ウチのポニークラブは中央トレセンが比較的近隣であり、部員数が多いという事もありそれなりに賑やかだ。上級生あるいはOBの子が下級生に指導する声や、下級生の子達の楽しそうな笑い声が聞こえる。
私は、息を休める合間にその練習風景をぼんやりと眺めながら。猫目ちゃんから言われた事を反芻していた。
『――ボブヘアちゃん。すごく怒ってるよ。『二度と会いたくない』って』
遠巻きにいるボブヘアちゃんの方へ視線を移した。相変わらず、彼女は真面目に練習に打ち込んでいる。思えばキングヘイローほどではないが、あの子もあの子で相当に堅実な子だ。まだ四年生だというのにキングや私、そして六年生を打ち負かす事が稀にあるくらい実力もある。
「……たぶん、中央学園に入学出来るんだろうなぁ」
そう考えれば、微笑ましかった。そう感じれてホッとした。「一緒の学園になるのがやだなぁ」とか感じなかった辺り、私はまだ大丈夫。
……私はまだ、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせるが、やはり自分のした事の重大さは自覚せざるを得なかった。
二度と会いたくないとは言い聞かされているが、人伝に謝罪をするのはどうか……。
「やっぱあたしがちゅーかいしてあげようか?」
いつの間にか隣で頬杖をついていた猫目ちゃんが、そう提案してくる。
「ボブヘアちゃんに、セイちゃんとの仲を取り持ってもらうようにお願いしてたんだ。結果は知っての通り」
「その時みたいにあたしが傷つくかどうか心配?」
ニヤニヤとしながら彼女はそう聞いてくる。……何か、先ほどのやり取りを経て猫目ちゃんの機嫌が少し良いように感じた。
「まぁ、そうだね。二の舞で二人を傷つけたくない」
だからこそ、仲立ちを使うべきでないし、人伝にするべきでないとたった今思い直した。だが手紙なりメールなりで謝意だけでも伝えるべきだろうか。
私がそんな思考を巡らせていると、猫目ちゃんは少し長い溜息をついてから私に向き直る。
「ディオスちゃんさ。幼稚園の頃、すっごく頼りになったよね」
「今は違うって言いたい?」
私が自嘲気味に答えると、猫目ちゃんは首を横に振ってから話を続けた。
「そういう事じゃなくって。キングちゃんがすごく落ち込んでた事あったじゃない」
私は猫目ちゃんの言葉を聞いて、記憶を遡った。確かに、初対面同然の時に「周囲が自分の事を誰も見てくれていない」と思い込んでいた時にハッパをかけた記憶はある。
「でもクラスの先生とか園長先生とか。猫目ちゃんやボブヘアちゃんとかいっぱい優しい人が周囲にいたし、別に私が居なくたってさ」
――無言で頬をつねられた。
「いたひ」
私が、反射的にそう言うと。猫目ちゃんは手を離す。
「……近頃はなんでそう卑屈になるかなぁ」
猫目ちゃんがじっとりとした目でこちらを見つめてきた。そして、少し悲しい顔を浮かべてから。彼女は、静かに口を開いた。
「今から話す事、キングちゃんには秘密ね」
猫目ちゃんがこういう事を言うのは珍しいな、とは思った。私は神妙に頷いて、彼女の言葉の続きを待つ。猫目ちゃんはそれを確認してから話を続けた。
「ディオスちゃんの居ないところではさ。キングちゃん。ディオスちゃんの事、結構な頻度で褒めてたんだよ?」
そんな小っ恥ずかしい事聞かされても。と思ったが、黙って聞いていた。
猫目ちゃんは一息ついてから話を続ける。
「……こう、他の子達が喧嘩になりそうだったら一緒に食い止めようとした、とか。キングちゃんが体操服に着替えてる時に男子に下着を露わにされて、その男子を本気で叱ってくれた、とか。怪我した時は抱きかかえて運んでくれた、とか……」
まぁ、覚えはある。全部、苦い思い出混じりだけど。
猫目ちゃんは、真剣な事を語るようにしんみりしながら話を続けている。
「それ以外にもたくさんさ。幼稚園の頃から――キングちゃんが纏め役で、そんでディオスちゃんがその後ろで腕組んで見守ってるお姉ちゃん役? みんなが突拍子もないやんちゃしなくなる四年生、五年生まで続けてさ」
そこまで言うと、猫目ちゃんはしばし黙り込んだ。
「キングちゃんはよく言ってたよ。『私ほどではないけれど、ディオスさんは一流のウマ娘よ』なんてさ」
猫目ちゃんはややモノマネ気味におちゃらけてから、一度言葉を止めて。ゆっくりと続けた。
「……他の子達もなんだろうけどさ。私やボブヘアちゃんはさ。キングちゃんが好きなの」
「知ってる」
即答すると、猫目ちゃんはカラカラ明るい笑いをしてから続けた。
