オレは公園のベンチの上で、動けなくなっていた。
いや、安心してくれ神様。何も脚がやられたとかそんな理由じゃない。
両腕に一年生二人が抱きついたまま居眠りしてるからだ。
片方は我が可愛い弟。もう片方には我が可愛い恋人。両手に花とはとても素晴らしい事だと思う。
「……お姉ちゃん、練習したいんだけどなぁ……」
困った素振りで言ってみてもピクリともしない。聞き分けの良い子達だから狸寝入りではない。二人とも完全に寝てる。
……なんでこうなったかといえば、下校中に我が弟と恋人の子が「これは自分のお姉ちゃんだ」と張り合うように腕に抱きついてきて、その後のやり取りで泣きつかれたまま一緒に寝オチしやがった。
練習を優先して起こす選択肢もあるにはあるのだが、どうにも幼子相手だとその気になれない。
「…………完全にキングにしてやられた……」
キングヘイローが一年生の子と付き合う事について「貴女の場合は受け入れてもいい」とか「ディオスさんは恋愛に現を抜かしてるくらいがちょうどいい」とか言って勧めてきた理由が最近になって理解し始めた。
この子達も学校の宿題とか、常識範囲内でやるべき練習だとか、そういう事がある時はせがんではこないのだが。
「こわい練習しちゃやー!!!」
「お姉ちゃん体壊しちゃやぁぁぁ!!!!!」
過剰練習の習慣がついさっきバレて一年生タッグで本気で泣かれた。うん、まぁ、男に数人掛かりで襲われて返り討ちに出来る自信があっても、泣く子供も黙らせる強さは持たん。
たぶん、キングはこのような流れが起こるのを予測していたのではないかと思う。友人達と幼子ともどもに制止されて、自分を痛め付けて鍛え上げる手段を一時的に休止するハメになるのを。
「…………」
結局"その程度"なのか。オレがトレセン学園に行きたいだとか、キングヘイローに勝ちたいだとか、自身の前世を超えたいだとかいう熱量は。
「……でも、跳ね除けたりは出来ないんでしょう?」
状況写真付きでキングヘイローにメールで助けを求めると、数分後にはもう一つ隣のベンチに座ってしたり顔で笑っていた。
「はい、これ。涼しい季節だからって、水分補給は欠かさずに。その子達が起きたらそっちにもあげてね?」
鞄からペットボトルを取り出し、こちらのベンチに置いた。
相変わらず、一流な気遣いがありがたい事だ。……いや、求めてたのはそういう助けではないのだが。それに。
「――無理だ」
「?」
「腕があげられん」
我が弟と恋人が二の腕に抱きつかれてるので、口元まで飲み物を運ぶと起こしてしまう可能性が高い。
二の腕を動かさないで腕をあげられるまであげるジェスチャーをパタパタ繰り返すとその事が伝わったのか、彼女は珍しく口を手で覆うようにして堪えるように笑っていた。
「はい、あーんして」
「…………」
だからペットボトルを口元まで運ばれて飲む流れになっているのだが、むず痒い気持ちになる。まるで親鳥に餌付けされる雛のような気分だ。
恥ずかしくてたまらないので、ペットボトルの呑口を前歯で咥えて上向いて、そのまま一気に飲み干した。
「器用ね。そういうところは」
「他ンところは不器用ってか?」
咥えていた空のペットボトルを自分の太ももで受け止めて、相手の物言いに反論する。
「えぇ、他人に対するモノの言い方とか? 前世の記憶があると私に打ち明けた事だって、言い方が違えばお互いその場で納得し合える話し合いも出来たかもしれないわ」
……そこを突かれると反論出来ない。あれから一年経っていくらか自分も勉強の成績は良くなったが、この子に理詰めでは勝てなさそうだ。
「……そうだな。ファーストフード店での言い草だって、幼い女の子の恋心を弄ぶサイテーサイアクなヤローの口振りだ」
「そうでしょう? だからね、その子の目の前ではあんな言い方は絶対にしない事。してしまったのなら、今度は本気で説教するわよ?」
小一時間の説教が本気でなかったと申すか。
「しないさ! それくらい私だって……」
オレの不満そうな抗議を見て、キングは逆に満足そうに頷いた。
「貴女はそういう不器用な人間なのよ。とても不器用だけど……心根は――私が見込んだ通り――優しい子。一年生の子からのラブレターだって、その場で破り捨てる選択肢もあったはず。だけど、そういう選択肢は元から頭になくて、私含めた複数人に相談して、そして数日悩んだ挙げ句……そうして応えている」
