結局のところ、ボブヘアちゃんとは話す機会がなかった。
――いや、謝意だけでも伝えるべきだと思ったから話しかけようとはした。
「……」
相手が話しかけないでほしいという素振りを見せていたから、少なくとも「謝意を伝えるにしても今ではない」と感じた。
……うん。違うな。私は怖かったんだ。ボブヘアちゃんに言葉で拒絶されるのが。
まぁ、今日はちゃんと練習が出来たのと猫目ちゃんと仲直り出来ただけでもよしなのだろうか。
帰り支度の最中、ボブヘアちゃんへの対応はどうすべきか考えていると、キングちゃんがそばに寄ってきた。
「どうだった?」
何についてか、は言葉を交わすまでもない。
「猫目ちゃんには、仲直りのお手伝いを台無しにした事を謝って、許してもらえたかも。けどボブヘアちゃんは」
私がそこまで言うと、キングちゃんは「そう」と短く呟いて。少し考え込んだ後、私に言った。
「そうね。少なくともセイウンスカイさんへのケアを十全にする姿勢を見せなければ、許してもらえないのではないかしら」
だから、「今はセイウンスカイを慮れ」と言わんばかりに。キングちゃんは私にそう告げた。
「そうしても彼女に許してもらえる保証はないのだけれど。けれどスカイさんに三度目の機会を与えてもらえたのなら、機会を無下にしない事」
「……うん」
キングちゃんの言葉に、私は頷く。「何故三度目の機会が与えられたのか」……と考えるのは無粋なのだろうか。
ふと、猫目ちゃんが先ほど言っていた事を思い返し、考えを巡らせる。
確かに猫目ちゃんの言う通り、わんぱくな男子ーズ以上に行為を叱られた回数が多い自覚はある。「スカートを履いてる時は足を広げない」だの。「女の子なんだから、キズを作らないように気をつけなさい」だの。最大級に叱られたのはジュニア大会の狼藉だ。
ただ、それで絶交に至ったかといえば。そうではない。
……なんだか急に猛烈な不安に襲われて、私はキングちゃんに訊ねた。
「キングちゃんは、私に対して何か不満に思っている事とかある?」
私の問いに対して、キングちゃんは顔を顰める。
「突然そういう事を訊ねてくるところかしら。……で、何かあった?」
そう、呆れたように聞き返してきた。その態度はまるで、「悪いモノを拾い食いでもしたか」と言わんばかりだ。
「いや、他の人達を立て続けに傷つけてるから。気づかない内にえぐるくらいなら、素直に聞いて改めようかと思って……」
私は慌てて、しかし素直に理由を述べる。キングちゃんはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、私の態度に嘘が無いと見たのかキングちゃんは答えてくれた。
「そうねぇ……。強いて言えば、他の子を不服に思わせる行為は慎んでほしいところだけど」
キングちゃんはそう言ってから、また顎に手を当てたまま熟考し始めた。
「…………」
そのまま、お互い30秒ほど黙り込んだ後。キングちゃんは口を開いた。
「あとは一緒に温泉に行った時、脱衣所で品定めするように見つめてきた事。本当にそれくらい」
キングちゃんはそう言ってから、私に対してじとっとした目を向けた。私は、思わず目を泳がせた……いや、改めるべき部分だと思うけど……。
「ホント、他にないの? えぇっと……その……」
私がたじろぐと、キングちゃんはまた困ったように眉を寄せた。
「無いわね。もっとも、何か隠し事をするなら別だけれど? でもディオスさん。嘘は得意じゃないでしょう」
……確かに隠し事が苦手だし、それに嘘をつくのも下手くそだけれど。
頭を小さく横に振った。
しつこく問い詰めるのは逆に鬱陶しいかもしれない。
そう思い、私は頷きながら納得する態度で答えた。
「わかった。でも、何か思う所があったら素直に言っていいからね!」
いつまでもネガティブに振る舞っていても仕方あるまいと、やや冗談ぶってそう告げた。
キングちゃんは私の笑顔を見てから、少し呆れたように笑う。
「おーい!」
そうしている内、猫目ちゃんがすり寄るように近寄ってきて、今日は帰り路を三人で行く。
「あぁ、そうだ。不満、とは違うけれど。相談したい事ならあるわ」
たった今思いついたという風に、キングちゃんは私と猫目ちゃんに切り出した。
「えー、なになに。キングちゃんの相談?」
自分も聞きたいとばかりにキラキラと瞳を輝かせる猫目ちゃん。久々に昔なじみ同士の微笑ましい流れが見れて、正直嬉しい。
「えぇ、そう。もうすぐ、私とディオスさんは六年生よね。一流のキングとその仲間として、学校の後輩達に示しをつけていくべきだと思うのだけれど。何か画期的な方法はないかしら?」
相変わらずの口ぶりに苦笑するも、猫目ちゃんはキングちゃんの言う事を聞き漏らすまいと耳を澄ましている。私も出来る限り考えてみる。
「画期的、ねぇ。うーん、高学年の子は低学年の子で合同授業が毎年あるから、その時に――そうだね。私達の走りを披露するとか。合同授業って2時限以上使うから、15分休みが挟まるだろうし」
私がそう提案すると、猫目ちゃんが「それグッドアイディアー!」と手を挙げた。キングちゃんも、納得するように頷く。
「いい案ね。今日のOBさんの振る舞い方を参考に、直線の走りを披露してみせるというのはどうかしら。一年生の子も楽しく分かりやすいし――」
和気藹々。猫目ちゃんも含めて。自分達が1年生2年生だった頃、先輩達の頼り甲斐のある在りし日の姿を重ねるような話に花を咲かせている。それは楽しい話で、全てが上手くいきそうな気さえするような晴れ晴れとした話だ。
ふと、「ボブヘアちゃんもいればよかったな」と思う。二人が楽しそうに話しているからネガティブな思考に陥らないようにしつつ、しかし自分が居ない時に三人で集まればこの話し合いは再びなされるだろうかとも考える。自分さえ居なければ――。
「また卑屈な考えしてない?」
と、猫目ちゃんが私の顔を覗き込んで小さな声で訊ねてきた。訝しげに首を傾げるキングちゃん。
「してない! 今回はホント!」
少なくとも建設的に考えていたつもりなのを態度で示す。猫目ちゃんは、私の反応にご満悦な様子で言った。
「ま、いいけどね。二人がトレセン行ったら、こうやって帰り道を皆で帰れる機会なんてもうそんなに無いだろうし。怒ったりするのは野暮。ボブヘアちゃん含めて四人全員行けたとしても一年は時間差あるし、全員寮住まい」
猫目ちゃんは、そう言った辺りで。帰り道が別々になる地点にさしかかる。猫目ちゃんは、私とキングちゃんを見て愛想いい笑顔で手をぶんぶん振って言った。
「寮が一緒なら最後まで一緒にいられるけどね。んじゃ、また明日学校で!」
そう言うと彼女は私達とは別の方角に駆け出した。目がくらむ空の光に向かって遠ざかる背中を見守っていると、後ろからキングちゃんが言ってきた。
「もう一つ質問なのだけれど」
卑屈だなんだという話についてお叱りをしようとする気配がある。随分と淡白な口調だ。少しそれが気になって、私は肩をすぼめつつ、振り返らずに言葉を投げかける。
「なぁに?」
私がそう問い返すと。キングちゃんは少し間を置いてから言った。
「また『自分さえ居なければ』とか、考えてなかった?」
質問に対するディオスの対応
-
「思った」
-
「思ってない」