ライスシャワーお姉ちゃん(ギャル)
「さっき言ったドリームトロフィーの話。私は本当にそう思ってますよ」
それを聞いたライスシャワーさんは、ぽかんとした表情で私を見つめていた記憶がある。
「だって、姉さんみたいな素敵な考え方で走れるウマ娘が活躍してもらえたら、私みたいな年下にとっちゃ夢があるじゃないですか。だから、応援してます」
「……うん。ライスお姉さん、頑張るね」
彼女の笑顔が眩しく思えて。そして、この人は笑顔が一番似合うと思っていた。
そんな笑顔が眩しい清楚寄りの可愛い女の子をギャル化させてくるとかいきなり何の冗談ですか神様。
【……ウマ娘とかいうのに転生した件について。】
目の前に現れたのはライスシャワーという人で、私の一歳年上のウマ娘。
濡れ羽色の綺麗な髪は、シルバーアッシュに染まっている。首にはチョーカー……えぇっと、犬の首輪? が、巻かれていて。ショルダーレスのリブセーターに、ストラップのついた黒のインナー………………………………なんか、頭一つ分背が高いせいもあって、すごく目のやり場に困る。
「な、なんというか。前と雰囲気変わりましたね」
私がそう伝えると、彼女は少し照れながら答えた。
「えへへ、やっぱり分かっちゃう? ライスももうすぐ中学生だから、『中学生デビュー』しちゃおうと思ってっ」
………………あー、うん、なるほど…………中学生デビュー………………。
「えっとね、銀髪鬼さんにあやかって。髪を銀色に染めてみたのっ! ライスも、将来何を言われても彼女のように頑張ろう、って!」
……今年の菊花賞……あの時に銀髪鬼の事を取り上げてた私のせいもある気がする……。
「そ、そうなんですね。うん、似合ってますよ」
そうとだけ伝える。私は何かそれっぽい事を言おうと考えて、結局は当たり障りのない言葉しか出てこなかった。
彼女はにっこり笑ってお礼を言ってくれると、明るい笑顔の――けれどどこか蠱惑的な――表情で私に訊ねてきた。
「これからライス、昼食に行くんだけど……もしよければ、これから一緒にどうかな?」
「え、えっと」
「もちろん! ライスのおごりで!」
ずい、と一歩前に踏み出して。私の目の前には白く眩しい顔面がある。
間近に迫ったことで、胸元に目が行かないように注意する。なんか、ラベンター系のお香みたいなめっちゃいい香りするし……前より、すっごい明るくて人懐っこいのは気のせいかな……。
私はとりあえず同行することにして、彼女と一緒に歩き始める事にした。
すると、彼女は当然のように私の片腕に両腕を絡めてきて。そのまま歩き出した。
これは、あれだ。彼女が彼氏にやるやつ。私知ってる。少女漫画で見たもん。
……………………なにこれ……ねぇなにこれ……直前に色々な人と喧嘩してたのにこの展開温度差ひどくない……神様……ねぇ……。
低身長だがイケメン女性に成り代わったライスシャワーの姉さんを傍らに、私は彼女に連れられて、駅近くの食事処に入った。
まず注文した品が届くまでの間、私は彼女に質問した。
「あの、中央トレセンに行く予定ですよね」
「うん、ライスはもちろん受験するつもりだよっ」
即答。そして笑顔。見た目は変わっても、そこは全く変わっていない。それに少し安堵した。
「ディオスさんは?」
そう問われ、私も同じように即答するつもりだった。
「どうしたの?」
数秒間が空く。私は、その質問にすぐに答えられなかった。
「えっと、もちろん」
ウジウジ引きずるのはらしくない。周囲との仲の改善を望むならば前向きな主人公たれ、だ。私。
そう思って、私は以前のように努めようとした。
「なんだか、前とは逆だね」
ライスシャワーさんはそう微笑んで、テーブルに頬杖をついた。
「逆……?」
「ディオスさん、前はライスの事。とっても励ましてくれたから」
彼女はそう言うと、私の顔を覗き込むように見た。……私、ライスさんを励ませれた覚えないんだけど……。
「ねぇ、ディオスさん。悩み事があったら、『ライスシャワーお姉ちゃん』に相談してみて?」
私は彼女のその自信ありげな笑顔を見て、少したじろいでしまう。
何故こうも好意的なのかよく分からないと思ったけれど……ライスシャワーさんなりの気遣いなのかもしれない。