「第一印象は、それこそ高飛車なお嬢様だってカンジだけど。でも本当は、すっごく優しくて面倒見がよくてさ。わんぱくな男子ーズ相手でも必要な時は叱りつけてまとめたり。女子の友達が困ってたら悩み事を一つ一つ聞いてあげたり。そんで勢い余って告白しちゃうような相手にも、傷つけないようにアワアワしながら言葉並べ立てるような子でさ」
経験論なのか男子ーズの所業を目撃したのか気になる部分ではあるけれど。猫目ちゃんは真剣な調子で言葉を紡いでいく。
「そんな頼り甲斐のあるキングを、陰から支えてくれてたお姉ちゃんだからさ。ディオスちゃんは」
猫目ちゃんはそこで言葉を区切ると。ほんの少し俯いてから、また口を開いた。
「……すごく信頼してた。それだけに、きっとその信頼を裏切られたのが、ボブヘアちゃんにはショックだったんだよ。あたしだって、さっき気づいてもらえなければ――」
猫目ちゃんは、そう言って。私の目をまっすぐ見据えてきた。それからにっかりと笑う
「ま、いいや。あたしの事より、キングちゃんの話」
猫目ちゃんはそう話を区切ると、また思案顔になる。
「――今回の事で、数日間遠巻きに様子を見て思ったんだけど。キングちゃんって、ディオスちゃんを叱りつけはしても見限れないと思うんだ」
猫目ちゃんは、そう切り出した。
「それは、嬉しいけれど」
別に、秘密にするような話でもなければ真面目に思案するような話でもないような気がする。ボブヘアちゃんの事より優先すべき事でもないとは思う。
怪訝な表情でそれを示すと、猫目ちゃんは切れ長に目を細めた。
「……もしかしてそれが当然の事だと思ってたりする?」
猫目ちゃんの問いに、私は答えられなかった。
……答えようと思えば出来たかもしれない。しかし、そうする事に意味を見出せなかった。
私の反応を見た猫目ちゃんは、ため息をついた。そのため息が大きく聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。
不安を余所に、猫目ちゃんは言った。
「例え話なんだけどさ。どんだけディオスちゃんがキングちゃんにとっても酷い事をしたとして」
「もうしない」
「例え話って言ってるじゃん」
猫目ちゃんはむくれながら「話を最後まで聞け」という態度で話を続けた。
「例え話。ともかくさ、ディオスちゃんがキングちゃんにすっごく酷い事したとして」
猫目ちゃんは一拍置いてから言う。
「たぶん、それがなんであってもキングちゃんは叱りはするけど。絶交とかは出来ないとあたしは思う」
猫目ちゃんの話をそこまで聞くと、私も言い返した。
「それ私相手じゃなくても同じだと思う」
私だから、という訳ではなく。キングちゃんだからこそなのではないか、と思う。あの子が他の誰かを安易に見捨てるとは思えない。
猫目ちゃんはそれについて何か言いたげだったが。良い反論が思いつかなかったのか、少し目を逸らしてから私を見た。
「……まぁそこは重要じゃないからいいんだけどさ」
猫目ちゃんはそう前置きしてから、続きを話す。彼女が何を言いたいのかは、未だ想像がつかなかった。
「――"そんな事を繰り返してたらキングちゃんが、潰れちゃう"かもしれない。キングちゃんが頑張りすぎると、すごく怖い」
私は、それを言われて思わず口をつぐんだ。確かに、あの子にはそういう部分はある気がする……けれど。
「大丈夫だよ。キングちゃんは私よりも強い子だから」
私が自信ありげにそう答えると、猫目ちゃんはまた目を細めた。
「……。……うん、信じてるからね」
うん、私もキングちゃんは信じられる。
「ま、それだけ気をつけてもらえば。あたしもディオスちゃんと一緒に腕組してあげるからさ」
猫目ちゃんはそう言ってどこぞの悪魔男よろしく胸の前で腕組んで、鼻息をフンスとならす。
私は思わず苦笑したが、猫目ちゃんは不安そうな顔を浮かべて小さく呟いた。
「……本当にボブヘアちゃんとの間は仲介しなくていいの?」
まだ何か言いたげではあったものの。私はもう一度ボブヘアちゃんの方を眺めた。
「……うん。自分だけでどうにかしてみる」
猫目ちゃんの傍に座る私に対して、ボブヘアちゃんからの牽制するような視線を感じて、私は猫目ちゃんにそう答えるしかなかった。
考えを巡らせる対象
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セイウンスカイ
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エルコンドルパサー
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キングヘイロー