……ウマ娘とかいうのに転生した件について。   作:稗田之蛙

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このおおぶたいでも、きっと

 練習を重ねに重ね、待ちに待った運動会の日。運動場には、違うクラスの児童も含めた全員が集まっている。

 オレの気持ちと同じく、お天道様は快晴だ。雲一つない青空の下で、入場行進が始まる。

「「せーのっ」」

 皆の声に合わせて、クラス全員で二列に並んだオレ達も一緒に前へ踏み出す。

『りんご組の入場です。みんな元気よく手を振って』

 アナウンスが響き渡り、皆は元気よく返事をしながら腕を振る。

 母ちゃんが、そして父ちゃんが小さな弟を抱き上げてこちらを見ている。なんだか恥ずかしくて俯きたくなるのを抑えながら、オレも一生懸命手を振った。

「おとうさんったら、しゃしんとりすぎー……」

「そんなふうにいっぱいてをふらなくてもいるってわかるってば……」

 いつもつるんでいる猫目とボブヘアのウマ娘も、ブツブツと独り言を言っている。息子娘の晴れ舞台に大はしゃぎしているのは、どこの親も一緒なのだろう。

 そんな中でも、取り乱す様子もなく凛々しく振る舞っているのがキングヘイローだ。

「うつむかず、しっかりまえをむくこと。みんなのおかあさまや、おとうさまにちゃんとみせるの」

 彼女はいつものような態度で、そう言い聞かせてきた。

「そう……わかった」

 オレ達は小さくそう呟いて、また前を向いて歩き始めた。おかげで、他のクラスよりも凛々しい行進だった、かもしれない。

 

 全児童が運動場へ集まると、園長の挨拶が始まった。

「皆さんおはようございます。本日は天気も良く……」

 この幼稚園の年老いた園長は、普段はとても穏やかで優しい先生だが、こういう時だけは声を張ってちょっと気を引き締めた声色をしている。

 その雰囲気に合わせてか、児童は礼儀正しく腕を真っ直ぐ揃え、園長先生のお話を静かに聞いていた。一番年少組の児童は、それが顕著だ。自らが定規であるかのような仕草でビシッと姿勢を伸ばしている。それが滑稽にも可愛らしくもみえて、思わず笑みがこぼれそうになる。

「こら、えんちょうせんせいのおはなしのとちゅうで、わらわないの」

 キングヘイローからそう諌められた。

 分かってる。たとえ仔馬であろうとも、運動を一生懸命励もうとする心意気をバカにするものか。

 

 年長の代表児童が担当の先生と一緒に選手宣誓を務め、そして運動会が幕を開ける。

 まずは準備体操の時間になって、皆はラジオから流れる音楽に合わせて柔軟を始める。

 馬でいうところの返し馬のようなものか。前方にいる先生の動きを真似して、体全体をほぐしていく。

「いち、にぃ、さん、しぃ、ごー、ろく、しち、はち……」

「………………」

 普段なら率先してやっているはずのキングヘイローが、途中からずっと黙りこくっていた。不思議に思って見てみると、彼女の耳が忙しなく動いている。何かしらに集中していて周りが見えていないらしい。

「きゅー、じゅう!  はい、肩回し。みんなでいっしょに――」

 キングヘイローだけが先生の指示から遅れる。彼女の動きもやけに散漫になっていた。

「キングちゃん。どうしたの?」

 早々日射病にでも掛かったのかと、体操を続けながら声を掛ける。

「え? え、えぇ。うん。なんでもないわ!」

 明らかに挙動不審。しかし原因が分からぬ。

「……うーん。大丈夫?」

「ぜんっぜんへいきよ! なんたって、いちりゅうのウマむすめですもの!」

 そうのたまう声は、どうにも上擦っている。

「……ならいいけど……」

 いまいち納得いかないが、本人がそういうのならそうなのだろう。

 オレはそれ以上の追及をやめて、ストレッチに戻った。

 

