「後輩ちゃんと出会うなんて偶然っ! 貴女もクリスマスプレゼントのお買い物?」
「あはは、まぁ、はい……」
マルゼンさんと一緒になって、オレはキングヘイローと店内を見て回る。
マルゼンさんも、どうやら他人へのプレゼントを買いに来ていたようだ。
「さっきプレストって言ってましたが、その、"銀髪鬼"の事ですか? 菊花賞の」
オレはマルゼンさんにそう訊ねると、彼女は肯定するように笑顔でウインクした。
「そう。菊花賞勝ったプレストちゃん。私と同期の子でね。有馬記念に出場して、しかも掲示板入りしたの。聞いてオッタマゲ、四着♪」
そういえば、悲運の世代だのなんだの言われていてもあの馬ないしウマ娘はマルゼンスキーと同世代では歴とした傑物の一人だったか。
菊花賞では銀髪鬼(ヒール)扱いされても、そうやって有馬記念に出場出来るほど評価されてるのがその証左だと思う。オレも有馬は鑑賞していた。(……銀髪鬼の名誉の為に付け加えるなら、一着から三着がシニア最強と名高い化け物組だし、四着は上々な成果だとオレも思う)
「クラシック組では数少ない出場者ですよね。クラシックからは二人だけで、あとはシニア組」
「そうよ。詳しいのね」
マルゼンさんは目を細めてニコニコと笑う。銀髪鬼が褒められるのが嬉しいんだろう。
彼女の笑顔は、とても和やかなものだ。しかし……。
「ラジオたんぱ以降、めざましく速くなりましたよね。プレストさん」
そう言って探りを入れる。マルゼンさんは、オレの目を見て口もとを綻ばせた。
「えぇ。ちょうどその辺りで【本格化】が来たらしくてね。レコード出すわ重賞連勝するわで、同期としても負けてられないって気持ちにさせられてまいっちんぐ♪」
そう言ってマルゼンさんは、こちらにウインクした。……なんとなく、彼女の胸中が分かった気がした。
「ちょっと」
キングヘイローが小声で呟きながら、肘で脇腹を突いてきた。
オレの表情を見て、また何か失言でもやらかさないかと心配してくれているらしい。
オレは…………マルゼンスキーに対して言いたい事を呑み込んだ。
「耳飾り、選んでるの?」
マルゼンさんが、オレの手元を見てそういった。手元には髪飾りや耳飾りといったものがいくらかある。
オレはキングヘイローと顔を見合わせる。そして、肯定するように頷いた。
「えぇ、そろそろ……皆みたいに耳飾りもお洒落しようかな、って」
オレがそう答えると、マルゼンさんは両手の指先を合わせて満面の笑みを浮かべる。
「いいじゃない! どんなの買う予定なのかしら? お姉さん的には、こっちのナウいヤングにバカウケのヤツとかオススメよ♪」
そう言って、マルゼンさんはご親切にオススメの髪飾りを…………ナウいヤングってなんだ……古語か……。
オレは、思い悩みながらも。キングヘイローとマルゼンさんと一緒になって、お互いの目的のモノを物色する事にした。
「それにしても、トレセンで初めてキミに会った時は驚いたなぁ。まさか同じ髪型の後輩ちゃんが押しかけてくるだなんて……」
マルゼンスキーがそう呟く。その呟きに対してオレは相槌のように言葉を返した。
「あぁ、鹿毛に流行りの髪型みたいですね。コレ」
マルゼンスキーもキングヘイローも、きょとんとした顔でこっちを見てくる。マルゼンさんはともかく、キング。なんだその顔は。
「ふ、ふふふ……」
マルゼンさんは、堪えるように笑いだす。なんだ、なにか変な事言ったか? キングヘイローもむず痒そうに腕をさすっている。そんなにおかしなことを言っただろうか。
