今回の騒ぎは先生の一言から始まった。
「それじゃあ、みんなで運動会の練習をしましょう」
先生の言葉を聞いて、運動得意の男児達やウマ娘達が嬉しそうに沸き立った。
その様子にオレも思わずニヤリとする。
正直な話、オレも走るのは大好きだ。他人と競い合えるならもっと良い。それが前世からの性分であり、たぶんウマ娘としての本能だろう。
「ではまずは体操服に着替えましょう。運動場に全員で集まったら、玉入れと綱引きと、駆けっこの手順を説明しますね」
先生の言葉に「はーい!」と元気よく応えると、後はワチャワチャと男児も女児も入り混じって服を着替え始める。
ほとんどの幼児達は異性に上半身の裸や下着を見られる事に抵抗などないが。キングヘイローだけはラップタオルを厳重に羽織って、もそもそと太った芋虫のように身を捩りながら体操服に着替えていた。
「やーい、おませさんなんだー!」
幼児達からしたらそれが逆に奇異に映るらしい。男児の一人が、キングヘイローをそういう風にからかっていた。たぶん"おませ"と言いたいだけなのと、好きな女の子に意地悪したい男児特有のアレだろう。
「……ほっといてちょうだい」
キングヘイローは恥ずかしそうに身体を隠しながら小さな声でそう言った。彼女としては、育ちの良さから"「見せつけるものではない」という意識"が芽生えるのが早かったのだろう。
冬にコートを着る以外はほとんど素っ裸だった牡馬のオレが言うのもなんだが、そういう羞恥心も生きていく上で大切な事だと思う。
まぁ、ちょっかいをかけたい男児からしたら面白い対象でしかないのかもしれないが。
「くらえー!」
そんな言葉が聞こえたかと思うと、男児はキングヘイローがまとったラップタオルを下からバッとめくりあげた。
「~~~~~っ!?」
言葉にならない悲鳴と共に、他の女児とさして変わらぬ見た目の足が見えた。ただ、それだけだったが。キングヘイローにとってはかなり堪えたようで、彼女は唇を噛み締めてぷるぷると震えていた。
「ははは! へんなかっこうー!」
男児は謝りもせずそう続けたせいか、キングヘイローは怒りに満ちた顔で男児をキッと睨む。
おお、いいぞ。キングヘイロー。そのクソガキをやってしまえ。前世でもオレはちょっかい出してくるガキんちょは軽く甘咬みして驚かして泣かしたぞ。
……しかし、キングヘイローはラップタオルを握り込む形で拳を固めていたものの、結局は何もせずに悔しそうに睨んでいただけだった。
男児も、好きなはずの女の子がはたいて来もせず押し黙って自分を睨んでくるだけなのが、後ろめたくなったのか。「ご、ごめん……」と、小さく謝罪をしてその場から離れた。
キングヘイローは、またもそもそと芋虫のように着替えを再開する。
また目に涙を溜めて俯いてやがる。どうにも、アイツがそんな風に落ち込んでいるのは癪だ。
「大丈夫? キングちゃん……」
オレは精一杯女の子ぶって、慰めるように声をかけた。
「だいじょうぶよ……ごしんぱいありがとう……」
全然大丈夫じゃなさそうな声色で、キングヘイローはそう答えた。
「……ビンタしてやった方がよかったんじゃない? その方が気分もすっきりするよ」
そう言ってやると、キングヘイローはゆっくりと首を横に振った。
「……なぐるのはいけないことだから」
相変わらず、この世界のキングヘイローはいい子ちゃんである。
「じゃあ私が代わりに小突いてきてあげようか!」
「それはだめ!」
オレが名案顔でそういうと、本気で叱りつけられた。さっきよりも怒った顔をしている気がする。
まぁ、オレも『どんな事があっても暴力に走ってはいけない』とは母ちゃんに教えられたからそんな方法に執着するのも気が引ける。
「……ウマむすめのわたしたちがなぐったら、おおけがするわ……」
そんな事は力加減でどうにでも良い塩梅に出来るとも思うが、幼稚園児のウマ娘にとっては「とにかく絶対にいけない事」という認識なのだろう。
「でも、それじゃあキングちゃんの気持ちはどうなるの?」
一応、訊ねてみる。すると、キングはまた大丈夫じゃなさそうな声色で答えた。
「……あやまってくれたし、もういいわよ、あんなの……」
そう呟いたキングは、少し泣き出しそうになっていた。
我慢だの不公平だのについて、オレの疑問に理路整然と反論を述べてくれた女児がこのザマである。男の子と女の子のいざこざとは、いかんともし難い。
オレは先ほどキングヘイローにちょっかいを出してくれた男児の方をチラリと見た。男児同士で腕を曲げて力こぶを見せ合ってキャアキャア笑い合っている。それが先にやった事をもう忘れ去られたように感じて……己の内面にある女の子の側面から「ムカッ」としたものが湧き上がった。
そして……あぁ、らしくない。オレはその感情に従うままに行動に起こしていた。
「ねぇ、アンタ!!」
「なんだよー」
男児達はズカズカと歩み寄ってくるオレの声に反応すると、視線だけこちらに向けた。
その態度がなおさらむかっ腹が立って、迷う事なく先の男児のズボンを引っ掴む。
そして、尻が丸出しになるように思いっきりズボンも下着もズリ降ろしてやった。
「な、なにすんだよ!?」
いきなりの事に驚いた男児は、慌ててズボンを引き上げる。一緒に居た男児達も驚いていた。オレも「やってしまった」とは後悔しつつも、胸の内から溢れ出てくる言葉をそのまま垂れ流す。
「またキングちゃんにちょっかい出したら、アンタにも同じようにしてやる!!!!」
「な、なんだよ。おまえにはなんにもしてな……」