 自分達の玉入れの競技が終わり、先生達がそれぞれの籠に入った紅白玉を大袈裟に数えて点数を決めている。

「…………」

 行儀良く体操座りしているキングヘイローの仕草に、どことなくデジャヴを感じる。猫目やボブヘアのヤツも自ずと感じ取ったようで。オレ達は三人近寄って顔を寄せ合う。

「……ねぇ。キングちゃん、さっきからヘンじゃない?」

「わたしもおもった……なんか、おちこんでるっていうか」

 三人それぞれともそれは理解している上で、オレには原因が分からぬ。まさか玉入れでしくじったから癇癪を起こしているわけでもなかろう。

「…………。……ねぇ、キングちゃんのおかあさん、いる?」

 猫目、ボブヘア、どちらが気づくのが先だったか。いずれにせよ、二人とも観客席の保護者達から、キングヘイローの親らしき人をキョロキョロ探していた。

 正直な話、キングヘイローの親の顔など知らぬ。前世においてもこの世においてもその名声は聞いた事はあれど、顔は一度も見た事もない。彼女を探す事は力になれぬ。

 猫目も、ボブヘアも、探すのに苦労しているのか。保護者用の観覧席へ視線を右往左往させている。

「おとうさんやおかあさんたち、いっぱいいすぎて、わからないよ……」

 そりゃあ、まぁ、そうだろう。年少から年長含めて全児童の保護者達が集まっているのだから。数十人はいる。自分の肉親なら不思議とすぐにでも分かるのだが。自分の肉親以外をその中から見つけるとなれば、絵本の中から紅白縞模様服の魔法使いを探すようなものだ。

「うぅ……。どこだろう……」

 ボブヘアは必死で周囲を見回しながら、涙目になっている。猫目も目に見えてしょんぼりとしていた。

「……馬耳がついてる人だけを探せばいいんじゃない」

 さすがにかわいそうに思えて、オレは思わず二人にそんな言葉を掛けていた。

「……ウマ……みみ……?」

「うまみみ……」

 二人が目を丸くしてこちらを見る。

「うん、キングのお母さんは、一流のウマ娘なんでしょう? だったら、私達と同じように馬耳があるんじゃないかなって」

 そんな上からえらぶった助言を差し出してから、自分が情けなくなった。

「……私はキングちゃんのお母さんの顔を知らないから、二人に頼るしかないけど」

 結局のところ、このキングヘイローを思いやる二人に対してオレからは些細な助言しか出来ぬ。

「「……」」

 二人はお互い見つめ合いながらしばらく黙っていたが、やがてさっきのキングヘイローと同じように、しきりにグルグルと耳を回して辺りを窺い始めた。

 児童全員の玉入れ競技が終わる頃合い。二人の小さな馬耳はピタリと止まり、同時にオレの方へと向き直る。

「い、いない……」

「キングのおかあさん、いなかった……」

 そう言ってから、彼女達はキングヘイローの悩み事を確信したようだ。

 

 しばらくしても、キングヘイローの母親らしき人物が見当たる事はなかった。お手洗い、というわけではないらしい。

「……キングちゃん。『おいかけっこでいっちゃくをとって、おかあさまにみとめてもらうのよ!』って、れんしゅうのたびに、ずっといってて……」

 猫目はオレにそう説明しながらも、目に涙を浮かべている。

「……それなのに、みてももらえないなんて……」

 ボブヘアも、つられて泣き出しそうになっている。

 

『……おかあさまは、わたくしのことをほったらかしだけど、そんなことよりも、もっとイヤなことがあるの』

 

 ――付き合いの浅い頃、彼女が吐露した言葉が頭の中で思い起こされる。

 しかし、考えてもみれば彼女の母親が来なかったのも仕方ない側面があるかもしれない。

 ウマ娘、あるいは馬もそうだが、公の舞台においての『レース』というものがある。もし、運動会と大事なレースが被っていたら一個人の事情で日程を変えられるわけもない。

 絶対に、娘の運動会に来られなかった何かしらの事情があるのだろう。

 我が子の頑張る姿を、何の理由もなく蔑ろに出来る母親がこの優しき世界にいるものか。

 

『……まわりのヒトタチがおかあさまのことばかりほめて、わたしじしんのことをほめてくれないことよ。まるでまったくみていないようにね!』

 

 ……だが一流のウマ娘である母親の事情ばかり慮って、頑張る姿を見せたくて必死に頑張ってた幼子の想いはどうなる?

 

 

 綱引きの試合にて、いつもの練習の通りに背の高いオレはアンカーを務める事になり、その手前にキングヘイローが着く。

 いつもなら威張り散らかしてチームを導こうとする彼女だが、今日に限っては様子が違った。

「……キングちゃん、大丈夫?」

 心配になって声を掛ける。一瞬遅れて、返事が来る。

「なにが?」

 つっけんどんな物言いだった。

「えっと、お母さん……来てなかったみたいだから……」

「…………」

 沈黙が流れる。周りのクラスメイト達も雰囲気を敏感に察して気を遣ってくれてるのか、キングヘイローの方を見守りながら準備を続けている。

「……じゃあ、ぎゃくにきくんだけど」

 不意に、彼女はこちらを振り向いた。その顔は普段よりも数段大人びており、目つきが鋭い。

 

「……あなたは、よろこばせたかったひとがまったくみてくれてなくても、がんばれるの?」

 