しばらく間が空いた後、ようやく落ち着きを取り戻したマルゼンスキーは笑顔で言う。
「そうね、鹿毛でこの髪型にしてくる後輩ちゃんは確かに多いかもね。お姉さんも一緒の髪型の後輩ちゃんが増えて、実は嬉しくなっちゃってるの」
マルゼンさんは、そう言いながらオレをまっすぐ見つめてくる。
「後輩ちゃんは、好きな色とかはある? 髪飾りとか、勝負服にしたい色とか……」
オレはマルゼンさんの問いに対して、しばらく考え込む。
…………その事を考えていると、衝動的に『この色しかない』と強く焦がれる感情があった。
「青」
何故だかは分からないが、オレはそう口にしていた。
「青が、好きです」
改めて口にする。その答えを聞くとマルゼンスキーは微笑む。
「ふふ、髪型も一緒だから……いっそのこと、アタシと一緒のリボンでもつけてみる? なんてね」
悪戯っ子のように、マルゼンスキーは舌をぺろりと出す。あくまで冗談のつもりらしい。
しかしオレにとっては案外、悪くない案だと思った。前世で縁のある、傑物と名高い曾祖父様の生まれ変わり。
――とはいえ、ウマ娘にとっちゃ髪飾りなんてのはアイデンティティーみたいなもんだから、そんなに親しくもないのに真似すんのはなぁ……。
「……前向きに考えてみます」
オレがそう答えると、マルゼンさんは微笑んで頷く。そうしてから、自らの品定めに戻った。
「意外ね。貴女、赤が好きそうなイメージだったけど」
キングがそう口にする。オレはキングを横目で見た後、その指摘もしかりとばかりに頷いた。
「いや、赤は好きなんだけど。なんか、勝負服とか髪飾りの事考えたら……急に青色が思い浮かんできて」
キングはオレの返事を聞くと、納得したように頷いた。
「前世に縁があったのかもね」
軽くそう言って、彼女はまた品定めに戻る。……今度は青色の髪飾りや頭飾りを中心に見てくれていた。
………………なんというか、まぁ、キングが大真面目に品定めをしてくれているのを見ると、嬉しいけど、気恥ずかしい……。
オレはそそくさとマルゼンさんの方に寄っていった。マルゼンさんは、そんなオレの様子を見てまた笑う。
「ふふっ。後輩ちゃんもプレストちゃんへのお祝いの品選び、手伝ってくれるのかしら?」
マルゼンさんがそんな事を言い出す。オレはなんとなく、彼女に訊き返した。
「仲いいんですか。プレストさんと」
マルゼンさんは、少し寂しそうな微笑みを浮かべる。
「同期だっていうのもあって、話した機会はたくさんあるわ。でも――」
マルゼンさんは、少し間を置いてから。続きの言葉を紡いだ。
「ラジオたんぱであんな風になっちゃったから、プレストちゃんにどう思われてるかはちょっとわかんないかな。なんて」
ラジオたんぱで、観客のヤジを誘発してしまった事を未だ気にしているのだろう。オレは、その言葉に対して何も返さない。……言いたいことはおおいにあるが、それを言ってしまうと……。
「ジュニア大会の走り方。とってもステキだったわよ。後輩ちゃん」
囁くようにそう言われ、ぎょっとする。
「なんで」
マルゼンスキーのような大物が、わざわざジュニア大会の予選の内容を知っているんだ。そう言おうとしたが、動揺で言葉が出なかった。
「そりゃあ、もう。才能ある未来の後輩ちゃん達の勇姿はちゃんと見届けてあげないと。先輩の務めとして」
マルゼンスキーはそう言って、ウィンクしてみせる。
つまり……観客として、有望株を見定めていたという事だろうか。まぁ、チームに所属しているらしいし……自分のチームに引き入れる後輩の品定めに、そういうのもあるか……?