……私は、ジュニア大会での失態を彼女に打ち明ける事にした。
私がおおよそを話し終えると、ライスシャワーさんは生真面目な顔で私を見ていた。
彼女はしばらく沈黙した後で口を開く。それは、とても優しい口調で語られたものだった。
「そっか。大事なレースで……納得がいかなくて、仲直りしたかった人と喧嘩しちゃったんだね」
彼女の視線は、真っ直ぐ私を見ている。初対面の時よりも、やけに光りが増したアメジスト色の瞳が、私を見つめていた。
私は、その目を見つめ返しながら頷いた。
「……どう、解決すればいいのか、って……」
自らが招いた四面楚歌。地獄絵図。それくらい重たい事柄だと思う。その自覚はあるし、ライスシャワーさんもこんな事を相談されても困るかもしれない。
「ディオスさんは、何を投げ打ってもセイウンスカイさんと仲直りしたい?」
私は、その質問に答えられなかった。
「うん。ディオスさんはこれ以上、セイウンスカイさんや他の人を傷つけるのが怖いんだよね」
ライスシャワーさんはそんな私の様子を見て、優しく微笑んだ。
彼女は、私に諭すように語りかける。それはとても優しくて、まるで姉が妹を諭すような口調でもあった。
「ディオスさんは、まだ11歳だよ。人の為に頑張ってもいいし、大喧嘩しちゃってもいいと思う。でも、大丈夫だよ」
ライスシャワーさんはそう言うと、テーブルに身を乗り出して私の手を取った。その口調は幼い子供をあやすようでもあった。
私はしばらく呆気にとられた後で我に返り。彼女は優しげな笑みのまま言葉を続けた。
「いきなり全部解決しちゃおうとしなくってもいいんだよ。謝るのは、早いほうがいいのかもしれないけど……完全に仲直りするのは、ムリに数週間や数ヶ月以内って決めなくてもいいとライスは思う」
彼女は私に言い聞かせるように語ると、そのまま言葉を続けた。
「それに、ライスも傍に居るから! 寂しかったら、いつでも電話かけてきて甘えていいんだよ♪」
彼女はそう言って、電話番号を書いたペーパーティッシュを私の手にぎゅっと握らせ。そのアメジスト色の瞳で私をまっすぐ見つめてきた。
……………………なに、これ。なに……これ……。
あまりの気の遣われように口説かれてるのかと一瞬思ったが、そんなワケないと思い直した。
……なんか、急接近してきてるのは、理由があるはず……たぶん……。
「……あ、ありがとうございます……」
とりあえずお礼を述べると、ライスシャワーさんはにへらっと笑ってくれた。
周囲と喧嘩した事とは別に、胸の内にある別の懸念を打ち明けようかどうか悩んでしまう。
過剰に自身の内情を打ち明けて、キングちゃんやセイちゃんの時のように失望されたりしないか、と。
「……どうしたの?」
……でも、ライスシャワーさんなら大丈夫かもしれない。そう思える何かがあった。
私は意を決して彼女に相談してみることにした。
「……走る為の目標を、見失いかけてて」
私の言葉を聞いたライスシャワーさんは、少しビックリしたような顔をして。その後で、目を細めて、続きを促すように微笑む。
「昔から、幼稚園からの親友と対決して、決着をつけたいって。その一心で走ってたんです。今も、その気持ちはあるんですけど……」
ライスシャワーさんはそんな私に対して頷く事もないまま、私の話を聞いてくれる。
私は言葉を続けた。
「……もし、自分がヘマして相手にそれも拒絶されたら。そうでなくとも、それを終えたとしたら。私はもう、走る理由がなくなってしまうんじゃないかって……」
話すにつれて、私の声が小さくなっていく。それとは反対に、ライスシャワーさんは落ち着いていた。
だからか、私の方も自分の口から言葉が出てくるのが早かったと思うし……それに何より、話していて心地よかったとすら思った。
私が話し終えると、ライスシャワーさんは少し考え込んで。それから、私に対してこう言った。
「じゃあ、目標増やしてみよっか」
……それはまるで、私の悩みを解決に導こうとしているようにも思えた。
彼女は私に優しく語りかける。その口調は、とても穏やかで、柔らかいものだった。
私はその言葉に耳を傾ける。すると、彼女の口からは意外な言葉が出てきた。
「……『マルゼンスキーの再来』って呼ばれてる子、知ってる?」