私達小学生みたいな子達が通う『ポニークラブ』っていうのは、自前で競技場を持っているクラブやトレセン学園のトレーニング設備に比べたら結構ちゃちいもんだったりする。小規模な競技場を練習に貸し出してもらう事もあるが、大概は学校や大きな公園の運動場を使わせてもらっている。
「ほら、カラーコーンとバーで囲い作るわよ。カラーコーン置いてって」
下級生の子達の為に設置役を買って出ている優等生なキングちゃんにそう促され、私は言われるがままにカラーコーンを均等な距離に置いていく。
「今日は白線じゃないの? チョーク引く方が準備も片付けも楽なんだけどな」
「白線だと、どうしてもスピードを殺し切れずに踏んじゃう子がね。前の合同練習。白線が影も形もなかったでしょう?」
確かに。言われてみれば、今年の下級生は有り余るスピードを全力で出す子が多い印象だ。
「あはは! ばびゅーん!」
「ばびゅーん!!!!」
準備の最中。運動場の端から端までひたすらスピードを出して誰が一番速いか競い合ってる下級生の子達の声が聞こえてくる。
「……あー、直線練習すごく楽しそう」
「ディオスさん好きよね。直線練習」
そりゃ、難しい事考えなくていいし。誰だって曲がった事なく気持ちよく走るのは好きだと思うけれど。
「手伝うよ」
「あー、ありが……」
何気なく話しかけてきたから他の上級生の子かと思ったら猫目ちゃんだった。思わず渡そうとしたカラーコーンを落とす。
「なんで驚いてるの?」
猫目ちゃんは、そう言ってくすくすと笑っている。まるで諍いなど無いといった態度だ。
「ほら、手。止まってる。キングちゃんが困ってるよ」
猫目ちゃんは、そう言ってカラーコーンを手渡してくる。私は、それを受け取った。……キングちゃんの方をみると、彼女は、敢えてこちらには何も言って来ずに作業を続けている。
……今、キングちゃんに助けを求めるのは良くない気がしたので私は作業を続けながら猫目ちゃんに話しかける事にした。
「この前は、私の引き起こした諍いに巻き込んでごめん」
私がそう謝罪すると、猫目ちゃんは少し複雑な表情を浮かべてから、口を開いた。
「そもそも、あたし自身は怒ったりしてないよ。他の三人の事考えると、ちょっと話し辛かっただけ。こっちも下校一緒に帰るか様子うかがってたんだよ~?」
いつも通りの明るい口調。何故かとても懐かしい感じがする。
「……ま、よかったじゃない。キングちゃん、許してくれてたみたいでさ」
猫目ちゃんはそう言ってから。少し間を置いて続けた。
「――ボブヘアちゃん。すごく怒ってるよ。『二度と会いたくない』って」
……分かっては、いたのだけれど。激しく後悔した。
「仲直りできるよーにあたしが"ちゅーかい"してあげよっか♪」
悪気が無いだけに、その言葉が耳に痛い。私は無言で首を振って、その提案を断った。
「そっか」
彼女は少し寂しそうにそれだけ言うと、私と並んでカラーコーンを置き始める。
「……卑怯者呼ばわりした事については、私が全面的に悪い。ボブヘアちゃんが用意してくれた機会も、上前を跳ねたようなものだしね。仲直りのクリスマスプレゼントだって、ボブヘアちゃんも選んでくれてるのに、台無しにしちゃって……そう思ってる事だけはボブヘアちゃんに伝えてもらえたら、すごく助かる……」
それら全てに申し訳ないという事を仕草で示した。しかしまるで猫目ちゃんは、まだ続きを待っているようだった。
……十数秒経って、猫目ちゃんが口を開く。
「あのね。そう思うんだったらなんで"他の子"にそれをプレゼントしてるの?」
私は、猫目ちゃんのその言葉に驚いて思わず彼女の顔を見た。
彼女は、今度ばかりは少し怒ったような顔をしていた。
「――キングちゃんは優しいからその辺り叱ってないんだろうし、あたしもディオスちゃんが自暴自棄になって他の子にあげたんだろうなー、っていうのは理解してるよ。でもさ、あたし達はセイちゃんと仲直りしてほしいから、クリスマスプレゼントを一緒に選んだの」
予想外のところから批難めいた事を言われて面食らった。お互い、神妙な顔で目を見合わせる。
「……あたしだっていちいち言いたくないよ。こんな事……でもさ、喧嘩になる原因って毎回そういうとこじゃん。他人が傷つく理由に鈍感な癖……」
猫目ちゃんは、顔をくしゃくしゃにして。私にそう指摘する。
トレーニングコースを囲うカラーコーンの配置がほぼ終わり、少し遅れてキングちゃんがバーで囲いを作り終えて猫目ちゃんの傍に寄る。猫目ちゃんは、指でしきりに目元を拭っていた。
「へへ、ごめん。ディオスちゃん、ちょっと感情的になっちゃった。……今日はさ、練習終わったら一緒に帰ろうよ。キングちゃんもさ!」
猫目ちゃんはそう言って、キングちゃんに向き直る。
キングちゃんは、静かに頷いてから、猫目ちゃんの頭を――二人の間柄にしては珍しく――優しく撫でていた。
「ちょっと、キング~! 子供扱いしないでよ~!」
猫目ちゃんはそう抗議の声を上げながらも、満更でもないといった表情だった。
――メッキが剥がれ始めたな。
頭の中に思い浮かんだ台詞は、何処か俯瞰的だった。
それは前世の獣の感想なのか、あるいお姉さんぶってた幼子としての自嘲なのか。私には判断がつかない。
……なんだって、こうも、私は失言や失態続きなんだ……。
――冷静になれ、そうじゃない。
脳に駆け巡る自責思考が止まり、猫目ちゃんの元まで駆ける。
「え、あ。え。どうしたのディオスちゃん?」
猫目ちゃんは、私の行動を見て驚いた様子を見せる。
「猫目ちゃんだって、傷ついてたよね。せっかく手伝ってくれたのに……ごめんね……」
そう言うと、猫目ちゃんは私の頭を優しく撫でてから答える。
「うん、ゆるす!」
猫目ちゃんは、それが聞きたかったとばかりに私の体を抱きしめてくれた。
――過去の失態はもはや変えようがない。その清算がどんだけ他人から見て滑稽でも、今は一つ一つ処理していくしかないんだ。……なぁ、神様。そうだろ……。