「あたしね。来年からは、トゥインクルシリーズは引退なの」
マルゼンスキーが、そう口にする。オレは彼女の顔を見た。
「噂は本当だったんですか」
「えぇ。だから、学園ではドリームトロフィーリーグへの準備をしながら、後輩ちゃん達のサポートに集中するつもり」
マルゼンスキーはそう言って、得意げに笑ってみせる。その笑顔は眩しくて。でも……悲しげなもの。
「トウショウ先輩達と対決出来なかったのはザンネンだけど」
冗談っぽく不貞腐れたように言う。今年の有馬は現世代シニア最強の二人が集うとかいう話が持ちきりだったか。その二人に比肩する三人目だとか、その対決にマルゼンも加わるとかなんとかで大いに賑わっていた記憶がある。
……。
「…………でも、私には、マルゼンさんがもっと大きく残念に思ってる部分は、別にもあるように思えます」
オレは、マルゼンスキーにそう呟く。
マルゼンスキーは、オレに顔を向ける。
「ふふ、後輩ちゃんの考え。聞いてみてもいいかしら?」
そう言って、マルゼンスキーはまた微笑んだ。
オレは軽く頷いてから、言葉を選びながら口にする。
「今年の有馬。出走回避したウマ娘、たくさん出ましたよね」
そう切り出すと、マルゼンさんの顔から表情が乏しくなった。
……いや、怒りというよりも……。なんだろう。これは……?
失言かもしれないと思ったけど……それでも言わなきゃいけない気がした。
「それはシニアの最強のウマ娘達や、マルゼンさんが出場するっていう話が出ていたからで。ラジオたんぱのプレストさんみたいに惨敗したり、挙げ句ヤジ飛ばされるのを忌避したり、とか……」
マルゼンスキーは、オレの言葉に何も返さなかった。ただ、黙って聞いているだけ。
それは、続きの言葉を促してるように思えた。だからオレは、そのまま話を続けた。
「――でも、プレストさんは逃げなかった。いや、むしろ。マルゼンさんとの対決を望んで出場した。本格化して、実力がついたから。リベンジの為に」
そこまで言って、オレはマルゼンさんを見る。彼女は、少し驚いた顔をしていた。
オレがそう考えていると、マルゼンさんは口を開いた。
「…………そう、そうよね。後輩ちゃんから見ても、そう思うわよね。アレは……」
マルゼンスキーはそう呟くと、少し黙り込んでしまう。
「マルゼンさんもそれが分かってたから、それに応えられなくて。それも含めて、後悔が残っている。違いますか?」
シニアの最強と謳われる『TTG』とマルゼンスキーの対決。それもファンにとって羨望された夢の対決だったろうが、見事に華開いた銀髪鬼のリベンジマッチという夢も潰えてしまった。
あの有馬の一戦にマルゼンスキーを取り巻く事だけでも、どれだけのファンの夢と、ウマ娘達の想いが詰まっていたか。それがオレでさえ想像出来るだけに、それに応えられなかったマルゼンスキーが抱いているであろう口惜しさも……ほんの少しだけだが理解出来る。
「……どう思われてるかしらね。プレストちゃんから」
マルゼンスキーは、物憂げにそう呟く。
逃げた、と思われているかもしれない。あるいは、リベンジの機会を蹴った事を恨まれてるかもしれない。彼女の憂慮しているところはそういう側面もあるのだろう。
オレは一瞬考えた後……自分の事を語り始めた。
「私は……トラウマになるくらいの負け方を、した事があります。とても大事なレースで」
オレがそういうと、マルゼンさんは続きを促すようにこちらに微笑みを向ける。
「その対戦相手に対してリベンジを願ったりした事は何度もありました。……でも、それは叶わなかった。負けたまま、リベンジも叶わず引きずったままになるのは、正直辛いですし、苦しいです」
マルゼンさんは、オレの自分語りを静かに聞いてくれた。……本当に曾祖父様に打ち明けるような恭しい気持ちになってしまう。
「でも、一つだけ確かな事が言えます」
一通りアクセサリーを見繕い終えたキングヘイローが、こちらに戻ってくる。
オレの神妙な表情に訝しげにしている彼女の事を見つめ、同時にもう二度と会えないだろう相手の事を思い返しながら……断言した。
「オレは、自分を負かした相手の事を恨んだ事は一度もありません」
だから、あの銀髪鬼もそのはずだ。そう言外にマルゼンスキーへ向けて告げた。
マルゼンスキーは、何も言わずオレを見ていた。キングヘイローもその一言で何かを察したのか、黙っている。
「プレストさんだって。今年の活躍から考えるに前年のトウショウさんと同じように、クラシックの最優秀賞だって貰えるはずです。だから、マルゼンさんを追ってドリームトロフィーリーグを目指す選択肢だって……」
オレは、ハッとして。一呼吸置いてから苦笑いする。
「いや、まぁ、全部私の勝手な想像ですけどね。ハハ……」
流石に恥ずかしくなって、苦笑いして顔を背けながら。そう付け加える。
マルゼンスキーは、そんなオレの様子を見てニッコリと微笑んだようで。
「そうね。そうかもしれないわね」
マルゼンスキーは何度も頷きながら……そして、初対面で見せてくれた明るい笑顔を浮かべながら、こう言った。
「ありがとうね、後輩ちゃん。おかげで、気が晴れたわ。後ろめたい思いなく、プレストちゃんにお祝い出来そう」
そう言って、マルゼンさんはオレの頭を優しく撫でてきた。……なんか照れくさいが、悪い気はしなかった。
…………。…………。……?
