五カ年の影響
「ディオスさんは服飾に興味がおあり?」
学校の帰り道、オレの隣を歩くキングヘイローが、唐突に問いかけてきた。
オレは自分の服を見下ろし、未だキャラクターもののプリントされた衣装を着ている事を自覚して相手が意図せんとする事を察した。
「……うん、興味があるかな」
ぎこちない笑みを浮かべて、キングヘイローの質問に答える。
「そうよね。じゃあ、一緒のお洋服を買いに行くのはどうかしら?」
「いいね、いこう!」
彼女は期待通りの答えをもらえたからか、流暢な言葉使いでオレに提案を差し出してくる。返答が分かっていたから、オレも快く頷いていた。
最近では、服のデザインセンスの事も含めて彼女は自分よりも物事をしっかり判断出来るようになっているのではないか。
……始業式を終えたばかりの春先、オレは10歳になっていた。
月日は早いもので、キングヘイローとの再会からもう五年が経とうとしている。
『ウマ娘とかいうのに転生したと思ったらキングヘイローの取り巻きになってた件について。』
よう神様。オレは相変わらずコイツの取り巻きを続けてるぜ?
キングヘイローの方も生意気で、高飛車なままだ。トレセン学園へ入学する為の特訓……と称した「追いかけっこのお遊び」では、勝ったり負けたりを繰り返している。
まぁ、若干、ちょっぴり、ほんの少しだけ? ヤツが勝つ回数の方が多いが……そこはトレセン学園に実際入学した後の公式レースとかでハッキリ格付けするのがオレとしての今の目標だ。
「貴女も一流のウマ娘になりたいのなら、相応しいおしゃれをしなければダメよ」
身だしなみにもっと気を遣うように、遠回しに指摘される。……この辺についちゃこの子におんぶに抱っこなのが癪だがな。
風の噂で聞くと、キングヘイローの母親はアスリートとして走る事をやめたらしい。引退というヤツだ。
それでようやく娘と接する時間を作れて仲直り……出来たかと思えば、今度はデザイナーとして働き始めて、しかもソッチでも大活躍してて相変わらずキングヘイローと接してやれる時間は希薄って話だ。
そんで、まぁ、キングヘイローは親への反骨心からなのか、デザイナーの親に習わずとも衣服や化粧には随分と気を遣っている。そのおかげで年の割にオシャレになった。
「ふふ。なぁに、そんなに見とれて?」
っつっても、相変わらずオレもキングヘイローもお互いに恋愛感情があるでもねぇから安心してくれよ。
……ただ、同じ女の"私"から見ても彼女は美人だ。
「ううん、キングちゃん、やっぱり綺麗だな。って……」
オレが褒めると、頬を染めて恥ずかしがる可愛げがあってくれるわけでもなく、「当然」と言わんばかりの態度で返してくる。
「お~っほっほっほ! そうでしょう? だって、私は一流のウマ娘ですもの!」
……こういう傲慢なところを除けば、女の子としては完璧なんだがなぁ。
ん、オレの方か? オレは……まぁ、多少は女としての自我も芽生え始めたよ。女の子として扱われる事にも振る舞う事にも、抵抗も無くなり始めている。
「おねーちゃーん!」
幼稚園へ行くと、五歳児になった弟がオレに向かって突進してきた。全体重を預けるように抱きついてくるのだから、相変わらず手加減がない。
「今日もありがとうございます」
「いえいえ。ディオスさんこそ、お迎えありがとうねぇ」
オレは時々弟を迎えに行く……っつーのは建前で園長先生や自分の担当だった先生さんに再会したい気持ちが強いけどな。
「きょうねー、このめがねのせんせいといっぱい、いーっぱいあそんだの!」
「あ、あはは……」
……オレが入園してた時には色々と迂闊だった新米先生も随分手慣れてきたようで。弟はその先生にやたら懐いてる。児童達の遊びがパワフルで、毎回疲弊してるように見えるがな。
オレは弟と一緒に歩き、手を繋いでやる。赤ん坊の頃は指一つ一つが豆粒みたいに小さかったが、今では指をしっかり絡めて握り返してくるほどに大きくなっている。
「えへへぇ」
弟は満面の笑みを浮かべてくれた。恵まれた家族。恵まれた友人。今ンところは順風満帆、って感じで今回の"懺悔"を締めくくるのはどうだい?
