マルゼンスキーの再来。前世の曾祖父様と同じような才能を持つと目されるであろうその子に、私は俄然興味が沸いた。
「いいですね。私は、その子に勝ちたいです」
ライスシャワーさんにそう伝えると、彼女は嬉しそうに笑ってくれる。
「ふふ……うん、ディオスさんならそう言ってくれると思ってたよ」
彼女はそう言うと、そのマルゼンスキーの再来と呼ばれる子について話を始めた。
なんでもその子は最近になって『アメリカから来た帰国子女』らしいが、その才能から中央トレセン学園入りはほぼ確実と評価されるほどらしい。おまけに文武両道の品行方正。日本文化にも詳しく、流暢な日本語が話せるという。
「……わ、私勉強だと勝てる自信ないなぁ」
「ふふふ、ライスお姉ちゃんが時々勉強みてあげよっか?」
などと、そんな冗談を交わしながらランチを取っている。
マルガイ。外国産馬。
前世なら外国で生まれて移籍してきた子は出場出来るレースなどで制約が多いと人間が話し合っていたが、この世界だとどうなんだろう。
前世も今生も日本生まれの私にとって、あまり関わりのない話だからその辺りはよく分からない。
……自分より知識豊富な父さん曰く、野球とかスポーツでも外国人選手も制約があるらしいから、何らかはあるのかもしれないけれど……。
「ライスシャワーさん。ありがとうございます。走る為の目標、一つ増えました」
何にせよ、前向きな目標が増えた事には変わりない。私は丁重に頭を下げて、ライスシャワーさんに感謝を述べた。
「ううん、いいのいいのっ。お姉ちゃんのお節介なんだから」
彼女は私の言葉をそう言うと首を横に振り、にっこり笑ってくれた。
…………やたら『お姉ちゃん』というのを強調してくるのは気のせいだろうか。
「あはは、本当に、私。ライスシャワーさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ。ライスさんみたいなお姉ちゃんがいたら、きっと毎日楽しかったと思います」
私は、少し冗談めかしてそう言った。
「ディオスさん……」
ライスシャワーさんはそう呟いて、私をじっと見つめた。
今現在の容姿のせいも相まって、その眼がまるで蛇のように感じたのは気のせいだろうか。彼女はその紫色の目で見つめながら、言葉を続ける。
「ディオスさんとライスが親戚だったっていったら、信じる?」
……いや、もう、確かにさ。前世だと遠い親戚だったらしいけど。*1
「それなんてラノベ」
私は思わず、父親の趣味の蔵書から引用した慣用句を呟いた。なんというか、幼少期の憧れの存在かつこんな美人でステキなライスシャワーさんと親戚なんて都合がよすぎではないでしょうか。神様。
「ふ、ふふふ……」
慣用句は伝わらずとも、私の驚きようが大変面白かったらしく、ライスシャワーさんは小さく笑ってくれた。
「……あの。それ本当ですか」
「うん、お母様とお父様にね。ディオスさんの事話したら、もしかしたら親戚の子かもしれないってライスのお祖母様に確認してくれて……」
ライスシャワーさんはいくらかその経緯を説明してから、また小さく笑ってくれた。
「だから、"親戚のお姉ちゃん"としてライスの事を頼ってくれてもいいんだよ。えへへ……」
ライスシャワーさんは少し照れながら、明るい笑顔でそう言ってくる。私は感情の渋滞に混乱しながら、冷や汗を掻きながらもなんとか笑顔を向けてみせた。
「それじゃあ、また今度ね! ディオスさん!」
食事を終え、連絡先をお互いに交換して別れた後。物思いに耽る。
「…………なんか、前より明るく人懐っこくなってて……なんというか……」
第一印象だとおとなしくて人の顔色うかがうようなお姉さんだと思っていたが、その辺りは私の思い違いだろうか。
「……うん……まぁいい事だよね……」
前世のライスシャワーも、人懐っこいとかで評判良かったとは噂に聞いたし。前向きな事なので、悪く考える事はないと、私は思う事にした。
