「何が、"正々堂々"だ!! 何が、"三女神に誓って"だ!! 何が! 何が!!!」
「え、でも、私、嘘ついてな、いや、途中で速度は緩めちゃったのは、申し訳ないとは思って」
「んなこたどうでもいい!! 不調で速度出せない可能性も、足に違和感感じて慎重になる可能性もこっちは想定済みだ!! でもそうじゃねぇよな!? 最後には絶好調の全速力だったじゃねぇか!!」
「そう、だけど、あれは、その試合に勝つ為に」
「あぁそりゃ勝つ為には速度出さなきゃいけないよな! オレが言いたいのはそこじゃねぇ! ぶっちゃけお前が試合でどういう立ち回りしてたとか、どーでもいい!! たとえ最初から大逃げでなくともな! 問題はそこじゃねぇんだよ!!」
「じゃあ何が」
「『大事な一戦』だとか綺麗事宣いながら! 試合無関係な和気藹々とした雑談の最中、口先三寸で運命の対決みたいな気分にオレを担ぎ上げておいて! 意図的に一対全員みたいな状況に追い込みやがったんじゃねぇのかよ!!」
「そうだけど、私はその盤外戦も含めてディオスちゃんとは本気でっ」
「こっちが本気出せないような状況に追い込んで被害者面とはおめでてぇな!! ずっと! ずっと悲願だったオレとキングの公の初試合こんな形で台無しにしやがっ――」
頬に鈍い衝撃が飛んできた。バシンと軽快な音が響く。
「…………もう黙りなさい」
セイちゃんの横に寄り添っていたキングちゃんが、頬を平手で引っ叩いていた。
呆気にとられている内に。周囲の選手や、スタッフが仲裁なのか宥めに入ってくる。
おとなしく、彼らに促されるままお互いに距離を取る。
「なにやってんのさ!!」
試合を終えて、大会閉会式の直後。更衣室で着替えてくる間もなく、猫目ちゃんの詰問を受けた。
「……」
言葉を返せずにいると、猫目ちゃんがご立腹した様子を表現するように語気を荒げて続ける。
「私はね! セイちゃんと仲直りさせる為にクリスマスプレゼント選び手伝ったんだよ!? なのになんであんな口喧嘩してんの!?」
猫目ちゃんの言葉に、思わず鼻白む。
「……そりゃ、ディオスちゃんなりに怒る理由はあるんだと思うよ。単に負けたくらいで、怒らない人だって私は知ってるし、信じてる。でもね、でもさ……」
言葉を探している様子の猫目ちゃん。だけど結局うまく言葉にまとめられなかったのか、猫目ちゃんは私に視線を向けると。ただ一言。
「謝りに、いこう?」
弱々しく、笑顔を取り繕って。そう言ってくれた。
罪悪感が膨れ上がる。誰にも見られないように拳を握りしめた。
項垂れているセイちゃんを囲むように、キングちゃんやボブヘアちゃんがいた。
「少しは頭冷やせた?」
キングちゃんの方から、そんな言葉が飛んでくる。私はその言葉に対して、黙って頷く。
ボブヘアちゃんが今まで見た事もないひどく恐ろしい視線をこっちに向けてきた気がしたが、それも一瞬のものだった。
「ディオスさん。貴女の言いたい事は、私はよく分かっているつもり」
キングちゃんがそう切り出した。私は、頷いていいのか首を横に振るべきか悩んだ。
「私も、スカイさんに同じような戦法でしてやられた事は何度もあった。その度に悔しくなったし、『何よあの戦い方!』って怒ったりした事も実際あった」
でもね、とキングちゃんは続ける。
「スカイさんの試合そのものを否定した事は一度たりともない。試合のルールに違反したわけではないのだから、それはもう受け入れるしかない。ディオスさんがラフプレイしても、他の選手が責めてこなかったのと同じようにね」
キングちゃんはそこで言葉を区切ると、溜息をひとつついた。そして、また口を開く。
「それが出来ないなら、もう貴女はトレセン学園を目指すべきではない。あのような言葉は、試合に参加した選手全員への侮辱にほかならない」
それは私の胸に強く突き刺さった。
「……私が言いたいことは以上よ」