「同じ目に遭いたくなかったら、二度とあんな事しないで!!」
男児は困ったような顔を浮かべながらも、何も言わずにただコクコクと何度も首肯していた。
「……いいですか。お友達のズボンやスカートをめくったりしては、いけませんよ」
オレの大声を聞きつけてやってきた先生が、それぞれに事情聴取をしてからオレと男児をやんわりと注意をする。
周囲の児童達はそのやり取りを見守るように眺めていたり、あるいは「いーけないんだ」とクスクス笑っていたりする。
……いや、オレだって優しい先生さんに苦労は掛けたくなかったさ。それに馬でも人間でも、子供はイタズラ好きだから多少おおめに見てやるべきだなんて、馬だった時代から心得てる。
でも、よう。
「この子が、キングちゃんが嫌がってるのにからかったから……」
まるで言い訳のようにオレの口からそんな言葉が漏れた。"前世からのリベンジを願ってやまなかった相手が滑稽な扱いを受けるのは癪だった"と、格好つけた納得をしたいところなのだが……実情としては「同性のお友達がちょっかいを受けて腹が立った」というくだらない理由だろう。
「そういう時は、まず先生を呼んでください。しっかりと注意をしますから」
「はい……」
そう答えると、オレはしょんぼりと俯いて反省した素振りを見せた。隣の男児も、殊勝にも同じような態度だ。
実際、お互いに反省はしている。その様子を見ると、先生は厳しい顔つきを解いてからオレに微笑んだ。
「ですが、相手を殴ったり蹴ったりしなかったこと、とてもえらかったことです」
そう言うと、オレの頭を撫でてくれた。手のひらの暖かさに、不思議と心が安らぎを覚える。
「これはウマ娘でも男の子でも、もちろん女の子でも関係なく、お友達と一緒にいる時には大切な事です。それを忘れないようにしてください」
オレと男の子、そして周囲で様子をうかがっている児童達へそう告げると、先生は「では、運動場へ行きましょうか」と手を叩いて言った。
すると、先程まで静かだった教室内が徐々にザワザワとしたものになり、やがては皆が運動場へ足を進め始めた。
「まったく。あなたにしてはいちりゅうらしくないふるまいだったわ」
オレの横を歩きながら、呆れ顔でそんなお小言を並べ立てるキングヘイロー。
「そんなふうでは、わたしのおともだちがつとまらなくてよ?」
幼児にそう言われると何も言い返せない。当人が必死に我慢していたというのに、オレは一体何をしているというのだ。
猫目とボブヘアのウマ娘にもその事を責められるのかと彼女達の方を見たが、どうにも二人は喜々とした顔つきでこちらを見ていた。
「ディオスちゃん、とってもはくりょくがあったよ!」
「うん、わたしもちょっとビックリしちゃった。でもキングちゃんのためにおこってたの、カッコよかったよー!」
女児二人に褒められまくるのは何ともこそばゆい気分になる。前世込みで彼女達よりずっと長く生きてる事を踏まえれば、こそばゆさだけが異様に増した。
「あ、ありがとう……」
オレは形ばかりの礼を二人に言うと、頭を低くした姿勢でキングヘイローの顔色をうかがった。
キングヘイローはバツが悪そうに「ふん」と鼻を鳴らして明後日の方向を見ている。異様に顔が赤いのは、男児の丸出しの尻を思い返してか、それとも他の要因があるのか。どっちにしろ突っ込むと口喧嘩になりそうだからそこに触れない方がよさそうだが。
「……まぁ、てをださなかったのはせんせいのいうとおり、ほめてさしあげるわ」
先までえらく落ち込んでいたはずの彼女は、いつもの態度でそんな風にオレを褒めてくれた。
「そういえば」
猫目のヤツがオレの事をジロジロと見てから口を開く。
「きがえてるところみておもったけど、ディオスちゃんってからだおおきいよね~」
確かに同世代よりもかなり体格に恵まれているという自覚はある。牡馬の前世でそうだったが、ウマ娘に生まれ変わってもそうなってしまうとは何とも因果なものだ。
「やーい、きょじんおんな!」
その話題を聞いていた男児の一人が、そんな風にオレを囃したてながら走り去っていった。
「もー! さっきほかのコがしかられてたばかりなのに!!」
「せんせいにいう?」
オレの事を心配そうな素振りで気遣ってくる猫目とボブヘア。だが、オレは二人へニコリと笑顔を向ける。
「ううん、大丈夫。全然気にしてないから」
実際、体格の良さは自慢とさえ考えている。だってそうだろ? 小さすぎると走るのに不便な事もあるし、何より牝馬にモテなかったからな。
そういう態度のオレに対してキングヘイローは「ふぅん」と感心してから、別の事柄を指摘するように言った。
「でも、おおきすぎるとわたしといっしょのレースではしれないかもしれないわよ」
「……はァッ!!?」
キングヘイローの放言に、オレは思わず声を張り上げた。いや、背が高いからってそんなバカな事は……。
「ウマむすめには"ばんえい"っていうしゅるいもあるの。からだのおおきいウマむすめが、おもたいものをはこぶきょうぎね。ディオスはもしかしたら、そっちでいちりゅうになれるかもね?」
「いちりゅうのばんえいウマむすめ!」
「ディオスちゃんが、そちらにむかうなら、わたしたちもおうえんするわ!」
オレの驚きっぷりを愉快そうに眺めながら、そんな事を言うキングヘイローと取り巻き達。単にからかっているだけか、それともその輓曳とやらで活躍する事を本気で応援してくれているのか……。
……神様。今からでもいいからちょっとオレの背を低くしてくれないか? それとも牛乳飲むのやめればいいのか? なぁ。