彼女の言うように『お姉ちゃん』として甘えるのは、気恥ずかしいから考えモノだけれど。
私は、そのまま夕方になるまで本来の目的であるお洋服屋を見回った。
そして、キングちゃんがお洋服を選ぶ時に一緒に居てくれるとどれだけ捗るのか再度自覚させられる事になっていた。
なんか、自分の感覚だと、また女児っぽい衣服を選んでいる自分がいる。
「あっちにもこっちにも、お洋服を選んでる同年代のウマ娘ちゃん……ハァ〜、たまらん……」
………………なんか女児服に身を包んで悦に入ってる子がいる……しかもテキトーに選んでるんじゃなくて、たぶんブランド系のヤツ……あぁ、あぁいう小さくてほっそい体つきの子なら似合うのになぁ……羨ましい……。
すれ違う同年代のウマ娘。どれもこれも彼女自身に似合うの衣服に心揺さぶられながら、ついぞ私は自分に似合う洋服を選ぶ事は出来なかった。
「あぁ、やっぱだめだ……私、キングちゃんいないと服一つ選べない……」
乾いた笑いをこぼして、私はそう思った。キングちゃんに嫌われないように細心の注意で心掛けながら、頼るべきところは頼ろうかとも考えた。
今の季節は冬だから、午後五時にはもうお空は暗くなり始めていた。小学生はもう帰る時間。
私は商店街を抜けるようにして、家の方向まで足を向けた。
「あ、あの……」
後ろから、声をかけられた。
「はい?」
私が振り向くと……そこには、私と同年代くらいの子がいた。
とても気弱そうな、おどおどした態度のウマ娘。黒くて長い髪と、大きな青い眼が綺麗だと思った。
「あ、あの……その……」
その子は、私を見てから少し視線を逸らして、また私の目を見た。
「……あたし、道に迷ってて……」
その子はそう言って、申し訳なさそうに私から視線を逸らす。
「うん、案内してあげられるよ」
私はそう答え、その子に手を伸ばした。
「え?」
「ここらへんに住んでるから、大体の道は知ってるよ。案内してあげる」
私の言葉を聞いて、その女の子は驚いたような顔をする。そして、少しの沈黙の後……彼女は私の手を取ってくれた。
「あ、ありがとう。ございます……!」
聞けば、最近アメリカから日本へ引っ越してきたばかりで、まだこの地域の道に不慣れな子らしい。
それを聞いて、私は「この子がマルゼンスキーの再来と呼ばれる子ではないか」と、思い至るのは当然の帰結でしょう。神様。
「へぇ、でもすごいや。そんなに自然な日本語話せるなんて」
「あ、いえ……アメリカの友人とご両親が……日本語詳しくて……」
その子の影響を受けて、自分も日本語をよく話せるようになったという事だろうか。なんにしてもすごい事に変わりないし、ますますこの子が「マルゼンスキーの再来」ではないかという可能性が高まった。
その子が使う駅まで一緒に行き、目的の駅やその乗り場を出来るだけ丁寧に教えてあげる。
その電車が来るまでだいぶ時間があるので、私達はひとまずベンチに座った。
「えっと、駅降りてからの案内は、大丈夫? そこからも案内必要?」
「大丈夫。です。そこからは、案内してくれる人がいるから」
その子はそう答えると……また、少し視線を逸らす。
「あの……あたしの顔、何かついてますか?」
私がマジマジと顔を見過ぎたせいだろうか。その子は少し不安げに、私にそう訊ねてくる。
「あ、あぁ……ごめん、そういうつもりじゃなくて」
私は慌てて手を振って否定して、言葉を続けた。
打ち倒すべき目標が目の前に都合良く現れたのだから、なんとか親交を築きたいものだけど。いきなり「ライバルになってほしい」などと申し出るのは変な話だし……。
「本当に綺麗な眼だなぁと思ってさ。つい見惚れちゃって」
「……え?」
私の言葉を聞いて、彼女は驚いたような顔をする。
「あはは……」
……初対面で先のセリフは、気味の悪い口説き文句だったかもしれない。
その証左に彼女は顔をそそくさと逸らしているのだから、私は乾いた笑いを浮かべながら反省した。