キングちゃんがそう締め括ると、彼女は一人で更衣室の方へ向かっていった。
ボブヘアちゃんは、私がセイちゃんに殴りかからないか、ひどい言葉をかけないか、常々警戒している様子が見受けられる。……それは猫目ちゃんも同じか。
「さっきは、ごめん」
私は、セイちゃんに対して頭を下げた。
その謝罪を向けられた彼女は、「大して気にしてない」といった素振りで頭を掻く。
「あはは~、まぁ、私も卑怯なやり方だったし、セイちゃんのイタズラが過ぎたって事で一つ!」
セイちゃんの言葉には、なにか諦めたような、そんな意図が含まれているように感じられた。
「いや、えっと」
それは違う、と言いたかった。でもそれすらも失言ではないかと、私は言葉を詰まらせた。
答えに窮していると、セイちゃんがこちらに歩み寄りながら言ってきた。ボブヘアちゃんも、猫目ちゃんも神経を尖らせている。
それも気にしてないといった素振りで、セイちゃんは言葉を続ける。
「うん、そもそも、盤外戦術や嘘の大逃げでどうこうしようだなんて、姑息だったね。いやはやっ」
セイちゃんは努めて明るく振舞おうとして、それを貫き通そうとしている。
それは違う。それも競馬では、ウマ娘のレースでは歴とした戦術の内なのだ。それも十全に分かっているはずなのに、私は何故自分のレースを台無しにされたと思ったのか。
「前も言ったと思うけど、セイちゃんはさ、」
セイちゃんが私との距離を詰めて、目の前まで近づいた。互いの呼吸音が聞こえる程の至近距離に顔を近づけてきた。
レース中よりも近すぎるこの距離では、彼女の瞳の色までも鮮明に映し出す事ができる。彼女が蒼色の目が、私の同じ蒼色の瞳を見つめて言った。
「たまに考えちゃうわけですよ。キングちゃんのように、親がG1ウマ娘でその子供……ってわけでもない。その上、キングちゃんみたいに周囲の皆からは特別期待されてるわけでもない」
セイちゃんは、まるで私に言い聞かせるようにそう語る。
「それについていけてるディオスちゃんとかさ、熱心にジュニア大会まで出てきて、予選勝っちゃうような子相手とかさ……」
セイちゃんが何を言いたいのか、私は薄々気づき始めていた。同時に胸が苦しいのは、その予感が当たっているからだろう。
目の前にある彼女の顔が、徐々に霞んでいくような錯覚に襲われる。目に溜まった涙がこぼれないように堪えた。
「セイちゃんみたいに"才能無い子"はさ、そういう才能ある子に対しては、あぁいう卑怯なやり方で出し抜くしか、勝つ方法が思いつかなくて」
セイちゃんの蒼色の目から、ボロボロと、涙が零れて頬から顎の辺りまでをつたった。
「違う」
失言かどうか考えるよりも、反射的にそう口走った。
「セイウンスカイは才能の無い奴なんかじゃない。絶対、そうなんかじゃない。それだけは、違う」
それを伝えたところで、何かが解決するわけではない。頭で理解していながらも、そう発さずにはいられなかった。
そんなのは嘘だ。絶対に違うんだ。
私は知っている。前世がどれだけ強かったか。彼女自身もレースをどれだけ真摯に取り組んでいるのかを知っている。
私が『貴方の強さは私が知っている』って自信を持って彼女に言えたら、それはどんなにステキな事だったろうか。
「……あはは、まるでセイちゃんの事なんでも知ってるような言い草しますね。ディオスちゃんは」
そこから続くセイちゃんからの一言で、そんな夢想はいとも簡単に崩れ去ってしまった。
「……じゃあ、あーいう戦法で来るって事も。セイちゃんの気持ちも、ちょっとはわかってくれたって、いいじゃん……」
再び堰を切ったようにボロボロと涙をこぼしながら、セイちゃんは弱々しい口調でそう語った。
私が何も言えず口を噤んでいるのと、ついに彼女は背を向けて駆け足で去っていった。
私はただ呆然と立ち尽くしていた。
周囲に目を向けると、猫目ちゃんは凍り付いたように私をじっと見ていて、ボブヘアちゃんの方は、ただこちらを見ていた。