綱引きとは、一体どんな競技なのか。
まず最初にイメージするのは、皆で同じ綱を持ち、それを引っ張り合う光景だ。
互いに「エイヤア」と掛け声を出し合い、腕に力を込めて引っ張っていると、やがてどちらか力が強い一方に綱が引き寄せられる。
単純明快な団体競技である。オレの目の前で、その競技の練習が始まっていた。
「ハッハァン!! オレさまがかっちまうぜェ!」
そんな勇ましい掛け声を上げながら、男子児童達が綱引きを開始している。
まずは規模の小さい縄で、少人数から綱引きのルールを覚えるらしい。
オレはその様子をぼんやりと眺めていた。
――暇だ。さっさと競技に混ぜろ。
先生さんは「他の子のがやっているのを見て覚えるのも大事」と促してくれたが、幼稚園児でさえ一発でルールが理解出来る。それくらい簡単なルールの競技だ。
「ひまだねぇ」
「そうだねぇ」
そんな事を言い合うボブヘアと猫目。育ちの良いキングヘイローは行儀よく体育座りをしているが、オレの隣にいる二人は足をバタつかせている。というか他の児童も何人かはそんな感じだ。
「……うん、私も退屈」
だが、それを口に出したところで事態が好転する事もない。
そんな事を思って溜息を吐くと、男児がニヤニヤとした顔つきで誘うようにこっそり言葉をかけてきた。
「オレたちもれんしゅうしない?」
彼の手元を見てみると、複数人用の大縄跳び。成る程、これを綱にして引っ張り合うわけか。
先生さんの方をこっそりと見やる。先生さんは、競技の練習をしている児童が怪我をしないかしっかりと見守っていた。
――いけるか?
猫目とボブヘアとオレは、いい子ちゃんぶったキングヘイローや先生に見つからないようにこっそり男児達の誘いに乗り、運動場の隅っこへ移動した。
「へへへ、こうじゃないとちょくせつたいけつできないからな」
どうやら、オレ達を誘ってきたこの男児達は力に自信がある男の子達らしい。
……ウマ娘相手に綱引きで挑もうとする心意気、その意気やよしだ。うむ、気に入ったぞ少年。牡たるもの牝より強くあろうとあらねばならぬ。
「わたしたちだってまけないよー。なんたって……」
「しょうらいはいちりゅうになるんだもの!」
キングヘイローの受け売りなのか、そんな事をのたまう猫目とボブヘア。
それぞれが大縄跳びを両手で掴み、オレは更に自身の体に大縄をぐるりと巻く。こうすれば自分自身が"重り"になって簡単には引っ張られない、とテレビで見かけた。
オレが「いくぞ」と合図をすると、他の児童が「うん」と返す。
児童達は、息を合わせてせーので引っ張った。
「「「いっせーの!!」」」
「ほぐわぁぁぁぁあああッッッ!!!!!??!!」
「ストップ! ストップ!! ストォォォップ!!!」
結果として、複数人児童の力を結集してオレの肉体が全力で締め上げられる事になった。綱を体に巻いていいのはアンカーだけだよ。中央付近でソレやってるオレは馬鹿かよ。馬だよ。
お遊びに気づいて注意しようと寄ってきたキングヘイローが、危険に気がついて即座に止めに来てくれた事は幸いだったのか。
「せんせー!! ディオスちゃんたちがおおなわとびのロープでふざけてます!!」
「こらー!! なにをしてるの!! ちゃんとさっきの位置に戻りなさい!」
やはり幸いだけにあらず。そのまま先生に告げ口されて皆で怒られてしまった。いや、まぁ、それが当然の流れといえば当然なのだが。
お叱りを受けたオレ含む児童は、しょんぼりとした様子で体育座りをするハメになった。
戻ってから、ずっとキングヘイローの視線を感じる。またおふざけするとでも思われてるのか。
「……キングちゃん。もう悪さしないから、そんな風に睨まないで……」
「べつににらんでなんかないわ」
相変わらずオレの事をじろじろと見ながら、そう言い放つキングヘイロー。なんだよ、いつも以上に目つきがキツいじゃないか。
だがしかし、まぁ……冷静に考えてみれば前世どうこう関係なく、"今のキングヘイロー"は幼児だ。いずれ打倒すべき相手であろうが、暖かーく、接してやるのが人の道というものだろう。
「もしかして、何か不安な事がある? もしそうなら、私に相談してみてよ」
「………………」
オレの言葉に、キングヘイローは黙り込む。そして、腹や腕についた縄痕を指さしてからボソリと呟いた。