 オレは答えに窮し、そして、そのまま無言で立ち尽くしてしまった。

 前世で世話をしてくれた人達を思い返したのち、自分の母ちゃんや父ちゃんを見やる。

 二人ともオレの視線に気づくと、パッと明るい笑みを見せて大袈裟に手を振ってくる。抱きかかえられている弟は、両親の笑顔を見てケラケラと笑っていた。

「……おそらく、走る気を無くしていた」

 オレは嘘がつけず、本心からの言葉を絞り出した。

「……」

 キングヘイローは無表情のまま、何も言わずに再び前を向いた。

 そして、その綱引きは相手チームに負ける事になった。

 

「さぁ、いよいよチーム対抗徒競走! 今年も盛り上がってまいりました!」

 司会役の新米先生がそう宣言すると、観客席から一斉に歓声が上がる。

 運動会は、終盤に差し掛かっている。順番を待つ児童は、それぞれ控え室で待機していた。

「…………」

「キングちゃん……」

「……うぅ……」

 追いかけっこの組み合わせについてだが、ウマ娘同士で競い合って着順でポイントを付けるという方式に決まった。

 必然的に、キングヘイローとその取り巻き達が一緒の待機場所に集まる。それぞれ、何も言えずにいた。

 彼女達より長く生きたはずのオレでさえ、彼女達に掛ける言葉もない。

 情けない。これでは何の為の転生だ。知識を活用出来ずになんとする。

 

 いいや、そもそも、オレが神様に願ったものはなんだ?

 キングヘイローともう一度戦いたい事であって。コイツらのマイリトルポニー(お友達)になる事でもなければ、取り巻きとして崇め奉る事でもないだろう。

 馬鹿馬鹿しい。オレが悩むまでもなく、こいつらが自分達でどうにか解決すべき問題だ。神様に願わなければ、そもそもここにオレはいなかったかもしれないのだから。

 

 ………………。

 

「先生、お腹痛い……」

「大丈夫? お手洗いにいく? 追いかけっこ、出られそう?」

「……むりです……」

 オレは先生さんに対してそのように答えた。先生さんは、微笑みながらも少し残念そうにする。

「そっか……。仕方ないね。大事を取って休んでいてね」

 先生さんはそう言ってから、優しい手付きでオレの手を引いていった。

 猫目とボブヘアの視線が痛い。まるで「一緒にキングちゃんを慰めて」とでも縋るような目だ。

 勝手にやっててくれ。オレはオレなりのやり方でやらせてもらう。

 

 オレは運動場の観客席の方から、キングヘイロー達がやってくるのを待った。オレの代理には大人の先生さんが走ってくれる。

「…………」

 三人が頭を俯け気味に運動場へ入場してくるのが見えた。どうにも、猫目とボブヘアのヤツが慰め切れたという素振りではない。

 先生さんも薄々異変に気がついているのか、キングヘイロー達が大丈夫かどうか心配しているが。キングヘイローは素直に言うまい。

「えぇっと……ウマ娘さん達の徒競走の音楽はー……」

 司会席の方へ近づいてみれば、新米先生は徒競走の選曲に手間取っていた。

「手伝いましょうか?」

 オレはいかにも良い子ちゃんぶった素振りで、新米先生に言い寄る。

「ありがとぉ~。じゃあ、メイクデビューって曲かけてくれるかな!」

 ついこの前の失言の印象を取り返そうと、オレの申し出を好意的に受け入れてくれた。

 オレは精一杯に笑顔を見せてから、機材に手をつける。

 

 CDの裏面を見て曲名を窺ってみると。さても、まぁ、この世界で生まれてからよく聴いた事のある音楽ばかりである。

 幼稚園児の女児達と何度もこなした"ウイングライブの特訓"のおかげもあってか。タイトルを見るだけで頭の中に容易く音を再生する事が出来る。

 

《この大舞台でもきっと》

 

 オレは頭の中でその曲を思い描いてから、迷う事なく曲の番号を弄った。

 選手入場と共にスピーカーから流れてくるのは、ウマ娘がパドックでお披露目されると言わんばかりのファンファーレ。

「あ、あれぇ……?」

 場違いな音楽ではないが、練習とは違う音楽が流れ始めて先生達もクラスの児童達も困惑する。驚いてないのはプログラムの内容を事前に知らぬ保護者達くらいだ。

「ちがうきょくだよー?」

「せんせーがきっとまちがえたんだよー」

 それぞれが事態にざわついている中、オレはこっそりと司会席のマイクを奪い取って、彼女達に呼びかけた。

 