『算数:36点』『理科:20点』『家庭科:2点』
順風満帆だったのにこんな爆弾投げつけてくるやつがあるか畜生。
「うわ……家庭科2点って……」
「……大丈夫? 今日のぞうきん作りの宿題一緒にやる……?」
受け取ったテストの点数を見せ合って、猫目とボブのヤツが本気で心配そうに言う。やめろ。優しさが痛い。
春の陽気で昼寝してたら記憶問題系でこのザマだ。なんだよ。水兵リーベーボクの船って。なんで包丁に猫が必要なんだよ。
「…………これ、もしかしてトレセン学園いけないんじゃ……」
猫目とボブヘアがそんな事を漏らす。単なる嫌味でもなく、ガチで泣きそうな声で言ってくるから胸が痛い。
トレセン学園では身体能力やアイドル適正が重要なのだろうが、こういう風に一般常識レベルで危ういと彼女達の言葉通りになりそうかねない。
「……もうちょっとだけ、がんばろう? ディオスちゃん」
「そうだよ……せめて赤点回避くらいは……」
「頑張れっつってもなぁ」
放課後一旦家に帰ってから、キングヘイローとの待ち合わせにぶらぶらと歩いていく途中、オレは勉強の事を思い返して嘆息する。
前世の記憶があると調子こいた割には、アニメや漫画とかの転生者と違って大した学力や知識が無いのが辛いところだ。なんといっても前世が馬だ。体育以外は胡座をかける要素がない。
家庭科などというのは特にそうだ。ディオスは料理は分からぬ。にんじんは生でボリボリ食うのが一番旨いんだ。酢なんてかけずに。
「……キングヘイローは、その辺お家では自分がなんとかしてンのか。なぁ?」
独りぶつくさ呟きながら、待ち合わせの場所へ着いた。そこは学校近くのマーケットで、この時間帯によくアイツの買い物に付き合わされている。「荷物持ちになる権利をあげる」なんて冗談ぶって言ってきたこともあったか。
待ち合わせ場所の時計台には既に彼女が待っていて、こちらに気付くと腕を組んで軽く笑顔を見せた。オレは、精一杯明るい笑顔を見せながら手をぶんぶん振って呼びかける。
「キングちゃ~ん!!!」
声がおおきいと注意しながらも、やれやれといった素振りで微笑むキングヘイロー。
「約束時間より5分前に到着。褒めてあげるわ」
そう言ってキングがオレを褒めてくれる。キングが何分前に来たのかは、定かではない。
「今日はどういうお店連れてってくれるの? えへへ。私、そういうのぜんぜん分からなくて……」
そう言いつつ、オレは周囲を見渡す。衣服や化粧品のお店が立ち並んだ区域であるが、どれが年齢相応なのかよく分からぬ。
「まったく、しかたがないわね。私が直々に案内してあげましょう」
オレがこれみよがしにキョロキョロしていたのを見て、キングがそう提案してくれた。キングが勧めるまま、オレは一つのお店の中へ入っていく。
そのお店に並べられた商品を眺めると、そこには沢山の女性用衣服が並んでいた。中には、オレが普段着ないような大人の女性が着るようなデザインの洋服もある。
「……これって中学生とか、高校生とかのお姉さんが着るようなものなんじゃ……」
オレはたどたどしい第一印象を、そのままに語った。だがキングはそれをクスリと笑い、こう言い返す。
「ディオスさんの体格なら、この辺りが似合うんじゃないかしら」
キングにそう言われ、店内に飾られてある縦長の姿写しで自分の事を見つめた。
確かに、160cm手前くらいある。学年全体に一人か二人いるタイプの巨女。六年生の男子くらいの体格だ。小柄めな大人の女性よりは既に大きいかもしれない。
「う、うん。でも、私に大人っぽいデザインって似合わないよ~……」
鏡の中に、不安げな表情で語る少女が映っていた。長い鹿毛の髪。頭の上にぴょこんと生えた、なんとも可愛らしい小さな耳。透き通った青い瞳の輝き。健康的な小麦色の肌。
近頃女の子として顔が良くなってきたのは、ちょいとした自慢だ。美人に産んでくれた母ちゃんには感謝しなくちゃならねぇ。
……が、不似合いにも幼く可愛いキャラクターモノの衣服のせいで全部台無しだ。背の低いクラスメイトなら逆に妙味があって栄えるんだがな。
「…………大人っぽい、デザインが、いいかも」
「でしょう?」
オレが態度を改めると、鏡越しにキングのしたり顔が見えた。
なんだか悔しくなって、彼女に見えない角度で口を尖らせる。
結局、オレは勧められるがままに着せ替え人形にされる事に相成った。
「ほら、これも良いんじゃない?」
キングは、一式を着込んだマネキンを指さして服を選ぶ。