キングとオレは一緒になって、腕に抱きついて泣き疲れ寝ている子達へと目配せをした。
「そういうラブレターの対応についちゃ"お互いサマ"じゃないか?」
「言われてみれば、そうかもしれないわね。でもそっちは『人を心配させすぎる』きらいがあるっていうのは否めないわよ?」
「…………」
何も言い返せねぇ。
考えてみれば、キングヘイローの傍に居続けるというのも危ういのかもしれん。
オレは彼女の言う通り、不器用な人間だ。過去にキングやセイちゃんを傷つけた件があるというのに、まだ人を傷つけかねない迂闊な発言をする。
それに自分たちの周囲の人間は優しい人ばかりだ。だから、オレが居なくともキングの事は誰かがフォローしてくれるだろうし、むしろ居ない方が事はスムーズに進む。
その一点に関しての考え方だけは、"幼子の頃から一貫して変わってない"。
「……『塞ぎ込んで一方的に面会謝絶とかやらかさない』って誓った事は忘れてないからね?」
そんな事を考えていたら、キングに速攻で先手を打たれた。言質を取られている面でも、自分は発言が迂闊がすぎる。
「……ボブヘアのヤツ、キングとは違って本気で怒ってた」
「そうね。彼女は貴女がその子について思い悩んで奔走してたのを知らないでしょうから。当然でしょうね」
だから、それについては件の一年生に抱きつかれて動けなくなっている写真を送ればそれで解決ではないか。とでも言いたげなキングの笑みに、自分は首を横に振った。
「アイツには、オレの
そこまで言うと、キングは口に手をあてるような仕草をとって考え始めた。
「将来勝てるかどうか思い悩んでいるかどうかなんて、過剰に練習する素振りをしていたらそう受け取るのも仕方ない事かもしれないわ? 過去についても、私に負け越している回数の事への指摘だったのかもしれない」
その通りだ。むしろそう受け取るのが自然な発言だったから、自分の考え過ぎかと聞き過ごした。
「『このままだと"また"誰かを深く傷つけちゃいそうだしね』という発言についても、キングの事を指して怒ってくれているのかとも思った」
「……別に、私は傷ついてたわけではないけどね?」
キングは明後日の方を見ながらそう言ってくれるが、まぁ、今回の要点はそこではない。
「その直前にあった『女心』という単語が引っかかった。キングとの諍いは、女心どうのの問題じゃなかったはずだ」
これについても、確証を持てない言い方をしていたから、問い詰めるに至らなかった。
どちらもキングヘイローとの事を指して言っているようで、その内実は別のモノも孕んでいる気がした。
セイちゃんは、こちらが過剰に練習しているのを知っていた。それは『自分の目で見た』っていう言い方でなくて、誰かから教えてもらったという素振りだった。
セイちゃんと仲違いしたのを境に、急に彼女とは二人っきりで会う事がなくなった。猫目とは違って。
そして猫目の話からして、ボブヘアーのヤツは誰かにつきっきりになっている。
……おそらくボブヘアーのヤツはセイちゃんに会いにいってて、何か自分に力になれる事はないかと慰めてるのでなかろうか。
その考えを、キングヘイローに打ち明けた。
「……そういう考え方が出来るのに、なんで普段の言動がアレなのかが不思議なところね」
キングはそう言って、こちらを流し目で一瞥した。
「……神様の天啓ってヤツで一つ」
自分でもなんでそんな事が思い浮かんだのかはよくわからないが、この件においてそれは重要な事じゃない。
「そう、なら貴女はこの先どうするのかしら?」
キングの問いかけにオレは……。
アンケ〆切7月9日の23:30。
ディオスの考え
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過剰練習をやめるから相手にもやめてもらう
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ボブヘアーを通じて仲直りを画策する
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何もしない