『コール!』

 オレの声がグラウンド中に響き渡る。

 その声は、ざわめきに掻き消される事無く、しっかりと三人に届いていた。

「……!?」

 キングヘイローは驚きながらオレの方を向いた。「何をイタズラしているの!?」と言わんばかりだ。

「「……キング!!」」

 猫目とボブヘアは、意図が分かったようで。流れる音楽に合わせて、元気良く彼女の名前を叫ぶ。

 先生達は、オレの意図が分からずポカンとしている。しかして、仲の良いクラスメイト達は取り巻きの声で察したようだ。

「……だれよりも、つよい……」

 その口上に促されるようにして、キングヘイローが思わずといった風に呟く。

 それに続けていつか一緒にウイニングライブやスパイごっこをして遊んだウマ娘や、喧嘩した事のある男の子が叫んだ。

「「しょうしゃ!」」

 キングヘイローは唇を、ぐっと噛む。俯けていた頭をあげる。

 ――あぁ、いいぞ。オレが再戦を願ったのは、お高く留まったその顔だ。

「その、みらいは?」

「「かがやかしく、だれもがあこがれるウマむすめ~♪」」

 練習のおかげか、難しい単語が混じったセリフも大人顔負けにすらすらと言い切った猫目とボブヘア。彼女達の声にもはや陰りはない。

 たぶんお前が喜ばせたい人ってのは、たった一人じゃあないはずだろう。

 オレの内心を肯定するかのように、キングヘイローが高らかに宣言する。

 

「……そう! "いちりゅうのウマむすめ"といえば、このわたし!!」

『「「「「キングヘイロー!!!」」」」』

 

 事態を察した先生さんも混ざって、オレ達はキングコールを言い切る。

 保護者達からの微笑ましさの笑い声とパチパチと拍手が鳴る。子供達があまりに手慣れていたもので、プログラムの一部だと認識されたらしい。

「お~っほっほっ! かつのはわたしたち、しんりょくのグリーンのチームよ!!!!」

 キングヘイローもいかにもな調子で先生さんや猫目、ボブヘアに宣戦布告する。これもライダーごっこを遠巻きに眺めていた成果か。

 こんだけ皆でお膳立てしたんだ。これでお前が負けたらとんでもないギャグになるぜ。なぁ?

「このキングに、ちょうせんする"けんり"をあげるわ!」

 ……まぁその様子だとオレ達が本気で走っても、お前に敵わんだろうが。

 猫目もボブヘアも、そんな事は関係なしに、彼女の復活を喜ぶような表情をしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おやおや、一緒に走れなくて、残念ですねぇ」

 園長先生が、慰めるような態度でオレに声をかけてきた。

「……勝手に違う曲を鳴らしたり、マイク使ってごめんなさい」

「いえいえ、キングさんが元気になりましたから。ありがとうございます」

 園長先生は優しく微笑みかけてくれる。とっくに、気づいていたようだ。

 たぶん、オレが居なくともこの人や他の誰かが何かしらの機会にキングを元気づけてくれたのではないか。なんとなくだが、そう思う。

「園長先生、それなぁに?」

 園長先生が一眼レフカメラを大事そうに抱えていたので、訊ねてみる。

「あぁ、これですか。あなた達を撮っていたんですよ。お母さんやお父さん達に、後で配るんです」

「へぇー」

 まぁ、キングヘイローの母親に限らず今日此処に来られない保護者達も当然いるだろう。その人達の為にも、そういった記念を収めるのは当然だ。

「ねぇ、園長先生聞きたい事があるの」

 とっくに、わかりきってる事なんだけどな。

「はいはい、なんでしょうか?」

「キングヘイローのお母さんにも、キングちゃんのお写真配るの?」

「えぇ、もちろんですよ」

 オレの問いに、園長先生は当たり前のように答えてくれた。

「特に、『追いかけっこの場面を重点的に見せてほしい』と、お母さま本人からご要望がありましたからね。写真だけじゃなくて、動画だって、これから撮るんですよ。キングちゃん、頑張ってましたからねぇ」

 

 ……キングヘイロー。この世界のお前がそれを理解するのは、たぶんもっともっと先の事なのかもしれないけれど。

 そう俯かずとも。この世界は、オレ達の想像している以上に優しいよ。

 

 

「ふふふ。お腹の調子がよさそうですし、今からでも、レースに参加しますか? 仲良しの四人で、一緒に走るって、いっぱい練習してたんですものねぇ」 

 優しすぎて、長く生きてるオレが幼稚園を離れるのが惜しくなるくらいにはな。

 

 おかしいよな。キングヘイローに負けたオレは、ただアイツと再戦したかっただけのはずなんだが。

 それが、こうやって取り巻きになるなんて。

 

 案外、そういうのがお望みなのかい? なぁ。神様。

 

 

【挿絵表示】

 

 

【ウマ娘とかいうのに転生したと思ったらキングヘイローの取り巻きになってた件について。】

 

⇒ACT.2『小学校時代』

作中キングヘイローの印象(塩梅調査)

  • 主人公に恋心を抱いているように映った
  • 素直な御礼のやり取りが恥ずかしいと映った
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