レース生地があしらわれた上品そうなタイプから、シックなロングスカートが主体のもの。フリルがふんだんに使用されたお嬢様みたいな服装のものもある。
どれもこれも、着慣れていない代物だ。特にスカートなど、着用時に中身が見えるかどうか気にしなければならなるし、動きづらい。
……そしてなによりも、牡だった記憶を持っているオレにとって滑稽な話だが、『恥ずかしい』。
「あの、その、こういうのって……その、もっと私より女の子らしい向けのじゃないのかなぁ……って」
「そう? あなたなら似合うと思うけど」
オレは頬を染めながらそんな言葉を漏らす。するとキングはあっさりとそう言い返してきた。
澄ましたように言うのだから尚更顔が熱くなる。オレが何の混じりっけもない少女なら、お互いどれだけ幸せだったろうか。
神様よォ。10年女の子やってきたとはいえ、牡にこんなシチュエーションは拷問じゃねぇのか。そもそも牡馬の記憶を持った少女に一体何の需要が――
誰に対してか分からない嘆きをしていると、キングヘイローの歩みが急に止まった。
どうしたのかと思って視線の方を追ってみる。コーナー単位で設置された、全力疾走をする時のポージングをしたマネキンが一つ。ウマ娘が、レースで走る時のような――勝負服を模したコンセプト衣装か。
緑と白を基調としたシンプルな色合いで、それでかつ優雅な印象の意匠となっている。
「……きれい」
キングヘイローの口から、そういう言葉が小さくこぼれる。オレも、同じく心を奪われそうになった。
「このブランドって、確かキングヘイローのお母さんのだよね?」
ロゴの名前を見て、おそるおそるそう問いかける。
「えぇ」
幼稚園時代のように、また落ち込んだり気分を悪くしたりしないかオレは心配になったが、どうやら不要な心配だったようだ。
「なぁに? そんな顔をして。……私だって、いちいちお母様が褒められたら嫉妬したり、怒ったりしないわよ」
え、オレそんな顔してた?
自分の頬をぺたぺた触ってみて、思わず苦笑いする。
「そんな嫉妬心は、一流らしくないわ。認めさせてやりたい、という気持ちは変わらないけど」
そう言いつつ、キングが腕を組んで微笑みかけてきた。「そんな事はないから安心しろ」と言わんばかりだ。
やはり幼稚園の運動会の一件は影響しているのだろう。あれ以来、母親の事を聞いただけですぐ癇癪を起こす素振りは見られなくなったと再認識する。
……この五年で、ずいぶん成長したように見えるなぁ。"この子"は。
母親の事を耳にすれば、すーぐ落ち込んでたのが昨日のように思えるのに……。
それが寂しいような、嬉しいような。ちょっと複雑な気持ちになる。
「さぁ、衣装選びを続けましょう? 貴女も一流になる為に、自分磨きを続けなきゃいけないんだから」
そう言って、彼女はオレの手を引いてくる。
「……お母様の作った衣装がいいってのなら、それでいいけど?」
ちょっと拗ねたような表情でそういう彼女が愛らしくて、可愛くて、私は笑顔で「キングちゃんが選んでくれる衣装が良い」と迷いなく言った。
「…………」
試着室で彼女が選んだ衣装を試していると、カーテンをちょっとだけ捲ってこちらの様子をじっと窺っている。
「キ、キングちゃん……どうしたの……?」
何か神妙なモノを見る目つきだから、さすがに気になった。
「あの、男の人に見られると恥ずかしいから閉めてくれると嬉」
「ディオスさんってブラジャー着けてるの?」
ぶっきらぼうに訊かれた。自分の胸元を見る。
「え、うん。つけてないとスレて痛くって……あと、お母さんに『着けないと垂れて戻らなくなる』とか驚かされて……」
母ちゃん曰く、女の子ならいつかは着けないといけないものらしいし。必要な保護具なら着けるべきだとオレは思う。
しかし、何故オレは今こんな質問をされているんだろう。……キングヘイローが、少しじっとりとした眼差しでオレを見つめている。
その眼差しの意味は、よく分からなかった。しかし、なんだろう。昔、見た覚えがある。
「……ふぅーん」
幼稚園児時代、母親の話題が出た時のような表情をオレに見せてから、それ以上何も言わずに「シャッ」とカーテンを閉められた。
「……キングちゃーん。あの、買い物終わったらお勉強、家庭科のこと教えてほしいなー、って……」
返事はない。
……キングさーん? 私達まだ四年生ですよー? キングさんサイズのが当たり前ですよー?
オレは、さっき「そんな嫉妬心は、一流らしくないわ」なんて言ってたの凄く関心してたんだぞ。なぁ。