーズの油が混ざり合ってしたたっている。
うん、とても美味しそうだ。でもウマ娘であっても小学生にあの量の完食は無理だ。私でも完食はキツい。ビッグバーガー食べた手前だし。
「……食べ切れる?」
おそるおそる聞いてみた。キングちゃんの顔がひきつっていた。
「い、一流は、この程度の量、食べられるわよ……それに、残したら、作ってくれた人に対する不遜よ……」
言ってる事はとても立派だけど、明らかに強がりなのは目に見えていた。
キングちゃん以外の三人とも、彼女の食事風景を見守った。
まず、なんとか手で掴もうとする。分厚すぎて崩しそうになった。お洋服が汚れる寸前で断念。
「う、うう……こ、これじゃあ持ち上げない方がいいわね……」
口だけあんぐり開けて、頬張ろうとする。無理。顎が外れかけて、渋い顔をしているところで断念。
「…………ぐぬぬ……」
私と猫目ちゃんはキングちゃんの百面相から取れる栄養分を楽しんでいた。
「どう食べればいいのよ~~っ!!」
ついに涙目になるキングヘイロー。酷く過酷な練習でも泣かない子なのに、こういう変な場面で泣きかけるから、なんというか。
私とボブヘアちゃんは顔を見合わせて、店員さんにプラスチックのナイフとフォークと、紙皿を貰い受けに行く。
「キングちゃん。私も貰って良い? 値段は、えっと、食べた分だけ払うからさ……」
見かねた猫目ちゃんもそのようにキングちゃんに提案している。
「……この調子じゃお残ししてしまうから割り勘でなくともいいわ……でも、どうやって食べるっていうの?」
そこで戻ってきた私とボブヘアちゃんが紙食器一式をテーブルに並べる。
「キングちゃんにゃ、こっちの方が慣れてるんじゃない?」
フォークを使って一番頭のパンズを外して、ミートパティだけをそれぞれの皿に運ぶ。濃厚チーズが掛かったハンバーグが複数枚。
「これだけなら食べられるねー。おいしそー♪」
大喜びしてる猫目ちゃん。まぁ、いくら大きなハンバーガーでも、ウマ娘四人で分け合えば普通に食べ切れる範疇に収まる。
「で、でもこういうのってお行儀悪いんじゃ……郷に入れば郷に従えというし……」
当のキングは存在もしないテーブルマナーを気にしている様子だ。それを受けて私達は三人で目配せして、それから声を合わせてこう言った。
「「「ここじゃ、楽しく食べるのがテーブルマナー」」」「……も、もちろん他人に迷惑かけない範囲で~……」
私達の言った事に、キングヘイローは目を丸くする。口に手を当てて、しばし考え込むような仕草をした。
「……うん、それじゃあ、今の形式で問題ないわね」
そして、彼女はやや気恥ずかしそうな表情で、自分のお皿のバーガーをナイフとフォークで行儀よく食べ始めた。
「それにしてもエスコートなんて言い出すから、高級な店にでも連れて行かれると思ったんだけど……」
「あら、そちらがお望みならそうしましょうか?」
キングちゃんは意地悪っぽい笑みを浮かべながら、冷静な声色でそんな事を言ってくる。
「別に、恋人の間柄でもあるまいし。ディオスさんが誰と遊ぼうが怒ったりしないわよ。それだけは安心しておいて」
……どうやら、意味ありげにしていたのは単なるフリだったらしい。こっちが勝手に不機嫌だと誤解しただけなのは、間違いなさそうだ。
「もちろん、この三人と遊びに行きたくない、ってわけでもないわよ。だから、私から言える事は『他の人だけにかまけて私達を疎かにしないでね』って事くらい」
「プレゼントは要らないからさ、私とまた遊ぼうよディオスちゃんー!」
「そうだね~。過去の事で将来勝てるかどうかを不安になっちゃうのも分かるけど~……練習だけに集中しちゃうのは、よくないから~」
そんな事を言ってそれぞれの肩にすり寄ってくる猫目ちゃんとボブヘアちゃん。
うーむ、自分は常々良い友人に囲まれてると思う。他の交友関係を断ち切るわけにもいかないが、やっぱりこの三人との関係を疎かにする気になれない。
「……は、ははは。心配しないでよ。私に恋人が出来てもたぶん結構な頻度でこのメンバーで遊びに行くと思うよ?」
私は照れた笑いが浮かんでしまいながらも、そういって三人と楽しくハンバーガーを食べるのであった。
「え、あの一年生の子。振ったんだ」
「あら、残念ね。ディオスさんは恋愛を楽しむのに向いている性格だと思ったのだけれど……」
会話を聞いていた猫目ちゃんとキングちゃんがそのように言ってくる。そういえば二人には「一年生の子にラブレターを貰った」と相談していたか。
「いや。振ってないよ。OK出した」
軽いノリで返事をすると、三人にびっくりした顔をされる。キングちゃんにいたっては噎せていた。
「え、え、え。じゃあこの中で唯一男子の恋人持ち……」
「あ、違う違う。あの一年生、実は女の子だったみたいなんだよね」
ますますキングちゃんとボブヘアちゃんの二人にはびっくりされる。宇宙猫顔をする猫目ちゃん。
「で、さ。一年生の女の子とやる事って、結局おままごととか鬼ごっことか、そんな遊びの延長線だからさー。別にお友達が増えたっていう感覚でー、恋人だとかそんな御大層な~~……」
なんか、だんだんと空気が凍りついてきたような気配を感じ取った。
キングちゃんは、失望したような、ひどく呆れたような顔をして、ボブヘアちゃんは、苦笑いを浮かべて、どう説教したものかと考えているような顔をしている。猫目ちゃんは……うん、なんというか「素晴らしい事だわ!!」とでも言いたそうな、キラキラ顔をしている。
「……今日はその事について、よくよくおはなししましょうか」
「そうだね~。ちょっと、ディオスちゃんに女心っていうのを教え込まないと、このままだとまた誰かを深く傷つけちゃいそうだしね~~?」
……キングちゃんとボブヘアちゃんの顔が怖い。微笑んでるような表情なのに、声色が笑ってない。目が笑ってない。
「えっと、『楽しく食べるのがテーブルマナー』ってさっき言ったばかりで……えっと、その、説教されたら楽しくもなくな……」
それを聞いた二人は同時に私の顔に指を向けて、言葉を重ねてこう言ってきた。
「大丈夫。楽しいおはなしになるかどうかは、貴女次第だから」
そうして、私は有無を言わさずお話し合いに強制参加させられる事になったのだった。
「うぅ……ひどい目に合った……」
あれから一時間ほどみっちりと絞られて、解放された頃にはもうすっかり夕暮れ時になってしまっていた。
「まぁ、私の言い方が悪かったんだろうけどさぁ……」
私が悪いっていうのは分かってる。けど、もうちょっと加減してくれても良かったんじゃないかなぁ……なんて思う。
そんな事を考えている内に、家の前にたどり着いた。
あぁ、でも、うん、今日は楽しかった。説教はされたけど。
結局あの三人とはこれからも集まる事になるだろうなー。
明日もこんな日が続けばいいと思いつつ。
「…………あれ……?」
――今日の会話で、"誰かの発言に強烈な違和感があった"ような気がする。
「……まぁ、パッと分からないなら大した事じゃあないでしょ」
そう思いながら、家に入ってから宿題の処理へと向かった。
強烈な違和感がある発言を発したのは
-
キングヘイロー
-
猫目ちゃん
-
ボブヘアちゃん