小学生五年生の秋は去年と違って順調で、何事もなくすぎていく。
冬になったらまた北海道にでも行きたいなとも考えながら、一年前に行った観光地が今どうなってるかをインターネットで調べ、そして半日寝込んだ。*1
――♪
……夕方、毛布にくるまってると携帯が鳴った。キングヘイローではない。設定した着信音で分かる。
「……もしもし?」
「ちょっとー、だいじょうぶー?」
猫目のよく通る声が耳に刺さる。だが、今は耳に痛いこの明るい声がありがたい。
「今日、合同練習の日だよ。来ないなんて珍しーんだぁー」
そういえばセイちゃんを泣かせて落ち込んで翌日休んだ以来か。
「おーい、聞いてる? 風邪?」
オレは布団から上半身だけを起こすと、通話先の彼女に言う。
「……ううん、寝坊した。もうぐっすり」
そう言ってからわざとらしく欠伸をすると、彼女は呆れた風に言ってくる。
「まったくぅ。心配したんだよー?」
「うん、ありがとう……」
そうお礼を言う。電話口からは「ふふーん」と得意げな声が聞こえてきた。
「猫目ちゃん。質問なんだけど」
「なぁに? なんでも聞いて!」
一年前に会った牧場の少女の語り口を思い出し、あの独特な価値観を真似る。
「動物が――いや、前世の記憶持ってる人がいたら、信じる?」
しばらく無言の時間が流れる。それから少しして。
「ぷっ! あははっ! なにそれ~!! もしかして変な夢でも見た?」
笑われてしまった。まあ、予想通りの反応か。
ひとしきり笑った後、猫目は真面目な声音で返してくる。
「う~ん、どうだろうね。私達ウマ娘が違う世界から魂や名前を受け継ぐって御伽噺はよくあるから、前世っていう概念は信じてるけどー……」
「記憶は受け継がない、と」
「そうそう。だって、私の前世が男の子だって可能性もなくはないわけじゃん。それで記憶保ったままなら、そーとー生きづらいと思うよ。女子のハダカ見ないように気を配ったりとか」
……いや、まぁ、お前はむしろイキイキすると思うぞ。恋愛志向的に。
「あ、でも。勉強とかは楽そうだね。テストで百点取り続けたりー……」
……最近になってようやく赤点脱したオレへの嫌味か。
「……ところでなんで急にそんなコト言い出したの?」
――先日、ファーストフード店で違和感持った相手は……。
「ん、ありがとう。大体わかった」
「え、何が?」
「いや、こっちの話」
適当に誤魔化しておく。相談してどうにかなる話でもない。
「あー……もしかしなくても、アレの話でしょ。例の」
「え? 何か思い当たる事でもあった?」
「ごめんけど、ディオスちゃんの気持ちは嬉しいんだけど……私にはボブヘアちゃんという大切な――
「ありがとう大体わかった」
惚気話へのツッコミ代わりに電話をブチ切ろうと思ったが、わざわざ心配して電話を掛けてきてくれた事を思い出し、踏み留まる。
「……猫目ちゃんはボブヘアちゃんがなんで好きになったの?」
話題を変える為にそう問うと、猫目は自慢げにこう答えた。
「話せば長い話になるわ。そうあれは十数年前――」
「お前そん時生まれてないだろう」
「――下級生くらい? 結構前の時にね。キ――年上の子にラブレターを出した事があるの」
ふむ、どうやらそちらは真面目な話らしい。ならば真面目に聞かねばなるまい。
「……そのまま玉砕したのよ」
……短い。いや、ふざけてないけど、短い。
「で、本気でショック受けて。寝込むくらい落ち込んだ。誰かさんみたいに」
「……ワタシはシツレンシテマセンヨ……」
「え、そう? ……私達仲間だと思ってたんだけど……えーっと。とある事情でキングちゃんやディオスちゃんに頼るわけにもいかず……でもね、そん時に慰めてくれたのが、ボブヘアちゃん。一生懸命になってくれて――」
「で、そのまま惚れたと」
「そう!! そうなのよ!!」
力強く肯定する猫目の声と続く惚気話を聞きながら、考える。成る程、今現在惚れている相手が女同士というならば女同士での恋愛に憧れるというのも馬鹿にすまい。
「ボブヘアちゃん、悲しんでるお友達は絶対放っておけない子なの♪ とっても優しいんだよねぇー……」
恍惚とした溜息が聞こえてくる。そういう恋もありなのだろうと思いつつ、相槌を打つ。
「……応援してる」
同性で結ばれる事が幸せなのか不幸せなのか、その点についてはよく分からないが。少なくとも二人には幸せになってほしいのは本心である。
「ありがとう!! あぁ、でも…………」
猫目ちゃんが、珍しく溜息を吐いた。
「……近頃ね。ボブヘアちゃん、私達四人で集まる時や合同練習の時以外は誰かにしょっちゅう会いに行ってるみたいで……」
「へぇ、そうなんだ」
「誰に会いにいってるか聞いても『秘密』って返されちゃうし、なんか寂しいなーって……」
いつもの勢いがない話し方で語られる。猫目とボブヘア、幼稚園の頃は二人ワンセットで動いてたくらい仲良しだったけど、最近はそうでもないのか。
「……まぁ、安易な事は言えないけど。猫目ちゃんが嫌われたからってわけじゃないだろうし、そう落ち込む事ないよ」
オレがそう言うと、電話の向こうで彼女が小さく笑った気がした。
「そう! そうよ! 私達は仲がいいのよ! なんたって――」
その後、しばらく彼女のノロケ話を延々聞かされる羽目になった。
……神様。オレ、やっぱ女の子同士の恋の話は苦手だ。