なんか右耳の辺りに結ばれた気がする。
オレは耳飾りの商品棚に備え付けられている鏡を見た。右耳には、青い耳飾りがつけられている。マルゼンスキーと同じものだ。
「やっぱりばっちグーね! 髪型が同じだから、やっぱり似合うわ♪」
マルゼンスキーは、大層ご満悦の様子でオレの耳元を眺めている。なんか、よく見たらわざわざ右耳のヤツ外してる。それをオレにくれたのか。
「え、いや。でも、大切なものじゃ」
オレは戸惑いながら、そう口にする。マルゼンスキーは、「ばちこーん」と音が立ちそうなウインクをしてみせた。
「だいじょーぶい! 気に入った後輩ちゃんにあげるなら、惜しくはないわっ!」
……えー、なんで気に入られてんの……いや曾祖父様にそう言われるのは嬉しいけど……。
「ふふ、今度時間があれば、もっとお話しましょうね。後輩ちゃん」
そう言ってマルゼンスキーは、プレストへのプレゼントとおぼしきものを手にレジの方へと向かっていく。オレとキングヘイローはその後ろ姿を眺めながら。少し呆気にとられていた。
「……まぁ、ああいう事を言えるのがディオスさんのいいところよね」
「何が?」
キングヘイローが意味ありげに呟くので、オレは聞き返した。
彼女はこちらを向かずに、ただ一言。
「別に」
そう言って、さっきほっぺたをつねってきた時とは真逆の。優しくて、穏やかな笑顔を浮かべてくれていた。
「あー、まぁ、でも。他人と同じ耳飾りなんて気恥ずかしいもんがあるな。猫目やウララも昨日そんな提案してきたが……」
びくり、と肩を震わせるキングヘイロー。彼女は慌てて手に持っていたものを背後に隠していた。
「どうした」
「い、いえ。別に。大したものじゃないわ」
「……なんだ、まさか小っ恥ずかしいもん着けさせようって魂胆だったんじゃなかろうな」
オレは、少しジト目でキングヘイローを見つめる。彼女は慌てて首をぶんぶんと横に振った。
あまりにその様子が彼女らしくなかったので、彼女の背後に回ろうとぐるぐると回り込んでみると、それに反応してキングヘイローもぐるぐると回っていた。
「………………」
「…………そ、そんなしつこい態度は、一流らしくないわよ?」
本当に、キングらしくない。ちょうど彼女の後ろに姿見があったので、後ろ手にしているものをそこを通して覗き見る。
それは……イヤーカフだった。青色のヤツだ。縫い目が付いたやつ。別に、青色が好きって要望にも適ってるしとても可愛らしい耳飾りだと思――……。
「……耳飾りのペアルックって流行ってるの?」
「…………」
キングヘイローは、無言のまま。すごい不機嫌そうな顔で。そのイヤーカフを棚に戻しに行っていた。
「えっと。オレはそういう耳飾りも好きだぞ」
オレは、なんとか言葉を紡ごうとする。キングヘイローは、そんなオレをジト目で睨みつけた。
「どうぞ。気恥ずかしい耳飾り以外を選んでくださいな?」
彼女は、棚に戻し終わるとツンとした態度で退店していく。猫目達と合流するつもりだろう。
「ちょ、ちょっと。まってよ!」
オレも、彼女を追いかける。
これからセイちゃんへのプレゼントを見繕ったり四人でどう遊ぼうか考えなきゃいけないというのに、散々なクリスマスになりそうだ……。