「……綺麗……いや、あの……」
私の発言で困らせてしまってる気がする。うん、気まずすぎるから話題を変えよう。
「私ね、中央トレセン学園目指してる。あなたも、そうなんだよね?」
私がそう訊くと、彼女はまた驚いたような顔をしてから、小さく頷いてくれる。
「……よく、知っていますね」
やはり私の推測は当たっているらしい。私はしたり顔になりかけていた。
「とっても強そうな子だから、そうなんじゃないかなー、って」
「……つ、強そう? あたしが……?」
私の言葉に、彼女は信じられない顔をする。
「違うの?」
私が首を傾げると、その子は私の問いに頷いてみせた。
「……あたし、すごく臆病で……走ってる途中でも、他のウマ娘の尻尾が触れちゃうだけでも、ビクッって、怯えがきちゃって……」
…………それは、かなり重症な気がする。足や肩同士の接触は早々起こり得ないように選手自身気をつけるが、尻尾ともなればそれなりの頻度で触れる気が……。
「そ、そんな子が強いだなんて……あたしは……」
なんだか、相当に臆病で気弱な子らしい。これだと初対面のライスシャワーさん以上かもしれない。
「でも、一人で走る時は速いんでしょ?」
私がそう訊ねると、そこは少し自信ありげに頷いてくれる。
「はい」
臆病な様子の彼女が自信をもってそう答えるのだから、本当にその通りなのだろう。
「じゃあ、強い子だよ。他のウマ娘に囲まれるのが怖いなんて選手なんてのは、実はたくさんいるって話だし」
「そうなんですか……?」
私がそう教えてあげると、彼女は少し驚いたような顔をする。
私は頷いて、言葉を続けた。
「うん。接触したのがトラウマになった選手がいて、そこから一番手の逃げとして囲まれないように走る活路を見いだしたって選手もいるよ」
私のその言葉に、彼女もそれは聞いた事はあるのか納得したように頷く。
「だから、臆病なのはそういう付き合い方もあるし、頑張って克服したっていいし。改善出来ても出来なくても私達ウマ娘には色々なやり方はあると思う」
自分なりの競走に対しての価値観を語ってみると、彼女は考え込んだような顔をする。
「……なんなら、『自分は絶対無敵の主人公なんだ』って自分を演じればいいし。こう、覆面プロレスラーさんみたいにね?」
――自分には出来なくとも、貴女には出来るかもしれない。
私がそう考えながら言葉にしてあげると、彼女は少しの間ぽかんとした後。力強く頷いてくれた。
そして、そのタイミングでホームに電車が来るとアナウンスが流れる。
「あたし……エル! Cómo te llamas? あなたの名前は?」
彼女は、突然流暢な英語……スペイン語? を併せてそう訊いてきた。
私は思わず面食らってしまってから、素直に名前を明かす。
「でぃ、ディオス」
「Qué hermoso nombre tienes!! ディオス! 良い名前デース!!」
なんだか突然演技ぶったように流暢なスペイン語を織り交ぜたエセ外国人訛りなしゃべり方を始めるエルと名乗る彼女に、私はたじろぐ。
「Me llamo『El Condor Pasa』!! Nos vemos!! 案内アリガトウ! またお会い出来るのを楽しみにしてマース! アーッハッハッハ!」
そして、そのまま大袈裟に手を広げながら彼女は電車へ乗っていく。私や周囲の一般の方々は呆然とその後ろ姿を見てから……私は思わず、笑いがこぼれてしまった。
「マルゼンスキーの再来。面白い子だなぁ」
彼女の事は、何も知らない。けれど、なんだか好感のもてる子だったと思う。私はそう感想を抱きながら電車を見送った後、また帰路についた。
でぃおすちゃん「エル……」
-
「可愛い子だったなぁ……」
-
「きっと強い子なんだろうなぁ……」
-
「あの子ともお友達になりたいなぁ……」
-
「…………胸がドキドキする……」
-
「……もしかしてエルコンドルパサー?!」