「……ボンレスハムみたい」
「ア゛ァ゛ッッ!!??」
遠回しに『デブ』と言われた気がして、思わずドスの効いた大声を出してしまった。
「こら、静かに見ていないとダメですよ」
先生さんに注意され、オレはますますとしょんぼりとして綱引きの様子を眺めた。
おとなしく目の前で繰り広げられている光景に集中していると、自分の肌にペタペタとした小さな手指が置かれる感触があった。
何事かと思って振り向くと、そこを触っていたのはキングヘイロー。
「ど、どうしたの?」
「ワセリン」
彼女はそう言って、手のひらに乗った丸いブリキ缶を見せた。どうやら体育の時間でいつも持ち歩いてた消毒液と保湿剤を混合したものか。先程の件でついた縄痕にソレを塗ってくれているらしい。
オレは、少し躊躇いがちになりながらも大人しくされるがままになる。
「じっとしてて」
そう言ってから、ヒリヒリと疼く部分へワセリンを大げさに塗布していくキングヘイロー。
ぬるりとした感触と、体に優しく触れる幼児特有のぷにぷにとした手指の柔らかさに意識が向いて、不思議とドキドキとした感情を覚えてしまう。
――おいおい、神様。待ってくれよ。相手は幼稚園児だぜ? 仔馬ちゃんだぜ? ペドだぜ? そうじゃなくてもあの牡馬キングヘイローだぜ? オレにそんな趣味は……
「……つぎにあんなあぶないことしてたら、ほんきでおこるからね……」
ぼそっと、怒気を孕んだお小言が耳に入ってきた。
……あ、これもしかしなくても意中の相手から触れられている『ドキドキ』じゃなくてボス馬にグルーミング受けてる時の『
「…………」
オレが恐怖に慄いて黙り込んでいる際にも、むっつりとした表情で肌を撫でるような仕草で軟膏を塗り続けるキングヘイロー。
「……あなたもおんなのこなんだから、キズアトがのこったらたいへんだわ」
そんな言葉が耳に入る。……成る程、オレが曲がりなりにも女の子だから心配してくれているのか。
思えば、そういう観点から自分の体を労った事はなかったかもしれぬ。母ちゃんから貰った大事な女の子の体なのだ。キングの言い分にも百理ある。
「……うん、その通りだね。ありがとう」
そんな言葉にオレが素直にそう返すと、何故かキングヘイローは頬を赤く染めていた。
「では、綱引きを始めます。各自綱をにぎってー……」
ついに、綱引きでオレ達の番が来た。それぞれのチームにウマ娘を含めた対抗戦だ。自分と同じ種族とお遊び以外で競うのは、ウマ娘としては初めてかもしれない。
「いい? アンカーとしてのやくめをじゅうぶんにつとめなさい」
「もちろん」
オレはキングヘイローと一緒のチームで後方にて綱を固く握り合い、綱引きが始まるのを待つ。
先生さんが「ピーッ」と笛の音が鳴り響き、綱引きのスタートを知らせる合図となった。
「「「いっせーの!!」」」
児童達が一斉に掛け声をかけて、力一杯綱を引っ張っていく。
――スポーンッ。
そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、オレとキングヘイローの手元から綱がすっぽ抜けた。
仲間達は一斉に前方へ引っ張られ、オレとキングヘイローはボールみたいに後方へと転がる。
「きゃああああ!!」
キングヘイローの情けない悲鳴がオレの目の前から響いた。
あー、うん。そうだよなー。オレ達、手にワセリンべったりだもんなー。
やたら頑張って塗ってくれたみたいだから、ウナギみたいにぬるっぬるだもんなー……そりゃ滑るわなー……。
前世で楽しく走っていた頃の光景が蘇る。馬が走るから走馬灯か。
キングとオレは二人一緒にゴロゴロと地面を転がって、サッカーのゴールポストの網に受け止められた。
「だ、大丈夫!? キングちゃん、ディオスちゃん!」
先生さんが心配するような声と共に、園児達がギャグコントのような光景を目の前にして大笑いする声も聞こえる。
「なんなのよ! もーっっ!!!」
キングはすぐに立ち上がって、先よりも顔を真っ赤にして「笑うな!」と言わんばかりに周囲へ抗議している。
幸い、お互いに大した怪我もなく。他の子達に笑いのネタを提供するだけで済んだらしい。
……神様よう。せっかくならこういうんじゃなくて、オレが競技で大活躍する場面を提供してくれてもいいんじゃないかい。なぁ。