これはこの試合の
セイウンスカイにとって、キングヘイロー以外にも見つめるべき存在がいるのだと、ディオスに思い知らさなければならなかった。
自分の為にも。彼女の為にも。
その目論見を立てて、他の選手にも『予選落ちしてた"青髪のオッドアイの子"と同じようにバカ逃げするヤツ』だって部分部分で匂わせたり、そうして作り上げた戦況が――今、ここにある。
セイウンスカイはディオスに対して、敢えて大逃げで行く事を明かす事によって、最後方に陣取るように誘導した。
もちろん、その宣言に嘘をつくような真似はしない。それは試合以前の人倫に反する。
ただ、少しだけ速度を緩めた。誰にも悟られないように。ひっそりと、2ハロン目3ハロン目を走破する時は大逃げの"フリ"をし続けた。
成長途上同士が戦うジュニア大会とはいえ、1000mの距離では実力巧者の六年生には看破されてしまうだろう。
それでいい。
セイウンスカイの読みが正しければ、最終直線に入る前には群が横一列に拡がる。最後方のディオスにとっては、それが最悪なのだ。
彼女が気づいた頃には、外側に出ようとして舵を切るだろう。だが前も同じように切る。前方を塞がれた彼女は大外に舵を取らざるを得なくなり、最終コーナーで外に膨らむようにしてそのまま最終直線勝負に来る。
最終コーナーを内側で悠々と曲がりきったセイウンスカイは、緩めた速度を"再点火"した。
有り余ったスタミナにモノを言わせた、大逃げの再開。
――そのやり方はもはや『追い込み』に近いのかもしれない。それもディオスに対する意趣返しの一つ。
だが、そんな小細工が通じない相手が一人いる。セイウンスカイの事をよく知っていて、尚かつその策を"看破している"ウマ娘が。
キングヘイロー。
――あぁ……ポニークラブではあんまりこの戦法は見せるべきじゃなかったかな……。
練習試合で何度か同じような戦法で彼女を負かした事に、セイウンスカイは真剣に後悔している。
真後ろから彼女特有の雷撃のようなピリピリした気配を感じて、セイウンスカイはそんな感想を頭に浮かべた。
キングヘイローには、この大逃げの"フリ"が早々にバレていた。バカ逃げを装ったにも関わらず、躊躇いもせず真後ろに鈴をつけてきた。最終直線で雌雄を決しようとする気概を感じる。
もっと出会うのが遅ければ、手の内を明かすのが遅ければ、キングヘイローの傲慢だが素直な性格からして、もうちょっと化かし続けられたかもしれない。
――トゥインクルシリーズでキングヘイローと対決するとしたら、この幻をもっと高度なものに昇華させなければならない。もっと最初から付き合いきれないと思わせるようなバカ逃げで……もっと長い距離で……。
つわもの達さえバカと笑わせ、それを出し抜く。
だけど、今はそれは考える事柄ではない。
セイウンスカイは目の前の事に集中しなければならない。
最後の直線勝負。ディオスに打ち勝つだけでなく、キングヘイローを打ち倒さなければ、意味がない。
むしろこの状況でキングヘイローに勝たせてしまえば、ますます状況は悪化するだろう。
――勝負だ。
最終直線に突入し、ほぼ横並び。残り1ハロン。好判断で取り返しのついた六年生組も、大外から喰らいついてきた。
視線は交わさずとも、彼女達の闘志が背中から伝わってくる。冬だというのにセイウンスカイの意識を熱くした。
ゴールまでの道筋が陽炎が如く揺らめいているような気がした。
トップスピードから更に速度をあげて、残り50m。終盤は秘策も何もない。必殺技もない。ただ純粋な身体能力のぶつかり合い。
終盤直線に全てを注いで、肺の細胞が1つ残らず悲鳴を挙げている。空気を全身に取り込むだけで喉が痛かった。
限界を超えて加速する度に全身の血液が暴れ狂うような感覚に見舞われる。視界がチカチカして体が崩れ落ちそうになったけど、ここで足を止めちゃ今までの流れが全て無駄になる。
最後の最後、根性だった。大逃げのフリをした時に感じた"それ"を、最後の最後にもう一度感じ取った。
――私も、いや、私を見ろ!!!
叫びたいのを堪えて、セイウンスカイは駆ける。賭ける。
渇望を叶える為のオールイン。一着というジャックポットは、目の前にあった。
彼女達の耳に、歓声は遅れて聞こえてきた。集中しすぎて感覚が曖昧だった。
最初、何が起こったのか理解できなかった。ゴール板の横を駆け抜けている最中でさえ、そんな事を考えていたのだから重症だ。
――そうか、一着を獲ったのか。
やっと事態の整理がついた時、ようやく安堵して右足で芝を蹴る力を緩めた。
その瞬間に左足が絡まって思わず転げそうになったが、すぐ傍にいたキングヘイローが受け止めてくれた。
「まったく……スカイさんの思惑を見抜いてこのザマとは、私もまだ研鑽が甘いわね」
歓声は鳴り止まない。観客席からセイウンスカイの名前を呼ぶ声がする。
――……私は、一着を獲ったんだ。
そう自覚した瞬間に、セイウンスカイは目頭が熱くなってきた。鼻がツンとしたかと思うと涙がぽろりと零れた。
それを見られたくないからと顔を下に向けたら、今度は涙で視界が歪んだ。
「おめでとう。速かったよ」
悔しげながらも、六年生がすれ違い際にそう讃えてくれた。他の選手達も、それぞれの言葉をかけてきた。
レースを走ってる間に身も心も昂ぶりきってて、冷静に感情を整理する余裕がないからかもしれない。
両手で顔を拭ってから、ようやく口を開く。
努めて笑顔を作って、横についた友人へ「ありがとう」と感謝を述べた。
それから、ぜぇぜぇと乱れた呼吸でレーストラックを歩くような速度で移動しているディオスへ目を向ける。
「ディオスちゃん……!」
セイウンスカイは速度を限りなく0にして、俯き気味のディオスの元へ距離を縮めた。
――これで、ようやく、自分の事も見てもらえる。ライバルの一人として。
ディオスは顔をあげ、セイウンスカイに瞳を真っ直ぐ向けてきた。
反射的に、セイウンスカイは顔が笑みでほころぶ。他の選手達から同様に、賞賛の言葉がディオスからかけられるのをその表情で待ち望んだ。
「……卑怯者」
「へ?」
「――――卑怯者!!!」